第19話 模造品


 「くそがぁぁぁ!」


 手紙を握りしめながら、噛みしめた奥歯から出血しているのか。

 口からボタボタと血を流す王子。

 手紙の内容からして、激高するのは分かるが。

 彼がココまで取り乱す姿を見た事が無かった。

 ブルーは腰を抜かし、兵士は冷や汗を流しながら後退る程。

 これは、そんな緊急事態。


 「王子、私も話が聞きたい。 王宮に連れてって」


 「アオイ、お前は無関係だ。 首を突っ込むべきではない、コレは私達で対処する」


 分かってはいたが、関わらせない様に釘を刺して来る王子。

 確かに私なんかが近くに居ても何も出来ないかもしれない、むしろ足手まといにしかならないだろう。

 だとしても、だ。


 「ウチ従業員が攫われて、更に彼女が目立ってしまった原因に私が関わっているとしたら。 無関係だから待てと言われて待っていられる? 私にも原因があるかもしれない、なにより友人が居なくなって、貴方は普通に眠れるの?」


 「しかし、だな……」


 未だ渋る王子の前で胸を張り、大声で言い放った。


 「私は“異世界人”。 しかも“向こう側”から物を取り寄せる事が出来るのよ!? もしかしたら何か役に立つかもって考えても良いでしょ!? むしろ私を使いなさい、使い潰すつもりでも良いから、“異世界”の技術や知識を活用しなさい! それでシリアが帰って来るなら、私を“道具”として使うくらい安いもんでしょ!?」


 そう言い放ってみれば、王子は目を見開いてから、非常に悲しそうな眼差しをこちらに向けて来た。

 そして。


 「すまん、アオイ。 お前も交渉材料に入っている……協力してくれ。 いや、助けてくれ。 俺には、全く良い案が浮かばないんだ。 だから……助けてくれ」


 くしゃっと泣きそうな顔を浮かべた王子が、私に向かって頭を下げる。

 こんな顔、初めて見た。

 それこそ若い女の子なら一発で堕ちてしまいそうな、“弱った時のイケメン”みたいな表情を浮かべやがって。

 残念な事に、私は堕ちないが。

 そんでもって今はシリアの事が優先だ。

 だからこそ、全力で協力しようじゃないか。


 「今からお城へ向かうよ! 全員で作戦会議だ!」


 そんな訳で、私は浅葱を抱っこしながら兵士が用意した馬車へ飛び乗る。

 ブルー少年も訳も分からず馬車に乗せられ、王子は険しい顔で後に続く。

 私達は揃いも揃って王宮へと向かうのであった。

 別にコレと言ったプランが浮かんでいる訳ではない。

 何かが出来る確信がある訳じゃない。

 だが、それでも。

 ジッとしていられる状況では無くなってしまったのは確かだった。


 ――――


 「こちらが、宝物庫に保管されていた“魔剣”でございます」


 遅い時間にも関わらず、王の謁見室に集まった私達。

 しかしながら、頭を下げている人間などほとんどいない。

 精々周囲に集まった兵士くらいだ。


 「まさか、私の代でこの“魔剣”を抜く事になるとはな……コレはこの地に封印されている竜の肉体と魔石を切り離して封印されたとされる――」


 「あ、そういうの良いんで早く抜いてください」


 感傷深く説明しようとする王様の説明をぶった切り、早く現物を見せろと催促する。

 本来ならこんな事をしてはいけないのだろうが、今回の作戦を実行するにはいち早く私が“実物”を確認し、覚える必要があるのだ。

 簡単に言いますと、偽物作戦。

 もし相手に“魔剣”とやらを奪われてしまったとしても、何の効果もない私の模造品であれば脅威にはなり得ない。

 だからこそ、現物そっくりな“魔剣”を作り上げ相手に渡す。

 なんたってこの魔剣とやらは、刀身が“宝石”の様な見た目をしているらしいのだ。

 私なら模造品が作れる……かもしれない。

 そんなざっくばらんな作戦を立てながら、この場に到着した訳だが。


 「で、では抜くぞ……」


 やけに緊張した面持ちで豪華な鞘に収まるその剣を王が引き抜いてみれば。


 「……おい」


 「……これは、ちょっと冗談云々ではすみませんね」


 抜き放った刀身はドスグロイ色に染まり、ポロポロと何かが零れ落ちている。

 明らかに腐っている上に、“魔剣”と名の付く物とは思えない程に……“ガラクタ”だった。


 「おぉいぃぃぃ! 間違いなく宝物庫に保管されていたのであろう!? 何故こんな状態なのだ!?」


 「も、申し訳ありません! 我々もその剣は抜いた事が無く……状態までは把握しておりませんでした」


 ま、そうよね。

 一般の兵士が“魔剣”やら“聖剣”やら勝手に抜く訳にいかないもんね。

 整備すらままならないわな。

 最後に使った人が、手入れを怠ったのかな?

 まぁ今更責める対象が居ない訳だけども。

 しかも話に聞く限り、この魔剣は透き通る様な“青色”をしており、更には剣というより魔術の媒体として使われたらしい。

 だったらまぁ……勝手に掃除したり整備したりできませんよね。


 「ア、アオイ殿……コレの複製品は……」


 「木炭でも使えってんですか?」


 「……流石に無理か」


 王様は非常に大きなため息を溢しながら、頭を抱えたまま天を見上げた。

 ダメだ、“コレ”はもう間違いなく使い物にならない。

 “魔剣”としても、“交渉材料”としても。

 素人の私からしても、間違いなく“ゴミ”だと言えるほど劣化しているのだから。

 しかし、“形”は覚えた。


 「王様、その美しい鞘は交渉材料に使ってもよろしいですか? それから、そのゴミ……じゃなかった、魔剣もお借りしてよろしいですか?」


 「こんなゴミになってしまったモノ……どうすると言うんじゃ……」


 もはや全身脱力体制に入った王様から、その場で鞘と剣を頂いた。

 だったら、いけるかもしれない。


 「無ければ作れば良いのです。 クリエイターの仕事は、0から1を作る事ですから」


 ニコッと微笑んで見せれば、「は?」とその場の全員から間抜けな顔を返されてしまう。

 まぁ、そうなるだろう。

 こんな言い方をすれば、私が今から“魔剣”を作る様に聞こえるだろう。

 だが、違う。

 私が作れるのは、私が作れるものだけ。

 俗に言う模造品、素材の違う“似たようなモノ”。

 でも私の作品は、“偽物”ではないのだ。


 「三日、あるのですよね? 創碧の小物屋、この依頼をお受けいたします」


 例え二日酔い状態になったとしても、床にへばりついた状態でも。

 “作れない事は無い”。

 鍛冶屋が今から一本の剣を打てと言われても困るかもしれないが、私なら作れる。

 何たって私が作るのは実用性皆無な上に、下準備が大変というだけ。

 “本物”に近づけようと努力はするが、材料から用途までまるで違う。

 どこまでも“実用的”ではなく、どこまでも“飾る”為にある“作品”なのだから。


 「王宮が保管していた“筈”の魔剣。 復活させて見せましょう、“見た目”だけは。 だからこそ、情報を下さい。 この剣が、どう語り継がれて来たか。 どんな見た目をして、どんな偉業を成して来たか。 それら全てが、“模造品”が本物に近づく結果に繋がる。 “戦わない魔剣”。 その作成を、創碧の小物屋がお受けいたします」


 正直、自信がある訳ではない。

 でも、やるしかない。

 誰かを頼り、人任せにしても上手く行かない結果が眼に見えている状況。

 何たって国のトップだって慌てふためいているのだ。

 だったら。


 「私が作ります、“魔剣”を。 見た目だけ、形だけだったとしても。 相手を納得させるくらいに、“本物と思わせる”魔剣を、騙せるくらいの模造品を作り上げます。 だからこそ、教えて下さい。 シリアを救う為に、私は3日の内に魔剣を拵えて見せます。 教えて下さい、この魔剣の“記憶”を」


 そういって静かに頭を下げてみれば、王様は無反応。

 やはり、無理なのだろうか?

 私の様な無名のクリエイターでは、信用が置けないだろうか?

 そんな風に思い始めた、その時。


 「あれを……作る? 彼女は魔女か何かか?」


 「模造品の魔女……」


 「いや、偽りの魔女。 と言うべきか?」


 なんて声が、周囲の兵士から上がり始める。

 うっせぇよお前等、誰が魔女じゃ。

 こちとら“普通”の異世界人じゃい。

 などと思っている内に、王様は堪えた笑いが抑えきれなくなる様に噴き出した。


 「コレを、“こんなもの”を複製するというのか? アオイ殿は」


 「えぇまぁ。 複製するには時間も資材も必要ですが……“似たようなモノ”は作れるかもしれません。 今から鍛冶屋にお願いしても間に合わないのでしょう? というか、“魔剣”なんて言われて大事に保管されているくらいです。 もう一本作って、とはいかない代物なんですよね?」


 「それはまぁ……そうなのだが」


 「でしたら、打てる手は全て打っておくべきではないかと」


 手に持った“魔剣”。

 率直な感想で言えば大した代物には見えない。

 朽ち果てた今だからこそ、そういう感想になるのだろうが。

 全体的な感想で言うのなら“短剣”。

 長物じゃないし、変にゴテゴテしている訳でも無い。

 であれば、なんとかなるかもしれない。


 「頼んでも、良いのか?」


 やけに心配そうにする王様に、同じような表情の王妃様。

 隣で立っている王子も無表情な癖に、今にも泣きそうな雰囲気を放っている。

 あの無表情でも、割と心境が読める様になったものだと我ながら思うが。

 やってやろうではないか。

 ココまで散々お世話になったのだ。

 ここいらで、ドンと御返しの一つでもせねば。


 「成功する保証はありません。 ですが、鉄を打つよりかは早いかと思われます。 保険の一つくらいに考えて頂ければ幸いです」


 そう言ってニコリと微笑みを浮かべてみれば、彼は静かに頭を下げた。


 「頼む、アオイ殿。 交渉を長引かせる程度でも構わない。 何かしら、“ソレらしい物”を作って頂けるか? 情報、伝承の類は全て貴女に公開しよう」


 「ご注文、承りました」


 こうして、次の仕事が決定した。

 次の仕事は過去の“魔剣”の創作。

 お伽噺の様な伝承を元に、私が思い浮かべる“魔剣”を作る。

 私からすれば随分と大きな作品になるし、ちゃんと形になるかどうかも分からない。

 新たに資材も、準備も必要だろう。

 だがしかし。


 「今なら、失敗する気がしないわ」


 『その自信も、“日記”に描いてあった私そっくり』


 耳元から、そんな声が聞こえる。

 しかし、だからどうした。

 コレは私の友人の命が掛かっているのだ。

 だったら、“作る”他あるまい。

 全身全霊を掛けて、“魔剣”の模造品を作ろうではないか。


 「本当に申し訳ない。 手段の一つとして、アオイ殿に力を貸してもらおうと思う」


 「えぇ、何たって私は“クリエイター”ですから。 物を作り、相手を驚かせる。 ソレが仕事です」


 「何とも頼もしい限りだよ……ありがとう」


 「それは、成功した後に仰って下さいな」


 そんな訳で、私は急いで自宅へと戻るのであった。

 コレから忙しくなる。

 何たって“型”から作らなければいけない上に、今までにない程大きな“小物”なのだから。

 例えソレが剣であっても、人から見れば凶器であったとしても。

 私にとっては“小物”なのだ。

 人を斬る事も出来ず、“魔剣”たる効果も生み出さない。

 だからこそ、“レプリカ”。

 それを今から、私は作るのだ。


 「こんな事言ったらアレだけど、楽しくなって来たわ……絶対に一目見ただけでシリアを返してくれる程の“魔剣”を作って見せるんだから」


 今の私の頭の中は、“あの形”の剣をどう配色しようかという妄想に埋め尽くされていた。

 真っ青な宝石の様な剣にしようか、それとも鉄製の短剣をコーティングする様な形にしようか。

 はたまた、ラメや魔法陣を浮かべても良いのだろうか?

 取引が夜だとするならば、ブルーに手を借りて光り輝く様に手を加えても良いかもしれない。

 あぁ、製作意欲が止まらない。

 何となくで作ろうとしている時よりも、必要があって“作って欲しい”と頼まれた時の方が、私は燃えるタチなのだ。

 だからこそ、作ってやろう。

 相手も、王様さえも度肝を抜かす一品を。

 そして。


 「シリアを返してもらうよ、彼女は……私の仲間なんだから」


 “作品”を共に拵えてくれる彼女を。

 友達になってくれた彼女を。

 このまま放っておくというのは、私の中では“あり得ない”選択肢なのであった。 


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