第6話 光弾の射手

「夜の倉庫なんて初めて来たけれど……なんだか不気味ね。」

「普段、人が来る場所じゃないからな。」

 大内の提案もあり、俺たちは霊体が最も活性化し、観測しやすくなると思われる夜間に倉庫対岸の岸へやって来た。

「ここから見てたのか?」

「ああ。」

「確かにここなら、寮からあまり遠くはないか……」

「それにしては人気が無いな。」

 今であれば、普通の生徒なら夜間に出歩こうとはしないだろうから当然人は来ないだろう。だが、この通りはそれにしてはあまりにも静かすぎる。よく集中して魔力を観測してみても、ここ数日の間に誰かが来た痕跡は、恐らく大内の物と思われる魔力以外なにも無かった。

 マリアの発言も、それを踏まえてのものなのだろう。

「待て、何か来る……!」

「魔術師殺しか?」

 大内の反応に尋ねる島津先輩。だが、返事は返ってこなかった。

「おい、大内?大内!?おい、しっかりしろ!」

「金縛りの一種か……!?義興、1度下がらせるぞ!」

 大内の顔は、焦燥とした、恐怖感に襲われている表情をしている。

 彼の視線の先に目を───

「ダメだ、見るなタネフミ!」

「……ハッ!」

 咄嗟に視線を。なるほど、どうやら大内は、魔術師殺しを直に。呪いの塊のようなアレを直接、何のフィルターにも掛けず見れば、いい影響があるとは思えない。

 だが、大内は仮にも呪術師と陰陽師の家系。単に耐性が無いのか、あるいはその血筋を持ってしても耐えきれない代物なのか。 

「島津君、あと彩花。大内君を頼むわ。」

「ああ。」

「……行くのか。任された!」

「マリア、着いてきてくれ。俺たちも行くぞ。」

「了解。」

 魔術師殺しと呼んだ霊体が姿を現す。全高は6m前後、二つの腕———と言っても、人間のモノとは到底かけ離れた、巨大なコンクリート柱のようなものだが———と足のような細い何か。霊体故、地に足を付かないからか、ひらひらとした布のようなもので隠されていた。

 そんな魔術師殺しが、体の正面をこちらに向ける。顔のような部分は確認できなかったが、明らかに魔力量が増えたと感じられるあたり、どうやらこちらに気がついたようだ。

「秋月君、行ける?」

「もちろん。」

 隣から魔力の奔流を感じる。

光弾展開Celestyally Deployment———」

「錬成開始!」

 沙奈枝さんが魔術を展開するのと同時に、こちらも術式を展開する。お互いに似たような性質の、だが全く性能の違う術式。

 沙奈枝さんのそれは、白魔術を用いた光弾系の術式であり、それを裏付ける様に手首のブレスレットが発光している。あれは聖遺物———魔術師の持つ聖遺物の中でも、特に価値の高い物だろう。

(値段付けられるんだろうか、アレ。)

 一方の俺が用いている術式は、錬金術を応用し生成した剣、ここのような場所ではコンクリートの塊を魔術制御によって射出するものだ。仕組みは単純だが、俺の場合はこれくらい単純な方がいい。魔導機でも、複雑な処理だとかはマリアに任せ切りなので、あまり得意ではないのだ。

 それに。

「———こっちの方が、パワーが乗る!」

 脚へと魔力を込める。術式を構築し、それを発現する。

 瞬間的な加速を実現する加速術式。概念に干渉し、自分が高速で移動していると現実を改変する、初歩的な魔術だ。

「ハッ───」

 追従するようにマリアも加速する。

 加速が掛かるのは最初の一瞬だけ、後は慣性を利用した滑空———と言うより自由落下か。

 その為、着地の際には魔術的な保護が必要だが……

(速い方が、痛い!)

「射出ッ!」

 加速術式により高速で発射される4本の錬成剣。剣自体に魔力を纏わせることで、単なる物理だけでなく魔術的なダメージも期待できる。

 そして、それと同時に後方から放たれた沙奈枝さんの無数の光弾も着弾する。

 純粋な火力だけなら自動車の衝突にも匹敵する。

 が。

(効いてないっ!?)

「避けろ!」

「クッ───!」

 横方向へと加速術式を掛ける。地面との距離は3m程度、着地は……

(五点接地的な……いや、無理だ!)

 全力で吹き飛ぶ。怪我が少なくなるよう、減速はしておいたが、まあ痛いものは痛い。

 そんな俺を他所に、後から飛んできたマリアも攻撃を行う。

 魔力の刀を生成し、それを触媒に大気中の空気や重力を操作することで、極めて高い威力の物理攻撃を可能とする「重白熱刀」

 だが───

「これでもダメか!」

「幽霊だからか!?」

 幽霊は霊体だから、そりゃ物理が効くわけがない。ある意味で当たり前のことだった。

「経は読めんぞ!?」

「聖書でもダメだろッ!」

 お経だとか聖書だとかは、対話する気のある霊だから効くモノだろう———多分。少なくとも、目の前で暴れている幽霊に効くとは思えない。

(いや、そもそも幽霊なのかこれ!?)

「射線を開けて!!」

 後ろからの叫び声。直ぐに、それが沙奈枝さんのものだとわかった。

 身をよじる。その直後、後方から無数の光弾が飛来した。

「来る!」

 その攻撃を意に介してないような「魔術師殺し」の攻撃を躱す。

「可笑しな話だ!なんで死んだ霊が、こんなに現世に干渉出来るんだ!?」

「霊体なら……魔力の強度を高める!」

 キーン、と言う甲高い音が響く。ジェットエンジンやガスタービンエンジンの様に強烈で、印象に残る音だ。

「沙奈枝さん!?」

 後ろを振り向くと、宙空に浮かぶ沙奈枝さんの姿が。

「「光弾遣い」の真髄───御覧入れてみせましょう!」

 背後に出現した、大量の光弾。

 圧倒的な出力と数による、純粋な魔術による暴力———

「これなら……!」

「行けェッ!!」

 大量の光弾。膨大かつ強力な魔力によって発現したは、少弐沙奈枝と言う魔術師の才能が、一般的な魔術師の物を遥かに凌駕していることを示している。

 光弾一つ一つが37㎜機関砲から発射される徹甲榴弾の威力に匹敵する上に、純粋な魔力のみで構成されたそれは、霊体の様な実体を持たない存在であれば十二分に効果を発揮する。

「まだ足りないか!」

 光弾の数がさらに増す。沙奈枝さんの黒い髪は、金色に輝いている様に見える。

 その姿は、明らかに魔力の過剰放出による暴走状態のそれだった。

 元来、人間は魔法を使うことに特化した生物では無い。俺たちは世界にバグが生じたからなのか、あるいは神のイタズラか、何故か魔法を行使することが出来ている、と言っても過言ではない。

 そんなものだから、短時間に大量の魔術を行使すると身体に悪影響が生じる。頭髪の発光現象は、そのサインの1つだ。

(このままじゃ……ッ!)

「魔力濃度測定、現実改変可能率解析、術式構築、形状固定───!」

「大気濃度測定、重力強度規定値以内、術式収束、形状発現───!」

 視界が銀色の光に包まれる。手にしていた杖が、魔力の剣に形を変えていた。

『グオオオオオオオオアァァッ!!』

 沙奈枝さんの光弾によって露出した霊体の中身には、何やら魔道具らしきものが見えた。おそらく、あれが核なのだろう。

「核を断ち切れば、魔力は霧散するッ!」

「種文君!!マリアさん!!」

「マリアは結界を!」

「うおおおおおおッ!」

 ───錬成剣・白月。

 膨大な魔力を用い、周囲の物質を剣として成形し、叩きつける。

 マリアの重白熱刀により、核を守る結界を破壊。そして、そこに白月を叩き込む。

 大雑把だが確実で、それ故に強力な魔術だ。

「あれが核……例の呪物……か?」

「ハッ……ハッ……多分、消えた……?」

「少弐、魔力の使い過ぎだ!」

「ご……ごめんなさい……ハァッ……大丈夫、一応、少弐の人間だから、このくらい———!?」

 グシャッ、と言う音が響く。彼女の金色に輝いていた双眸が黒くなったことが、そして対照的に返り血で赤く染まる俺の視界が、今目の前で何が起きたのかを物語っている。

「身体から、槍が!?」

「凄いな、君ら。霊体を消し飛ばすなんて、中々出来ることじゃない。」

「なっ……誰だよ、お前……」

「こっちのセリフだよ、全く。霊体があんな芸当出来ると思うか?普通考えてみてよ、魔術師が近くにいるでしょ。」

「……クソッ!」

 全くもって正論だ。

 だが、今目の前に立っている男、俺と同じくらいの背丈の彼が、この魔術を行使したとして……

(どうやって!?詠唱も無い、痕跡も無い……!)

 今やれることは、剣を錬成し奴に備えることだけだった。

(銃が使えれば……)

 次の瞬間、奴との間合いに人影が乱入する。 

「なっ———」

「チッ、早い!?」

 その影は島津先輩の物だった。

「お前があの霊体を操る魔術師か!」

「クソッ、デカいくせにちょこまかと!」

 島津先輩の機動力は、まさに異常と言うに相応しいものだった。加速術式の使用は最小限にとどめ、重心移動と体術のみで、その190cm近くはある筋骨隆々の巨体を俊敏に動かしているのだから。

「破ッ!!」

 島津先輩が喝を入れると、乱入者は立てずに膝をついていた。

『解呪ッ!!』

 遠くからの大内の声と共に、沙奈枝さんの身体から生えた槍が消失する。強烈な呪いの類であっても瞬時に解呪できるあたり、やはり大内も強力な魔術師というわけか。 

「———包囲陣形!」

 乱入者を魔力の柵が囲う。武藤さんの得意魔術である指向性魔力制御によるものだ。 

「……チッ、さすがにまずいか。」

「観念しろ。殺しはしない、聞くことは山ほど———」

 突如、振動が辺りに響く。

 巨大な波と共に現れたは———

「魔導機!?」

「悪いな、ここでお暇させてもらうよ。」

「クソッ、卑怯だろそれは!?」

 そう叫ぶが、意味など無かった。

「じゃあな、!元気そうで良かったぜ!」

 夜の倉庫街に、巨人の赤い双眸が輝く。それは、この場にいる全ての人を睨みつけ、スラスターの噴射炎と、魔法陣の残留魔力を輝かせながら空へと去って行った。

「なんで……俺の名前を?それに、マリアの名前まで———」

「……もう少し、弁えるべきだったわね。」

「沙奈枝さん!」

「大丈夫よ……多分。大内君のお陰で槍は消えたし、傷も塞いだ……佐竹先生が死んだのは、あの槍を除去出来なかったから、のはず……でもあれは……あの術式は……ガハッ!?」

「もう黙ってろ!」

「沙奈枝!」

「筑紫さん、救急車を!」

「もう呼んでる!」

「……あれは、吸血鬼の術式よ……ッ!」

 そう言い残すと、沙奈枝さんは意識を失った。

 脈はある。呼吸も聞こえる以上、死んではいないが……

「吸血鬼……?どういうことだ、一体。それにあいつは、なんで俺とマリアのことを……くそっ、訳が分からない。」

「タネフミ。魔導機が動いているということは、軍に頼めば追跡してもらえるんじゃないか?」

「……いや、多分見つからない。飛んでからそう経ってないって言うのに、もう全然向こうの魔力を感じられないんだ。」

「厄介なのに絡まれたな、これは———」

 夜の倉庫を、この日は救急車のサイレンに包まれながら後にした。

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