第12話 ヤンキー殿下は勉学に励む

 ディヴァン・フォン・コルバティールという男は、自分が貴族であることを誇りに思っている。

 生まれながらにして平民の上に立つことを定められている貴族は、高潔な精神をもって彼らと向き合い、平穏や安全を与える存在でなくてはならない。そのために、まずは魔術学院の生徒会長に就任した。


「僕が皆に与え、皆を助けよう。この手が届く限り、皆の青い春と輝かしい将来は僕が約束する!」


 それが、ディヴァンの選挙演説の一節だ。

 生徒たちからすると、たいへん有難い生徒会長だ。

 ディヴァンの指示のもと、有力貴族である生徒会役員らがイベントや各委員会、倶楽部活動を取り仕切り、秩序ある学院生活を実現しているのだから。

 実際、彼の率いる生徒会はとても人気が高く、不満を感じているものは少ないのかもしれない。


 そして、アルズライト王国の主要な学問のひとつである歴史学では、ディヴァンが掲げるような「誇り高い貴族が平民を導いてきた」歴史がとうとうと語られており、生徒たちは当たり前のものとして教授しているのだが――。


「阿保くせぇ。反吐が出るぜ。貴族なんて、平民からどれだけ税金を搾取して、どれだけ懐に残すかしか考えてねぇだろ。あと、茶会と夜会と婚約破棄」

「みんながみんな、そういうわけじゃありませんわよ。というか、婚約破棄にこだわっておられるのは、殿下でしょう?」


 マルティナは、教科書を投げ出すルディウスを困った顔でたしなめる。

 今、二人は座学試験でディヴァンに打ち勝つべく、図書室で勉強をしているところだった。

 マルティナは、ルディウスの部屋でお菓子でもつまみながら対策を練りたいと申し出たのだが、「ばっ……、バカか! 男の部屋になんてノコノコ来ようとすんじゃねぇ!」と顔を真っ赤にして断られてしまったのだ。

 もちろんマルティナは、給仕係としてステラを連れて行こうと思っていたのだが、ルディウスの意外と可愛い反応を見ることができたので、そのことは黙っておいた。今まで散々女性を部屋に連れ込んでいたくせに、急に照れ出すとは何事かとも言いたいが、彼が少しは自分のことを意識してくれているのではないかと、乙女心がキュンとなった次第である。

 というか、そもそもルディウスの部屋はエリックに爆破されてから、まだ修復と片付けが済んでいないため、試験勉強などできる状態ではなかったのだが。


「わたくしたち、こうして肩を並べてお勉強しているのです。誰がどう見ても、似合いのカップルではありませんこと?」

「てめぇと組むのは今回だけだ。ってか、誰も見てねぇ」

「殿下が図書館に来た途端、みんな蜘蛛の子のように離れて行きましたものね……」


 二人の近くには誰もおらず、一帯はまるで貸し切り状態になっていた。いくつかの机を越えた先には、たくさんの生徒たちが楽し気に本を選んだり勉強をしていたりするのに、こちらに近づこうとする者も、視線を向ける者すらいない。

 理由はもちろん、ルディウスが怖いから。


「殿下は、寂しくはありませんの? 今まではたくさんの方に囲まれていらしたのに」


 ふと、マルティナが問いかけると、ルディウスは面倒くさそうに歴史学の教科書を拾い上げて机に伏せ置いた。


「『真の孤独とは、群れの中で偽りの笑みを浮かべることである。しかし、一人でも信じるに足る者がいれば、私は孤独ではない』。13代目国王の言葉だ。68頁の欄外脚注に書いてある」

「まあ、殿下! そんな細かいところを覚えていらしたのですか?」

「まぁな。13代目は、優れた者なら平民だろうが、女だろうが、魔力がほとんどなかろうが、どんどん取り立ててった変り者だったんだ。だから、欄外にしか載らねぇ」

「異質な王とは記憶しておりましたが……。まさか、殿下がそこまでご存じだったなんて! 実は、隠れてお勉強されてましたの?」

「たまたまだ。……おら、歴史学はもういいから、語学と法律学を教えやがれ!」

「ま! 教わる側だというのに偉そうですわね!」

「偉いんだよ、俺は」


 理不尽にもルディウスから強烈なデコピンを食らい、マルティナは椅子から落ちかけてしまう。

 痛い。ひたいが割れるかと思ったほどだ。


 だが、それでも座学試験対策に正面から取り組んでいるルディウスは、見ているだけで愛おしい。この不器用で粗暴な王子を何としてでも勝たせてあげたい。


「わたくしを信じていただけると嬉しいですわ、殿下」


 マルティナは、にこりと微笑む。

 勉強を教えることに関してそう言ったつもりだったのだが、「てめぇがいると寂しくねぇから、信用してんだろうな」と、ルディウスはぼそりと恥ずかしそうに答えた。


(あら……。もしかして、先ほどのお答え? 13代目の言葉になぞらえて?)


 多分、そう。きっと絶対必ずそうだと、マルティナの胸が熱く跳ね上がる。

 鏡を見なくても分かる。喜びのあまりマルティナの頬はバラ色、碧眼は星を映したかのように輝いていた。


「もうっ! 殿下の照れ屋さん! 素直に婚約続行と仰ってくださればいいのに」

「あ? 好きと信用は別だ! 俺はてめぇの学力と魔術と菓子は買ってるが、一緒になりたいとは思ってねんだよ!」

「分かってますわ。それも、可愛い嘘ですわよね」

「耳腐ってんのか? だいたい、てめぇの好みの男は俺とはかけ離れてんだろうが。黒髪の塩顔高身長がいいんだろ⁈」


 真っ向から否定してくるルディウス。

 マルティナは、彼の口から飛出した理想の男性像――お気に入りのロマンス小説の主人公の容姿については、「なぜそれを!」と叫ばずにはいられなかった。


 だが、その答えを聞く前に「そこ! 図書室ではお静かに!」と、司書に睨まれてしまい、会話は途切れてしまったのだった。



 ***

 そして、いよいよ座学試験当日。


「やぁ、ルディウス!きちんと試験勉強はしてきたかい? 僕は、生徒会の皆とみっちり勉強をしたからバッチリさ!」


 教室に入るや否や、マルティナとルディウスの前に滑り込むようにしてディヴァンが現れた。

 右手を腰に当て、ややのけぞり気味に胸を張り、こちらを見下ろしている。

 ディヴァンは元々身長が180センチ以上もあるため、自然と相手を見下ろす姿勢になってしまうようなのだが、ルディウスは非常に不愉快そうだった。残念ながら、身長勝負では完敗だ。インソール入りでも負けている。


「うるせぇ。勉強会したってリア充アピールかよ? どうせ、茶でもしばいてたんだろ!」

「茶をシバク? 飲むという意味かな? 君の言葉は荒々しく、難解で困るよ」

「茶をしばくは荒々しくねぇよ!」


 茶葉をピシピシと叩くイメージをしていたマルティナも、「そうですの?」と目を丸くした。

 ルディウスは時々、命のことを「タマ」と言ったり、自身のことを「ヤンキー」と言ったりと、聞き慣れない単語を使うことがあるのだが、どこか遠い国の言語だろうか。少なくとも、魔術学院の語学では習ってはいないのだが。


「その王族に相応しくない言葉遣いも、服装も髪型も直したまえ。まるで下品な蛮族だ。マルティナも、ルディウスが気品に満ちた紳士になってほしいと思わないのかい?」

「わたくしは、今の殿下はとてもワイルドで素敵だと思いますわ」

「はぁ。理解に苦しむよ。貴族の令嬢が、そんな価値観を持っているなんて」


 ディヴァンの大袈裟なため息に、マルティナはムッとして、ルディウスは特大の舌打ちを放つ。


「てめぇの価値観こそ、テンプレお貴族様でつまらねぇ。その高い鼻、へし折ってやるから覚悟しとけ!」

「ほう。自信があるようだね。いつも学問では、パーシバル殿下の陰に隠れていた君が、どれほどできるか楽しみにしているよ!」


 ディヴァンとの勝負は、語学、数学、地理学、生物学、魔術基礎学、帝王学、歴史学の総合成績で競い合うこととなっていた。

 ルディウスの家庭教師を務めたマルティナとしては、持ち得る知識全てを彼に授けたつもりだが、何せ一週間という短い期間。

 教えたことがきちんと身に付いているかどうかを確認する暇もなく、どうにかひと通りの復習をすることしかできなかったのだが――。


(こんな非公式な勝負で、王位を失ってしまうなんて、あってはなりませんわ! 殿下、ぶちかましてくださいな!)


 マルティナの祈りとともに、運命の試験が始まった。

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