第21話 魔女
「はぁぁぁ……生きた心地しないわぁ……」
もっとこうさ、こう。
剣と剣とのぶつかり合いって興奮するものだと思っていた。
だというのに、私の周りで行われていたのは何処までも“殺し合い”。
当然だけど皆が持っているのは生き物を殺せる凶器であり、あんなので斬られたら死んじゃう訳だ。
幸い怪我をした人は居ても、死者は出なかった様だが……それでも怖かった。
いくら敵とはいえ、腕とか足に兵士の剣が突き刺さった時には、普通に悲鳴が出てしまった。
コワ、異世界コワ!
“向こう側”で言うと、そこら辺の人が皆ドでかいナイフ持ち歩いて、身近にウロウロしている様なモンだもんね。
安心できんわ、街中で剣を腰に下げている人とか見る度に距離を置いてしまいそうだ。
あぁもう、私が持つなら模造刀で良いよ。
もう一本あの“魔剣”作ろうかな……。
「ア、アオイ様……」
「ん、終ったよ」
私の腕の中で震えているシリアに声を掛けてみれば、泣き腫らした朱い目元が痛々しい。
帰ったらちゃんと冷やしてあげないと。
「何故……来てしまったのですか? 何故見捨てて下さらなかったのですか? 私の為なんかに、王子を……ソレにアオイ様の身まで危険に晒して。 それに、あの“魔剣”は……あんな高価な物を砕いてしまっては、それこそ私の命とでは釣り合いが取れません」
そう言いながら、先ほどディレイと呼ばれたロンゲマンが使っていた“魔剣”に視線を向けた。
そりゃもう見事なまでに粉々。
スパッと斬れるのかと思っていたのだが、王子の持っていたでっかい剣ではむしろ砕いてしまった様だ。
色々と頑張ったから残念ではあるけど、仕方ないね。
むしろこういう展開も考えて、“壊す為”に作ったと言っても良いのだから。
「んとね、アレ、模造品」
「はい?」
「私が作ったの、凄い?」
にへへっとばかりに、ちょっとだけ誇らしく笑って見せれば彼女は完全に固まってしまった。
「伝承だの絵本に描かれている内容だの、随分調べたよぉ。 そりゃもう従業員総出で、徹夜する勢いで。 そんで、前に“杖”を作った時のドワーフさんに協力してもらって……柄って言うんだっけ? グリップの所を即席で作ってもらったんさ。 あ、鞘は本物だよ? 結構見た目は格好良かったでしょ? ブルーも付与魔法頑張ったんだよ?」
超がんばったのだ、皆それぞれ。
私は二液レジンであんなに大きなモノ、というか剣なんか作った事なかったし。
姫様はレジンに使う“型”の作成をずっと一緒に頑張ってくれた。
そしてブルーに関しては、もう何枚魔法陣を描いたか分からないってくらいにいっぱい描いてくれた。
どんな光り方が良いか、どうすればより“本物”に似せられるか。
私達の模型とレジンの透明度を図りながら、全部頭の中で計算して陣を描いてくれたのだ。
王妃様と王様なんか、怒涛の勢いで動いていたくらい。
相手の事を調べ上げ、おおよその人数から持っているであろう武装まで調べ上げた。
更には訓練所を使って、真っ暗闇の森の中での移動方法や戦い方を、魔法を使って兵士達に叩き込んでいたらしい。
王子だけはウチの庭で、心配そうな眼差しを皆に向けたままずっとあの重そうな大剣で素振りしていたが。
「後はね、浅葱も頑張ってたよ? 疲れ果てた時に、何か出来ない? って言われたからさ、マッサージして~って言ったら肉球でプニプニ押してくるの。 しかも、必死に皆にやるもんだから――」
「アオイ様は! どうして!」
「ん?」
ふるふると肩を揺らしながら、シリアは再び顔を下げてしまった。
そして、月明かりに反射する雫がいくつも落ちる。
「確かに私は王子の婚約者です! でも、それでも……婚約者であってまだ妻ではないんです。 だから皆さまがそこまで必死に、それこそアオイ様が命を賭けるほどの価値など無い存在なんです! だというのに、何故貴方は!」
「シリアだから、じゃないかな?」
「……はい?」
間抜けな声を上げてこちらを向いた彼女の頬を、ムニッと掴んで固定した。
コレ以上、下を向かない様に。
「私は、というか私達は、かな? 王子の婚約者だから助けた訳じゃないよ? もちろん国の兵士さんや、王様達まで動いてくれたのはそういう立場にあるからだったのかもしれないけど。 でも私達には関係ないんだよ、婚約者がどうかとか」
「だったら余計に!」
「だから、“シリアだから助けたい”って皆そう思ったんだよ。 私達は仲間で、同じ店で“作品”を作る家族みたいなもんで。 そんでもって友達。 ちょぉっと私だけ歳が離れちゃってはいますけどもね。 それでも、シリアだから皆頑張ってくれたんだよ?」
掴んだほっぺを、ムニムニと上下に揺する。
全くさっきからこの口は、見捨てろだのなんだの好き勝手言いおって。
ちょっと赤くなっても知らないんだからってくらいに、ムニムニしたる。
「最初の質問に答えるとね? 何故来たのかって言われれば、普通来るでしょ。 身近で、親しくて、大事な人が攫われちゃったんだよ? しかも私が御指名されちゃったし、来るっきゃないでしょ。 私がもう少し強ければ、ウチの従業員に何するじゃー! ってぶん殴ってやりたかったくらいだよ」
語れば語る程、彼女の瞳からはボロボロと涙が零れる。
「あとね、私なんかが~とか、見捨てて~とか言わないの。 見捨てられる訳ないでしょ、“私なんか”でもないでしょ。 貴方はシリア。 私の知っているシリアは真っすぐで可愛くて、それでちょっと怖がりで。 王子には勿体ないくらいに頑張り屋な女の子。 “なんか”ではないし、“創碧の小物屋”で働く大事な仲間。 店主は従業員の安全を守らなくちゃいけないからね。 だから、来たよ? 迎えに。 お待たせ、シリア。 怖かったね、もう大丈夫だよ」
そう言ってから抱きしめてみれば、彼女は再び肩を震わせ始めた。
それでも、さっきとは違う。
強張った体から徐々に力が抜けていくように、全身の体重をこちらに預ける様な勢いで。
彼女は、私に抱き着いて来た。
「怖かった……怖かったです。 アオイ様」
「ん、もう大丈夫。 帰ろう、シリア」
「はい……はいっ!」
彼女の背中をさすりながら、泣き止むまでこうしていよう。
なんて、考えていたというのに。
「アオイ……すまない。 邪魔が入った」
「なんじゃい“アスティ”」
「……お前に名前で呼ばれると非常に変な感じがするな」
渋い顔の王子が、こちらに近づいてきた……わりには視線を合わせない。
彼が睨む先には、周囲の暗い森。
そして周りに展開している兵士達もまた、周囲に向けて剣を構えていた。
「……え? なに? 何か居るの?」
キョロキョロと周りを見渡しながら周囲を確認するが、今の所何かおかしな物は見えない。
いや、え、マジで何。
皆さま何に警戒していらっしゃるの?
私だけ全然状況が理解出来ないんですけど?
なんて首を傾げながら眼を細めていれば。
「魔獣だ、既に囲まれている」
今まで以上に静かに告げる王子。
魔獣、確かあれだ。
街に居るウォーカーっていう冒険者みたいな人が日々退治している獣たちだ。
どんな物なのかは聞いた事が無かったが、魔獣って言うからには獣なのだろう。
「ゴ、ゴブリンとかオークとか出てきたりする?」
「それは魔物だ、魔獣ではない」
違いが分からん。
人型かそうじゃないかって感じか?
なんて事を思っている内に、一人の兵士に対して暗闇から大きな影が飛び掛かって来た。
そして。
「せってーき! 闇狼! 数不明!」
兵士が声を上げながら、黒い物体に押し倒された兵士を救う為に剣を振るう。
目を凝らせば、確かに狼。
本物を見た事は無いが、ネットではいくらか見た事がある。
確か狼って大型犬とかよりデカいって聞いた事はあったが……あんなにデカいの!?
普通に成人男性位のサイズがありそうなんですが!?
「ココで大人しくしていろ! 二人の事は俺達が絶対に守る!」
再び周囲を警戒しながら大剣を構える王子に怒鳴られ、思わずシリアと共に身を顰める訳だが……如何せん視界が悪すぎる。
相手も黒いし、周囲も暗い。
よって、近づかれても気づかない自信しかない。
コレは流石に言われた通り、静かに小さくなっているしかなさそう――。
『少し不味いね、数が多い』
「このタイミングでまたアンタか!」
「……アオイ様?」
シリアに不思議そうな顔を向けられてしまったが、今は返事をしている余裕が無い。
というか、頭の中に響く幽霊さんにだって返事している余裕はないのだが。
思わず脊髄反射で声を上げてしまった。
『ねぇ、少しだけ体を貸してくれない? 契約しろとは言わないからさ』
「何だか滅茶苦茶怖い事を言われている事だけは分かった! アンタそのまま私を乗っ取る気でしょ!? 怖い話の特番でそういう話いっぱいあったもん!」
『うぅんと……良く分からないけど、このままだと本当に不味いよ? 多分そこの王子は一人で逃げれば何とかなるかもしれないけど、他は全滅するかな。 それくらいに集まってる。 しかも、皆その事に気づいてない』
「だったらどうするのさ! 私が体を貸してどうにかなるの!? 指揮でもするの!?」
「アオイ様! 本当にどうしたのですか!?」
シリアにガックンガックンと体を揺らされながら、私は幽霊さんとお話を続ける。
すまないシリア、コイツの言葉はやけに頭に響くんだ。
黙らせておかないと、マジで煩い。
『“魔法”を使う』
「やれるもんならやってみなさいな! こちとら“無属性”の才能無しじゃい!」
『はぁ……鑑定結果で言うのなら、確かに本人の“得意分野”を示しているといっても過言ではない。 人の一生では、苦手な属性の魔法を習得するにはどうしても時間が足りない事が多い』
「だから無理って事じゃ――」
『出来るよ、私なら。 付与魔法をきっかけに、魔法そのものを長い時間解析し、全属性を行使出来るようになった私なら。 魔法とは魔素をエネルギーに、有から有に変換するもの。 そのきっかけを作るのが魔法であり魔法陣であり、魂だ』
「やけにカッコいい事言っているけど、つまり!?」
『体を貸してくれるなら、全員助けてあげる。 どうしても魔素に“触れる”必要があるからね』
すんごい事言っている上に、普通の魔法が使えない私としては全く理解出来ない。
私が使える魔法は、思い浮かべた瞬間頭上から降ってくるのだ。
とはいえ、私の魔法は現時点では何の役に立たないのも想像に難くない。
だったら、やる事は一つなのだろう。
幽霊に体を貸すとかめっちゃ怖いし、出来れば一生に一度も経験したくない事ではあったのだが。
そんな事を悩んでいる間にも、周りの兵士さん達は獣に齧られている。
「だぁぁもう! 分かったよ! 貸すから、“私”を貸すから! この状況をどうにかして!」
『いいだろう。 “色彩の魔女”が、力を貸してあげようじゃないか』
その声が聞こえた瞬間。
私の目の前は黒い霧で覆われた。
――――
「仲間と離れすぎるな! 例え襲われたとしても、隣の奴が助けてくれる! そして互いに隣の仲間を助けるんだ!」
叫びながら指示を出し、俺もその円陣に加わる。
中心にはアオイやシリア。
そして先程捕まえた面々が縛られた状態で横たわっている。
逃げる訳にはいかない。
更には、一匹も通す訳にはいかない状況。
今回の事件の首謀者……と思われる友人に、俺の婚約者。
そして“異世界人”であり、今回の件に全面的に協力してくれた友人のアオイが居るのだ。
例えこの身が獣によって食い散らかされようと、一匹たりとも通す訳にはいかない。
「来いっ! いつまでも隠れていた所で餌にはありつけないぞ!」
獣の注意を引くためにあえて大きな声を上げるが、返ってくるのは沈黙。
やはり魔獣は普通の獣よりずっと頭が良い。
俺達が焦れるか、それとも疲れ果てた頃合いを見計らっているらしい。
不味い、非常に不味い状況だ。
何たって俺達には相手の数を知る術がない上に、明かりを消す訳にはいかないのだ。
この暗闇の中、彼らには“見えても”俺達には見えない。
だからこそ、松明もランタンも灯っている。
コレでは、逃げるという選択肢は愚策以外の何物でも――
『やはり、不器用だな。 人間とは』
背後から、そんな声が聞こえた。
間違いない、俺の友人の声。
だというのに……誰だコイツは?
余りにも気配が違う、雰囲気が違う。
同じ声だというのに、まるで別人の様に聞こえてくるその声に、思わず背筋が冷たくなった。
『この子との約束だ、手を貸してあげよう。 君たちは……そうだな。 暖を取る準備でもしておいてくれ』
「アオイ! アオイなのか!?」
堪らず振り返ってみれば、そこには。
「ア……オイ?」
闇夜にも輝く赤い瞳の彼女が、冷たい笑みを浮かべて右手を頭上に掲げていた。
そして。
『これが本物の“魔法”だよ、よく見ておくと良い。 “氷界”』
彼女が呟いた瞬間、世界が白く変わった。
俺達を避けるかのように、それこそ一歩手前から。
美しい程透明で、光に反射して白く映る。
眼に見える限りの世界が全て、真っ白に“凍り付いた”。
『ふむ、狼が13って所か? 些か派手にやり過ぎたみたいだね』
違う、アレはアオイではない。
一目見た瞬間に理解出来た。
黒く美しい髪を風に揺らしながらも、子供みたいに笑う彼女ではない。
今目の前に居るのは、血の様な真っ赤な瞳を輝かせながら弱者を踏みつぶす“強者”だ。
どこまでも冷たい笑みを浮かべながら、敵を排他する今の彼女を言葉で現すなら……。
「魔女……」
『あぁ、その通りだ。 “魔人”と同格に人々から恐れられる存在の“魔女”。 私はそういう存在だよ、王子様。 怖いかい? 恐ろしいかい? 君も、私の事を排他するかい?』
いつものアオイだったら絶対似合わない憎たらしい笑みを浮かべながら、口元を吊り上げる彼女。
まるで俺の事を試しているみたいに、彼女はやけに煽り口調で言葉を投げかけてくる。
「返せ」
『なに?』
「返せと言っている! アオイを返せ!」
敵う訳がない、俺など彼女から見たら虫と同等の存在なのだろう。
ソレが分かっていても、俺は大剣を彼女に向けて構えた。
魔法で乗っ取られたのか、亡霊の類か。
分からないが、今のアオイはアオイじゃない。
それだけは確かだ。
だから、“取り戻さない”と。
婚約者の……シリアの友人であり、そして俺の大事だと思えるその人を。
「魔女だろうとなんだろうと構わん。 助けてくれた事には礼を言う。 しかし……“ソイツ”をくれてやるつもりはない! 返せ!」
腹の底から力を入れながら大剣を構え、腰を落とす。
だからと言って斬りかかる訳にはいかないのだが。
どうにか、脅しだけでも効いてくれれば……なんて思っていたというのに。
彼女は、悲しそうに微笑んだ。
『やはり、大事にされているようだね。 ちゃんと“見て”おくんだよ? 私の様に、全てを失わない様に』
「お前は……何を……」
『私は“色彩の魔女”。 過去を失い、自分を失い、そして世界から嫌われた存在。 私は魔女、忌むべき存在。 “この子”を魔女にしないで。 止められるのは、貴方達だけなのよ?』
それだけ言って、彼女はその場に倒れた。
まるで糸の切れた人形の様に。
「アオイ様!? アオイ様!」
受けとめたシリアが必死に彼女の名前を呼ぶが、意識を失った彼女は目を覚ます様子もない。
静かに眠っている今の彼女は……“アオイ”に見える。
「王子……どうなさいますか?」
兵士の一人が声を掛けてくるが、こんな事態どうすれば良いのかなんて俺にも分からない。
それどころが、どう父上に報告したら良いのかさえ分からないのだ。
「とにかく……今は撤退だ。 相手は捕らえ、周囲の魔獣も駆逐された。 我々の任務は完了した」
「……はい。 元々の任務は、ですが」
随分と渋い顔でアオイを見つめる彼は、何か言いたげな雰囲気で引き下がってくれた。
あぁ、クソ。
こういう時、もっと頭が良ければ良い策などが浮かんだかもしれないのに。
俺は、今この場でアオイを守る事が出来そうにない。
兵士達の侮蔑の視線と、警戒の眼差しから。
「クソッ……なんなんだ一体……」
どうしようもない事態に、訳の分からない状況。
その全てに対して。
俺は夜空に向かって悪態を吐く以外出来ない、出来損ないの王子であった。
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