第12話 アトリエ


 あれから数日が過ぎた。

 その間に慌ただしく事態は動き、更に言えば住まいさえも変わってしまった。

 それもこれも、私の“我儘”が原因な訳だが。


 「魔獣を、葬送したい……と? それに、魔獣の使役か」


 「はい。 ごめんなさい、王子から“こちら側”の常識は教えてもらいました。 でも、この子の母親を……どうしてもいい加減に扱いたくないんです」


 そう言って視線を下げれば、スヤスヤと寝息を立てる仔猫が腕に収まっている。

 首には、真っ白い“隷属”の首輪が。

 この世界の常識、魔獣は人類の敵である。

 人を見れば襲い掛かって来る害獣であり、その身は瘴気により穢れている。

 その肉を口にした獣は魔獣へ、人は魔人へと変わる。

 それくらいに、人類の天敵とされる存在。

 そして彼等を使役できるのは、特別な称号持ちか調教師の様な存在のみ。

 ソレさえも表向きには公開されていない程、数が少ないのだという。

 更には教会の人間が作ったという“白い首輪”。

 コレの装備が絶対条件であった。

 なんでも“こちら側”には“奴隷”が普通に存在し、道具の様に使われるのが当たり前なんだとか。

 そんな中でも白い首輪は最上位。

 とんでもなく拘束力が強く、“魔獣”でさえ押さえつけるらしい。

 魔獣に嵌める馬鹿が居ないので、今の所情報が少ないという話ではあったが。


 「しかし、アオイ殿には……その、なんだ」


 「分かってます、資格がない……と言う事は。でも……私にはこの子を投げ出す事は出来ません。 どうにかその資格を手に入れられるように努力します! だから、その間この子を保護するとか、そういった対処は出来ないでしょうか!?」


 「う、う~む……」


 渋い顔をしながら、王様は天井を見上げる。

 やはり、我儘が過ぎるのだろう。

 それこそこの世界のルールを無視する様な行為だ。

 早々に良しとは言えないのだろうが。


 「今回の件は些か“匂う”からなぁ……せめて結果が出るまでアオイ殿には安全に過ごしてもらいたいのだが……」


 あぁ、そっちなのか。

 王様は魔獣云々の前に、私の身を案じてくれているのか。

 ちょっとだけほっこりしながら、彼の事を見つめていると今度は横から声が上がった。


 「いいじゃありませんか、アナタ。 王からの特別な許可を得ているという事で、彼女にその可愛らしい猫ちゃ……魔獣を預け、様子を見るという事で。 そうすれば私も遊びに行ける……じゃなくて、危険分子は手元に置いて観察するという事で。 教会側も全面協力の元、親の影豹に首輪を掛けた人物を探してくれているのでしょう?」


 おっとりとした声を上げるのは王妃様。

 度々欲望が駄々洩れているが、それでも私に賛同的な様子を見せる。

 その瞳は、ガッツリ浅葱の事を捕らえているが。

 そして何より、今回の事件。

 そもそも街中に魔獣が居る事が異常なんだとか。

 誰かが手引きした、もしくは“商品”として扱っている可能性があるという事で、王国直属の騎士や教会の人達が色々と駆けまわってくれているらしい。

 浅葱のお母さんの首輪を回収し、登録者を探し出す形で。

 なんとも、色んな人に迷惑を掛ける事になってしまっている訳だが……それでも。

 私はこの子の面倒がみたい。

 私の膝の上で眠った“あの子”の為にも、約束は守りたいのだ。


 「まぁ、確かにそうなんだがなぁ……アオイ殿の身の安全が」


 「それは、自分にお任せください」


 王様の呟きを遮り、王子が声を上げる。

 ザッ! と音がしそうな程の勢いで前に出て、スッと綺麗に膝を折る。

 いつもの若干間抜けな王子は何処に行ったのかと突っ込みたくなる程、どこまでも“立場”がある人間の動きだった。


 「妹の“お願い”により、私は異世界人“サイカ アオイ”の警護に当たっていました。 なので今後も彼女の警護に当たれば、最悪の事態は防げるかと」


 誰、この人誰。

 いつもの何処かとぼけた王子はどこにいったの。

 そんな面持ちで驚愕な眼差しを送っていると。


 「私からもお願いいたしますわ、お父様。 それに最近のアオイさんの活動を見る限り、今の借家では狭すぎる様に感じます。 なので、専用の“アトリエ”を与えてもよろしいかと。 ホラ、丁度一軒あるではありませんか。 あそこなら、庭に影豹の一体程度余裕で土葬できますわ」


 そう言って、王女様も声を上げた。

 皆……ありがとうっ!

 なんて、その時は思わず声を上げそうになったのだが。


 「なっ、お前まさかあの“幽霊屋敷”か!? いくら何でもソレは……」


 「お父様! シーッ! シーッ!」


 一気に雲行きが怪しくなって来たのであった。


 ――――


 そんな訳で、私はその“幽霊屋敷”に住む事になった。

 屋敷と言っても、貴族が済むような立派なお屋敷ではなく一軒家。

 非常に馴染み深い形で、過ごしやすそう。

 更には庭付き。

 なんでも過去に召喚された日本人が住んでいた家なんだとか。

 馴染み深いのも納得だね。

 そんでもって、裏庭に“土魔法”とやらを使って巨大な穴をあけてもらい、浅葱のお母さんを埋葬した。

 その上に墓標を立て、今では毎日の様に花を供えている。

 浅葱と共に。


 「まぁ、一段落って所なのかな。 相変わらず王族の皆さまに頼りっぱなしだけど」


 「アオイ! ご飯!」


 「はいはい、ちょっと待ってねぇ」


 ちっこくも騒がしい同居人と共に、私の新生活は始まった。

 新しい住居、新たな環境。

 だとしても。


 「コレが幽霊屋敷ねぇ……全然普通の一軒家なんだけど」


 そんな呟きを洩らしながら、今日も一人と一匹分のご飯を用意する。

 あぁ、ついに家持ちですよ。

 夢にまで見た一軒家ですよ。

 王様にお金払います! って言っちゃったから借金まみれだけど。

 でも、なんとかなりそうな値段なのだ。

 それくらいに“訳あり物件”の可能性はあるが。

 それでも、私は家をゲットした。

 しかも、これまで以上に作業スペースに困らない。

 なにこれ、超幸せ。

 とかなんとか思いながら、私達はお昼ご飯を堪能するのであった。


 ――――


 「アオイさん、来ましたよぉ」


 「アオイ様、お手伝いに参りました」


 そんな声が聞こえて、玄関を開いてみれば。


 「来た」


 「来ちゃいましたぁ」


 いつも小物作りをしている二人のメンツと共に、王子と王妃様の姿が。

 王子は分かるよ、何だかんだいつも来るしさ。

 でも、もう一人は何よ。


 「アサギちゃーん! 会いたかったわぁ!」


 「オーヒ! オーヒが来た!」


 「王妃様、ね? 浅葱」


 「王妃さま! また来た!」


 ドドドッと迫る王妃様に追いかけられる浅葱。

 最初の勢いが怖いのか、まずは逃げる。

 それでもしばらくすると、はぁ……と溜息を吐いた後に王妃様の膝の上に乗って来る訳だけども。

 実に利口な子だ、非常に可愛い。

 そんな事を思いながら、二人? の姿を見送ってみれば。


 「あ、あの……薦めて置いて何なのですが。 本当に大丈夫ですか?」


 周囲をキョロキョロと見回す王女様は、きっと“幽霊屋敷”の話を気にしているのだろう。

 毎度毎度、恐る恐るといった様子で入って来る。

 全く、まだまだ子供なんだから。

 なんて微笑ましい笑顔を向けてみれば。


 「フーッ! ハァァー! よし、邪魔するぞ」


 「おいコラ、お前はいつも鬱陶しい渇を入れるけども。 なんだ? 怖いのか? 幽霊怖い?」


 「馬鹿を言うな、幽霊などと馬鹿馬鹿しい。 俺は――」


 「あれ? 王子、誰か背負ってるの? その人誰?」


 「うわぁぁぁ!」


 王妃様と浅葱と一緒に、大声を上げる王子が駆け回る。

 なんかもう、いつもの光景だ。

 ココ数日間で、の話にはなるが。

 でもこの光景を見る度に、思わず笑ってしまう。

 平和だ、というか日常だ、と言った方が良いのだろう。

 “こっち側”に来てからの私の日常は、随分と賑やかだった。


 「アオイさん……あまりお兄様で遊ばないで下さいませ。 アレでも護衛ですから」


 「フフッ、今日も皆元気そうで何よりです」


 各々色んな表情を浮かべながら、いつものメンツが勢揃いした。

 さて、それじゃ今日も作りますかね。

 アトリエとして登録させて頂いた新しい我が家。

 ならば、お仕事としていっぱい小物を作っていかないと。


 「お姫様はレジン、シリアは羊毛フェルトね。 さぁ今日も頑張ろぉー!」


 「「おー!」」


 新しい私の家に立てかけられた看板。

 『創碧の小物屋』

 その名前は、日本語で描かれている。

 とはいえまぁ周辺住民に読めないと困るので、店名の下に“アオイのアトリエ”と書かれている訳だが。

 凄い、凄いよ。

 ついに私もアトリエ持ちだよ。

 なんて、鼻息荒くフンスッ! と胸を張ってみれば。


 「アオイ! 今日の王妃様、怖い!」


 「アサギちゃん、ちょっとで良いの。 ちょっとで良いから、この服着てみない? ね? 絶対可愛いから!」


 「アオイ! 取れたか!? 俺の背中に付いているというモノは取れたか!?」


 三馬鹿トリオが、良い勢いでこちらに飛びついて来た。

 あぁもう、コイツ等は……。


 「だぁもう、作業中は静かにしなさい! 埃が舞うでしょ! そのせいで失敗作になったら本気で怒るからね!」


 なんて事を叫んでみれば、彼等はスンッとその場に膝を折って座り込むのであった。

 うん、静かになった。

 よしよしと頷いていれば。


 ――カツンッ。


 小さな音が、隣の部屋から響いてくる。

 うん? リビングの隣には、物置があるだけなんだが……なんだろう?

 何か崩れそうな物とか置いたかな?

 なんて事を思いながら首を傾げていれば。


 「ア、アオイ……遂に、“出た”のか?」


 アホな事をいう王子が、正座しながらプルプルと震えている。

 んな訳ないでしょうに……なんてため息を溢しながら、ズバンッ! と物置の扉を開け放ってみれば。


 「ん?」


 足元に、朱い宝石が転がって来た。

 一瞬レジン作品を適当に放置したっけ? なんて思ってしまった訳だが……私は、“赤い色”を持っていない。

 だとしたら、コレは?

 ヒョイッと拾い上げて日の光に当ててみれば。


 「うわ……ナニこれ、すっご……」


 転がって来た赤い石は、太陽の光を浴びればキラキラと光り輝く。

 それだけではなく、中に何かが入っているのだ。

 コレは……魔法陣?

 ちょっと格好良さげなソレが、宝石の中でゆっくりと漂う様に動いている。

 こんなの、どうやったら作れるんだろう?

 外側をレジンとかガラスで拵えて、中身はスノードームみたいにするとか?

 中身の魔法陣は、確かに“向こう側”ならシールとかフィルムに印刷する事で何とかなるだろう。

 でも、何だろうコレ。

 随分と小さいし、よく見れば水に流れる布の様に揺れ動いている。

 え、本気でなにこれ。

 私も作りたいんだけど。

 なんて事を思っていれば。


 「アオイ、何それ!」


 「ん、なんだろうね? 初めてみた」


 そう言って足元に寄って来た浅葱の目の前に差し出してみれば、匂いをクンクン嗅いでいる。

 何か匂う? 私には特に感じないんだけど。

 はて? マジでこんなの何処から出て来た?

 とかなんとか首を傾げている内に、浅葱は物置の奥へと走り始める。


 「あぁもう! 浅葱、戻って来て! アンタの毛長いんだから、モップになっちゃうって!」


 引っ越して数日経つが、掃除が隅々まで完了しているかと聞かれればイエスとは言えない。

 なので浅葱が狭い所に入ると、埃塗れになって帰ってくるのだ。

 だからこそ、あんまりそういう所に入って欲しくは無いんだが……。


 「アオイ! 見つけた!」


 「もぉ~何を見つけたのよ。 早く戻っておいで?」


 手近な荷物を退かしながら、浅葱を発掘しようとしたその時。

 ガコンッ! と大きな音を立てて、物置の奥の壁が開いた。


 「……は?」


 兎に角リビングや寝室を片付ける為に、私の荷物や残っている代物を物置に放り込んだのだ。

 だからこそ、そんな所が開いてしまいますとですね。

 色々不味いんですよ。


 「浅葱! 戻りなさい! 崩れるわよ!」


 「わぁ~!」


 「わぁーじゃないの! 楽しんでないで帰っておいで!」


 ドサドサと盛大な音を立てながら、積み上げた荷物達が崩れた奥の空間へと消えていく。

 その中に、浅葱の声も混じる。


 「浅葱ー!」


 「たのしー!」


 「遊ぶなバカー!」


 呑気な声が聞こえてくる事から、多分怪我とかはしていないんだろうけど……。

 マジで何なの? この隠し扉?

 とりあえずどうでも良いけど、浅葱が怪我していないかどうかだけが心配なのであった。

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