第10話

群衆の中央で叫ぶヴィラン。ライオンと屈強な人間が融合したような風貌。

その荒々しさは人々に恐怖を与える。はずだった。

「人間ども!この儂、自ら罰してくれよう!」

ヴィランは叫ぶ。ヒーローの対となる存在。法力とは異なる魔力を持つ存在。

人間に畏怖されるべき存在は、まるで動物園のライオンの様に写真を撮られていた。

「ヴァリアヴァロン様!こやつらビビっておりませんぜ!」

狐と女性が組み合わされた様なヴァリアンは、ライオンに伝える。


場の異様さに気付いているようだった。人間達に逃げ出す様子がない。舐められている。

「ふっ、バンジェリン。こやつらはただ、無知なだけなのだよ」

その言葉に返すヴァリアヴァロン。バンジェリンと呼ばれた狐の意図は伝わっていないように思われた。群衆たちの暴走は続く。

「すげー、人間の言葉喋ってる!」「動物の声帯でどうやって?」「着ぐるみじゃね?」

ヴィラン軍勢には三つの組織があった。その中でも『ザ・ヒーロー』に対抗するために作られたヴィラン組織のひとつ『ガルガンギニオス』そこは獣に変身する力『獣化』を持つヴィランが多く所属している。

二人は過酷な環境であるパプリカ大陸から、このジャポンにやってきた。


「こやつらっ!許しはしないぞ!」

狐のヴィラン――バンジェリンは牙を剥く。右腕の爪が鋭く長く伸びる。

その時だった。その場に響くポップな電子音。

その響きにヴァリアンの動き、そして群衆のざわめきが止まる。その直後。

「うおぉぉぉおおお!!」

「きたぁぁぁぁあああ!!」

「まってましたぁぁぁあああ!!」


群衆が叫ぶ。その音楽に胸を高鳴らせる。


「こ、これは一体なんなんでぇい!」

「……うむ」


バンジェリンは狼狽える。その隣でヴァリアヴァロンは、冷静に事の成り行きを見守る。

すると二人の前に一つの影が降りた。それは、少しずつ大きくなり、地面に降り立つ。

二人のヒーロー。

「……あら、初めましてかしらね?私はキュアマーマレードよ」

マーマレードは自己紹介をする。その額にはうっすらと汗がにじんだ。

「わ、私はキュ、キュアブシドーです」

マオの方は緊張でガタガタだ。衆人環視になれていない。

「……ほぉう。やってきやがったかヒーローめ!」

バンジェリンは、現れたヒーローに吠える。

「……」

ヴァリアヴァロンは無言で待つ。

「……そう。ふふっ、そこのライオンさんは分かってるようね」

すると、マーマレードは不敵に微笑む。


「ならば応えましょう。行くわよ!オーロラドリームキュアマイシャイン!」

そして、雄叫びをあげた。それと共に彼女の身体を光の帯が包んでいく。それは彼女の衣服を剥ぎ取り、法力を纏った新たな衣装へと変わる。

「――隙だらけじゃねぇか!」

その不用意な隙を突こうと、バンジェリンは走り出す。

すると、その肩をヴァリアヴァロンが掴んだ。そして首を振った。

「……野暮な真似はしてくれるな」

獅子の一言に狐は表情を陰らせる。この隙を突かないとはどういう事か。


『法衣化』とは自身の身体に法力を纏う事。力は普段の数倍にもなる。

変身を終えるとマーマレードは杖を大きく前に突き出し、言い放った。

「ハジケルみかんは太陽の香り!キュアマーマレード!」

それはジャポン特有のヒーローの名乗りであった。

オレンジを基調としたその衣装は、彼女の胸元を強調し、腰から尻のラインを妖艶に演出する。橙の華をモチーフとした杖は爽やかな香りを放つ。

「――え?」

マオは唖然とする。彼女は一体何をしているのだろうか?その名乗りの意味は一体何なのか?そして、この隙を突かなかったヴァリアンの意図も分からない。


マオが当然の疑問を脳内で回転させている。その時だった。

渋谷に大きな歓声が上がる。

「きたぁぁぁぁああ!頑張れキュアマーマレード!」

「きゃぁー!大好きー!」「俺だー、結婚してくれー!」

その声援はマーマレードに対して向けられたもの。他国では見られない現象。

彼らはヒーローが負けないと確信でもしているのか?マオは動揺を隠せない。


「――どうして止めたのですか!ヴァリアヴァロン様!」

それはヴァリアンも同じようだった。バンジェリンは不服を唱える。

「ぶあっはっは!漢は不利になってこそ映える!」

すると獅子は豪快に笑ってみせた。

その様を見つめるマオは、なんて馬鹿な奴だ。と心の中で吐き捨てる。その時、マオは気付いた。これだけうるさい場で、どうして彼ら二人の声が聞こえたのか?

周りに視線を向けると、無言でこちらに期待の眼を向けている群衆がいた。

「……え?これは?」


この瞳は一体――

「――マオちゃん。次は君の番だよ」


マーマレードは言った。その言葉の意味を理解できない彼女ではない。

「え、えっと、それは」

口から出るのはそんな言葉。出来る事ならしたくない。

「つまーり、変身して、かっこーいい事いえーってことだーな」

「そゆこと」

ふわりと彼女の隣を飛ぶウサギが言った。それにキュアマーマレードは頷く。

マオは左右に視線を投げる。どちらを向いても人間と目が合った。


全員が全員、こちらに期待をしている。そもそも今日はマオの初陣であり、否が応でも注目を浴びる。その上、ヴィランが律儀に彼女の法衣化を待っているのだ。

彼女がやらねば、この場は始まりも、終わりもしない。

冷や汗が滝のように流れる。怯えを含んだ吐息が肺から漏れる。

群衆は口々に言う。

「まだかな?」「なんていうのかな?」「無口キャラ?」「動画撮っとこ」

彼らは、マオと言う少女に注目している。

「――やらねば、やられる!」

マオは目を見開く。ここで逃げる訳にはいかない。考える必要もない。この場を切り抜けばそれでいい。さぁ口を開け。

「ふぅー。行くぞヴィラン!顕現せよ我が正義!法衣となりて魔を払い!闇を切り裂

く刃となれ!アルティメットプリズムキュアサンシャイン!」

少女は叫ぶ。もうどうにでもなれと。


彼女が体内から生み出す緋色の法力。それは帯となりてマオの身体を包む。火が灯るように彼女の額に深紅の鉢巻きが走る。手には深紅の柄に世界を映す銀の刃。

それはさながら深紅の武士であり、華。世界を切り裂く刃となる。


「深紅に燃えて我が道を往く!キュアブシドー!」

――決まった。これほどの口上が出来るヒーローがいるだろうか。


いざとなれば、彼女は出来る子なのだ。他人に比べて、逃げる回数が多いだけ。

しかし、その場の反応は、彼女が思っていたものよりも、芳しくなかった。

「……えっと」「……お、おう」「ちょっと、方向性が違うな」

「なんというか、魔法少女って言うよりは戦隊モノだな」

「かっこいいけど可愛くない」


彼らは心無い言葉を口々に漏らす。それは容赦なくマオの鼓膜を揺らした。

「あはは、う、うん。かっこいいよ」

「かーわいくねーけーどな」

落胆を隠せないマオに気まずそうな微笑みを向けるマーマレード。無礼なウサギ。

「……そ、そんな、事。ないと、思う」

そんな彼女たちの言葉に、少女は咄嗟にそんな言葉を言ってしまう。

「……え」「お、おう」「なるほど」

群衆は少女の言葉に何とも言えない反応を見せる。ウサギやマーマレードは目を背ける。


「ちょ、ちょっと、なにこれ?」

マオが辺りを見回し、心が折れてしまう。その時だった。

唯一、この場で彼女の存在を称賛したものがいた。

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