第22話 獣人
「アオイ様、あ~ん」
「……あ~ん」
やけに嬉しそうなシリアにカットしたリンゴを差し出され、そのまま口に運ぶ。
うむ、旨い。
いや、そうじゃなくてさ。
「シリア? あのさ、今私動けないし、別にお休みしても良いんだよ? 創碧の小物屋定休日といいますか」
「定休日を決めた覚えはありませんので、出勤させていただきます。 そして、店主が体調を崩しているのであれば、ソレを労わるのも従業員の仕事です」
「そう……なのかなぁ?」
「そうなのです」
うんうんと力強く頷きながら、彼女は残りのリンゴも口元に運んでくる。
まぁ、食べますが。
「ん、ご馳走様。 姫様は?」
「キッチンで新たなる実験……じゃなかった、おかゆを作ってます」
「もう3時間だよ!? まだおかゆが完成しないの!? あと別に体調崩した訳じゃなくて筋肉痛だからね!?」
「色々とこだわりがあるんでしょうねぇ」
あはは~と遠い目を浮かべるシリアが、一向にこちらを見てくれない。
一体我が家のキッチンで何が行われているのか、ちょっと想像するだけでも怖いんだが。
なんて事を考えていれば。
「アオイ! マッサージ、する?」
「ちょぉぉぉ!?」
膝に浅葱が飛び乗って来た。
いつもだったら何でもない、むしろ癒される重さだった訳なのだが。
「ゴメンなさい……」
「だ、大丈夫。 大丈夫だから」
すぐさま飛び降り、私の隣でシュンとする仔猫を誰が攻められようか。
私には無理だった。
取りあえず浅葱を撫でまわしながら、ギシギシする体をどうにか動かして横たわる。
いってぇ……マジでいてぇ……。
『魔法適性、本当にまるで、これっぽっちも無いんだね。 ビックリだよ、まさかこんな事になるとは』
耳元で聞こえるその声に、思わずムッと眉が寄る。
最初からそう言っていたではないか、“適性無し”って。
だというのに、この幽霊。
あんな派手な魔法を私の体で使いやがりましたよ。
『だからゴメンってば。 まさかココまで適性の低い人族が居るとは思わなくて』
あぁあぁ、そうやって私の事を貶していれば良いのですよ。
何たって魔女様ですからね。
私みたいな一般市民とは違って、大層凄い“最低ライン”があるんでしょうね。
そこにすら到達しない私は、どうせ味噌っかすですよ。
『そう拗ねないでよ……何度も謝ったじゃない。 それに、魔法を使った事によってちょっと適性値が上がったよ? 私、“魔術の適性鑑定”も出来るんだ!』
はいはいそうですか。
どうでも良いけど、こっちは全身筋肉痛ですよ。
まさかまさかの、今度は反動が体に返ってきましたよ。
“召喚”を使えば二日酔いになり、“魔法”を使えば体に来るのか。
何なんだよ異世界、デメリットが陰湿なんだよ。
今でも体バキバキだし、寝たり起きたりでさえも「ウグァ!?」って言いたくなる程全身痛い。
更には、付いて来てくれた兵士さん達には終始凄い目で見られるし。
あぁもう、なんだかなぁ。
なんて事を思いながら寝転がったまま額に手を当てる。
あの時、あの瞬間。
私は間違いなく“魔法”を使った。
適性無しと言われたこの肉体で、幽霊さんの行使する魔法を、“この体”で使ったのだ。
『興味、ある?』
勿論だとも。
せっかく夢物語みたいな世界に来たんだ、普通の魔法の一つくらい使ってみたい。
とはいえ、毎回こんな筋肉痛に悩まされるのは御免だが。
『だったらまず、付与魔法……いや、“旧”付与魔法かな? ソレを覚えると良いよ。 私はソコを原点に、多くを覚えた。 時間だけはあったからね……』
やけに意味深な台詞を吐いた後、幽霊さんは静かになってしまった。
ふむ?
要はブルーに頼れって事で良いのかな?
多分そう言う事だよね?
なんて事を想像している内に、その当人が私の部屋に入って来た。
「店長ー? 色々買って来ましたよぉ? 全く……何ですか魔術を行使して筋肉痛って、聞いた事ありませんよ……」
やけに呆れ顔を浮かべるブルーに対して、プルプルしながら右腕を差し出した。
「ブ、ブルー」
「だから呼び方……もういいか。 どうしました? 店長?」
必死に伸ばす腕に気付いた瞬間、彼は血相を変えて私の掌を掴んで来た。
「お、お願いがあるんだ……」
「店長? 店長!? どうしたんですか!? どこか痛いんですか!?」
えぇもうそりゃぁ、全身痛いですが。
痛い箇所を告げていればキリがないのでそのまま会話を続ける。
「私に……教えてくれないかな」
「なんですか!? 俺に出来る事なら何でもします! だからそんな苦しそうな顔しないで下さい!」
余りにも呆れると敬語すらすっ飛ばす彼が、随分と必死に私の掌を握ってくれている。
でもね、痛いんだ。
そう強く握られると、非常に痛いんだ。
シリアもさ、止めて?
後ろで口抑えウルウルしてないで、止めて?
筋肉痛が痛すぎて声が出ないレベルなんだが。
「グッ! あっ! ずあぁッ!」
「師匠!?」
「アオイ様!?」
師匠!? 今師匠って呼んだ!?
後どうでも良いけど手を放して、掌から腕にかけて滅茶苦茶痛い。
「ううん、大丈夫。 また……あとで話すよ。 だから今は放し――ずあぁっ!?」
「師匠ぉぉ!?」
ごめん、マジで無理。
指先から肩にかけて、ものすっごい激痛が走ってるから、お願い放して!
私をベッドに放置して!?
「アオイさんお待たせしました! 体力回復特化の特性おかゆが完成……しま、した……。 アオイさん? アオイさん!?」
聞いております! ちゃんと聞いておりますから!
今は痛みで声が出ないだけですから!
お願いだからアツアツの土鍋も持って走って来ないで!?
絶対その先が予想出来る感じになっちゃってるから!
なんて事を思って彼女を眺めて居れば、予想通り。
コケた。
「あっ!」
あっ! じゃないんですよ。
ギャグマンガなら「あっちぃぃ!」で済むかもしれないですけど、滅茶苦茶湯気立ってますよね。
火傷がすんごい事になりそうなんですけど……なんて思っている内に、目の前には土鍋から零れた“赤い液体”と米粒がコチラに迫って来る光景が見える。
コイツは、非常に不味い。
『……助けて、あげようか?』
「是非お願いしまぁぁぁす!」
結局この日、人生二度目となる“召喚”以外の魔法を行使した私は。
更なる筋肉痛に悩まされるのであった。
――――
「ディレイは駄目だったか」
「はい、失敗した様子です」
「やはり“人族”はダメか……」
大きなため息を溢しながら、背もたれに体重を預けた。
こんな地道な“嫌がらせ”を、あとどれくらい続けるのだろう。
何をすれば、我々は救われるのだろう。
そんな事を考えはじめると、頭が痛くなる。
「しかし、今回の報告で新しいモノが幾つか……」
「なんだ?」
「“魔女”が関わっているとか。 噂の類ではなく、本物の“魔女”が」
配下の報告に、思わず背筋が冷える。
“魔女”。
それは人族から生まれた禁忌とされる“魔人”と同じく疎まれる存在。
過去に存在した魔女は全属性の魔法が行使出来たり、一種類の魔法が常識を逸脱していたりと様々だ。
そしてなにより、アレは種族そのものが“魔女”に変わる。
既に人族ではないのだ。
人知を超えた化け物、そういう他あるまい。
そんなモノが、相手に居る。
だとすれば……。
「足りない。 今のままでは圧倒的に足りない。 集めるのだ、獣人を。 迫害された我ら同胞を、草木をかき分けても見つけ出せ! “魔女”を殺すとなれば、普通の戦闘で済むとは思うな!」
「「はっ!」」
幾つもの返事を聞きながら、私のいる大広間は静かになる。
全員が全員、同胞を捜しに行った様だ。
もっと、もっとだ。
人を集めなければ。
ただでさえ人手が足りない事態だというのに、相手の手の中に“魔女”が居るとなれば更に事態は悪くなる。
「全く……どこまでも世界は我々の敵をする。 そんなに“獣人”が憎いか、神よ……」
疲れ果てたため息を溢しながら、年老いたこの体を再び背もたれに預けるのであった。
せめて、我々の子供。
孫の世界には。
明るい未来が待っていると信じて、私は瞼を下ろすであった。
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