レッスン20「薪 (5/6)」
「これが……僕が納品した薪ですって!?」
「ええ。こちらが、オーギュスさんがクリスさんの代わりに納品した品です。間違いありません」
いつもの受付嬢さんが見せてくれた薪は、それはそれはひどいものだった。
本数こそ、2,100本と同じだった。
けれどその中身はというと、サイズはバラバラ、どれも断面はささくれ立っていて、中には枝を割って『薪』と言い張っている代物もあったし、腐りかけの物も多々あった。
これだけひどい品質なら、200ルキで買い取ってくれたギルドにはむしろ感謝しなきゃと思う。
「これは僕が伐採したものではありません」
「証拠はありますか? あるならオーギュスさんを訴えることもできますが……」
「証拠はない。――今はね」
お師匠様が笑う。
「けど、なければ作ればいいさね。薪の任務はまだまだあるんだろう?」
「は、はい!」
受付嬢さんの返答に、僕とお師匠様は顔を合わせて笑い合う。
「じゃあ、証拠は明日に」
「ですね!」
■ ◆ ■ ◆
というわけでやって来た翌朝の西の森。
「さぁ、容赦なく行くとしよう」
お師匠様が楽しそうだ。
「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――
数秒、空という空を真っ赤な魔法陣が覆った。
いつもより若干、展開期間が長い――いったいお師匠様は、どれだけの広範囲を探査したのだろう。
「来な――【
お師匠様の視界を借りると、西の森をまるで横断するかのように、西へ西へと無数の木々が青白い光に覆われている。
「人間はいない。ちょい強めの魔物がいるが、いまのお前さんにゃちと辛いだろうから探査対象からは外してある。さぁ、やれ」
「【
丹田から、ずるずると魔力が吸い出されていく。
「――――【
あんなにも生い茂っていた木々が、地平線の向こうまで一本残らず収納された。
かつて『魔の森』と呼ばれ、魔王国に住む人々を恐れさせてきた森のど真ん中に、一本の道が出来上がった。
ご丁寧に、切り株のひとつも残さずに。
そうして僕は、気絶した。
■ ◆ ■ ◆
「【
「…………っは」
「気がついたさね?」
「……はい、お師匠様」
また、お師匠様に膝枕をされていた。
起き上がる。
「悪かったね、クリス。ちょいと、加減を忘れちまったよ」
改めて、地平線の彼方まで木々が消え、真っ平らな道が出来上がっているのを見て、僕は全身が震えていることに気づく。
「あは、あははっ、すごいすごいすごい! すごいぞ!!」
「ああ、実際すごいさね」
「ですよね!?」
やったやった、お師匠様にも褒められた!
すごいぞ! これならもう、誰からもバカにされずに済む!
役立たずって罵られずに済む!
僕をバカにしてきた奴を、思いっきり見返してやることが――…
ばち~んっ!!
と、僕は自分の両頬を叩く。
「んおっ、どうしたさね、急に?」
「いえ、危く自分を見失うところだったと言いましょうか……」
「うん?」
「いえ、この力は、あくまでお師匠様の助けがあればこその力ですから」
「あははっ、謙虚というか気弱というか……ま、お前さんらしいさね。それで、どうだい? 疲労は感じているかい?」
「疲労……? あっ、言われてみれば僕いま、ものすごく疲労を感じてます。【ステータス・オープン】――おぉぉぉッ!! 【
「あははっ、そいつはよかったねぇ! これでゴブリンやオークや――…人間の首だって、狩れるようになったはずだよ」
なんてことを言うんだ、この人は!
「【
お師匠様が遠く西の地平線を見ている。
お師匠様の目を借りると、木々が払いのけられてできた道は本当に森の果てまで続いていて、その先にあるのが――
「城壁――アルフレド科学王国の国境!?」
「まぁ正確に言えば、あの国が国境と宣言してるのはもっとこちら側だけれど……あれがあの国の防衛線さね。城壁に隙間が空いているだろう?」
「弓を射かけるんですか?」
「あっちの国じゃあ、弓なんて前時代の物は使わないよ」
「じゃあ
「原始時代じゃあるまいし」
「じゃあ、何だっていうんです? まさか、魔王国みたく射撃魔法を飛ばすんですか?」
「銃、さね」
「銃ぅ~~~~?」
思わず笑ってしまった。
「あんな、真っ直ぐ飛ばない欠陥品並べてどうするって言うんですか。熟練の
お師匠様はにこにこと微笑むばかりで何も言わない。
……あれ? 僕いま、何か変なこと言っただろうか……。
「それにしても、お詳しいですね」
とりあえず、話題を逸らしつつお師匠様を褒めてみる。
「まぁ、旅の経験が長いからねぇ。そら、【
「はい!」
かくして僕は、死ぬまで毎日納品し続けても一生なくなることのない量の、薪を手に入れた。
■ ◆ ■ ◆
「ちょっと寄るところがあるから、お前さんは先に宿へお帰り」
城塞都市、冒険者ギルドへの道すがらでお師匠様が言う。
「またですか?」
「レディにゃ秘め事が多いのさ。それにいくら師弟だからって、四六時中べったりくっついてなきゃいけない法もないさね。それとも――」
お師匠様がニヤニヤと微笑んで、
「儂がそばにいないと寂しいのかい?」
「そ、そんなことないです!」
■ ◆ ■ ◆
――――そうして。
「よぉ、クリス」
また、昨日と同じ通りで憎らしい幼馴染――オーギュスに呼び止められた。
「…………オーギュス」
「今日も俺が、代わりに納品して来てやるよ」
「はぁ~」
けれど今日の僕には、深いため息を吐くだけの余裕があった。
「あん……?」
僕の態度を『生意気』だとでも受け取ったのか、オーギュスの顔が険しくなる。
逆に僕は満面の笑みを作り、
「頼んでもいいけど、お前の持ってるマジックバッグに入り切るかなぁ?」
「はぁ?」
オーギュスが懐から、手のひらサイズの革袋を取り出す。
「こいつは倉庫並みの容量なんだぜ?」
「倉庫並み。へぇ……ぷぷぷっ」
思わず吹き出してしまう。
「なっ――」
オーギュスの顔に朱が差した。
「てめぇ! クリスのクセに――」
「【
僕につかみかかろうとしてきたオーギュスの目の前に、整然と積み上げられた薪の山が出来上がる。
「何っ!?」
「【
オーギュスが後ずさったので、退路を塞ぐようにもうひとつの薪の山。
「えっ!?」
「――【
さらに、彼の左右をふさぐように薪の山と山。
四方の山はがっちりと腕を組み合っていて、さながら往来に薪の尖塔が建造されたかのよう。
「な、な、なっ……」
オーギュスの、驚いたような、怯えたような声が聞こえてくる。
思えば生まれて初めて、オーギュスにひと泡吹かせることができた。
何だろう、この胸のざわざわした感覚は。
エンゾたちに感じたのとはまた違う、解放感、爽快感、とてつもない胸の高鳴り!
「薪、よろしくね」
そう言った僕の声は、いまにも笑い出しそうだった。
「なっ、これ、てめぇがやったのか!? 出しやがれ!」
「自慢のマジックバッグに収納すりゃいいだろ?」
薪の中にうずもれたオーギュスへ告げ、僕は冒険者ギルドへ向かう。
何の為にかって?
そりゃ、まだまだ無限に持ってる薪を自分でも納品する為と、
――そして、オーギュスの悪事を暴く為さ。
■ ◆ ■ ◆
「な、な、なんと見事な薪……形は均等、断面はささくれひとつなし、オマケに完っ全に乾燥しきっているとはッ!」
いつもの受付嬢さんが絶賛してくれる。
「ね、昨日僕らが言った通りだったでしょう?」
「そのようですね」
「これでもし次に、オーギュスが粗悪な薪を持ってきたら……」
「はい。当ギルドとしましては、『適切な』処置を取らせて頂くことになるでしょう。――ギルドマスターと相談してきます」
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引き続きご覧下さり、誠にありがとうございます!
どうぞ、最後までお付き合いの程を、宜しくお願い致します!
次回、ちょっとだけ舞台の裏側のお話。ざっと読み流して頂ければ幸いです。
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