第14話

 マオは法力を使い、倒れた人々を安全な場所に移動させる。

 ヴァリアンなき今、下手に動かない事が、最大の安全策。恐慌を収めるために尽力する。

 しかし、彼女の力は全てを救うには足りなかった。


『ザ・ヒーロー』ジャポン支部カフェテラス。

 夜のニュース。そこでは偉そうな人間達が、事件の責任の所在について話し合っていた。その事件の名は『ハチ公前ヴィラン襲撃事件』

 あの事件での死者は二名。どちらも幼い子供だったとの事だ。重軽傷者は合わせて三十人超。

 世界を知るマオにとって、これほど少ない被害は無いようにも思われたが、このジャポンにおいて、この事件は前代未聞のモノとして語られていた。


『まだ、少ない方だ。良かったじゃないか』

 そんな台詞が、つい口から出そうになる。しかし、それは間違いだ。

 百人死のうが一人死のうが、守れなかった事実が覆ることは無い。

 少女は負けた。敗北した。その死者がヒーローの手でもなく、ヴァリアンの手でもなく、恐慌に陥った人間の手によって、起きたものでも、責任は取らざるを得ない。

「……くっ」

 マオは歯噛みする。どうして、私はこんなに弱いのだろうか。

 マーマレードは未だに意識不明だ。生きるか死ぬかの瀬戸際をさまよっている。

 強大な力の前に、何もできなかった少女を責める声は、どこからも出なかった。

「――全て私のせいだ」

 それでもマオは、マーマレードの足を引っ張っていたのは、自分自身だと責めていた。


 その時だった。

「……そうだな。すべてお前のせいだ」

 白塗りの壁にもたれるライダースーツを着た男。

 天を突くリーゼントがこの場を圧倒する。纏う覇気が充満していく。


「なななー。なーんちゅーこというー」

「……別にいい」

 無言でマオの周りを飛んでいたウサギは、怪しい男に向かって吠える。

 けれど、それを止めたのはマオ自身だった。この男は、少女の願いを読み取っただけに過ぎない。

「なんだよ。つまんねぇな。今ごろもっと強くなる。って熱くなっている頃かと思ったんだがな。獅子との戦いはつまんなかったか?」

 男は後頭部を荒々しく掻くと問いかける。その問いにマオは応えない。

 答えられない。何故ならその問いは、彼女の心を見透かしていたからだ。

 彼女は、この事件に心の底から反省などしていない。

 後悔などしていない。

 被害者達に対して、自業自得だ。と吐き捨ててしまいそうになるのを、必死に耐えていただけだった。誰かに責められなくては、厚顔無恥に、恥知らずに被害者を馬鹿にしそうだった。


 少女の心は既に前を向いている。それも一つの逃げであった。

『強くなり、ヴァリアヴァロンを倒せば全部チャラだ。許される』と。

「……つまらなくはなかった」

 しかし、すべてを心のうちに仕舞えるほど、少女は大人ではなかった。

「はっはっは。だよなぁ?動画サイトに上がっているのを見たが、戦う時のお前は確かに生き生きしていたぜ?勝つ気満々の戦士の顔をしていた。いや、武士と言うべきか?」


 マオの言葉に男は嬉しそうに笑う。その言葉にマオは応えない。

「おーまえーは、だれーなんーだよー?」

 その代わりにウサギは男の正体を問う。それは少女も気になっていた。

「あぁ?俺か?俺は『ザ・ヒーロー・ジャポン支部』の№2『仮面ライダー鈴木』だ」

 男は自身のリーゼントを強調させながら、自己紹介する。

 №2『仮面ライダー鈴木』。『キュアマーマレード』よりも強いヒーローだ。彼女が無き今、彼がマオの世話役となる為、急遽あてがわれたのだろう。

「……そのナンバー2さんが、何の用ですか?」

「――ふっ、反省する振りは止めたのか?それでいい。反省は人間のする事だ」


 マオはその男を睨み付けながら問う。上層部の判断の速さに苛立ちを見せる。キュアマーマレードの経過は未だ伝えられてない。その状況で、この男は白い歯をみせ言った。

「具体的にどうやって?ヴァリアヴァロン達はほとんど無傷、またすぐにやってくる。今のままじゃ勝てる可能性はゼロ」

 マオは冷静に状況を言う。これは卑屈でもなんでもない。赤子が大人に勝てる訳がない。


 しかし、男は言った。赤子が大人に勝つ方法があると。

「おいおい、何を当たり前のことを偉そうに言ってるんだ?馬鹿か?『今のまま』で勝てる訳がないだろ。修行しろ、成長しろ、今より強くなれ」

 男の言葉。しかし、それには時間がいる。

「……そんな時間はないです」

「――ないならなんだ?死ぬか?」

 その言葉に返す男の辛辣な言葉。その言葉にマオはくじけそうになる。

「――くっ、けど」

「――まぁ血反吐を吐くほど頑張りたくないなら、手っ取り早い方法もある。今すぐそのウサギを殺せ。そうすりゃ、それなりにお前の力は戻る」

 すると男は代案を出した。その言葉に目を見開くマオ。

 そして半ば無意識にウサギを見た。きっとこいつはまた命乞いをする。きっと殺せない。

「……そんな事」

 マオは目をそむける。その時、ウサギは言った。

「……別にいーいぞー。なんだーか、それでーも、いい気がするーんだー」

 それは自身の命を投げ出す言葉。

「へぇ、命乞いしないなんて珍しいな。どうだ?手っ取り早くなっただろ?」

 鈴木は感心する。しかし、少女は首を振った。

「……な、なんで、そんな事を言うんだ?」

 それは疑問だった。情もわかぬ頃は、あんなに泣き叫んだ。なのになぜ今。

「だってー、マオーが負けたーらやーだなー、泣くのーもやーだなー、おいーらは、なーんども、しょーかんでー、でーてこれるー」

 ウサギは説得する。己自身を殺せと。その言葉に、マオはキッと鈴木を睨み付けた。


「本当に何度も出てこれるのか?」

「……んー。そんなもんヒーローそれぞれとしか言えねぇ。恨まれても勘弁だ」

 マオは問いかける。鈴木は首を振った。

 そうとなれば、マオの判断は決まっていた。

「……私はお前を殺さない。殺す訳にはいかない」

 すでにキュアウサギは、キュアブシドーの相棒であり、そして命の恩人だった。

「……ほう。情が湧いたか。ならば、どうするキュアブシドー?」


 仮面ライダー鈴木の問いかけ。答えは決まっていた。相棒がここまで言ってくれたのだ。さすがに逃げる訳にはいかない。わがままを、これ以上通す訳にもいかない。

「……強くなる。なって見せる」

「――よし。良い眼だ。戦う者の眼をしている」

 マオの宣言に、男は嬉しそうに笑ってみせた。 ――少女はもう逃げ出さない。

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