第8話

 スーツを着た男がこちらを見つめ、手元の原稿を読み上げていた。

 その内容は前日の事件や事故の概要。現在捜査中の事件の進展。動物園の赤子ラッシュや、アイドルのスキャンダルについてだった。


 そして、もうひとつ大きく取り上げる内容があった。

「本日より、ヒーロー組織『ザ・ヒーロー』ジャポン支部に新たなメンバーが加わりました。その名も『マオ』!『キュアブシドー』としてこのジャポンを守るために尽力してくれる事となりました。長い黒髪に映える紅い鉢巻き。武士の着物を改造したような衣装でスリットから見える彼女の足や脇は何とも言えない扇情的な気分をそそります!また少女を脱しない思春期特有の色香は、多くの男性ファンの心を掴むことでしょう!また相棒の『キュアウサギ』が商品化されることもそう遠くないと思われます!」

 熱を帯びていく男性キャスター。まるでアイドルの熱狂的なファンの様だった。


「……す、すごいなジャポン」

 マオは、手にしたカフェモカのカップを落しそうになりながら、そう呟いた。

 少女が現在いるのは、オールドナークから遠く離れた東洋の島国『ジャポン』その首都に位置するザ・ヒーロー・ジャポン支部に併設されたカフェテラス。

 彼女が、約地球半周分の距離が離れた、ちっぽけな島国に来た理由。


 それは簡単だった。

 玉虫色の正義に翻弄されることに嫌気がさした事。


 そして、その場で動くことが出来ず、嘆くだけの自分自身に絶望したからだった。

 オールドナークでの一件で、マオはジャスティス本部のリエラに、半泣きで連絡を取りつけた。その内容は、彼女が憧れる国ジャポンへの渡航のチケットを取り付ける事。

『リヒティローダーはいいの?』

 とリエラから一言言われたものの、マオは『大丈夫』とだけ伝えた。


 つまり、マオは逃げた。

 その場にいるのが辛いと感じ、問題に正面から向き合う事をせずに逃げた。

 そんな彼女はしばらくヒーローであることを忘れ、ジャポン観光に明け暮れていた。大型家電量販店で、勧められるままにデジタル一眼レフカメラを購入し、ヒーローでも目を見張る速度の新幹線で、各地の寺を撮影する。

 静かな寺の空気は、傷ついた少女の心を癒していった。そんな時だった。


 少女は、ある人物にスカウトされる事となる。

「ふふっ、さすがに『キュアウサギ』って命名はないわね」

 マオの隣で笑う女性。凛とした顔立ちに、女性らしさの髄を凝らしたような体つき。女性であるマオの目から見ても、いやらしい身体をしている。


 彼女がマオを『ザ・ヒーロー』に誘った人物。

 彼女もヒーローだ。通り名は『キュアマーマレード』

「そっけー?いい名前と思―うーけどーな」

 女性に反論を述べる存在。特徴的な喋り方は可愛らしさより、苛立ちを先に覚える。

 その存在とは、マオの隣で宙を浮く『ウサギの人形』だった。

「……私は、ウサギと応えただけだったんだけどね」


 マオはインタビューの際に『その人形はなにか?』との問いに『ウサギ』と答えた。それが曲がり曲がってテレビで『キュアウサギ』として報道される事となったのだ。

「そーんな、ひどーい!相棒なのーになー」

「別にそんなつもりじゃなかった」

 ウサギの言葉にマオは疲れたように応える。ウサギとはオールドナークから共にいる。

 結局、あの日出逢った少女が、落としたウサギの人形は、最後まで回収されることは無かった。マオはそれを不憫に思い、人形に対して、ひとつの技術を試す。


 それは不用意という他なかった。

 不出来な『召喚』によって生まれたその存在は、マオの力のほぼ『半数』を奪い、この世界に顕現した。それに気付いたマオは、直ちに人形を処分しようと思ったが遅かった。

 薄汚れた人形の瞳からは、謎の水分がこぼれだし、マオに対して命乞いを始めたのだ。


『死にたくない』『生まれたばかり』『世界を見てみたい』『生きたい』

 その言葉にマオは、どうすることもできなくなり、半ばヒーローの力を封印された形で、『リヒティローダー』を去り、遠く離れた東洋の国で『ザ・ヒーロー』という組織に半分、保護と言う形で世話になる事となった。


「ふふっ、でもまぁ『キュアブシドー』ってのは、なかなかいいんじゃない?」

「……先輩の『キュアマーマレード』を真似ただけで、他に思いつかなかったんです」

 女性はマオの通り名を笑って褒める。そのセリフにマオは少し照れながら返した。

 彼女は『ザ・ヒーロー』ジャポン支部で、活動するヒーロー『キュアマーマレード』。彼女は幼い頃から魔法少女としてジャポンを守り、今や魔女の通り名を持つようになった。


「なんだーかー、ジャポンって変な国だーなー」

 ウサギは呟く。マオは頷いた。

 ヒーロー世紀に入り、大きく変わった世界情勢。

 その中で不変と言っても過言でなかったのが、このジャポンと言う国だった。

 元々、サブカルチャーとして、ヒーローやヴィランに耐性があった事。

 そして、軍事産業に関してほとんど無着手だったことが、飛躍につながった。また、新たにジャポン人が生み出したものが『ヒーロー産業』と言うものだった。


 出版社は、世界中で活躍するヒーローたちをまとめた『ヒーロー大全』を出版し、おもちゃ会社は、彼らを模した『フィギュア』や、武器を模したグッズの販売を始めた。ゲーム会社などは、色んなヒーローが出演する『スーパーヒーロー大戦』なるゲームを作った。

 彼らは、未知の存在に臆しはしなかった。


 結果、ジャポンは世界で最もヒーローとの共存が進んだ国となっていた。

 去年には、初のヒーローである国会議員が誕生した。

「そうだね。本当にすごい国だと思う。さっきのニュースもすごかった」

 マオは言う。彼女は心底ジャポンの異様さに驚いていた。

「まぁ、話で聞くぐらいならそれぐらいよね。でも、外に出たらもっと驚くわよ」

 キュアマーマレードは悪戯な笑みを浮かべる。


 その時だった。支部隣接のカフェテラスであるこの場に、サイレンが流れた。

 回転灯が異常事態を伝える。どこかでヴィランが現れたようだった。

「ふふっ、ちょうどいいわ。一緒に出撃してみようか」

「――は、はい!よろしくお願いします」


 マーマレードは慌てることなくマオを促す。マオは動揺を隠せずに頷いた。

『リヒティローダー』と違い、『ザ・ヒーロー』は異常事態の方からやってくる。

「なんだーか、たよーりねーな」

「……ウサギは最前線に突っ込んでよね」

 マオは冷たい瞳でそう命じた。

「――ひどいーよ!」

 そんなマオに対して、ウサギは宙をふわりと飛んで文句を垂れた。

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