第14話 ご依頼


 「アオイ、何してる?」


 「ちょっと読書というか何と言うか。 先に寝てて良いよ」


 「あい、すみー」


 「おやすみね、おやすみ」


 「おやすみ!」


 元気いっぱいに返事する浅葱が、布団の中にボスッと入り込んだ。

 そして数分と立たない内に静かになる。

 よくまぁあのテンションですぐに眠れるものだと感心するが、そこは子供特有の“電池切れ”現象なのだろう。

 やれやれと思わず微笑みを浮かべながら、私は地下で見つけた日記を広げた。

 一番古そうな物を見繕って来た訳だが、番号とか振られていないので順番が良く分からない。

 更には数がとにかく多いのだ。

 読破するにも、かなり根気がいる作業になるだろう。

 しかし。


 「流石に、読まないままって訳にもいかないしねぇ」


 ポツリと呟いてから、ここに昔住んでいた彼女の記憶を遡っていくのであった。


 ――――


 今日も、日記を付けようと思う。

 そして私の勘違いだったら恥ずかしいので、誰かに読まれても大丈夫な様に日本語で書く。


 最近、やはり物忘れというか……時々記憶が曖昧な箇所が見受けられる気がする。

 前の日記にも書いたが、凄く細かい事なのだ。

 ほんの些細な事柄、ソレがたまに思い出せなくなる。

 例えば漢字や、その意味。

 “こちら側”ではほとんど使わない知識なので、コレと言って困る事は無い。

 だから最初は気にしなかった、単純に私が忘れてしまっただけなのかと思っていた。

 でも、今日のは流石に驚いた。

 英語が読めなくなっていたのだ。

 もうこっちに召喚されてから随分と経つ。

 だから使わなくなった言語を忘れてしまったのかと、その時は軽く考えたのだが。

 その日の夜、ゾッと背筋が冷たくなったので今こうして筆を取っているという訳だ。


 良く考えてみれば忘れる筈がないのだ。

 だってアレらは、私が常日頃から使っていた道具の名前や、制作会社の名前なのだから。

 あそこのペンタブは良い、あっちはあんまり私には合わないとか、散々友達と喋っていた筈なのに。

 私にとってかなり身近な所にあったその名前を、思い出せはするのに読めないのだ。

 やはり冗談抜きに、“向こう側”の事を徐々に忘れていっている……とかなのだろうか?

 A~Zまでのローマ字も発音できるし、言葉にしようとすれば出来る。

 頑張って読もうとすれば、何とか読める……気はする。

 でも英語の文章や英語の羅列を見ると、はて? と首を傾げてしまうのだ。

 “こっち側”でも魔獣の名前や魔法の名前なんかで、英語と同じようにウルフやベアと言った名称が使われている。

 しかしソレは私がそう聞こえているだけで、もしかしたら違うのか?

 幸い“こちら”の言葉も文字も召喚時から分かる様になっていたから、その辺は今後も困る事は無さそうだが……。

 このまま普段使っている道具の名前なんかも分からなくなったら、私はどうすれば良いのだろう。


 だって私の使える魔法、称号は“向こう側”から画材を取り寄せる力なのだから。

 そして、この良く分からない制限。

 私の“部屋”に在った物、しかも“絵”に関する物しか呼び出せない。

 目が疲れた際に欲しい目薬なども呼び出せるので、どこまでが“絵”と関りがあるのか境目が曖昧だが。

 とまぁ、形や名称、そう言ったモノをはっきりと思い浮かべないと“召喚”出来ないのは確か。

 もしも名前や形、色なんかが思い出せなくなってしまったら……私は“召喚”が使えなくなってしまうのだろうか?

 それは、非常に不味い。

 私の仕事は絵を描く事。

 “こちら側”にも絵具はあるし、鉛筆だってある。

 でもやはり、“向こう側”の物の方が質は良い。

 そういう意味も含め、私の作品を皆は買ってくれる。

 “向こう側”の知識と発想が有るからこそ、描けている。

 ソレが全て無くなってしまったら、私には一体何が描けるんだろう。

 なんて事を考え始めたら、凄く怖くて仕方がないのだ。

 絵を描き、売る。

 そこまでの経緯を経て、私のレベルは上がる。

 今では描いた絵に魔法を付与する事まで出来るようになったのだ。

 とはいっても魔除けや少しだけ運を良くする、程度のモノだが。

 それでもココまで来たのだ。

 皆が喜んでもらう作品を作れる様になったのだ。

 “向こう側”ではよく居る絵描きの一人だった私が、“こっち側”では求められ、絵だけで食っていける程になった。

 こんな生活の中、ある日パタリと筆が進まなくなってみろ。

 その時私は、どうやって生きて行けば良い?

 それが、たまらなく怖い。

 だから何が原因でこうなっているのか調べないと。

 生きているだけで徐々に忘れていくというなら、どうしようもないが……忘れる頻度の幅が随分と違う気がするのだ。

 忙しくしている時は、余計に物忘れが気になる様な気もするが……疲れているだけなら良いのだが。

 とりあえず、覚えている事は些細な事でも書いておこうと思う。


 ――――


 「ふぅ……」


 息を吐きだして、最初の日記を読み終わる。

 その後も似たような文字列が続き、その日の出来事、思った事が描かれていた。

 そして日記の後には決まって、彼女の忘れたくないであろうモノの名前や説明。

 所々「名前は思い出せるが、その物がなんだったのか思い出せない」と書かれているのが非常に怖い。

 しかも後半に行けば行く程、そう言ったモノが増えていくのだ。

 だからこそ、なのだろう。

 後半へいく程、日記というより単語や説明が多くなる。

 少しでも記憶を残し、忘れない様に心掛けていたと思われる文字列。

 これは日記というよりか、彼女の記憶を残す為の辞書に近い。

 忘れてしまった時、この日記を何度も遡って調べていたのだろう。

 何度も何度も指を擦って調べた跡や、文字を探す爪の跡が残されていた。

 更には、所々に水を溢した様な染み。

 思い出せない自分に苛立って、悲しくて、辛くて。

 この日記を書いた彼女は必死に“文字”という名の記憶を探っていたのだろう。

 その姿を想像すると、非常に胸が痛む。

 そしてもしかしたら、私も彼女の様に……。


 「ない、とは言い切れないんだよね……私とこの子の“能力”は似すぎている。 同じ環境に身を置き続ければ、もしかしたら」


 “ゴミ屋敷の守り人”なんてふざけた名前の称号な訳だが、使い勝手は非常に便利。

 私の部屋にあった小物作りの“資材”を、魔力が持つ限りは“召喚”出来る。

 しかも「こんなに量なかったでしょ」なんて言ってしまいそうな程、同じ物を“向こう側”に置いて来た分以上に召喚できるのだ。

 まるで部屋にあった代物を複製してこちらに呼び出しているかの様に。


 「とはいえ、まだこの段階じゃ魔法が“コレ”の原因とは言い切れないよなぁ……疑わしいのは確かだけど。 壁にも“使うな”とか描いてあったし……それとも別の何かをこの子が使っちゃったとか? いやぁ……わからん。 召喚が原因なのか、それとも魔法そのもの? または別の何か?」


 コレばかりは、彼女の日記を徐々に読み解いて調べていくしかあるまい。

 彼女自身原因を見つけ、答えにたどり着いているのなら、あの山の様な日記の何処かに答えが書いてあるのだろう。

 その前に“向こう側”の記憶を失い、日記を書く事を止めてしまっていなければ良いが。


 「ていっても、あの量なんだよなぁ……一体いつ答えが見つかるのやら。 そんでもって、明日も明後日も小物作って売らないとだから、魔法使わない訳にもいかないしなぁ……」


 従業員とも呼べる、共に小物を作ってくれる仲間が増えた為、資材の消耗が激しいのだ。

 羊毛はまだ市場に売っている物で良いとしても、レジン液やラメの様な封入物はどうしたって“召喚”しないといけない。

 不安はあるが、まだ魔法のせいで記憶が消えると決まった訳では無いのだ。

 今現状で使用を恐れて手を止めてしまえば、私はニートに逆戻り。

 そして、制作活動を二人に任せっきりで私だけ日記を読み漁る訳にもいかない。

 よって。


 「やっぱり、こうして夜読むしかないかぁ……」


 ふへ~と気の抜けたため息を溢しながら椅子の背もたれに身を預ければ。

 背後にあるベッドから「クスンックスンッ」とすすり泣くか細い声が聞こえて来た。

 ここ数日間、ずっとそうだ。

 最初は「まさか幽霊屋敷に住む亡霊か!?」なんて思ってしまった訳だが。


 「浅葱、大丈夫だよ。 ちゃんと居るよ」


 読み終わった日記を机に置いて、私も布団の中へと身を沈める。

 泣き声の元凶である浅葱を胸に抱えて、ゆっくりとその小さな身体を撫でる。


 「大丈夫、大丈夫だよ。 一人じゃないよ」


 親を失って、まだ数日なのだ。

 そしてこの子は、まだまだ幼い。

 心に負ったその傷は、随分と深いモノだろう。

 だからこそ、夜になるとこうして眠りながら泣いてしまうのだ。


 「アオイ……」


 「ん、居るよ」


 寝言で私の事を呼びながら、小さな体はこちらに身を寄せて来る。

 その体は、少しだけ震えている。


 「続きは明日だねぇ、こりゃ」


 そんな呟きを洩らしながら日記は諦め、私も眼を瞑るのであった。

 でも良かったのかもしれない。

 これ以上読んで、もしもまた怖い言葉が書かれていたら、今度は私が眠れなくなっていたかもしれない。

 まだまだ私の仕事は始まったばかり。

 だからこそ、寝不足で身体を壊す訳にはいかないのだ。

 単純に、現実から目を逸らしているだけなのかもしれないが。

 それでも、今日の所はもう眠ろう。


 「……アオイ」


 「ん、大丈夫」


 「アオイ……ご飯」


 「おい」


 寝ぼけた浅葱は、ポツリポツリと私の名を呼び続けるのであった。


 ――――


 翌日も、昨日と同じ面子が我が家に集まった。

 今日も変わらず作品作り。

 とはいえ同じ物をずっと作っていては創作ではなく、ただの大量生産のお仕事になってしまうので、それぞれ思いついた物をイラストに起こしてから作業に取り掛かる。

 画材は家の中に、それこそ腐る程あったので有効活用させて頂いております。

 そんな訳で私達は、それぞれ方向性の違う作品やら何やらに取り掛かっている訳だが。


 「アオイ、話がある」


 「もちっと待って、コレが終わったら太陽光に当てるだけになるから」


 「うむ」


 やけに深刻そうな声を上げる王子をぶった切ってから、手元の作品に最後の一手間。

 そして窓辺に慎重に設置してから、ふぅと息を吐きだして王子に向き直った。


 「そんで?」


 「実は、アオイに頼みがある」


 「ほぉ、珍しい」


 「あぁいや。 俺から、というより父上からなんだが」


 「はいはい、王様から」


 とすれば、断る事は出来ないだろう。

 そもそも王様のお願いを断ったらどうなってしまうのやら。

 というか、あの人のお陰で私は普通に生活出来ている訳だし。

 ここまでお世話になっておいて、頼み事を嫌ですとは言えないだろう。


 「今度夜会があってだな。 ソレは単純な集まりというよりかは、位の高い貴族が集まってのオークションがメインなんだ。 まぁ、お遊びみたいなモノではあるのだが……割と皆、本気を出して来る」


 「と、言いますと?」


 概要は分かったが、どうしろと?

 まさか参加しろだなんて言わないだろうし。


 「皆ウチはこれくらいの物が出せるんだぞ、という意味を込めて様々な高価な物品を出して来る。 そこでだ」


 「はいはい、ってオイ長いな。 さっさと用件を言いなさいよ用件を」


 説明をしてくれるのは良いが、やけに回りくどい王子の頭をペシペシと叩いてみれば。


 「まず一つ、参加してくれ」


 「ワァオ、ソレだけは絶対ないと思ってた」


 「二つ目、何か作ってくれ」


 「ざっくり過ぎんだろうに。 そんな高級品の中に私の作品並べろって? 無理でしょ普通に考えて」


 無理無理、そんな席に私の品物を出したりしたら鼻で笑われちゃうよ。

 超高級オークションなんでしょ?

 数百万数千万の品物の後に数千円の品物が出せるか? 普通に恥欠くだけでしょ絶対。


 「まぁ確かに普段の販売金額を考えればその通りなんだが……その、なんだ」


 「なにさ」


 「なにさー!」


 暇になったのか、浅葱が王子の膝の上に飛び乗り私の真似をして声を上げた。

 その行動が面白かったのか、王子は少しだけ口元を緩めて浅葱をムニムニし始める訳だが。


 「父上がその、アオイに作らせれば面白いモノが出来そうだ。 最近出展される物は高いだけでつまらん、と」


 「おいコラ王様、私にピエロになれと申すか」


 「あぁいや、期待しているのは本当のようだ。 いつもの様な“レジン”を用いた作品を使って、他の物を装飾するなどして欲しいらしい。 武器でも鎧でも、それこそ王冠でも構わないから、何か出来ないかと言っていた。 もちろん経費はこちらで持つし、報酬も出す。 どうだろうか?」


 「色々とツッコミたい所は多いけど……王冠はダメでしょ。 なんかあの人なら笑顔で自分の王冠差し出して来るイメージが湧いたんだけど」


 「実際に持って行くかと聞かれたしな」


 「マジで止めて」


 とはいえ、装飾かぁ……それなら何とかなるのかも?

 ゴテゴテしているものっていうか、こう綺麗なファンタジー装備みたいな?

 でもそこまで大量に資材がある訳でもないし、そもそも液を固めるモールドはどれも小さい。

 小物作り用なんだから当たり前だけど。

 掌サイズくらいの型とかも確かに昔購入した記憶はあるけど、ろくに使った事なかったなぁあの類。

 何たってデカい分、液を消費するのだ。

 “向こう側”では職人レベルの製作者がゴロゴロ居た。

 そんな中に高い値段を付けて私の作品を投下する自信が持てず、結局試しで数回使った程度。

 あぁいうのがあれば、何か作れるだろうか?

 あと普通のレジンとは違い、どうしても“二液レジン”と呼ばれる時間で硬化するヤツも必要になって来るだろう。

 だとしたら一から作るより、今あるモノで元々綺麗な何かを少しだけ飾る、とかの方が現実的なんだけど……ソレで良いのだろうか?

 フーム、どうしたものか。

 なんて、首を傾げていると。


 「ずわっ!?」


 「アオイ! 大丈夫か!?」


 頭の上から、何か降って来た。

 しかも、結構な重量。

 更には私の頭を押しのけた後、重い音を立てて床に墜落するナニか。

 色々と予想はしていたが、私の目の前には今しがた想像していた“ソレら”が転がっていた。


 「オイ、まだ私欲しいとか考えてなかっただろうに……思い浮かべただけだろうに……マジで、不便な魔法……」


 「アオイー!」


 後頭部に重い物を喰らった衝撃と魔力切れの影響で、再び私はその場でぶっ倒れた。

 コレはもう、作れという事なんだろうか。

 そんでもって、魔法や召喚を使うと記憶が無くなるかも……なんて考え始めていた訳だが。

 もうね、無理。

 コレ抑えようと思っても思い出すだけで、タイミングを見計らったように降ってくるんだもん。

 自分から“召喚”しなくても、向こうから召喚されてくるんだもん、無理。

 そして毎回頭にこんなモン突撃して来たら、そら記憶も飛びますわ。

 なんて事を考えながら、ゆっくりと瞼を下ろすのであった。

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