レッスン19「薪 (4/6)」

「ちょっと寄るところがあるから、お前さんは先に宿へお帰り」


 城塞都市、冒険者ギルドへの道すがらでお師匠様が言った。


「あ、僕もついて行きます」


 お師匠様がニヤリと笑い、


「来てもいいが……買い物だよ? ――女の日用品の」


「し、ししし失礼致しました!」



   ■ ◆ ■ ◆



「よぉ、クリス」


 通りを歩いていると、嫌というほど見知った顔が、行き先をふさいだ。


「…………オーギュス」


 短い茶髪頭、そばかすだらけの顔。

 背丈は僕より頭ひとつ分大きい。

 同じ孤児院出身で、同い年の嫌な奴。


 ……忘れもしない、僕がエンゾたちのパーティーから追放されたときに、


『パーティー追放100目、おめでとう』


 と拍手をしてくれやがり、あの場を盛大に盛り上げてくれやがった相手だ。


「な、何の用だよ……」


 こいつとの因縁は長い。

 僕とこいつとシャーロッテは3人して同い年で、物心ついたころにはもう、孤児院にいた。

 こいつは何かにつけて僕をイジメてきて、それをシャーロッテが止めてくれるというのがお決まりのパターンだった。


「何の用、とは連れないなぁ」


 オーギュスが目の前にまで迫って来て、僕を見下ろす。

 ……これをやられると、僕は体が硬直してしまう。

 さんざんに殴られ、蹴られ、踏みつけられてきた記憶がよみがえる。


「知ってるんだぜ……お前、『銀河亭』で寝泊まりしてるんだろ?」


 それは、お師匠様が僕の部屋を借りてくれている高級宿の名前だった。


「あのキレイな姉ちゃんに金出してもらってんのか、ん?」


「お、お、お前には、関係ない、だろ……」


「まぁまぁそう邪件にするなって! 俺ぁお前をねぎらいに来たんだよ」


「労いに……?」


「そう。お前、今朝、薪の伐採任務を受注したんだってな? 冒険者ギルドはこの通りをずぅっと行った先にある。けど、お前が寝泊まりしている『銀河亭』は内壁の向こう側の、『内南地区』にある。冒険者ギルドで薪を納品して、入り組んだ内壁の中をぐる~りぐるりと『内南地区』まで行くのは骨だ」


 オーギュスが向かって右側を指差し、

「けどいま、ここで曲がれば、壁の外からすぐに『内南地区』へと入れる」


「けど、納品しないわけにはいかないだろ」


「だから、俺の出番ってわけだ」


 オーギュスが笑う。人をバカにしたような嫌らしい笑み、嫌いな笑みだ。


「俺が代わりに納品して来てやるよ」


「…………何が目的さ」


「報酬の1割をくれ」


 ――――暴利だ。……けれど、


「な、構わねぇだろう?」


 至近距離で見下ろされ、オーギュスが腰につけた剣のツバをカチン、カチンと鳴らす音を聞いていると、冷や汗が出て来て泣きたくなった。


「…………わ、わかったよ」


「へへっ、まいどあり」



   ■ ◆ ■ ◆



「それで、まんまと薪を奪い取られたってわけかい」


『銀河亭』の食堂にて。

 お師匠様がテーブルに頬杖ついて盛大な溜息を吐く。


「すみません……」


 謝りつつも、僕は極上の食事をひっきりなしに口へ運び込む。

 食べているのは僕だけだ。

 お師匠様はと言うと、僕の景気の悪い顔つきを見るなり、『食欲が失せたさね』って言った。

 そしていましがた、顔色が悪かった理由を説明したところってわけだ。


「……おや、ウワサをすれば、さね」


 食堂の入り口を見れば、オーギュスが立っていた。


「あれ、お師匠様ってあいつの顔知ってましたっけ?」


「【念話テレパシー】で思念が流れ込んできたときに、ね。読もうと思ったわけじゃあないんだが、嫌な記憶ってのは想起されやすいからねぇ……」


 気まずそうに目を逸らすお師匠様。


「あ、あはは……お気になさらず」


「おい、クリス」


 オーギュスがずかずかと食堂に入って来て、テーブルにどしんっと麻袋を置いた。


「ほら、約束通り納品して来てやったぜ。じゃあな――」


 オーギュスが背を向けようとして、


「――お待ち」


 お師匠様が声をかけた。


「なんだよ姉ちゃん?」


「儂らが金を数え終わるまでは、ここにいるんだ」


「俺が信用できないってのか?」


「儂にとっちゃあ初対面の相手だからねぇ」


「けっ――」


 依頼書によれば薪は1たば数ルキ。

 それが200束以上あったんだから、600~800ルキは固いはず。

 しかもあの薪は水分を完全に抜いた一級品。

 乾燥の手間賃を省いた分、何割り増しかの1,000ルキくらいになるものと期待していたんだ。

 ……だというのに。


「【収納アイテム空間・ボックス】、【目録カタログ】」


【収納】してから枚数を確認して、僕は愕然となる。


「たったの180ルキだって!?」


 どしんっと大きな音がしたのは、粗末な麻袋に入っていた硬貨を、小銀貨18枚ではなくわざわざ大銅貨180枚にしていたからだった。


「オーギュス、これはどういうことだよ!?」


「どうもこうも、買い取り額から俺の取り分を取った額がそれさ」


「そんなわけないだろ!?」


「……あぁッ!? 俺がちょろまかしたとでもいうのか?」


 オーギュスが胸倉をつかもうとしてきたので、お師匠様の前で多少気が大きくなっていた僕は、急激に気持ちが小さくなる。


「わ、わかったよ……」


「わかったんなら、言うことがあるだろうが」


「わ、悪かったよ……」


「けっ」


 最悪の雰囲気を残して、オーギュスは去って行った。



   ■ ◆ ■ ◆



「気に食わないさねぇ……」


 ぼそぼそと食事を再開した僕に向かって、お師匠様が言った。


「お前さん、さっさと食い終えな。――行くよ」


「どこへ?」


「冒険者ギルドへ、さ」




***********************

 引き続きご覧下さり、誠にありがとうございます!

 本作は完結まで更新し続けます!

 極上の『ざまぁ』体験と、驚きのどんでん返しをご提供致します。

 何卒最後までお付き合い下さいませ!


 次回、憎らしいオーギュス相手にひと泡吹かせる!

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