第5話・医務室
私は兵士たちに連れられて城の医務室に着く。医師のザービンコワは、私のわき腹から出血している様子を見ると、あわててやってきて近づき、傷口を見た。
「さほど傷は深くない様ね。傷口を縫うから、しばらく安静にすれば大丈夫よ」
そう言うと、ザービンコワは兵士たちに私をベッドに寝かせるように指示すると、手際良く、針と糸で私の傷口を縫い始めた。
私は激痛に耐えながら、作業が終わるのを待つ。
作業が終わるとザービンコワは私に合図するように腕に触れた。
「傷口が開くといけないから、二、三週間はここで治療に専念して」。
「そんなに?」。
私は治療の期間が長いので、呆然となった。
その様子をみたザービンコワが私に向き直って言う。
「あなたは、働きすぎの傾向があるから、ちょうどいいのよ。この前みたいに無理やり休暇を取らせないといけないと思っていたところなのよ」
私がケガを戻ってきたのを聞きつけた司令官ルツコイ、弟子のオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタイン、副隊長の魔術師エーベル・マイヤーが医務室に顔を出した。
ルツコイは、私を顔を見て元気そうなので安堵した様子で話しかけてきた。
「大丈夫か?」
「痛みはありますが、何とか大丈夫です」
「現金輸送馬車は無事だったようだな」
「はい。あとは軍の兵士のみの護衛でアリーグラードまで出発したそうです」
「しかし。君の隊員五名がやられたと聞いた」
「はい。犯人に一瞬でやられました」
私は殺された隊員たちの顔を思い浮かべると、怒りが込み上がって来た。
「しかし、君が無事で何よりだ。早速で申し訳ないが、君達を襲撃した犯人について知りたい、状況を話してくれないか」
「はい」
私は込み上げる怒りを抑えつつ、自分を落ち着かせるように目をつぶった。そして、記憶を辿り、話を始めた。
「まず、現金輸送馬車の隊列は軍の兵士を先頭にして、そのすぐ後ろに私と隊員五名、馬車の後ろに隊員五名という配置で進んでいました。街を出てしばらくは何も無く、森の中に入ったところで、後ろから悲鳴がしました。それは、後方にいた隊員達のものでした」
私が目を開くと、ルツコイ達は私の話に相槌を打ちながら聞いている。
「現金輸送馬車と前の隊員達にはそのまま目的地に向かうように言い、馬車は進みました。私が後ろに戻ると後方にいた五人は落馬して倒れていました。彼らに近づき様子を見たところ全員斬られていました。そこへ男が現れて話しかけてきました」
私は再び目を閉じて、男の顔、特徴を思い浮かべた。
「その男の髪は茶色、短く整えていました。目も茶色。背は私より少し低く、良く鍛えているようで、体格はしっかりしていました。そして、奴は自分が五人を斬ったといいました。魔術を使って一瞬で斬ったということです。私もその魔術でやられました。奴の剣をなんとか躱すことができて、この程度で済みました」
「どんな魔術でした?」
ここで、ソフィアが興味ありげに口を挟んだ。彼女はカレッジ時代は様々な魔術の勉強をしていたから、特に興味があるのだろう。
「体の動きを速くする魔術だと言っていた。私は、奴とは結構距離があったのに一瞬で近づいてきて、斬られた」
「おそらくそれは加速魔術ですね」
「加速魔術?」
「はい。時間や空間をコントロールする空間魔術の一種です。その動きが早くなる魔術は、空間魔術のなかでも初歩的なものですね。ヴィット王国で使われるようです」
「加速魔術か…」
私はソフィアの発した単語を反復した。
「他には魔術は使っていましたか?」
ソフィアが続けて質問をした。
「いや、それだけだった」
「ということは、犯人はヴィット王国の者か?」
ルツコイは右手を顎の手を当てて質問をした。
「どうでしょう。そこまではわかりません」
ヴィット王国の者であるような特徴はあったかどうかはわからない。
「君が斬られた後はどうなった?」
「隙をついて火炎魔術で反撃しました。油断していた奴は炎に包まれたまま何処かに去りました」
「相手の行き先はわからないのだな?」
「わかりません」
「その後、私は斬られて、もう戦える状態ではなかった上に、奴が戻ってくる可能性を考えて、茂みの中に身を隠しました」
「その後に、君は仲間に発見されたということか…。わかった、その男の特徴を軍に伝え捜索を始める。警察にも協力させて指名手配させよう」
ルツコイは顎から手を離すと、少々大声で言った。
「とにかくだ、君に護衛をお願いした現金輸送馬車は無事にアリーグラードへ向かった。任務の遂行ご苦労だった」
「しかし、隊員五名が死亡しました」
「犯人は必ず捕らえる。あまり気に病むな。だから、傷が治るまで、ゆっくり休んでくれ」
「わかりました」
私はエーベルに声を掛けた。
「しばらく部隊をお願いする」
「了解。隊長殿。お任せを」
エーベルは微笑んで大袈裟に敬礼をした。
「何か欲しいものがあれば言ってください」
オットーが最後に声を掛けた。
「ありがとう。今は、何もないな」と一度言ったが、私はソフィアに向かって改めて口を開いた。「いや。ソフィア、暇つぶしに何か本を貸してほしい」。
「わかりました。後でお持ちします」
ソフィアは微笑んで答えた。
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