第30話 台所が綺麗になりそうなお客様
「ね、ねぇ……周りに人が集まってるんだけど……本当に平気?」
若干挙動不審になりながらも、手に持った皿に乗っかるケーキをパクついた。
非常に美味しい、ちょっと甘すぎる気もするけど。
とかなんとか考えながらモグモグと口を動かしていれば。
「この様なパーティ会場では、食事中の女性に話しかけるのはマナー違反……とまでは言いませんが、基本的に相手がしっかりと挨拶出来る状態になってから声を掛けてくるのが普通です。 とても親しい仲でもない限り、食事さえしていれば……」
小声でアドバイスをしてくれるアリエルだったが、それはそれで厳しい気がする。
だって目の前のテーブル、ケーキしか並んで無いんだもん。
私はそろそろしょっぱいものとか、お酒が欲しくなって来たよ……とかなんとか思って見れば。
「お食事中失礼致します。 ほんの少しだけ、お時間を頂けないでしょうか?」
「はい?」
ありゃ? アリエルの言っていた事と違う。
というか普通に返事しちゃったけど、良かったのかな?
はて、と首を傾げながら視線を向けてみれば。
「おぉ、凄い。 渋い」
「ハハッ、お褒めに預かり光栄でございます」
「アオイさん……」
はぁ、と隣からため息が聞こえて来た気がするが仕方ないじゃない。
声掛けられたら返事するでしょ。
無視してケーキ食い続ける女って何よ。
糖分お化けか。
そんでもって、目の前には随分渋いおじ様が柔らかい笑みを浮かべていた。
すっご、見た目すっご。
金髪オールバックに、ビシッと決まったドレススーツ。
まさにお金持ちです! って感じはあるものの、ひけらかす様な雰囲気は無く、上品。
ブルーよ、将来こういう男性になりなさい。
きっとモテまくるから。
なんて、どうでも良い事を考えていれば。
「ハイター卿、些か失礼が過ぎませんか? 貴方らしくもない」
「食事が終わるまで待とうと必死に我慢したのですが……ハハッ、申し訳ない。 どうしても、誰よりも早く声を掛けたくなってしまいました」
厳しい御言葉をアリエルが呟けば、目の前のダンディーさんは軽い笑みで受け流す。
お知り合い? 私退場した方が良い?
あと随分キッチンが綺麗になりそうなお名前ですね。
「えっと、お邪魔な様なので。 私はコレで」
んじゃ、とばかりに片手を上げて立ち去ろうとすると。
「ア オ イ さん、流石にソレは無いです」
「ハハハッ、実に愉快なお嬢さんだ。 私は貴女にお声掛けしたのですよ」
あ、はい、どうも、それでは。
とはいかなそうな雰囲気だ。
ヤダなぁ……私偉い人と話す時の言葉遣いとか良く知らないんだけど。
貴族風の挨拶とか何て言えば良いの?
本日は御日柄もよく……絶対違うよね、しかも夜だし。
「え~っと……」
「ご迷惑でしたか? であれば、出直させて頂きますが……」
実に困った状況に陥っていると、何処からともなく二つの影が私の前に現れた。
「大変失礼いたしました、ハイター卿。 店長……ゴホンッ。 コチラのアオイ様は貴族社会に余り詳しくありません。 なので、返答に困っているのかと」
「ただでさえ“異世界”からやって来て日が浅いのです、どうかご容赦を」
ブルーとシリアの二人が、私のフォローに入ってくれた。
凄いな二人共、滅茶苦茶頼もしいじゃないか。
うぉぉと一人で感動していると、眼の前のダンディーさんは非常に嬉しそうな笑みを浮かべた。
ありゃ? 何か向こうも向こうで思っていた反応と違うんですけど。
「もちろんお話は伺っておりますとも、“創碧の小物屋”の従業員が勢揃いですか。 是非貴方達からもお話が聞いてみたい。 あぁそれから、アオイ様……と呼ばせてよろしいでしょうか? 形式など気にせず、普段通りに話してくださいませ。 なんなら、皆でテラスにでも移動しませんか? そこなら周りに話を聞かれる事もない」
「まぁ、そう言う事なら」
「アオイさん……もう少し警戒というモノをですね」
「でもアリエルの知り合いなんでしょ?」
「立場上、様々な方と“お知り合い”です。 この意味が分かりますよね?」
「あぁ~ね」
コレは、ちと不味ったかもしれない。
要は「名前も仕事も知っていますよ、でも別に深く知っている訳ではありません」という事なのだろう。
貴族の名前記憶技術、舐めていた。
名刺交換もしないのに、相手の名前と顔と会社名を覚えているようなモンだ。
私の場合名刺貰っても忘れるけど。
「では、参りましょうか」
とても上機嫌なご様子で、さぁさぁこちらへと案内され始めてしまった。
これはもう、絶対お断り出来ないヤツだ。
――――
「やはり……美しいですね」
「はぁ、どうも……じゃなかった。 どうですかコレ、ここの所とか付与魔法で淡く光らせた上に、こっちは光の粒が残るっていうとんでも魔法で演出してるんですよ。 凄くないですか!?」
「とても素晴らしい発想です! コチラは直接陣を描いているのですね……これなら魔石さえ仕込めば誰でも美しく飾る事が出来る。 しかも輝く陣さえも模様の一部として美しく飾っている。 本当に職人なのですね……貴女は」
「あぁ~いや、コレはウチの従業員が凄いだけですね。 ハイ」
お話をお断りしようとしていた数分前の私よ。
今だからこそ言おう、馬鹿めと。
堅苦しい会話や、良くわからない事態に発展すると思われたソレだったが。
いざ話してみれば、紛れもなく“お客様”であった。
「店長。 重なっているデザインだからと言って、あまりスカートをたくし上げないで下さい。 はしたない上に陣が丸見えじゃないですか」
「だってブルー、この魔法陣見てもらわなきゃ話にならないじゃない」
「いやまぁそうなんですけど……あぁもう! 知りません! 飲み物貰って来ます!」
「私お酒でー」
「分かってますよ!」
何だか不機嫌なブルーが、ズンズンと会場へと戻っていく。
せっかくブルーの付与魔法の自慢をしているというのに……いや、アレか。
さては恥ずかしくなったな?
わかる、非常に分かる。
眼の前でべた褒めされると非常に肩身狭くなるもんね。
という訳で、付与魔法に関しては彼が居ない間に全部ご紹介してしまおう。
「後はこっちです、このベール。 薄っすらと陣が描かれているのは分かります?」
「おぉ……コレは凄い。 コレも刺繍ですか? 魔石は何処に?」
「最初私も気づかなかったんですけど、ココです。 とても小さいモノが、バランスよく端っこに設置されていて」
「コレは……随分と細やかな技術ですね。 しかしコレでは魔石が切れたら、糸を解いてもう一度縫い直さないといけない様な……使い捨てという形を想定しているのでしょうか? そして、こちらはどんな効果が?」
作品をアピールすればするほど食いついてくれる。
いいね、明日にでもお店に来てくれそうな勢いだ。
「軽い認識阻害を周囲と、同じモノが私に対しても発動してくれるみたいです」
「それはまた、道理でドレスばかりに目が行って貴女が覚えられない訳だ。 しかし自身にも、とは。 何故そんな事を?」
「私あぁいう場所に立つ事に慣れてないので、従業員達が気を使ってくれたみたいです」
コレは、非常に助かった。
私の顔はろくに見えないらしいし、私もステージの外の人間の顔が良く見えない。
会場の人間をジャガイモだと思え、みたいに言われた事はあるが上手くいった試しはない。
しかしながらこのベールを挟んで会場を見てみれば、皆背景の様に見えるのだ。
ぼやけた様な、雑な背景。
ソレに緊張しろという方が無理だろう。
なので笑みを作れと言われれば笑えるし、挨拶も出来た訳だ。
相手からもろくに見えていないと分かっている事だし。
「とまぁ、このドレスは完全新作なのでまだ売り物ではありませんが、他にも色々と作っております。 ご興味がありましたら、是非“創碧の小物屋”へいらっしゃってくださいませ。 他にも色々と取り揃えておりますので」
「非常に興味深いですね。 私の管理する地にもドレスを作る店がありまして、是非お手本としていくつか購入したいと思います。 しかもこの斬新な発想とこの蒼い宝石……レジンと言いましたか?」
「宝石ではありませんが、こちらのレジン作品であれば結構な在庫がありますので、そちらを参考にして頂ければなと」
「ちなみに、ドレスはいつから販売されるご予定で?」
「そっちは新しい従業員に相談しないと何とも……」
「ほほぉ……新しい従業員。 それで? その新人の方は今何処に? パーティ会場に居るのですか?」
「それが……」
何を思ったのか、彼女。
今、会場の警護をしているのだ。
ホント、何を思ったのか。
プリエラって、戦えるの?
いや、全然そんな風には見えないんだけど。
もやし食って生きていた人間が、どうしたら戦う姿を想像できるだろうか。
うん、無理。
あの王子みたいにムキムキで、常に肉食って体動かしてますって感じなら分かるけどさ。
ウチに来るようになってからちゃんとご飯も食べさせて、少しはお肉が付いて来た様には見えるが……それでもまだ彼女が働き始めてからひと月程度しか経っていない。
まだまだ色んな意味でモヤシ卒業が叶ったとは言いずらいだろう。
「ったく……怪我でもしなきゃ良いけど……」
「アオイ様?」
「あ、いえいえ。 こちらの話です」
という訳で、商談は続いていくのであった。
――――
情報通りなら、もう少しで見張りの交代時間。
そして、次に来る奴は兵士の中でも随分とのろまで警戒心も薄い。
はず、そう聞いている。
なんて事を思い出しながら、ジッと草木の中に身を顰めた。
造園って言うのだったか、こういう所は。
形を整えられた植木。そんな中にズボッと体を突っ込んでいる今の状態は、相当間抜けに見えるだろうが……。
まぁ、見つからなければなんでも良い。
「交代だ」
「あっ、はい! お疲れ様です副隊長! では、引継ぎを――」
現れたのは、やけに体格の良い大男。
ふざけるなよ、アレがのろま?
どう見たって他の兵士より何倍も強そうじゃないか。
チッと舌打ちを溢しながら、ゆっくりと移動を始める。
時間厳守。
例え何があろうと、仕事の時間は守れ。
それが出来なければ、お前は味方を殺す事になる。
耳にタコが出来る程、何度も言われて来た台詞。
だからこそ、今度の見張りが“アレ”だろうが、俺はココを突破しなければいけない。
予定通り真正面から突っ切るのは無理そうだから、どうにか見つからない様に移動して……この後の仕事時間に間に合わせる様にしないと。
なんて、思っていたその時だった。
「その程度の動きで、見つからないとでも思っていたのか? 小僧」
「チィッ!」
さっきまで随分と遠くに居た筈の漢が、気付いた時には目の前で剣を振り上げていた。
慌てて避けてみれば彼の剣は俺の腕を薄く裂いて、周囲に血液を振り撒いた。
「全力で動けばなかなか良い動きだ。 我が国の王子に匹敵するかもしれん、速度だけなら……だがな」
そう言って再び剣を構える兵士。
そして今さっきまで警備していた者も、黙って見ている筈も無く。
「何だ貴様!? 何処から入って来た!」
周りに響き渡る程の大声を上げるのであった。
「チッ! 話と違うじゃねぇかよ!」
愚痴を溢しながらも、思い切り走り出した。
向かうはテラス。
そこにおびき寄せると、“協力者”が言っていたらしい。
だからこそ、そこにさえたどり着けば……。
「行かせると思っているのか?」
いとも簡単に回り込んだ先程の兵士が、腰だめに剣を構えながらいつの間にか目の前に居た。
何かの魔法か?
そんな事を考えている間にも、彼は横一線に剣を振るう。
「こっちだって命が掛かってんだ! わりいな兵士さんよ!」
本当にギリギリ。
目の前を切っ先が通る位にスレスレのタイミングで、彼の股の間に足の先から滑りこんだ。
そしてそのまま体も通り抜け、振り返らずに走り抜ける。
あっぶねぇ……もう少し遅かったら額を半分に割られる処だった。
「この小動物め! 賊だ! 賊が侵入した!」
先程よりも大きな声が、背後から響く。
あぁくそ、これはもう……生きて帰れる見込みはなさそうだ。
「ほんっと、なんでこうなったんだよ……」
ボヤキながら、俺は必死でお城の壁をよじ登るのであった。
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