第3話

 時代はヒーロー世紀五十年。

 人々の憧れだった過去の主要都市のほとんどは陰惨な道程を歩んでいた。度重なるヴィランの凶行。未だ完全に消し去る事の出来ない差別や、格差によって、都市はスラム化し、迫害された弱い人々が身を震わせ住んでいた。


 その都市に少女は降り立つ。優しい少女は唇を噛む。

「……未だに世界は平和になんかなっていない。みんな隠れるようになっただけ」

 少女は呟いた。ヒーローの手でも、人間の犯罪のすべてを消し去るのは難しかった。

 人間は隠れるように悪事に手を染めるようになった。


 そんな人間を正す事。粛清する事を意義とする組織が『リヒティローダー』だ。

「ふっ。悲しい事実だな。言っている事は的を射ているよ。マオくん」

 マオの呟きに応えたのは、鳶色のぼろきれを身に纏った甘いマスクの男。

 男の気障ったらしい物言いに、マオは眉間にしわを寄せる。

 彼は彼女が、リヒティローダーに所属するに至って、世話役となった男だ。


「……。ルークさんは、これからどこに行くんですか?」

「行き先は簡単だ。オールドナーク北部ハンナム。現世界最高峰のクソ共の掃き溜めだ」

 不機嫌そうに応えたマオに、ルークと呼ばれた男は笑いながら応えた。


 過去の栄華を極めたオールドナーク。多くの人種を受け入れ、止めどない成長を続けてきた都市だ。しかし、ヒーロー世紀になってからそれは大きく傾いた。何もかも引き入れたその都市はヴィランの標的となり、私腹を肥やそうと野望持つ人間の住処となった。

 そして、ほかの町から迫害された人間の最期の逃げ場所となる。


「……掃き溜めですか。逃げてやってきた人もいるんですよ?」

 マオは男の言葉に苦い表情をする。

 オールドナークは汚い心を持った力ある人間と、弱い人間が共存を強いられる街。

「……マオくんは優しいんだね。ただ間違えちゃいけないよ。弱い人間が良い人間とは限らない。そして、それらを判断するのは僕らヒーローではない。人間達だ」


 マオの言葉に男は応える。

 その言葉にマオは不愉快そうに、眉間にしわを寄せるだけ。

 オールドナーク北部ハンナムに向かう道中。

 天を貫く多くのビル群からは、微かに人の存在が感じられる。

 アスファルトを貫き巨木が生え、ゆっくりと人の領域が自然に帰りつつあった。

「まるでアリ塚の様だと思わないか?これだけ高いものを作り上げて、そこに巣食う」

「……人に対して、悪い印象を持っているようですね。単に土地の有効活用だと思いますが」

 男は狭くなった空を見上げながら吐き捨てる。その言葉にマオは苦言を呈す。

「僕らの正義は、人間に対して、無償の愛を与える様なものでは無いんだ」


「……」男の言葉に、マオは無言になる。

 ヒーローが好んで使う言葉――『正義』。

 その千差万別の色合いにマオは辟易していた。

 見る角度によって色を変える。マオはそんな『玉虫色の正義』が嫌いだった。

 だからこそ、少女は世界を知らなくてはならない。

「ルークさんの正義ってなんなんですか?」

 マオは問いかける。ルークは楽しそうに笑うと応えた。

「ふふっ、思春期真っ最中の様だね。まぁいい。応えてあげるよ。僕は他人を傷つけるものこそが悪だと考えているよ。それを止める事こそが正義だと思っている」

「……そうですか」

 勧善懲悪。シンプルな理由。ヒーローらしい理由だとマオは素直に思う。

「参考になったかな?」

「……」

 マオは応えない。彼の言葉は間違っていないはずだ。しかし、何かが胸につかえる。


「……まぁいい。それじゃ行こうか」

「……はい。『閃雷のルーク』さんのお手並みを拝見させていただきます」

 ルークの言葉に、マオは言いようの無い思いを、嫌味を交えて応えた。

 ヒーローの移動方法の基本は徒歩である。その理由は簡単だ。

 人間が作り上げた移動のための道具は、ヒーローにとって足かせにしかならない。移動中にヴィランに襲われでもしたらひとたまりもない。

 しかし、徒歩だけでは問題もある。それは海を渡る場合だ。

 ヒーローの約一割は自分自身の力で空を飛ぶことが出来る。そしてそれを含めた約四割は自身の力で海の上を歩くことが出来る。そして更にそれを含めた七割が海上を航行可能な乗り物を自身の力で生み出すことが出来る。残りの三割はどれもこなすことが出来ない。

 その三割にあたるヒーローは、自身が生まれた場所で強くなるまでは、より強いヒーローの保護下で力を高めることに従事する。しかし、それを嫌うヒーローもいた。


「……で?マオくんは『法力』をどれだけ使いこなせるの?」

 目的地にそろそろ着くかと言う頃。ルークは振り返りマオに尋ねた。

『法力』それすなわちヒーローの力の根源。彼らが人ならざる証。

「……私は『法衣化』しかできません」

 マオは、少しだけ恥ずかしそうに、そっぽを向きながらそう応えた。


『法衣化』とは、法力を身を守る装備として『具現化』する事。

「何を恥ずかしがるんだい?それだけできれば十分だよ。しかし、リヒティローダーに所属したからには、覚えてもらいたいことがある」

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