2章

第23話 変化


 「フンフンフ~ン」


 「ソレ、小っちゃい!」


 「浅葱用だからねぇ」


 チクチクと針を動かしていれば、膝に乗った浅葱は興味深そうに手元を覗き込んでくる。

 今作っているのはペット用の衣服。

 “こちら側”の素材だけで何か作れないかと考えた結果、洋服やら何やらが思いついた。

 布は売ってるし、縫い針も糸も売っている。

 ならばと意気込んで普通の洋服を作ってみようかと思ったのだが、秒で断念した。

 そりゃそうだ、私は洋服作りが別段上手いという訳ではない。

 そんなド素人に毛が生えた程度の私では、周りの“専門店”に勝てるわけがないのだ。

 普通に可愛い服とか売ってるし、皮とか使った格好良い服も売っている。

 更に言えばドレスなどのきめ細やかなレースやらフリル、更には刺繍といった細かく美しいソレだって、“こちら側”では手作業で作製しているのだから。

 ミシン無いんだよ、ソレで滅茶苦茶完成度高いのよ。

 いや、私の知っている電動のミシンが無いってだけで、むか~しの足でガシガシやって動かすミシンっぽいヤツはあったけど。

 物凄く高いのだ、専門家御用達なのだ。

 無理、買えない。

 という訳で、発想をそのままに結果変える事にした。


 「アサギの……というか、ペット用の衣服ですか?」


 へぇ~と声を上げながら、シリアも作業の合間にチラチラとこちらに視線を向けて来る。

 現在彼女には、普段よりもちょっと大き目なぬいぐるみを作ってもらっている。

 羊毛で大きいぬいぐるみを作るって結構な手間なんだけども、シリアは文句の一つも言わずひたすらチクチクしてくれている。


 「こっちでも仕入れる事が出来るモノだけで、何か作れないかなぁって思ってさ。 王妃様が前に浅葱の服作って来たでしょ? アレを思い出してね。 ま、大した技術がある訳じゃないんだけどね。 物は試しって事で」


 「十分良い出来に思えますけど……それに、小さい服と言うだけでも見た目が可愛らしいですから」


 とか何とか喋っている内に、一着目が完成。

 燕尾服っぽい見た目に、背中にはコウモリの羽を付けてみた。

 何かハロウィーンっぽくなってしまったが、可愛いから良し。


 「浅葱、バンザーイ」


 「ばんざーい」


 「はいそのまま」


 にゅっと前足を上げる浅葱に、今しがた完成した服の袖を通してみる。

 この子が利口な猫で良かった、非常に着せるのが楽だ。

 前面のボタンを留める間も大人しく二本脚で立っていてくれる。

 そして、完成したのが。


 「どうよ?」


 「どうよー!」


 羽付き燕尾服に身を包んだ浅葱をシリアの方へと向けてみれば。


 「か、可愛い……」


 ちょっと王妃様みたいな反応になりながら、口元を抑えるシリア。

 あの人ほどハァハァしたりしていないので、浅葱も逃げたりはしないが。


 「ん、良さそうな反応だね。 今度はコレでいってみようか」


 「あい!」


 「コレでって、作品として販売するって事ですか? でもペットによって大きさが違う訳ですから、かなり大量に作らないといけないのでは?」


 「もしそういう話が出たら、そっちはオーダーメイドかなぁ」


 「えっと?」


 はて、と首を傾げているシリアに対して、私は彼女の手元を指さした。


 「コレはね、ぬいぐるみに着せる服。 だから今シリアに作って貰ってるモノは、サイズを指定したって訳」


 「あぁ、なるほど! それなら服のサイズは同じで済みますね。 そして今の様に、ペットに着せたいというお客様がいらっしゃった場合は――」


 「ちょぉっとだけお高くさせて頂いて、専用の服を後日作る感じだね」


 という訳で、新しい販売物が決定したのであった。


 ――――


 「いらっしゃいませぇ!」


 いつもの露店で、朝から声を張り上げた。

 ここ最近頑張ったおかげか、店を出せば結構な数のお客さんが朝から押し寄せて来る。

 実にありがたい、しかも今回は新作も有る上に。


 「にゃー!」


 “オーダー、受付中”と書かれた看板を机に立て、その後ろでは燕尾服姿の浅葱が座っている。

 当初は連れて来る予定は無かったのだが、どうしてもせがまれた為、お仕事中はニャーしか言わない事を条件に看板猫をやってもらう事にした。

 その結果。


 「コレはペットにも着せる事も出来るのですね……しかもオーダー。 採寸してもらえば、ウチの子の分も作って貰えるのかしら……」


 「随分と賢い猫なのね……コレだけ人が集まっているのに、逃げるどころか愛想を振りまいてくるなんて……」


 浅葱が大人気になってしまった。

 そんでもって、流れる様に作品にもお客さんが食い付いていく。

 いいね、看板猫。

 マスコットってやっぱり大事だったんだ。

 なんて事を思って販売を続けていれば。


 「なぁんか、兵士さん達がこっち見てる気がする」


 「しかも、普段より人数が多い気がしますね……」


 ジッとコチラを観察している訳ではないものの、チラチラとウチの店を伺っている様に見える。

 気にしなければ大した事では無いのかもしれないが、それでも気分の良い状況ではない。

 そして現在、お姫様と王子様の姿は無し。

 一応警護は付けている、と聞いているのだけれども……まさかこの人達じゃないよね?


 「なぁんか、疲れるなぁ」


 「ですね。 こうも監視されています、という状況では気が休まりません」


 二人してハァァと溜息を溢していれば。


 「そこの二人! サボってないで接客して下さいよ! 俺一人じゃ捌ききれな……いらっしゃいませぇ! あ、オーダー服ですか? 大丈夫ですよ、採寸方法はコチラに書いてある通りに図って頂いて、ご要望の服のデザインや色などを……直接連れて来るって、え? お客様ー!?」


 私達が周りを観察している間にも、かなりの効率でモノを売るブルー。

 凄いじゃないか、慣れるのが早いね。

 もう店番一人でも良いんじゃないかってくらいに動き回っておられるよ。


 「師匠! 助けて下さい!」


 「そう言われたら行くしかないね」


 フンスッとばかりに鼻息を荒げ、ブルーの隣に並んで再び接客を始めるのであった。


 ――――


 「かんぱーい!」


 「「かんぱーい!」」


 いつもの居酒屋に入り、三人でグラスをぶつけ合う。

 人数が少ない為、何だかいつもより寂しい感じになってしまったが。

 それでも、今日売り出した作品達はほとんどが巣立って行ったのだ。

 お祝いしてやらねば。


 「唐揚げと枝豆と、あとドリアで! お腹空いちゃった!」


 「唐揚げと枝豆はまだしも、ドリアは俺が二人と一緒につまむのはちょっとアレじゃないですか?」


 「気にするなブルー少年。 間接キッスなどドリアで気にしていたら恋は進展しないぞ?」


 「いや、二人と恋仲になるつもりはありませんが」


 「言う様になったねホント……」


 下らない会話をしながら、三人で居酒屋飯にありついた。

 今日の露店の事、今後の事、次は何を作ろうかなどなど。

 色々と語っている内に酔いは周り、気分が良くなって来た訳だが。


 「しっかし、お姫様と王子も来ないし。 更には昼間の兵士達、何なんだろうね? あれじゃお客さんも怖がっちゃうよ」


 はぁぁぁ、と溜息を溢してみれば。

 二人からは気まずそうな沈黙が。

 え、何?


 「えっと、アオイ様。 “魔女”ってご存じですか?」


 「魔女、うん魔女。 一応単語としては重々承知しておりますが。 魔法使う女の人ってくらいには」


 シリアに対してそんな言葉を返してみれば、彼女は小さなため息を溢してからこちらに向き直った。


 「“異世界”ではどうだったか分かりませんが、“こちら側”では“魔女”というのは禁忌とされる存在です。 穢れた魔獣肉を食べ、人から変異した“魔人”と同系列に見られる程危険視される存在です。 ここまで良いですか?」


 「えっと、ごめん。 そもそも魔人がわかんない。 あ、いや。 言葉自体は分かるんだけどさ、デューマンとか?」


 もう一回大きなため息を溢されてから、色々と説明して頂いた結果。

 なんでも“魔人”とは人類の天敵……みたいなモノ。

 どれもお伽噺に近い存在では有るらしいが、それでも魔人は“多少”の目撃情報は有るらしい。

 角が生え、強力な魔法を使う忌むべき存在。

 そして次に、“魔女”。

 こちらは魔人よりも身近な“お伽噺”であり、実際にこの街でも“発生”した事があるんだとか。

 なんでも魔女になると人種そのものが“魔女”に変わってしまい、人とは比べ物にならない程の魔法を使う為恐れられているんだとか。

 何より“人”ではない、という理由から迫害される対象なんだと言われているらしい。


 「ふ~ん?」


 「いや“ふ~ん”じゃなくて、店長がその“魔女”になったんじゃないかって噂されてるんですよ。 だから警備も厳重だし、王族の二人は接近を禁止された……とかじゃないですか?」


 ブルーからすぐさまツッコミを頂く訳だが、生憎と魔女とやらになった覚えはない。

 というか周りの兵士達、感じ悪いと思ったら警護じゃなくて警戒していたのか。

 そりゃ居心地も悪いわ。

 なるほどなるほどと納得してみれば、二人からは更に深いため息が。


 「どうしましょうか。 再び鑑定を受けて“魔女”ではないという証明を出せば、多少はマシになるかもしれませんが……」


 「いちいち“私は人間です”と公表する様は非常に怪しい上に、更なる噂を招く可能性もあります」


 二人は頭を抱えながらため息を溢し、ゆっくりとグラスを傾けている訳だが。


 「あのさ、それってそこまで重要な問題?」


 「と、言いますと?」


 「重要じゃなかったら何なんですかね、もう少し頭を使った方がよろしいかと。 なんですか、頭の中に綿でも詰まっているんですか?」


 些かイラッとくるブルーの発言を頂きながら、ひくひくと口元を釣り上げ、ピンと人差指を立ててみる。


 「警戒しているのは王族のみ、一般のお客さんには関係ない。 だったら別に良くない?  売り上げは変わらないし、王族ともそれなりに繋がりはある。 であれば私が“魔女”じゃないって証明するのは王族だけで済む。 違う?」


 まさに名案。

 色々疑っているのなら、あの王様の前で鑑定の一つでもして貰えば良い。

 なんて事を考えたのだが。


 「だと、良いですね」


 舌打ちを溢しそうな勢いでブルーはそっぽを向き、シリアも気まずそうな顔を浮かべている。

 はて、と首を傾げてみれば。


 「アオイ様……人の口に戸は立てられぬ、なんて“異世界”の言葉があるくらいです。 正直、わかりませんよ? それが重要な秘密だったとしても、人間とは誰かに伝えてしまうモノです、大小問わず。 だから私や……テリーブさんは貴族社会で苦労した訳ですから」


 そんな台詞を悲しそうな顔で呟いたシリアは、静かにグラスを傾けるのであった。

 そういう、ものだろうか?

 “向こう側”だったらSNSなんかで間違った情報が発信され、人々が踊らされる事態は多々あった。

 しかし、“こちら側”ではそういった手段がないのだ。

 人づてに伝わったとして、そこまで大きく広がるモノだろうか?

 ましてや、“魔女”だなんだという重要機密でさえ。

 いや、流石にソレは……なんて、考えながら。

 今日の私は更にグラスを傾ける。

 嫌な事から、眼を逸らすみたいに。


 『ごめん、私のせいだ。 派手にやり過ぎた』


 「違うよ、貴女は助けてくれただけ。 それを糾弾するなんて間違ってる」


 「アオイ様?」


 「ううん、なんでもない」


 不思議そうな顔を浮かべるシリアに首を振り、私はいつも以上のペースでグラスを空ける。

 やっと軌道に乗って、売り上げも順調で、仲間も増えて来たってのに。

 なんでこうなっちゃうかな。

 どうしたっていつも何かしらの問題が付きまとう。

 あぁくそ、酔える気がしない。

 そんな事を考えながら、おかわりしたお酒をグイッと煽る。


 「店長? 大丈夫ですか?」


 「アオイ様? そんなに呑まれては……」


 二人の静止を無視して、ひたすらにグラスを空にする。

 あぁもう、なんか無性にイライラする。

 何が魔女だ、何が魔人だ。

 知らないよそんなの。

 私は小物作りしか出来ない“異世界人”だよ。

 何をそんなにビビる事があるのさ。

 鑑定でもなんでもしろよ、どうせまた“ゴミ屋敷の守り人”だよ。


 「あぁぁもう、上手く行かないもんだなぁ」


 ぶはぁぁ……と大きなため息を吐きながら、再びお酒のお代わりを注文するのであった。

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