第16話

 修行開始から四日目。睡眠時間以外は、常に戦っていると言っても過言ではなかった。

「――サイド!」「あーいよー!」

 マオは刀を手にライダー鈴木に走る。その背後を飛ぶウサギはマオの言葉に応える。

 彼女の言葉とは裏腹に、彼女の背後に隠された左手の指は、足元に向けられていた。

「おいおい。また同じ手か?声に出したら意味がないだろう?」

 ライダー鈴木は呆れたように言う。彼は法衣化をしていない。

 彼の正面。マオの足は止まる。右に向かうとみせて回転。左へ転身。その背後からウサギは右に飛び出る。鈴木の意識は左右両方にひきつけられた。

 対称の人物の視線の誘導。それがこの行動の理由と目的。

「――ほう。死角を利用するか」

 鈴木は感心する。けれど、気にすべきはヒーロー本体。視線をマオに向ける。

 その時だった。パサリと落ちる音。

「――ん?」

 その音に鈴木は意識が向かう。地面に転がるウサギの人形。

「はぁぁぁぁぁああああ!」

 その隙を狙うマオの一撃。

 力を抑えた陽動。鈴木の動きをいくつかのパターンに制限する。

「――おっと!」

 容易くかわされる。けれど、マオの計画通り。鈴木の足元には落ちたウサギの人形。

「キュアウサギ!」

 マオは叫ぶ。その言葉により、鈴木は咄嗟に足元のウサギの人形に視線を向ける。

 不敵に微笑んだマオの背後。両足の間を潜り抜け、キュアウサギが跳びかかる。

 その場には動く人形と、動かない人形の二つが存在していた。

「ちぃ!」

 ウサギに跳びかかられる鈴木。意識が向くのは似通った二つの人形の存在。回避では無く弾くことによって難を逃れる。けれど、これがマオの狙いだった。

「もらったぁぁぁぁあ!」

 一瞬で距離を詰める。この距離は必殺の間合い。すまないが先輩には死んでもらう!

「――ふっ、いくらなんでも、殺気こめすぎだろ」


 マオの燃える瞳に、鈴木は笑うと、一瞬で彼の身体を光が纏う。そして回転。

 その勢いに刀が弾かれる。そして、刀を掴むマオの手を鈴木が掴んだ。

「お見事。けれどこれは――お仕置きだな」

 その場に現れたのは変身した仮面ライダー鈴木。リーゼントを崩さない特徴的な仮面。

 彼は、マオの身体を訓練場の隅に投げ飛ばす。

「くっ、うわぁぁあ!」

 吹き飛ぶマオ。咄嗟に『具現化』をして、地面へ全身を殴打することを避ける。彼女の下にはくたびれたウサギの人形が敷かれていた。

 動かない人形がさらに増えた。これがマオの考えたひとつの作戦だった。

「……なるほど。なかなか面白い事を考えるじゃねぇか」

 鈴木は、マオの作戦を理解して笑う。

「おーれはーふーくざつ、だーけどなー」

 その隣でウサギはぼやく。

「くっ、でも一太刀加えた!」

 マオは立ち上がると宣言する。

 彼女の作戦は、具現化でキュアウサギの複製を作り上げ、相手の隙を誘うという物。

 指示を複雑化させることで、敵の意識を分散させる。

 ウサギを加えた完璧な連撃だ。マオは喜びを隠せない。


 すると、仮面ライダー鈴木が言った。

「これじゃだめだな。失格!」

「えぇぇぇええ!?」

 その言葉にマオは耳を疑う。何故、そのような判断になったのか。納得がいかなかった。


「なんで?意味が分からない。悔しいからって、さすがに意地が悪いよ」

 マオは毒を吐く。すると鈴木は、呆れたようにため息を吐く。

「おい、俺は先輩だぞ?まぁいい。とりあえず聞かせろ。最初に説明した事は覚えてるか?」

 鈴木は問いかける。マオは第一目的を失念している。

「……いや、一太刀加えろって、言ってた」

 マオは一つ困ったような表情をする。そして第一目的はこれだ。と言葉にする。

 それにはライダー鈴木も呆れる。目的が挿げ替えられている。

「ほーうりきーのおーんぞーん。すんごーい一撃!」

 隣でウサギが言った。それは、鈴木が修行の第一目的として挙げたものだ。


「……ウサギの方が優秀だな」

「――んなっ!?」

 鈴木は言う。するとマオは心外だと立ち上がる。

 しかし、これではそう言われても仕方がない。

「そーだろー。もっと言ってやーれー」

 ウサギもご満悦だ。するとマオは納得がいかないと問い詰める。

「ちょっと!私はしっかり、ウサギを使って隙を作って一太刀加えたよ?最初よりも随分、法力は押さえているし、十分でしょ?」

「……お前な。具現化も法力は使うんだよ。……まぁいい、確かに最初の戦いよりは押さえられている。しかし、今度は込める法力が、足りない所が出てきた。最初の一撃は何の気なしに俺は躱してみせたが、あそこで反撃されたらどうするんだ?攻撃は常に全力。陽動に力を使いすぎとは言ったが、相手に反撃の余地がある陽動はするんじゃない」

 すると、鈴木は応える。少女の事を思い、ひとつひとつ考えて伝える。


 戦いに強くなるためには、必要以上に臆病で完璧主義であるべきだ。

「……た、確かにそうだけどさ。で、でも」

 マオはその言葉を聞き、少しだけ表情を曇らせる。

 彼の言っている事に間違いはなかった。けれど、そのような完璧な指摘は求めていない。

 すると、鈴木は笑ってみせる。

「でもな。その後の陽動は上手かった。俺も少しばかり焦った。よくやった」

 そして掛けた優しい言葉。上司としては、上手い心の操り方だ。

「……ま、まぁ、そりゃあね」

 マオは少しだけばつが悪そうに、一言を言うと視線を外す。その時だった。

 特別訓練場の扉が開く。そこから、真っ赤な服に身を包んだ男と、真っ青の服に身を包んだ男の二人が現れた。マオの眼はちかちかと眩む。

「いやー、こんな所に居ましたか」「探しました」

 赤い男は、気さくに手を振りながらやってくる。その隣の青い男は仏頂面で呟いた。


「……どうした?こんな所にまで」

 二人に対して鈴木は問いかける。この二人もヒーローの様だ。

 その問いかけに対して赤い男は、真剣な表情に顔を引き締め応えた。

「はい。つい先ほど、荒川区荒川付近にて、バンジェリンの目撃情報が入りました。敵の戦力を減らすために、こちらから攻め込みたいと考えております」

 それはヴァリアヴァロンのお付き。狐と女性が組み合わされた様なヴィランの目撃情報。

「ほう。どうしてそんな場所に」「……」

 その言葉に驚く鈴木と、緊張するマオ。

「……ヴァリアヴァロンは見つかっていない。今回は我々だけで行きたい」

 青い男は言う。

「……勝算はあるのか?」

 鈴木の問い。すると赤い男は笑った。

「俺達、五人のチームなら負けることは無いさ」

 それは自信。仲間と共に戦う事になれた男の言葉。

「――分かった。行って来い。ただし危険を感じたら、すぐに戻る事。あいつらはジャポンにとってもイレギュラーだ。そもそも、あのクラスは、ジャスティスの管轄なんだからな」

「分かっています」「俺達も本気で戦いたいんですよ。それじゃ」

 鈴木はその言葉に頷いて見せた。青、そして赤とその言葉に応える。


 特別訓練場を去る二人の後ろ姿を見送る。 ――三人の会話は一体?マオはこの違和感をマーマレードとの会話の中にも覚えた。


 マオは隣に立つ鈴木を見上げる。

「……彼らは?」

「奴らは『撲殺戦隊オウダマン』の『赤木赤』と『青木青』の二人だ」

 マオの素朴な疑問。それに応える鈴木。

「へぇ、どちらがどの名前か説明されなくても分かった」

 マオは鈴木の説明に頷く。そして、言葉のトーンを落として、もうひとつの質問。

「それじゃ、イレギュラーって?マーマレードさんも強い奴はうんぬんって言ってたけど?」

 マオの言葉に鈴木は、表情を曇らせる。そして応えた。

「お前はまだ知らなくてもいいんじゃねぇかな。ジャポンにいれば、いつか知るさ」

「――は?」

 マオは苛立ちを隠さずに聞き直す。

 すると、鈴木は、何かを思いついたように口を開いた。

「……よし。奴らの戦いを見に行ってみよう。もしかしたら為になるかもしれん」

「――え?いや、ちょっと待って、修行は?」


 その言葉にマオは戸惑う。彼は何を隠しているんだ?

「時に反復よりも、一度の見学が道を切り開くときもあるさ。それにチーム戦を見れば、何か思いつくかもしれない」

「……そうですね」

 マオは不服そうに頷いて見せた。

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