第20話 魔剣


 深い森の中、私は一振りの剣を胸に抱きながら歩いていた。

 どこまでも続きそうな闇の中を、ただひたすら教えられた場所へと向かって歩き続ける。

 周囲から響く獣の声、虫の音。

 ランタンの明かりだけでは到底照らしきれない深い暗闇が、今にでも牙を向いてきそうに思えて膝が震える。

 それでも私は、“その地”にたどり着いた。


 「やぁやぁ待っていたよ、王子のお気に入りのお嬢さん。 あぁいや、“創碧の小物屋”の店主さんと言った方が良いのかな? はじめまして、俺はディレイっていうんだ。 よろしくね?」


 森が一部くり抜かれた様な地に、月明かりが差し込んでいた。

 そこにあるのは美しい泉に、見上げる程の大樹。

 そして、パーマが掛かった様なロンゲ男に、この場には似つかわしくない豪華な椅子に縛られたシリア。


 「アオイさん! なんで来たんですか!? こんなの罠だって貴女なら分かるでしょう!? 放っておけば良かったのに、私一人で済むなら、それで良かったのに!」


 両目からボロボロと涙を溢すシリアは縛られたまま体を動かし、悲痛な叫び声を上げている。

 でも良かった、服も乱れてないし外傷も無さそうだ。

 無理矢理縄から抜け出そうとしている為か、縛られている箇所が翌日には酷い事になっていそうな程赤くなっているが。


 「約束通り“魔剣”を持ってきたよ。 シリアを解放して」


 「いやいやいや、本物かどうか確かめる前に解放するなんてあり得ないだろう? 君は交渉というものを知らないのかい? これだから常識知らずの下っ端商人は」


 随分煽り腐った様子で、ロンゲ男は笑い声を上げている。

 あぁ、コイツアレだ。

 話しているだけでストレスが溜まるタイプの人間だ。

 いちいち人を煽らないと、言葉が口に出来ない人間なのだろう。


 「はぁぁぁ……あのさぁ、それ。 あんたにとって交渉をこの場で終わらせる提案になっている訳だけど、分かってる?」


 「あん?」


 もう一度大きなため息を吐いてから、胸に抱いていた“魔剣”を相手に向かって差し向けた。


 「常識だの交渉というものがどうだの。 御大層に偉そうな事を口走っているからには、条件通り“私”がこの場に届けに来て、この剣が“魔剣”だと判断したら大人しくシリアを渡して引き下がるって“取引”をアンタは持ちかけてんのよ。 明確に言葉にしていませんだの、記憶に御座いませんだのは通用しないわよ? ちゃんとした“常識ある大人”であり、れっきとした“取引”が出来る頭がある人間だと自称するなら、いつまでも優位に立っているつもりで踏ん反り返ってるんじゃないわよ。 コレはフェアな取引よ、あんた等が薄汚い手を使ったとしても。 この場に有るのは差し出すものと受け取る物、ソレが等価だと判断してお互いに交換する。 理解したかしら? ボンクラ」


 「……言うじゃないか、小娘」


 一瞬だけピクリと頬を吊り上げた男は剣を抜き放ち、そのままシリアに向かって降り下ろした。


 「ひっ!?」


 「ちょっと!?」


 私達二人が声を上げた頃には、ハラリと彼女に巻きついていた縄がほどける。

 本人さえも何が起きたのか分からない状態のまま、シリアは自身の両手を見つめてオロオロと周囲を見渡していた。


 「ホラ、コレで良いか? 魔女よ。 さっさと“魔剣”を見せろ、本物だと確かめた後。 コイツとその剣を交換してやる」


 シリアが逃げない様にか、彼女の腕をがっちりと掴んだまま立ち上がらせるワカメロンゲマン。

 おいテメェ、手荒に扱うんじゃねぇよ。

 なんて事を思いながらチッと舌打ちを溢し、改めて“魔剣”を正面に持ってくる。

 そして。


 「どうせそんな下っ端盗賊みたいな真似をしているなら、“本物”なんぞ見た事も無いんでしょう? よく目に焼き付けなさい」


 そう言ってから、ゆっくりと“魔剣”を鞘から抜き放つ。

 人差指で、トリガーを引き絞りながら。

 すると。


 「おぉ、おぉぉ! ソレが、“異世界の勇者”が使用したとされる“魔剣”!」


 溢れんばかりの蒼い光に、彼は夏の虫かって程にフラフラと寄って来る。


 「シリア、こっちにおいで」


 「は、はい!」


 男の手から離れたシリアは、慌てて私の元まで駆け寄って来た。

 うし、人質救出。

 あとは。


 「早く、早く“ソレ”をこっちに! ソレがあれば俺は勝てる! 今度こそアイツに、王子に勝てる!」


 まるで薬物中毒者の様な様子を見せる彼に向かって、再び鞘に仕舞った“魔剣”を投げて渡した。


 「これで、“取引”は成立ね?」


 「あぁ、あぁ! その通りだ! クハハハハッ!」


 「それじゃ私達は帰らせてもらうけど、構わないわね?」


 そう言った直後、彼は口元を三日月の様に吊り上げた。

 まぁ、そうなりますよね。


 「魔女様はやはり、この手の“常識”に疎い様だ。 こんな取引の現場に居合わせ、尚且つ“魔剣”まで手渡した後だというのに、タダで帰れると思っているのかね?」


 クックックと小物臭漂う笑い声を浮かべる彼が片手を上げれば、周囲からは多数の人影が現れる。

 誰も彼もその手には物騒な物を持ち、私とシリアだけではとてもじゃないが太刀打ちできない状況だろう。


 「ハハハ! 本当に間抜けだな王子は! まさか冗談抜きでこんな女を一人で俺の元へ向かわせるなんて。 馬鹿過ぎて涙が出て来るよ! こっちには“魔剣”、人質が二人。 はてさて、ここからどう逆転してくれるのか楽しみで仕方ない――」


 「貴方って、本当に馬鹿なのね」


 「あ?」


 彼の演説を遮ってみれば、非常に不機嫌そうな声が返って来た。

 とはいえ、私達からすれば彼の台詞が何処までも本人に返って来ている様にしか思えないのだから仕方ない。

 思わず口元が吊り上がってしまうのも、きっと許してくれる事だろう。


 「私達は約束を守ったわ。 守った上で、これからのお話をしましょうか」


 「おい魔女、貴様何を言っている」


 ジリジリと距離を詰めてくる周りの連中を一睨みしてから、私は腰に手を当てて宣言した。


 「さっきから聞いてりゃ魔女魔女煩いのよ! 誰が魔女じゃい! 私はれっきとした一般人であり、王子のお気に入りでもないわよ! まぁ、それは良いか。 あともう一つ、良い事教えて上げる。 アンタが思いつく様な戦法、あの馬鹿王子が思いつかないとでも思った? 馬鹿は馬鹿でも、アレは戦闘バカよ。 戦う事において、右に出る者は居ないって話じゃない」


 ニコォっと口元を吊り上げながら、ランタンを放り出して右腕を上空に振り上げる。


 「出でよ! 私の護衛達! もといシリア救出部隊の方々!」


 思いっ切り叫べば、周囲から現れた皆々様のさらに奥。

 もっと暗闇に塗れたその先から、多くの兵士達が走り出して来た。


 「なっ!? どういうことだ!」


 「クハハハハッ! どうせ泉の見える位置に全員配置したんでしょ、バーカバーカ! フィールドってのはもっと広く使うのよ! 私が到着する時間を一分たりとも狂いなく合わせれば、私の姿なんか見えていなくても周りは合わせられんのよ! タイムスケジュールってご存じかしら?」


 正直、急に襲い掛かられたりすれば終わっていた訳だが。

 更に言えば、相手が私の話に付き合ってくれなければ人の配置が間に合わなかったかもしれない。

 でも、全部条件が揃ったのだ。

 私が無駄に長く話し込んでいる間に配置は完了し、絶妙なタイミングで強襲が掛けられた。

 ナイス兵士、そして私を囮にする策に最後まで反対していた王子。

 よく耐えた、もう暴れて良いぞ。


 「ディレイィィ!」


 「アスティィィ!」


 森から飛び出して来た王子が、獣の様な眼光を携えながらロンゲ男に飛び掛かった。

 ん、ちょっとまった。

 アスティって誰よ。


 ――――


 俺達が包囲網を張っていた更に先に、コイツ等は人を配置していたらしい。

 ふざけやがって。

 要救助者が見えない位置に人を配置するって何だよ!

 なんて事を思いながら、腰の剣を抜き放ち王子の振り下ろした大剣を受けとめる。

 やはり、重い。

 どこまでも真っすぐで、力のみで突き進む様な一撃。

 学園時代から、俺はこの剣を受けて来た。

 そして、共に歩んで来たからこそ分かる。

 このままでは押し負ける、と。

 だからこそ剣を斜めにズラし、一旦相手の剣を受け流す。


 「ディレイ! 何故だ!」


 再び大剣を構えながら叫ぶ王子に向かって、ヘッと乾いた笑いを返してやる。

 あぁあぁ、コイツは今でも昔と変わらねぇ。

 何処までもお綺麗で真っすぐな人間だ。

 “人族”の悪い所を、微塵も理解しちゃいねぇ。


 「獣人の扱いを、お前だって知っているだろう?」


 「……獣人? あぁ、世間一般では身分が低いとされているな。 だがわが国では平等に――」


 「平等!? だったら何故周辺の村が魔獣に襲われた時、国は動かなかった!?」


 俺は、ハッキリ言えば成り上がりだ。

 小さな村で育ち、村の皆の協力もあって“学園”に通える事になった。

 村の財産を食いつぶす勢いの学費、学園では慣れない上下社会。

 そんな中、俺に手を差し伸べてくれたのがコイツだった。

 一国の王子でありながら、貧しい村出身の俺にだって手を差し伸べてくる。

 そんな彼が、随分と眩しく見えた。

 だというのに。


 「お前は言ったよな!? 周辺の村々さえも守り、人々をもっと生きやすい世界を作りたいって! 俺と約束したよな!? 獣人だって守ってくれる国を作るって! だというのに、このザマは何だ!」


 「……一体何を言っている?」


 「とぼけんじゃねぇ! つい最近の話だ、俺の住んでた村が魔獣の群れに襲われた。 村人はウォーカーも国の兵も頼った! しかし、誰も手を貸してくれなかった! 俺の村が獣人を受け入れていたからだろうが! それ以外に理由があるのか!? 獣人は価値が低いからって、見捨てたんだろうが! そこには俺の婚約者だって居たんだ! アイツも獣人だよ! 笑いたければ笑え! だが俺にとって、獣人だの人族だの関係ない! アイツはアイツだったんだよ!」


 「そんな事が……すまない。 力になれず」


 「今更謝ってんじゃねぇぇ!」


 思い切り剣を横薙ぎに振るい、王子との距離を取る。

 更には。


 「俺にとってコレはお前への当てつけだ、周りの連中は知らねぇが。 お前が口八丁なクソヤロウだったっていう事は分かったからな、こっちもこっちで勝手な恨みをぶつけさせてもらうぜ」


 「おい、ディレイ……止めろ」


 手に持った剣を投げ捨て、先ほど魔女から受け取った“魔剣”を抜き放つ。

 月明りに反射する“蒼”。

 どこまでも透き通り、まるで宝石の様に光り輝いている。

 そして何より、“軽い”。


 「さっきみたいに光らねぇな……魔力を込めないと駄目か? お、コレか?」


 人差指辺りの突起を押し込めば、先ほど魔女が持っていた時の様に光を放つ“魔剣”。

 勇者が使ったとされる、攻撃用の魔剣だ。

 お伽噺に残る様な代物。

 こんな物を使えば、どうなるか分かったモノではないが。


 「止めろ、ディレイ」


 「止めて見ろよ、王子様。 俺はもう、失う物なんざねぇんだ」


 短めの刀身を構えながら、腰を落とす。

 対する彼は、どこか困惑した様子で再び剣を構えた。

 当然だ、“魔剣”を相手にするんだから。

 どう対処したら良いかなんて分かる訳がない。


 「決着をつけようや」


 「……致し方あるまい」


 スッと静かに剣を構えながら、俺達の間に静寂が流れる。

 そして。


 「ぜあぁぁぁぁ!」


 「フッッ! ディレイ、すまん!」


 声が、剣が交差した瞬間。


 「……は?」


 美しく光り輝く俺の“魔剣”が、彼の大剣によって粉砕された。

 いや、え?

 こんな事ってあり得るのだろうか?

 伝説級の代物だぞ? 勇者が使った武器だぞ?

 だというのに、こんなにも呆気なく、あっさりと砕けた。

 訳が分からず呆けていた俺の頬に、王子の拳が叩き込まれた。

 そして。


 「すまないディレイ、本当にすまない。 話は、後でゆっくり聞こうと思う」


 俺に向かって剣の切っ先を向ける勝者が、まるで今にも泣きそうな目でこちらを見下ろして来ていた。

 あぁくそ。

 俺はお前のそう言う所が大っ嫌いなんだ。

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