レッスン21「薪 (6/6)」
「貴様の方から、面会を申し出てきたというのに……時間に遅れるとは、いい度胸だな」
「も、ももも申し訳ございませんッ!!」
俺は平伏して、頭を床にこすりつける。
床には一面にふかふかの絨毯が敷き詰められていて、痛くはなかった。
「まったく、これだからゴロツキは……まぁよい。それで、何の用だ? 詰まらぬ内容だったら処刑してやるぞ」
「へへへ、それはもう」
揉み手で顔を上げる。
ソファにはでっぷりと太ったお貴族様が座っている。
この方は俺の雇い主。
全国の独自ネットワークを持ち、領地貴族におもねろうとしない冒険者ギルドに代わって、冒険者界隈の情報を集めては、こうやって上奏して小遣いを得ているってわけだ。
「閣下は300本以上もの
「知らぬが、それが?」
「ギルド職員の話によれば、300本と言えば、数年分の納品量に匹敵するとのこと。それだけの量が市場に出回れば、回復ポーションの価格暴落は必死です」
「なっ――そんなものが隣領に流出すれば我が領が悪風を被る! 急ぎ関税を掛けねば! いや、それどころでは済まんかも知れん――…」
お貴族様が顔色を悪くする。
「私は、300本ものツノを納品し、閣下の領地を窮地に陥れようとしている者の名前を知っております」
「誰だ、それは!?」
■ ◆ ■ ◆
手の中には小銀貨が1枚。
これだけ有用な情報だ。もっともらえるものと期待していたのに……やはり、遅刻したのが心証を悪くしちまったらしい。
クソっ、クソクソクソっ、何もかもクリスの
結局あの後、俺が持っていたマジックバッグだけじゃあの野郎が出した薪は入りきらなくって、残りの薪は置いて行こうかとも思ったんだが、自警団の奴らに呼び止められちまって。
クリスの所為だっつったんだが、連中も『無能な冒険者』クリスのことはよくよく知っていたから、『あのクリスにこんな上質な薪が作れるもんか』、『いいから馬車が来る前にさっさとどけろ』の一点張り。
ならお前らのマジックバッグを貸せって言ったら、三割寄越せときたもんだ。
おまけに断ったら罰金だと。
自警団なんて名ばかりの、チンピラどもが!
そんなごたごたの所為で、お貴族様を訪問する時間に遅れちまったってわけだ。
■ ◆ ■ ◆
「……ねぇオーギュス。クリス、元気だった……?」
『
客は俺しかおらず、暇らしい。
長い銀髪を結い上げているのが、給仕服によく似合ってる。
「知らねぇよ」
「でも……その、今日、会ったんでしょう?」
「会ってねぇよ」
「ウソ。さっき、お客さんが言ってたもん。クリスとオーギュスが通りで話してるのを見たって」
「ちっ――」
シャーロッテの口からクリスの名前が出てくるたびに、俺は自分でもはっきり分かるほど不機嫌になる。
「お前だって、あいつのことは見限ったんだろ? だったらもう、あいつのことは無視しろよ」
「た、確かにあたしはこの前、クリスを追い返した……で、でもそれはっ、て、店長に、もうクリスには食わせるなって言われたから――」
……そう。
そして、お人好しなここの店長に、クリスについてあることないこと吹き込んだのはこの俺だ。
まぁもっとも? あいつがツケを払える見込みもないのに毎日毎日ここに来てたのは事実だし、クリスが冒険者ギルドですこぶる評判が悪かったのも事実だ。
「クリスのことなんて忘れちまえ」
「でも――…」
シャーロッテもシャーロッテだ。
クリスはガタイだって腕っぷしだって、魔法でだって俺より弱っちい。
いっつもなよなよしてイジメられてて、そのたびにシャーロッテに守られていた。
「クリス、大変そうで、可哀想で……」
こいつだって、きっと内心分かってるはずだ。
その感情が、犬猫に対する感情と同じものだって。
あいつがもっともっとみっともない姿を見せれば、きっと冷めるはずだ。
……つぶしてやるぞ、クリス。
もとより、他人の悪いウワサを流すのは得意技なのだから。
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横道はここまで!
次回、【首狩り
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