第2話 斎藤アラタ

「東京湾より壊獣出現。55M級。ランクは5、クラス中級(ミドル)。

壊獣ネーム”サイドラン”。繰り返す、東京湾より壊獣出現―――」


 パイロット第1期生斎藤アラタは、今月3度目の壊獣アラートを聞きながら自室で出撃の準備を整えていた時、ふとこれまでのことを思い出していた。


 忘れもしない2030年6月、東京湾の海底深くから最初の壊獣「サラマンダ」が出現し、関東地方を壊滅に追いこんだあの日。アラタは当時高校生で、小学生の時に両親を亡くしてからは、孤独の身となった自分を引き取ってくれた祖母と共に東京都練馬区で暮らしていた。あの日もアラタは祖母と別れ高校へ行き、授業を受けていた。うだる暑さが初夏を感じさせるような、普段と変わらない平凡な日常がスタートするはずだった。しかし教室に鳴り響いたのはけたたましいサイレン。進行する壊獣、混乱する教室、逃げまどう群衆。アラタは窓の外に見える景色にどこか現実味を感じられずにいた。町中がパニックに包まれる中、アラタは一目散に祖母のいる家へと走りだした。家につくと案の定、祖母は家を出られておらず、部屋の隅で小さくなって震えていた。祖母を非難場所へ連れていくには自分だけではなく他の人の助けがいる。「誰か!」アラタは外に出て、助けを求めた。しかし町中は極限のパニック状態であり、誰もがわが身可愛さに逃げていく最中、ちっぽけな高校生の声に耳を傾ける者は誰一人としていなかった。サラマンダが初めて姿を見せてから約4日間。アラタは祖母の傍ら、これまでの日常が火の海の奥深くへと沈んでいくのをゆっくり感じていた。ようやく窓の外が少し静かになってきた頃、後処理にやってきた自衛隊に2人は酷く瘦せこけた状態で発見された。


 次にアラタが目を覚ましたのは、仮設病院のベッドの上だった。

 横たわる自分の体には点滴が繋がれている。最後に時刻を確認したときから、どうやら2週間以上が経過しているようだった。随分長い間、意識を失ってしまっていたらしい。病室へ検診に来た看護婦さんが喜んでいる。アラタは「一体祖母はどこにいるのか」と尋ねた。


――――――――――。


 どうやらその看護婦さんが言うには、元々体の弱かった祖母は自衛隊に発見された時点で既にアラタよりも衰弱の程度が酷く、今も意識昏睡が続いているらしい。アラタは「今すぐ祖母に会わせてほしい」と頼んだが、こことは別の病院にいるようだ。それから数日してアラタは退院し、そのまま祖母がいる病院に足を運んだ。

 ベッドの上に横たわる祖母は、以前よりもずっと痩せこけて見えた。担当の先生は「仮設病院ではできる治療に限界がある。もっと大きな病院に入院してもらうのがよい」と語った。先生から移転に必要な金額を聞いた時、アラタは自身の体から徐々に血の気が引いていくのを感じていた。


 アラタは働いた。幸い働き口はいくらでもあった。破壊されたのガレキの片づけ、仮設住宅に住んでいる人たちへの食事作り、壊獣の死体解体の手伝い、できることは何でもやった。全てはお金のため。アラタは奮起した。しかし給料から生活費や諸経費を差し引いてしまえば貯金に回せる額は決して多くなく、このままでは祖母を病院に移すことなど到底かなわない。アラタは悩んでいた。


そんな鬱屈とした日々の中、翌年の4月。春の訪れと共に政府が壊獣に対抗する兵器「リベリオン」を制作し、そのパイロットを募集しているとのニュースが流れてきた。募集要項を見てみると、そこには命の危険が伴うとの注意書きと共に、莫大な補助金が入ることが記載されていた。アラタはすぐさま適正テストを受けることを決めた。後から聞いた話によると合格率が極めて低いテストだったようだが、アラタは無事合格することができた。



適正テストに合格した後、その兵器「リベリオン」は俺の脳波を読み取ってパイロットとのシンクロした動きを可能にする、しかし稼働時間は過剰なシンクロによって脳が焼き切れてしまう限界時間に限られており、俺の場合は「10分30秒」であるとの説明が繰り返し行われた。正直人類のためとか、そういった大層な大義を掲げて戦うことは俺にはできない。ただ俺は育ててくれた祖母のため、俺のエゴを叶えるためにあの化け物どもと、この命を懸けて戦うだけだ。


「パイロットNo.1、斎藤アラタ。リベリオン1stに搭乗完了。出撃します。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る