第5話
そんなものを召喚したいヒーローなどいるのだろうか?マオは心の中で呟く。
「そ、だから、使う時は囮に使ったり、特攻させたり、まぁ帰ってこないようにするのが基本だね。でも彼らは本当に役立つんだ。召喚した物体の周辺は、まるで自身の周りの様に知覚することが出来るからね。戦略的にも使える」
ルークは『召喚』について説明していく。
「……そうですか。考慮に入れときます。それで、彼の死は役に立ったんですか?」
マオはぶっきらぼうに応えると、ポーンの成果を問う。
「もちろん!僕が知覚した気配では間違いなくあのビルだ。携帯対戦車グレネードを打ち放った場所だな。あそこに人間が二十人程いるようだ。マシンガンっつーのか?それを持っている奴多数。後は適当にいろいろ」
すると、鼻高々にルークは成果を報告する。マオは呆れたようにため息を吐いた。
「なんだか、ポーンさんは無駄死にみたいですね」
「――え、なんで?」
マオの呟き。その言葉にルークは耳を疑う。
「いえ、さぁ向かいましょう。陽が沈みます」
「――むむ。まぁいいさ。カッコいい僕を見せてしまえば、君も考えを改めるだろうさ」
「そうだと良いですね」
マオの促しに応えるルーク。そのセリフの気障さに辟易するマオ。
二人は十数階建てのビルに、足を踏み入れる事となった。そこは彼らヒーローより遥かに弱い人間達が巣食う場所。ヒーローが悪と吐き捨てる人間の掃き溜めだった。
戦いは圧倒的だった。人とヒーローの戦いなど、人にとっては罰でしかない。
表現することも、文字にすることも、それは憚られてしかるべきだった。
「……こんなものか。容易いな」
ルークは寂しそうにそう呟いた。ビルの八階。開けた場所に彼の言葉は落ちる。その言葉は地面を転がり、伏せる男たちのうめき声に消された。
ヒーローの戦いは基本、派手である。しかし、それはヴィランと戦う場合のみ。
リヒティローダーのヒーローは基本、ヴァリアンでは無く人間の相手をする。その為、地味なヒーローの割合が多かった。このルークと言う男もそれにならう。
「閃雷の名を語るだけありますね。でも、思ったよりピカピカしなかったのが残念」
マオは、足元に倒れた大男を飛び越えると呟く。
今回の件で彼女は手を出していない。あくまで見学と言う形だ。
「ふっ、あくまで素直に褒める気は無いようだな。まぁいいさ」
マオの言葉にルークは呆れる。閃雷の名は彼の凄まじい速さから来たものだ。
ルークは辺りを見回す。どのルートから手に入れたのか、分からない様々な国の銃を手に突っ伏す黒服の男達。その中には東洋の剣『刀』を手にしている者もいた。
「こいつら、一体どこの国の連中だ?白人黒人アジア人なんでもござれだ」
ルークは首を傾げる。その横で、マオは目を輝かせながら、倒れた男の手から刀を取る。
「おお!ジャポンのかたーな!」
それを掲げて嬉しそうに微笑むマオ。彼女は東洋の『ブシドー』なる物が大好きだ。
「なんだい。君も東洋かぶれかい?最近、ヒーロー界隈で人気だねぇ」
マオの感嘆に呆れるルーク。彼のルーツは白人だ。マオの肌は白いがルーツはアジア。
「……東洋かぶれと言う訳ではありません。私は、昔からジャポンの文化は好きですよ。それよりいいんですか? ここに来た目的は、彼らを倒す事だけではないのでしょう?」
マオはルークの言葉を否定するとそう言葉にした。
「もちろん、僕らは弱者を痛めつける者から、富を奪い、再分配するのが目的なんだ。ここから有り金を全て持っていく。この周辺の奪われた奴らに返すさ」
「……正義ですか」
ルークは目的を伝える。その行為の名を少女は問う。
「そうさ。もちろん」
ルークは一寸の躊躇いなくそう応えた。その時だった。
「……ふざけんなよ。クソヒーロー。何が正義だよ」
一人の男が立ち上がり、よろけながら壁に背を預ける。
その瞳は、憎々しげにこちらを見つめていた。その手には一つの銃。
「……」「……」
ルークとマオは無言で男を見つめる。
考える事は、男の手に握られている銃が、こちらに向けられるか否かだ。
「はっ、やる気はねぇよ。人間はヒーローには勝てない。そんなもんわかってる。でもな、ひとつだけ聞かせてくれよ。俺は弱いもんから力を使って金を巻き上げている。それは上に上がる為だ。俺から金を巻き上げられたくなけりゃ、他の土地に逃げればいい。それすらしない弱い馬鹿な奴らから金を奪ってんだ。お前らが嫌う弱い者いじめだ。でもな、お前らがしている事と何が違うんだ?俺のやってることってクズなのか?」
男は自身の意志を語っていく。この男のやった事は、逃げるすべを知らぬ弱者を痛めつけ、自身の私腹を肥やしたこと。上になど登れてやしない。
男の言葉にマオは苛立ちを覚える。
「私たちがやっている事が、あんたらと同じな訳がない。貴方はクズ。変えようのない事実」
マオは男を睨み付けながら言い放つ。
「――はっ、ガキが」
すると男は、薄ら笑いを浮かべる。
「――っ!なんなのこいつ!」
「やめるんだマオくん。彼の言い分は間違っていない。事実、僕らは弱い者に力を振るった」
手に持った刀の柄を強く握るマオに、ルークは落ち着くように促す。
「……弱い者か。最初から強く生まれた奴はいいな」
ルークの言葉に苦しげに漏らす男。この男は正義の元に罰せられるべき存在。しかし絶対的な力を持つ者、持たざる者が共生する世界の歪さに、巻き込まれた人間でもあった。
それを理解し、なおルークは言った。
「そうだな。しかし僕は思う。弱くたって良い奴ならそれでよかった。君にはそれが出来なかったから、このような現状を晒している」
「……」
ルークの言葉にマオは黙る。
「……良い奴じゃ食ってけねぇんだよ」
男は吐き捨てる。
「そんな事、知るかよ。少なくとも、良い奴ならヒーローが食わせてやる」
その言葉にルークは言った。
「……はっ、それじゃまるで家畜だな」
ヒーローと人間の関係。それは辺境に住む人間達が持つ、共通の思いかも知れなかった。
「金が目的なんだろ?もってけ」
男は疲れたように言うと、部屋の奥にある金庫を指さした。
人間が作り上げたセキュリティの万全な物。人には壊す事も持ち出すこともできない。
「ふっ、ありがとう。食うのに困ってそれでもなお、誰にも危害を加えないと言うなら、僕らヒーローが真っ先に君を救おう。とりあえず元気に生きろ」
男の言葉にルークは笑顔を見せる。ヒーローは人の過去を気にしない。
「……ふっ、好きにするさ」
その言葉に応える男。この先、この男が改心するかどうかは、分からない。
また手を悪に染めたならば、再び正義の鉄槌が下されるだろう。マオはこの正義の執行がただただ無意味な事に感じていた。
彼のような人間は世界中にいる。根本が変わらなくては意味がない。
その根本は一体、何なのだろうか?
少女の旅が続く限り、疑問は尽きることなく、増え続ける様に思えた。
「……どうしたマオくん。得るものは得た。行こう」
考え込む少女に声を掛けるルーク。彼の手には、金貨の入った小袋が何十もぶら下がっていた。彼にとって金庫の鍵を開けることなど容易い。
「……はい」
マオは頷く。男の冷めた視線を背中に感じながらビルを後にした。
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