第31話 魔女を名乗る愚者

 「ハハッ、楽なもんだ」


 思わずにやけた笑みが浮かんでしまう。

 貴族ってのはやはり頭が固い。

 随分と明るい通路ばかりに兵を集め、今俺の要る様な人気のない場所は手薄も良い所。

 とは言え城の周りには当然警備がおり、容易には近づけないだろう。

 だが、“騒ぎ”が起きれば別だ。

 この国は完全に平和ボケしている。

 だからこそ何かしら“トラブル”が起きれば、皆そちらに注目する。

 下手したら、兵の多くをそちらに回す愚行だって――。


 「何だ貴様!? 何処から入って来た!」


 「チッ! 話と違うじゃねぇかよ!」


 そんな叫び声が聞こえれば、視界に映る兵士達は浮足立つ。

 どうしたものかとばかりに、隣の兵士達と声を交わし始める。

 ハハッ! ド素人丸出しじゃねぇか。

 こりゃマジで当たりの場所を引いたぜ。

 なんて事を思いながら、一歩前に踏み出したその瞬間。


 「あ?」


 手足に、糸が絡みついていた。

 蜘蛛の巣にでも引っかかったか?

 軽い気持ちで引き剥がしてやろうかと思ったのだが。


 「何の糸だ? こりゃ……」


 固い、とてもじゃないが手で千切れる程じゃない。

 なのでナイフを当ててみるが、ギチギチと嫌な音を立てるばかりで一向に切断出来る気配がない。

 おいおいおい、マジでなんだこりゃ。

 いつからこんなトラップを作っていた?


 「クソが、これから魔女様で楽しめるってのによ……あぁ鬱陶しい!」


 報告ではこんなもん無かった筈だが……愚痴を溢しながらナイフをひたすらにギコギコと動かしていれば。


 「こんばんは、招かねざるお客様」


 いつの間にか、目の前にピエロが立っていた。

 ニィィと口元を釣り上げ、城と月を背景に両手を拡げている。


 「あぁ? 道化なんぞ呼んだ覚えはねぇ、帰りな。 殺されてぇのか?」


 どう見ても無手の女だ。

 武器の一つも持っている様には見えない。

 だったら何を恐れる必要があるのか。

 いつも通り、女を脅しつける時の声色で吠えてみれば。


 「おぉ、怖い怖い。 思わず“手”が引けてしまいそうです」


 「ソレを言うなら“腰が”、だろ。 いいぜ? この場でお相手してやっても」


 なんて低い声を上げながら、一歩近づいたその瞬間。

 ポトッと何かが足元に転がった。


 「は?」


 「だから言ったではありませんか、手が引けてしまうと。 私が“手”を少しでも引けば、その糸がどうなるか。 まだ分かりませんか?」


 「ずああぁぁぁぁ! お前ぇぇぇぇ!」


 俺の足先には、俺の人差指が転がっていた。

 溢れ出す血液、尋常じゃない痛み。

 思わず叫び声を上げてしまえば、周りのボンクラ兵士達だって流石に集まって来る。


 「私の“普通”を守ってくれた魔女様に、手出しは許しません。 この国に捕らわれた私に、新たなる生活の場をくれたあの人に。 私の新しい雇い主に、手を触れる事は許可出来ませんよ、三下」


 「お前ぇぇぇ!」


 あまりの痛みに、もう彼女が何を言っているのか分からなかった。

 こんな痛み、経験したことがない。

 こういう痛みは、俺が相手に与えて来たモノだ。

 俺が味わうべきモノじゃない筈だ。

 だというのに、この女。

 ふざけやがって!


 「まるで本当に獣の様ですね。 私が見て来た“獣人”は、もっと“人間”でしたよ?」


 「だまれぇぇぇ!」


 叫びながら走り出そうとすれば、ピンッ! と耳に残る音が響き、今度は足首が吹っ飛んだ。


 「ずあぁぁぁ! 俺の足が! 足がぁぁぁ!」


 ゴロゴロとその場に転がっている内に周囲から兵士が集まり、俺の事を取り囲んでいく。

 ふざけるな、こうならない為に“ヘキ”を囮に使ったというのに。

 あのド素人、何やっていやがる!

 なんて、奥歯を噛みしめながら目の前の女を睨みつけてみれば。


 「自己紹介が遅れました。 私は“道化の魔女”、と呼ばれております。 名をプリエラ。 主に服を作ることが得意……と言うより、糸が得意なだけのただの“人間”です。 今では、“創碧の魔女”様にお仕えする道化。 お見知りおき頂く必要はありませんが、一応名乗っておきますね」


 「道化の……魔女?」


 は、ははは。

 とんだハズレ仕事だ。

 道化の魔女って言ったら、俺達みたいな仕事を生業にする奴が知らない訳がない程に有名。

 糸を使い、対象にも周囲にも気づかれること無く、相手を殺す。

 殺された相手の姿は、それはもう酷いモノだったらしい。

 まるで、操り人形を適当に持ち上げた様だったと。

 だからこそ、“道化”。

 人の生活の場を、サーカスに変える。

 どこまでも冷酷で残酷。

 だからこそ、彼女は“魔女”と呼ばれた。

 十数年前にポカやらかして、この国で死んだという話が有名だったが。


 「ふざけんなよ……ふざけるな! なんで魔女が二人も居るんだよ! そんなのズルってもんだろうが! こんなの、いくら戦争したって勝てる訳が――」


 「何を仰っているのか分かりませんが、私は“人族”です。 主もまた“人族”。 貴方達は何を恐れて、事を急いだのですか?」


 「……は?」


 人族? コレで?

 それにさっきの女も人族?

 おかしいだろ、そんなの。

 ココまで強い上に、さっきの女だって見るからに異常だった。

 だというのに、彼女達は“普通の人間”だと主張する。

 だったら、魔女ってのは……一体何なんだ?


 「取り調べは兵達に任せます。 私は王から“殺し”の許可を頂いておりませんので、止血だけはしておきますね。 では、ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 そう言って、彼女はスッと頭を下げる。

 何処までもこちらを馬鹿にしたように、何処までも綺麗な姿勢で。


 「てめぇは“こっち側”の人間だろうが! 何を今更綺麗なフリして歩き回ってやがる! ふざけんじゃねぇぞ!」


 「だから名乗っているではないですか、私は“魔女”ですと。 そんな人間が、ろくな生活を送れると思いますか?」


 はて? と、どこまでも不思議そうに首を傾げる彼女。

 コイツは……何を言っているんだ?


 「私に与えられた罪の償い方は、十数年の牢獄暮らしと、今後人を殺さない事。 そして魔女を名乗り続ける事。 最後に、生涯王族の役に立ち続ける事。 この四つを守り続ければ、私はこの国の人間として認められる」


 「ふざけるな! その程度で“普通”に戻れるのなら、俺だって――」


 「なにが、“その程度”なモノですか……」


 スパッと俺の片腕が吹っ飛んで行った。

 再び転がりながら叫び声を上げていれば、煩いと言わんばかりに口を縫い付けられてしまった。

 コレが、道化の魔女。

 生きた人間を、操り人形の如く操る非道の魔女。

 そんな彼女が、何処までも悲しい顔でこちらを睨みつけていた。


 「ヘラヘラと笑いながら、楽しみながら誰かを殺す異常者に。 私の何が分かるというのですか? 殺し以外で生き残る術の無かった人間の子供の生活が、子供から大人に変わるまで、牢獄の中で誰とも喋らずに生活した毎日が! そして外へ出られても、魔女を名乗る度に顔を顰められ、いくらお金を稼ごうとも何も売って頂けない絶望が! 他人様から奪ったお金でご飯を食べている貴方達に、何が分かると言うのですか!?」


 魔女が、叫んでいた。

 今にも俺の事を殺しそうな勢いで。


 「しかしコレは私の罪、償い続ける必要のある現実。 だからこそ、今の今まで必死に“生きて”来ました。 平和なのに、お腹が空いて。 誰も殺さなくて良いのに、周囲をたまに憎たらしく思ったりして。 そんな中、“魔女”を名乗っても一切恐れない方に出合えました。 彼女は無条件に私に食事を与え、仕事をくれました。 “仲間”として、迎えてくれました。 私の技術を、凄いねと褒めてくれるんです。 どこまでも柔らかく、真っすぐな瞳で。 私の事を、“殺し”以外で褒めてくれたのは王様に続いて魔女様が二人目です。 その彼女を傷付けるというのなら……」


 「そこまでだ、“道化の魔女”」


 視界の外から、そんな声が聞こえて来たかと思えば。


 「何故貴方様がココにいらっしゃるのですか!? 魔女様の護衛は!?」


 「とてつもない殺気が感じられたからな、一大事かと思って来てみれば……何をやっている、牢獄に戻りたいのか?」


 「そんな事どうでも良いんです! 魔女様の護衛はどうしたのですか!?」


 「い、いや。 こちらが終わればすぐに――」


 「おバカ! 向こうには貴方が居るからと片方に注力したのに! コレだから魔女様から普段馬鹿馬鹿言われるんです! 馬鹿王子! コッチは任せますよ!」


 「お、おう?」


 この国の王子に向かってやけに罵倒を吐き散らした魔女が、まるで空と飛ぶかのように城へと向かっていく。

 アレが、糸を自在に扱う殺し屋。

 “道化の魔女”。

 本当に笑えて来る。

 創碧の魔女だけじゃなくて、あんなのもいるのかよ。

 しかも、アレで二人共人間だって?

 馬鹿げていやがる。

 こりゃ、獣人の未来は明るくないな……なんて事を思っていれば。


 「話を聞こう。 城の中で、ゆっくりとな」


 闇夜に生える金髪と蒼い瞳。

 そして美しいとさえ思える大剣が、俺の首元に当てられた。


 「んー、んん。 んっんん」


 「まずは口の糸を取る所からだな……」


 王子は大きなため息を吐いてから、周囲の兵士を近づけた。

 さっきまであんなにナイフを当てても切れなかった糸の数々が、嘘みたいにぷつぷつと切断されていく。

 あぁもう、ホント。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 どいつもコイツも浮かれ切って、魔女様ばかりに目を向けている筈だったのに。

 ソイツを遠くから毒矢の一本でも放てば終わる、簡単な仕事な筈だったのに。

 そんでもって俺は。


 「あぁ~ぁ……今日は魔女様の絶叫と歪んだ顔で酒が飲めると思ってたのになぁ……」


 「遺言は、ソレで構わないか?」


 口の糸が解かれた瞬間呟いてみれば、鬼の様な形相の王子が大剣を振り上げ、今にも振り下ろそうとしていた。

 その彼を全力で止める何人もの兵士達。

 あぁ、なるほど。

 コレは、ちょっと面白い事になるかもしれない。


 「なぁ王子様、俺を今すぐ殺さないなら。 後で牢獄に顔を出してくれよ?」


 「なに?」


 口調は冷静なままだが、思いっきり顔に出ている。

 コイツ、間違いなく創碧の魔女に惚れていやがるな?

 だとすれば、面白くなって来た。


 「魔女様がどんな最期を迎えたのか、最期にはどんな顔で、声で泣き叫んだのか。 お前の口から聞かせてくれよ? な、いいだろ」


 ニヤリと口元を歪ませてみれば。


 「コイツを殺す」


 スッと全ての感情が消え去ったかのように、無表情を浮かべる王子。

 あぁ面白い、非常に楽しい。

 人間ってのは、こうでなくちゃ。

カカカッ! と笑い声を上げてみれば、彼は周りの兵士達を振り解いて再び剣を構えた。

 そして、俺に向かって大剣が振り下ろされるその瞬間。


 「だぁぁもう! どいつもコイツも! 浅葱! 出ておいで!」


 ビタッと、目の前で大剣が止まった。

 あぁ、なんだ。

 ブチギレている様に見えて、魔女様の声が聞えれば正常に戻るのかい。

 全く、とんだあまちゃん王子だ。


 「この程度かよ?」


 ハッ! と乾いた笑いを浮かべてみれば、彼は俺の事など眼中ないと言わんばかりに視線を逸らした。

 気に食わない、非常に気に入らない。


 「おう! 聞けよ王子! 暗殺者は一人じゃねぇ! 間抜けだったな、お前がこっちに来ている間に、他の奴が――」


 「とりあえず、黙れ」


 顔面に、彼の踵がめり込んだ。

 痛いどころじゃない、普通に死ぬかと思った。

 鼻は折れ、前歯が何本もポロポロと零れ落ちる中。


 「俺はアオイの元へ戻る。 後は任せた」


 「はっ!」


 周囲の兵が敬礼を返せば、彼はその場から走り出した。

 それこそ、光の様な勢いで。


 「なんなんだよ……今のこの国は……」


 「黙れ、貴様を連行する」


 溢した愚痴に答えてくれる人はおらず、俺はそのまま兵士に連れられて牢獄へと向かうのであった。

 あぁもうホント、ついてねぇなぁ。

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