第15話 創碧


 『お集りの皆さま、それでは次の商品を紹介させていただきます。 なんとこちら、我が国屈指のドワーフと、今我が国に一人だけ滞在する“異世界人”が作り上げた一品でございます』


 司会者の一言に、ザワッと会場内が賑やかになる。

 誰も彼も、豪華な布が掛けられた私達の商品を食い入る様に見つめている。

 是非とも止めて頂きたい。

 確かにドワーフの人が作った“作品”は凄かった、それこそすぐにでも実戦で使えそうなくらいに立派な代物。

 でも、私は“飾った”だけなのだ。

 特殊なモノなど何一つ無い。

 見た目をソレっぽく作っただけで、本当に外見のみ。

 だからこそ“異世界人”がどうとか謳って、後になってから「ただのガラクタではないか!」とか言われても困ってしまうのだ。

 不味い、色んな意味でお腹が痛くなって来た。

 そんな事ばかりを考えながら、ハラハラした気持ちでオークションの舞台を見つめていると。


 『では、お披露目したいと思います。 特殊な装飾と鉄の杖、その名も“創碧の鉄杖”でございます』


 作品に被されていた布が取り払われたその時、一瞬だけ音が消えた。

 一応、皆には褒めてもらえた。

 自分でも、かなり頑張ったし良くできた作品だと思う。

 銀色に輝くその鉄の杖は、鈍器としても使えそうな見た目。

 私の身長くらいある上、ハンドガードと言う名のブレードまで付いている。

 そんなゴツイ杖の各所に散りばめられた、私のレジン作品達。

 各所を飾る蒼い宝石モドキは、一定間隔で並び光に反射して美しい光を放っている。

 所々突起した部分には「ちょっと大げさだったかな?」なんて今でも思うくらいのチャームが揺れていた。

 そんでもって、最後に。

 杖の先端、私の掌サイズはあるんじゃないかって程にデカい宝石の様な物体が飾られている。

 “二液レジン”を使用し、ラメだ何だと色々惜しみなく使った上、折角ならと“二重”にしてみた。

 宝石の中に違う色の宝石がある、みたいな。

 しかもデカい方はグラデーションまで付けてみた。

 一緒に作業していたドワーフさんも興が乗ってしまったらしく、殴ってもブッ叩いても外れない様にと接着したあとがっちり金属枠で固定しくれた程。

 完全趣味全開の厨二病装備。

 見た目が強そうってだけの、ゴテゴテ作品。

 そして、会場はこの反応である。


 「スゥゥゥ……」


 不味い不味い不味い! やっちまったよ!

 みんな「は?」って感じでポカンとした顔で会場を眺めてるって!

 さっきまで見るからに高そうな物品が幾つも競り落とされて来た会場なのだ。

 しかも、おめめが飛び出してしまいそうな金額で。

 だというのに、私で手掛けた作品を出した瞬間のこの反応だよ。


 『えーこちらの商品、かなり説明文や注意事項が多い特注品になっております。 それも含めこれから説明いたしますが、とにかくこの商品は“飾り物”……飾り物? えぇと、とにかく、こちらの商品最初のお値段は……え? あれ? しょ、少々お待ちください? 金貨2枚から……これ金額間違ってるんじゃ……』


 あぁ、もう嫌だ。

 司会者ですら困惑しながら杖と説明書を見比べている。

 もういっそ殺せ! と、お腹を押さえながら会場から視線を外したその時。


 「白金貨1枚!」


 会場の中から、随分と大きな声が上がった。


 「こっちは2枚だ!」


 おい待て、さっき白金貨って言っていたぞ?

 日本円にして百万。

 そんな金額をアレに付けるのか?

 いや確かにドワーフさんの杖は凄いんだけどさ、私のはただの装飾なんだけど……はっ! 司会者が途中で説明を止めちゃっているから、私が手を加えた方の説明してない!

 コレは不味い、買った後に激怒されるヤツだ。

 皆色々と想像して大金掛けちゃっているに違いない。


 「はいはーい! 商品の説明の続きを――」


 『は、はい! そちらのお嬢さんから白金貨3枚が出ました! 他はいらっしゃいませんか!?』


 「おい聞けよコラァ!」


 手を上げた事により、私も買いを名乗り出た一人としてカウントされてしまった。

 いや買わんわ。

 なんで自分の作った作品に三百万も出さないといかんのじゃ。

 別の意味で危機が訪れ、更にお腹が痛くなって来た時。


 「白金貨8枚じゃ」


 長い髭を生やしたお爺様が、スッと小さく手を上げた。

 わぁお、いよいよ本格的に不味い。

 見るからに魔法使いですって感じの人が名乗り出てしまった。

 しかも、金額も今までの倍以上に。

 いやぁぁぁ! 後で殺されるぅぅ!

 なんて、一人で会場の隅で悶えていると。


 「10出しますわ」


 随分と綺麗なお嬢さんが、涼しそうな笑みを浮かべながら手を上げて来た。

 やめろぉ! 金額分かってんのか!?

 一千万行ったぞアレ!

 アワアワと慌てながら、先ほど手を上げた二人に交互に視線を送ってみれば。


 「ふん……魔術もろくに使えん家のモノか。 宝の持ち腐れだと何故わからん」


 「そちらこそ、説明を聞いていませんでしたの? アレは“飾り物”だそうですわよ?」


 「ハッ! 見て分からぬ小娘は引っ込んでおれ。 青い宝石は希少! だというのにあの数に、あの輝きだ。 間違いなく私の魔法を――」


 「どうでも良いですが、早く金額を提示しないと“アレ”は私の物になりますわよ?」


 「……チッ! 11枚!」


 「12枚」


 「貴様……」


 何だか仲悪そうな両者が、バチバチと火花を上げながらヒートアップされておられる。

 あぁ、やばい。

 お腹どころか胸が痛い。

 この会場の人達に全力で土下座したい気持ちでいっぱいになってしまった。

 だというのに。


 「フハハハ! やはり面白い競り合いになったな! どれ、私は15枚出そう! さぁ、どうする?」


 今までは静かにしていた筈の王様が、大笑いしながら手を上げやがりましたよ。

 何してんのアンタは! 原価知ってるでしょうが!?

 本気で邪念の籠った眼差しを彼に向けてみるものの、バチンッ! とウインクを返されてしまった。

 ちげぇよ! そうじゃねぇよ! 余計な事するなよ!


 「まさかそう来るとは……しかし、今日だけは無礼講。 王が相手だったとしても容赦はしませんわ。 16枚」


 「く、そっ! 儂だって遠慮はしませんぞ! 17枚!」


 両者の良く分からない戦闘は、結果として白金貨26枚で決着がついた。

 勝者はやけに綺麗なお嬢さん。

 蒼いドレスに身を包み、金髪の長いウェーブ髪を揺らすザ・異世界美人。

 もはや意味が分からない。

 なんだよ、何の効果も無い“見た目”だけの杖に2千6百万って。

 とかなんとか遠い目どころか白目を剥きそうな勢いで会場を眺めて居れば、先ほどの豪華な布に包まれた私達の“作品”を大事そうに抱えた彼女がこちらに走って来た。


 「あ、あの! 貴女がこの作品の製作者様ですよね!?」


 不味い、完全にバレている。

 だとすれば、やる事は一つ。

 スッと膝を折り、その場で静かに頭を下げた。

 王妃様からお借りしたドレスだが、今ばかりは致し方ないだろう。


 「大変、申し訳ございませんでした」


 完全土下座態勢の私に、周囲の空気が凍り付いた。

 だって仕方ないじゃない。

 ソレ作った原価で考えれば、一番高かったの職人さんを雇った金額だもん。

 とてもじゃないが、お買い上げ頂いた金額と比べると顔向けできない原価で作られているのだ。

 原価原価と騒ぐ買い手は嫌いだが、原価に比べて余りにも高い金額で売れてしまうと、とんでもなく申し訳なくなるのがクリエイターってもんだ。

 余りの申し訳なさに地に頭を埋めるつもりで額を地面に押し付けたが、生憎と地面はレンガ造り。

 私の頭蓋骨では突き破れなかった。

 更には王妃様から借りたドレスの為、穴があれば飛び込みたい気持ちは抑えなければいけない。

 ここはやはり、スライディング土下座をかますしか……。

 なんて、真っ白な頭でポツリポツリと考え始めた頃。


 「だ、大丈夫ですから頭を上げて下さい! ちゃんと買い手にも商品説明の資料は渡されますから! 全部読みました、暗記しました! “レジン”という作品であり宝石ではない事、高温多湿、直接日の光に当てての保管は避ける事。 ソレを怠れば風化、変色の可能性あり。 樹脂作品であるからして、気泡や埃が混じる事がある。 この作品には一切の魔法の付与、向上効果は無い。 ですよね? 大丈夫です、承知の上で買いましたから!」


 スラスラと私が長ったらしく書いた注意文の要点を復唱し、彼女は嬉しそうに“作品”を抱きしめた。


 「えっと、簡単に言いますと。 街中で売られていた貴女の作品を父がお土産に買って来まして。 私も母も貴女のファンといいますか……その最高傑作がこの場に出ると噂に聞きましたので、他の方には渡したくないということで購入致しました。 元々ウチの家庭は魔法が使えない商業中心の貴族ですから、ご安心下さいませ。 私達にとっては貴女の最高傑作を購入するという戦いではありましたが、コレは何処まで言っても観賞用。 大事に大事に、お父様の仕事部屋に飾られる事でしょう。 それこそ、従業員の目の届く所に。 自慢げに」


 色々安心したが、色々と安心できない事を言われてしまった。

 取りあえず、“使用”される事は無いらしい。

 そこでまずは一安心だが、社長室に飾るって事?

 “コレ”が? マジで?

 社長の後ろにこのゴテゴテした杖が飾ってあるの?

 威圧感凄そうなんだが、大丈夫なんだろうか?

 なんて事を考えて頭を上げてみれば。


 「商人や貴族にとって、“見た目”とは非常に重要なアドバンテージです。 その点この杖はとんでもない能力を持っています! 交渉の席にこの杖を持った人間が現れれば、まず皆さま警戒どころか隷従するでしょう。 近づくだけで魔術が発動しそうな見た目をしていますからね!」


 「ナチュラルに脅しアイテム……」


 「商業的な意味でも、ファンとしても購入を満足しているという事です!」


 とかなんとか力説されるが……1千万超えちゃったよコレ。

 その時点で、色々と思考回路が停止するんだが。

 そんな訳で、白い眼のまま彼女の事を見上げてみれば。


 「それでですね、ちょっと一つだけお願いがあると言いますか。 お頼みしたい事がありまして。 無理なら全然断って頂いて構わないんですが……」


 コレ、絶対断れないヤツですやん。

 なんて事を思いながら、静かに首を縦に振るのであった。


 「私に出来る事でしたら、なんなりと」


 そう、答える他なかったのであった。


 ――――


 最近、両親と姉さんが変な代物にハマっている。

 朝いちから庶民達が開く“露店”に使いをやる様になり、その度に随分とモノが増える。

 よく分からないぬいぐるみや、宝石みたいな見た目はしているが宝石ではない変なモノ。

 見栄えは非常に良く、どれも安く手に入ると喜んでいる姿をよく見かける。

 確かに見た目は凄い、けど宝石では無いのだ。

 更に言えば“付与魔法”なども掛けられていない、本当にただの小物。

 そんな物をひたすらに買い漁っては、嬉々として家族で語り合っている。


 「何が新しい技術だ、何が匠の技だ。 こんなの、ただの役に立たない小物じゃないか」


 なんて事を呟きながら、姉からプレゼントされた小物をベッドの上に放り投げた。

 鋭くカットされた宝石の様な形をしたネックレス。

 随分と軽くて、本物の宝石に比べればどうしたって見劣りするだろう。

 だというのに。


 「クソッ。 お前は“偽物”なのに、なんでそんな綺麗に光るんだよ」


 放り投げたソレは月明りに照らされ、キラキラと光り輝いていた。

 蒼い輝き。

 月光でさえ反射させ、石の中に散りばめられた何かが星空の様に輝いている。

 綺麗だと、正直思う。

 アレは宝石の模造品で、しかも大した値段じゃなくて。

 詰まる話安物で偽物。

 だというのに。


 「俺とは違うんだな……」


 思わずグッと奥歯を噛みしめながら、青く美しく輝く“ソレ”を睨みつけた。

 俺は一応貴族だ、しかも結構な位にある家の。

 でも、魔法適性が無かった。

 魔力はあっても、適性が無ければ魔法は行使できない。

 ウチの家は、段々とそういう人間が増えて行ったのだとか。

 だからこそ、今この家で魔法が使えるのは父上のみ。

 母も、姉も、そして俺も。

 一切魔法は使えない。

 周りからは“偽物貴族”なんて蔑称で呼ばれる事もある。

 それがたまらなく悔しくて、悲しくて。

 どうにか見返してやれないかと悩んだ結果、俺は古臭い“付与魔法”に行きついた。

 “付与魔法”自体は珍しくない、というかそこら中で使われている魔法。

 一つの物に対して、一つだけ魔法効果が付与できると言うモノ。

 生活品から武具まで、数多くのソレに使われている。

 ただしソレは、新しい“付与魔法”が使われている。


 「今時、魔法陣を直接描くなんて古臭いよな……しかも俺みたいな“無能”は“魔石”が無いと発動しないし」


 魔法を行使する際に必要なのは詠唱と魔力、そして適性。

 魔法陣なんてモノは、現代の魔法では唱えれば勝手に出てくる模様みたいなもんだ。

 今の“付与魔法”もその一つ。

 適性を持った人間が“付与”を掛け、付与に合った“適性”を持つ人間が魔法を使う。

 武具なんかではソレさえも込みで装備を選び、更には値段が決まる。

 しかし、俺の今使える“付与魔法”は。


 「魔力が使えれば誰にでも作れて、魔石があれば誰にでも使える。 言葉だけなら素晴らしく聞こえるソレも、手間と時間の方が圧倒的にかかる……上に、見た目がダサくなる」


 どうしたって魔法陣を直接描かなければいけないのだ。

 紙なら筆やペンで、鎧や剣なら彫らないといけない。

 描いた魔法陣が一辺でも消えるか削れるかすれば、すぐさま使用不可。もしくは暴走の恐れがある代物になってしまう。

 更には、“適性無し”の人間は魔石を使わなければ付与した魔法すら発動しない。

 そんな、失敗作みたいな魔法。

 ソレを改良した結果生まれたのが、“適性”を持った人間が使えばより簡単に、便利に使えるという現代の“付与魔法”。

 アレなら陣を刻む必要もないし、物体そのものが壊れない限り魔法も消えない。

 という訳で、俺が作っている“付与魔法”は、随分と古臭いのだ。


 「はぁ……もう少し活用する方法があればなぁ……」


 呟きながら床に寝転がれば、そこら中に散らばった魔法陣が描かれた用紙が散らばった。

 もう、どれくらい頑張っただろう?

 ずっと小さい頃から勉強していたから、10年くらいは古い方の“付与魔法”に賭けて来ただろうか?

 だというのに、結果はよろしくない。

 未だに、コレと言えるものを生み出せていない。


 「やっぱ、駄目なのかなぁ……」


 ため息交じりに瞳を閉じ、床の上でゆっくりと力を抜いていけば。

 コンコンッと扉を叩く音が聞こえた。


 「テリーブ、居る?」


 姉の声が聞こえて来た。

 いつもならノックなどせず、その日手に入れた“商品”を見せびらかしに来る所だが……どうしたのだろう?


 「居るよ、姉さん。 鍵は締まってないから、そのままどーぞ。 どうしたの?」


 寝転がったまま返事を返せば、すぐさま扉の開く音が。

 そして。


 「テリーブ! なんて恰好をしているの!? 今すぐ着替えなさい! お客様の……というか“アオイ様”の前ですのよ!」


 「へ? いや普通に寝間着……って、ちょっと待った。 この時間に客どころか、アオイ様って誰よ」


 なんて事を呟きながら身を起こしてみれば、姉の後ろには黒髪黒目の女性が立っていた。

 この辺りでは珍しい“色”の彼女。

 黒髪は見た事があるが、ソレと合わせた黒い瞳は見た事が無い。

 その色は彼女同様何処までも美しく、思わず引き込まれそうにもなるが……。


 「えっと、ゴメンね? 急にお邪魔して。 はじめまして、彩花 碧です。 お姉さんのお願いで、君をスカウトしに来ました」


 「……はい?」


 少しだけ困った様に小首を傾げながら、彼女は笑った。

 幼さが残る外見のわりに雰囲気が落ち着いていると思ったのだが……随分と子供っぽい笑みを浮かべる人だ。

 なんて事を思っていた訳だが、今彼女は何と言った?

 スカウト? 俺を?

 一体何に?


 「コホンッ、改めて説明致しますと。 君、ウチで働かない? “付与魔法”、“魔法陣”、“魔石”。 非常に興味があるよ、是非見せて頂きたい。 なので、私と一緒に“作品”をつくらない? 私は碧。“異世界人”で、今は小物屋やってます。 話を聞く限り行き詰っているみたいだし、そういう時は誰かの手を借りるのも有りだと思うんだ。 だから、どうかな?」


 そういって、彼女は柔らかい笑みを浮かべて微笑みかけて来た。

 大人びている様で、何処か幼いその微笑み。

 なんだか、彼女の眼差しを真正面から受け止めているのが恥ずかしくなり、思わず顔を背けてしまった。

 そして。


 「えっと、まずは詳しい話を聞いてからで。 それから、判断します」


 「ん、ソレで良いよ」


 結構失礼な態度だった思うのに、彼女は気にした様子もなく未だに笑みを浮かべている。

 なんなんだコイツ、女なんかキーキー煩いだけだと思っていたのに。

 何故か熱くなった顔を余計に逸らしながら、彼女との……“創碧の小物屋”の店主との初対面を迎えるのであった。


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