第29話 創碧の魔女


 王宮で開催されたパーティー。

 その会場には様々な貴族達が集まり、誰しも楽し気にグラスを傾ける。

 一見華やかに見える会場ではあるものの、やはり貴族社会にはカーストが存在する。

 立場が上の者は王族に近い席へと、下の者は会場の端へと追いやられる。

 そんな事まで理解してしまえば、あまり気分の良い光景ではない。

 とはいえ、ごちゃ混ぜにしてすぐとなりに大物が座っているとなれば、それはそれで胃が痛くなりそうだが。

 なんて事を考えながら、カーテンの隙間から会場を覗き込んでいれば。


 「アオイさん、そろそろですから準備なさってください」


 アリエルから声を掛けられれば、はぁぁぁぁ……と大きなため息が零れる。


 「ねぇ、本当に私そんな登場の仕方しなきゃ駄目? 端っこの方から、どうも~って影薄く参加するんじゃ駄目?」


 「このパーティに参加した意味、説明いたしましたでしょう? コレも安全の為です」


 「うっす……」


 げんなりとしながら、ガックリと肩を落としていると。


 「店長はまだ主役だから良いですが、俺なんて脇役中の脇役ですよ。 一応パーティーに参加出来る立場ではありますが……こんなに目立つ場所に立つ事になるとは」


 私以上にげんなりしているブルーが、大きなため息を溢した。

 彼もまた、普段は見られない様なパーティー仕様。

 そんでもって髪型も普段よりずっとキッチリしていた。

 うん、普通に格好良いじゃないのブルー。


 「大丈夫、ブルーは“ちゃんと”似合ってるから」


 「店長も似合っていますから大丈夫ですよ。 しっかりと大人の女性に見えます」


 「ほほぉ、貴様。 この状況で喧嘩を売っているな?」


 「こっちも緊張で胃が痛いんです。 少しくらい軽口を叩かせてください……」


 「うい、すまんて」


 二人してため息を吐いていれば、会場の案内係をしているメイドさんが顔を出して来た。


 「そろそろです。 準備はよろしいですか?」


 よろしいけどよろしく無いです。

 今一度ゴクリと唾を飲み込んでから、スッと差し出されたブルーの手を掴んだ。

 今日の彼は私のエスコート役。

 こういう場所では、女一人でズカズカ入っていくモノではないらしい。

 もう嫌だよぉ、帰りたいよぉとか思っていれば。


 「店長、手は添える程度で。 そうグワシッと掴まれると、物凄く痛いです」


 「ご、ごめんブルー。 ヤバイ、めっちゃ震えて来た」


 「では、魔法を掛けましょう」


 「魔法?」


 何やら良く分からない事を言い出したブルーは、私の頭にソッと蒼いベールを乗せる。

 それは目元まで隠す程で、透けて見える薄い生地には、いくつもの魔法陣がレースの様に刺繍されているのが見える。


 「それでは、魔石を使いますよ? 準備は良いですね?」


 「もう、ここまで来たら逃げられないわな……うしっ! 行くか!」


 「その意気です」


 そんな訳で、目の前の垂れ幕は取り払われた。


 『ご紹介しよう。 我が国に滞在する“異世界人”であり、私の友人。 サイカ アオイだ。』


 マイクでも使ってんのかって程にデカい王様の声が会場に響き、周囲からは溢れんばかりの拍手が聞こえてくる。

 うわぁ……こんな中に突っ込んでいくのか。

 再びげんなりしそうになったところに。


 「店長、笑顔」


 「ブルーこそ、顔が引きつってる」


 「お互い様ですね」


 なんて軽口を洩らしながら、私達は一番目立つであろうステージのど真ん中へと歩を進めるのであった。

 あぁくそ、帰りてぇ……。


 ――――


 溢れんばかりの拍手の中、会場の明かりが落ちた。

 薄暗い程度で、真っ暗と言う訳ではない。

 だが、国にとって需要人物が登場するのに……いったい何故?

 なんて、幾人もの貴族が首を傾げる中。

 巷で噂の“異世界人”がステージの隅から登場した。


 「……え?」


 彼女の姿が現れた瞬間、会場から音が消えた。

 拍手もピタッと止まり、誰もが呼吸さえも忘れたかのように。

 静かに息を飲み込んだ。

 アレは、一体なんだ?


 「……綺麗」


 どこかのご婦人が、ため息の様な小さな声を洩らす。

 その感想が出るのも分かる。

 薄暗いステージの中を彼女はゆっくりと歩き、悠然と歩を進めている。

 堂々としているのも、立派だと言える。

 王族の隣に並ぶのだ、貴族達だって緊張でガチガチになっていてもおかしくない。

 だというのに、彼女は小さく微笑みを浮かべながらゆっくりと王の隣に並んだ。

 そしてその姿は、淡い蒼に輝いていた。

 まるで精霊の加護でも受けているのではないかと言う程。

 淡く、優しい光に包まれていた。

 そして彼女の輝きが具現化して零れ落ちているかのように、蒼い光がフワフワと彼女の周りを舞っている。

 アレは……なんだ?

 魔法か何かの類なのだろうか?

 想像出来るとすれば氷系統の魔術を使い、演出に拘っている様にも見えるが。

 しかし、彼女自身が魔法を行使している様には見えない。

 更には豪華の一言に尽きる蒼い宝石をドレスに散りばめ、より一層輝いている。

 だがゴテゴテとした印象は受けず、どこまでも清潔で女神像のようだと思える程。

 ぼんやりと輝くドレスを身に纏い、スッとスカートの端を持ち上げた彼女。

 随分と綺麗な姿の黒髪黒目の少女が、王に対して小さく頭を下げる。


 「見違える様だ……妖精のようだぞ、アオイ殿」


 「チッ……じゃなかった。 ありがとうございます、王様」


 今なんか舌打ちが聞えた気がしたが、気のせいだろうか?

 会場から一番近い位置に居たから、僅かにそんな音が聞こえた気がするが。

 多分他の貴族達には聞えなかった事だろう。

 きっと、私の聞き間違いだ。

 王に対して舌打ちを溢す相手など居る訳がない。


 「では改めて、皆に紹介しよう。 最近色々と噂が出ている様だが……そう見えるか? と言っておこう。 私の友人のサイカ アオイだ」


 「ご紹介にあずかりました、彩花碧です。 以後、お見知りおきを」


 彼女の印象とは打って変わって随分と簡単な挨拶。

 だとしても、だ。

 彼女が微笑めば、会場からパラパラと拍手が上がり……やがて。


 「う、うわ……うっさ」


 割れんばかりの拍手が会場を包み込む。

 また何か変な声が聞こえた気がするが、気にしない事にした。

 もう、何でも良い。

 今は彼女の姿を目に焼き付けよう。

 誰だ、彼女の事を“魔女”だなんて言い始めた馬鹿は。

 どう見たって聖女か女神の類だろうに。

 なんて事を考えながら、私も手が痛くなる程の拍手を送った。

 あぁ、彼女の姿を見られただけでも今日のパーティには意味が有ったというモノだ。

 鳴り止まぬ拍手の中、彼女はエスコートされる男にソッと何か耳打ちされる。

 そして、次の瞬間。


 「えっと、ありがとうございます?」


 小首を傾げ、更には微笑みながら。

 小さく手を振ってくれる彼女。

 その姿に、会場の拍手はより一層大きくなるのであった。


 ――――


 「アレが……魔女?」


 「“創碧の魔女”、我々の排除すべき対象だ。 覚悟は出来たか? ヘキ」


 会場の外側から、今回の排除対象を眺める。

 声までは聞えないが、随分と大きな拍手だけはこの耳に届く。

 間違いなくこの国の重要人物。

 これから俺達“獣人”の敵となり、兵士なんかよりずっと脅威になる存在。

 ……の筈だ。


 「本当に、魔女?」


 「どうした? 何か思う所が有るのか?」


 上司であり、俺に暗殺技術を教えてくれたその人が、不思議そうに首を傾げた。

 恩義はあるが、尊敬とか親しみがある訳ではない。

 一体何度彼に殺されかけた事か。

 そして、彼は苦しむ相手を見るのが好きという異常性癖も持っている様な人物。

 コレで好きになれと言う方が無理だ。

 とまぁ、今回の仕事は俺達二人で行う。

 しかも、俺にとっては初仕事だった。


 「本当に、アレは殺して良い人なの? どう見たってアレは……」


 「余計な事を考えるな、未熟者が。 俺達は仕事をすれば良いだけだ。 指名されたヤツを惨たらしく殺す、それだけだ」


 惨たらしく、という条件は無かった気がするんだが。

 なんて事を考えながら、ジッと彼女を観察する。

 初めての経験だった。

 何かを、というか誰かをココまで“美しい”と思えたのは。

 更に言えば、相手は“人族”なのだ。

 俺達を見下し、迫害する様な存在。

 だというのに。

 彼女が浮かべる微笑みは、何処までも柔らかかった。

 まるで慈愛に満ちる女神の様に、神々しいとも思えたのだ。

 そんな人に、俺は今から刃を突き立てる。


 「……ゾッとするよ。 天罰でも下りそうだ」


 ポツリと口の中だけで呟いてみれば、背後からはため息が聞こえて来た。


 「行くぞ、時間だ」


 上司からの声にハッと意識を取り戻し、再び会場に目を向ける。

 今では当初の様に明かりが灯り、先程の様な蒼い輝きは薄れてしまった。

 もう少しだけ、あの光を見ていたかった。

 ぼんやりと、美しくも柔らかく揺らめくその姿を。


 「でも、仕事だ」


 「そうだ、俺達“獣人”が生き残る為に。 彼女には死んでもらわなければならない」


 彼が言う様に、俺達には他に道など無いのだ。

 だからこそ、生きる為に殺すのだ。

 他の種族を、俺達を迫害する連中を。


 「殺せる、大丈夫だ。 俺にも出来る」


 「安心しろ、ヘキ。 どうせすぐに慣れるさ」


 薄ら笑いを浮かべる上司に、軽い舌打ちを溢しながら俺達は闇に紛れた。

 特別な作戦がある訳じゃない。

 殺せるタイミングで殺す。

 そして逃げる。

 もしも捕まった時は……拷問なんぞをされる前に自決する。

 それが、俺の初めての仕事。


 「なんで、こんな事になってるんだろうな……」


 「だから言ってんだろ、慣れるって。 楽しくなってくるから期待しておけ」


 「アンタに聞いてねぇよ、異常者」


 「言うねぇ、殺し未経験のクソガキが」


 小声で話しながらも、俺達は着実に会場へと近づいて行った。

 さぁ、この金と欲が詰まった会場を恐怖に染め上げてやろう。

 戦争が起こる前に、お前達の切り札を殺してやる。

 奥歯を噛みしめてから、俺自身も意識を切り替えるのであった。


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