第4話・襲撃
さらに二日後の早朝、ルツコイに呼び出されて私が執務室を訪れると、ルツコイは開口一番命令を伝えてきた。現金輸送馬車の護衛の命令だ。
ルツコイは説明をする。
「君たちが馬車を護衛するのはズーデハーフェンシュタットから北西の街までだ。そこへは半日ほどで到着できるだろう。これまで馬車は、ズーデハーフェンシュタットからさほど遠くないところで襲われている。もし、襲われるとしたら、その街に着くまでだろう」
「わかりました」
私は、この任務のために前もって傭兵部隊から十名を選出していた。彼らを招集し城の中庭に集めた。帝国軍の兵士四名も我々に同行する。そして、馬車の馭者は帝国軍の兵士が務める。
我々は馬を使い、現金輸送馬車の前後に別れ護衛することになっている。
まず、城から一番近い、輸送する銀貨が集められている銀行に向かう。
早朝であるため、通りの人出はまばらだ。
通りの主だった辻には住民の監視のための帝国軍の兵士が数人ずつ立っている、これはいつもの光景だ。
我々は銀行に到着する。銀行の前には、すでに銀貨の入った袋がいくつも積み込まれている馬車が待っていた。
馬車の護衛は、帝国軍兵士四名が先頭に、その後ろに私と傭兵部隊五名が並び、その後ろに馬車を。そして、馬車の後に傭兵部隊の五名という配置にした。
先頭の帝国軍の兵士が合図するとゆっくりと馬車は進み出す。
城から街の中を通り街壁まではトラブルなく到着し、そして、馭者は街壁の門の衛兵に手で合図をして門を抜けた。
さらに、目的地に向かって北西に馬を向けた。
しばらくは、辺りは見通しの良い草原だ。ここでの襲撃はなさそうだ。この先数時間後のところに森があり、そこを抜けないといけない。もし、襲撃されるとしたら恐らくその付近だろう。
予想の通り、草原では何事ともなく一行は進んだ
正面に森が見えてきた時、軍の兵士は一度、馬を返し一行を止めて注意を喚起した。
「襲撃があるとしたこの森を抜ける時だろう、辺りに注意を払ってくれ」。
私と隊員達は「了解」と一斉に返事をした。それを聞いて兵士は馬を再び正面を向けてゆっくりと進み出した。
そして、徐々にスピードを上げる現金輸送馬車。出せる最高の速度で森を通り抜けることにした。
しばらく進んだであろうか。背後から叫び声が聞こえた。
私は叫び声の方を確認するため馬を返した。私は現金輸送馬車の馭者と前にいた帝国軍兵士と傭兵部隊員達に対し、「このまま走れ!」と大声で指示を出した。
後ろにいたはずの五名の馬のみが馬車について行く。全員落馬したのか?
私は乗っていた隊員達を確認するために、後ろのずっと先を見ると遥か向こうで隊員達が倒れているのが見えた。
これはどうしたことだ。
私は状況がつかめないまま、隊員達が倒れているところまで馬を走らせた。
そして、馬を降り隊員を見た。五名とも何かで斬られて血を流している。こんな一瞬で五名がやられてしまうとは?
しかし、辺りには他の人の気配はない。
私は馬を降り、隊員達の生死の確認をしようとして近づいたところで、突然、後ろから人近づく気配がした。
私は剣の鍔に手をかけ、振り向いた。
気配の先には見覚えのない人物が近づいてきた。
その人物は短い茶色の髪にしっかりとした体格。そして、背はさほど高くないが、筋肉の付いた太い腕が袖からのぞいていた。
男は剣を手にこちらを伺っている。そして、なにやら笑みを浮かべている。
わたしには、その笑いの意味がわからなかった
男は笑いながら話しかけてきた。
「今回は護衛が多かったな。全部で十五人だと一度に倒せなかったなあ」
「これは、お前がやったのか?」
「そうさ」
それを聞いて、私は怒りを覚えた。
「これまでの襲撃もか?」
「ああ」
「今回は失敗したようだな」
「しょうがない。人数が多かった。次回は作戦を練り直すとするよ」。
「そうはさせない。お前を拘束する」
私の言葉を聞くと男は声を上げて笑ってから言った。
「俺を拘束だって?」
「その通りだ。抵抗しないほうが怪我せずに済むぞ」
「すごい自信だな。でも無理だ。俺を捕まえることは出来ない」
「それはどうかな?」
私は剣を抜いて構えた。
男は笑ったまま、動く様子がなかった。しかし、数秒後に予想しないことが起こる。
男は目にも止まらない速さで私に近付いた。
瞬きをしていたら、それに気づくこともないほどの一瞬だ。
男は剣先を私の方に向けていた。私は体を捩って剣を躱そうとしたが間に合わなかった。
脇腹あたりに激痛が走る。
私は思わず短く呻き声を上げた。体の力が抜け右膝を付き、剣を地面に落としてしまう。
そして、慌てて這って少し前に体を移動させた。
後ろから、男の声がする。
「すごいな」
私は体を声の方に向けた。男は変わらず笑みを浮かべていた。
「今のを躱したのは、お前が始めてだ」
私は激痛に耐えながら、ナイフを抜いた。
それを見て男は言う。
「そのケガでは、もう次は避けられんだろう」
「今のは…、魔術か?」
私は時間稼ぎのために質問した。男は油断しているのかその質問にゆっくりと答える。
「今のか? そうだ、魔術だよ。自分の動きを早くする魔術さ。まあ、ほんの一瞬しか使えないんだが、こう言った斬り合いの時には、それで十分だ」
私に、この男の笑みの理由がわかった。これは余裕の笑みだ。自分が倒されることなど想像もしていないのだろう。
「おしゃべりは、もういいだろう。トドメを…」
そこまで男が言ったところで、私は火炎魔術で火の玉を手から放った。
火の玉は、油断していた男に命中して燃え上がった。
男は「畜生!」と悪態を付いて、体に火を付けたまま一瞬でどこかに走り去ってしまった。
私は男が戻ってくる可能性を考えて、這って少し離れた茂みの中に身を隠した。
痛みのある脇腹を触ると手に血が大量に付いた。深い傷なのだろうか。
私はそこに隠れて一時間ほど経ったであろうか、茂みの中から様子を探る。男が戻ってくる様子はなかった。
さらに時間が進む。すると先に進んだ馬車を護衛していた傭兵部隊の隊員達が私を探すために戻ってきた。
隊員達に聞くと、先に進んだ馬車は無事に最初の目的の街までたどり着いたという。その後は帝国軍の兵士のみの護衛で先に進む。これは、当初の予定どおりだ。
私は激痛を堪えながら隊員達に馬に乗せられ、何とか城に戻ってきた。そして、治療のため医務室へ運ばれた。
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