第7話

「……やっぱ、クズはああなるんだな」

「なんで悪いことするかね。馬鹿な奴だ」

「さすが、ヒーロー」

「あんな奴、殺してしまえばいいのに」

 誰が空気を揺らしているのか、判断はつかない。


 その声は幼い少女の鼓膜を容赦なく揺らす。少女の怯えを含んだ瞳。少女は敵意に怯える。

 その時、人並みの中から、とてもとても小さな石ころが投げられた。

 それは倒れこむ女性に届きはしなかった。けれど、その意思は届いていた。

 突如、それは雪崩となる。我先にと民衆は石を手に取り、その女性に向かって投げ始めたのだ。少女にあたる。その考慮無く、悪を迫害しようと彼らは一致団結した。


 その様を、マオはただ茫然と、見つめる事しかできなかった。


 これは一体なんだ?彼ら人間は何をしているんだ?

 まさか、ヒーローの様に悪を断罪しようとしているのか?

 しかし、これではまるで―― マオは唇を固く噛み締め、拳を握る。

「――ヴィランにしか見えないじゃないか」

 マオは漏らす。これが守るべき弱き人間?


 確かに彼女は悪だった。

 しかし、なぜこうも石を投げる彼らは、瞳に『正義』を宿せると言うのか。

「……」

 親子の前に立ち塞がるルーク。その瞳は虚ろで、絶望しているようにも思えた。

 彼はヒーローとして悪を裁く。弱き者が良い者とは限らない事を知っていた。

 ならば、悪と決め打つその基準は何か?

 それは他人を傷つけない者。はたしてこの場に『悪』ではないものがいるのか。

「……ほんと疲れるな」

 ルークは苦しげに呟いた。


 その時だった。

「おみゃーら、やめんか!何をしとるか、わかっとんのか!」

 腹部を抑えた老婆は、よろよろと半身を起こし怒鳴った。


 その瞳からは涙。痛みに顔を歪ませ、加害者に降る石の雨を止めようと声を振るった。諦めたように表情を曇らせるヒーローがいる中で、老婆だけは心から怒った。

 その言葉に石の雪崩は弱まり、そして消えた。


 石を投げていたものは、ばつが悪そうに顔を見合わせる。何も叱られることをしているつもりは無かったからだ。これはいわば、老婆の代わりに、正義を執行したに過ぎないと。

 しかし、老婆は叱る。

「貴様らにゃ、あの女を裁く権利はない!ましてやヒーローもじゃ!裁いていいのは儂だけじゃ!自惚れんな貴様ら!」

 老婆は叫んだ。その言葉はヒーローが生まれる前を知っているからこそ、出てくるものだった。世界のかじ取りはもはや、人間の手を離れてしまった事を知っていた。

 それでも老婆は人をそして、ヒーローを叱る。


「……」「……」

 その言葉に無言になる民衆。そして二人のヒーロー。

 その場を収めるのはヒーローでは無く、ヒーローの様に強い意志を持つ老婆だった。

 二人のヒーローは何もできなかった。その時、空から二人の男女が降り立つ。

 男はマントをはためかせ、超常の力でふわりと大地に降り立つ。背が高く精悍な顔立ちをした青年は、法力を使わずとも、敵をなぎ倒すことが出来そうな、気迫を持ち合わせていた。

 無邪気な笑みを浮かべた女性は、ヘリコプターを骨組みだけにしたようなものに、ぶら下がり、周りに土埃を舞い上がらせながら、地上に降り立った。

 どちらも溢れんばかりの力を体内に秘めていた。二人はヒーローだ。

「……なんだ、この騒ぎはよ」

「――げほっ、げほっ」

 男はこの現状に苛立ちを見せ、女は舞い上がる土埃にむせる。


 二人のヒーローの登場に場は静かに凍り付き、再び金貨の配給へと流れは戻されていく。傷ついた老婆。そして、気絶した母親と、その子供はヒーローが保護する形となった。

「……悪いね。ナイト君にビショップちゃん。迷惑をかけた」

 ルークはばつが悪そうに笑うと、後から現れた二人に言った。

「構わん。あんたはいつもこうだからな」

「優しすぎなんだよねー」

 男はぶっきらぼうに返し、女は笑顔で返す。

 二人はマオ達を支援するために、本部から使わされたらしい。

「……むぅ。そうは言うけどさ」

 男の言葉に、苦しげな表情を浮かべるルーク。

「そんなもの明確な基準、そして、それを執行する強い気概がないからこそ起きるんだ」

 ナイトは腕を組むと、偉そうに言葉にする。

「ナイトの明確な基準ってー?」

「それは僕も気になるな」

 ビショップは、にこにこと笑いながら問いかける。ルークもナイトの次の言葉を待った。

「ふっ、それは『金』だ。金を奪うものが『悪』そして、奪われる者こそが『正義』だ」

「ナイトは、ギャンブルに一度も勝った事がないから正義だねー」

「そうだ。正義だ」

「……ず、随分と身勝手だね」

 ナイトの言い分に苦い顔を浮かべるルーク。ビショップはずっと楽しそうだった。

 場が収拾し、落ち着きを見せる中。


 一人のヒーローが悔しさに泣いていた。

 力の無さ、意志の弱さを嘆く。何もできなかった。

「……分からない。ヒーローは何の為に存在するの」

 打ち捨てられたウサギの人形だけが、少女の泣き顔を見上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る