第6話・アーレンス警部

 翌日、私は変わらず横になったまま天井を見つめていた。

 軍医のザービンコワには、しばらくは安静にと言われている。


 同じ医務室の一番奥のベッドにはメリナがいる。

 彼女の使うベッドの前にはカーテンが張られているので、様子を伺う事は出来ない。時折、メリナとザービンコワがメリナの症状について話す会話が聞こえてくる。


 私もザービンコワと、暇つぶしに世間話をしたりしていた。そして、ソフィアに借りた本を少し読んだりしていた。

 本の題名は、“ダーガリンダ王国における魔術の歴史”。

 ダーガリンダ王国は旧ブラウグルン共和国と北東で国境を接している国で、数十年前までは魔術が盛んだった。しかし、ある事件の後、魔術の使用が禁止された。本の後半部分は、その経緯が詳しく書かれている。


 本を読み進めていると、正午前頃に、知った顔が医務室に現れた。

 警察本部のアーレンス警部だった。彼ともう一人見知らぬ人物を連れてきていた。

「クリーガー隊長、ご無沙汰しております」

「お久しぶりです」

「ヴェールテ家の事件ではお世話になりました」

「いえ。あれは副隊長のマイヤーがよくやってくれました」

「そうでしたね。彼は、お元気ですか?」

「ええ。少なくとも今の私よりかは」

 アーレンスは、私の冗談に笑ってみせた。

「クリーガー隊長も思ったより容態が良いようで安心しました」

 アーレンスは連れて来たもう一人を指して話を続ける。

「彼には、犯人の似顔絵を描かせます。犯人の特徴をなるべく伝えて下さい。似顔絵が完成したら、それを指名手配用に使えます」

「わかりました」

 私はそういうと再び記憶を探って、男の顔を思い浮かべた。そして、細かいところまで伝えると、彼は似顔絵をどんどん書き上げていく。

 絵の途中経過を見せてもらいながら、おかしいところを修正する。そのような作業を幾度となく繰り返して、似顔絵は完成した。

 その絵を見せられて私は感心した。本人そっくりだ。


「この顔です」。私は言った。「上手い。さすがですね」

「こちらもこれが仕事だからね」。アーレンスは満足げに微笑んだ。「これで、指名手配が可能になります。私の考えでは、おそらく、犯人はこの街にいると思います」

「それは、どうしてですか?」

「あなたが今回襲われた事件を加えて、これまでの三件の事件は街からさほど遠くない所で起こりました。最初の二件では、馬車は襲撃された場所で見つかり、銀貨の入った袋は数個しか盗まれていなかった。さらに、馬車が発見された辺りも軍にお願いして細かく捜索した結果犯人は見つかりませんでした。さらにアジトらしき場所もありませんでした。よって、街の外に潜伏している可能性は低いとみています」

「なるほど」

「その男が使う魔術についてはルツコイ司令官に聞いたのですが、その魔術で城門を衛兵に気付かれず通過することも可能かと思っています。その体の動きを速くする魔術で、衛兵がちょっと目を離している隙に、一瞬で通過してしまえば苦も無く通り抜けることが出来るでしょう」

「確かに出来そうです」

「ええ。次に、犯人は一度に多くの袋を運べなかった、ということは一人か少人数。私の見立てですと、おそらく、犯人はあなたを襲ったその一人だけでしょう」

「なるほど、そうかもしれませんね」。私はアーレンスの推理に同意した。「ルツコイは犯人の動機が、帝国に対する恨みで、金は目的でなはないかもしれないと言っておりました」

「そうだね。しかし、そうなると恨みを晴らす対象は、何も現金輸送馬車でなくても良い。街には帝国軍兵士が沢山いる。君を倒せるほどの魔術なら街の兵士を倒すことは難しくないだろう。そうなると、やはり金が目的でしょう。あるいは、金と帝国に対する恨み、両方かもしれない」

「両方」

 私はその単語を繰り返した。


 アーレンスは話を続ける。

「他にその男について気が付いた事はありませんか? 服装とか、話し方とか」

「服装は、特徴の無い、いたって普通の服でした。白っぽい上着。茶色のズボン。足元は確か茶色いブーツ。剣は太く大き目でした」。

 私は目を閉じて記憶をたどる。

「話し方は、どうかな…、特徴はなかったと思います」。

「そうですか。まあ、似顔絵が出回ったらすぐに犯人は捕まるかもしれません」

 アーレンスは似顔絵を改めて確認してから言った。

「また来ます。何か思い出したら教えて下さい」

「わかりました」


 私はアーレンス達が医務室を出ていくのを目で追ったあと、再び天井を見つめた。

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