第9話 模造品ですが、何か?
「いらっしゃいませぇ!」
アレから数日間、やはり寝込んだ。
しかしながら、それだけの対価は得られたというモノだ。
大漁に仕入れた資材から様々なモノを作り上げ、デカいボトルのレジンは空になってしまったが。
それでも私の目の前には“青”一色ではあるものの、様々な種類の作品が並んでいた。
濃い青から淡い青まで、まるでグラデーションの様に飾られるレジン作品。
コイツらを並べて、店を開店させた瞬間。
周囲は奥様方で溢れかえった。
「え? は!? まさかサファイア!? 綺麗な形なのに、こんな大粒なの!?」
「でも何だか輝きが足りない様な……こっちはブルートパーズに見えるけど……ねぇ誰か! 宝石の鑑定士を読んで頂戴!」
おうおう、荒れておる荒れておる。
ふははは! もっと騒いで人を呼ぶが良いさ。
「さぁどうぞ? お手に取って見て頂いて構いませんよ?」
「え? 触っても良いの?」
「えぇもちろん。 実際に目で見て手で触れて、しっかりと確認してからお買い上げくださいな」
そんな台詞を吐けば、数多くのご婦人が私達の作品を手に取り、太陽に掲げたりジッと睨んだりしている。
無駄無駄無駄! いくら眺めようと、いくら疑おうと。
コイツらは貴方達が比べている“何か”とは違うのだから!
思わず心の中で高笑いを浮かべている私を他所に、万引きなんぞが居ないかと王子が眼を光らせる。
そんでもってシリアと、今回はお姫様もヒヤヒヤした様子で現場を眺めて居る訳だ。
なんたって、皆で作ったからね。
売れるか売れないか気になるよね。
その前にトラブルにならないか、か。
「お待たせしました。 依頼を受けましたエドワード・アルフォンスです。 こちらですか? 宝石の鑑定をしてほしいというお店は」
そう言って、色々突っ込みたい名前の燕尾服の男性が片眼鏡をチョイッと上げている。
お前はアレか、巷で“宝石の錬金術師”とか呼ばれている類か。
なんて呆れた視線を向けていれば。
「コレは……酷い模造品ですな。 重さからして、既に石ですらない。 随分と美しいですが……間違いなく宝石ではありません。 もっと色々と言いたい所ですが、何か最初に言い訳はありますかな? 店主のお嬢さん」
そう言ってから、宝石の錬金術師がこちらに私の作品を返して来る。
言い訳はあるか? 言い訳なんぞ無い。
言いたい事なら、山ほどあるが。
「まず最初に、ソレは“宝石”ではありません。 というか、私は今日この場で宝石を売るなどと一切口にしておりません」
「……なに?」
ポカンと口を開ける鑑定士と、周りの奥様。
いいね、この“何を勘違いしているのかね!”みたいな雰囲気。
ちょっと楽しくなってきてしまった。
「こちらはレジンという素材を硬化させて作成した作品です。 宝石の様な見た目、輝き、そして目を引くフォルム。 それら全てを備えた“宝石の様な”アクセサリー。 そのお値段、何と銀貨二枚。 ちょっと私服を飾りたい奥様や旦那様。 少しだけ背伸びしたい娘さんの誕生日プレゼントなどなど。 様々な用途があると思われます。 それで、宝石ではない商品の鑑定にいらっしゃった“宝石鑑定士”様。 ウチの作品は如何ですか?」
そう言ってから、彼が突き出して来た作品を笑顔で突き返してみれば。
「一つ、貰おう。 実に興味深い」
「まいどっ」
正直値段も困ったのだ。
以前のぬいぐるみも銀貨一枚、つまり日本円にして一万円。
如何せん高すぎるとも思える値段だったのだが、完売した。
そんな訳で、今回も以前助言してくれた王妃様お付きの騎士様に相談した結果。
ほんっとうに最低ラインとして、この値段を提示されたのだ。
という事で、銀貨二枚。
庶民でも手が届く範囲で、子供にもちょっとお高いプレゼントして買える値段。
私の感覚からすれば、とんでもなくお高いお値段ではあるのだが。
「コレとコレ! あとこっちも!」
「貴方! お金持って来て! 今買わないと無くなっちゃう!」
「お願い! お高い宝石を強請ったりしないから! 珍しい青い宝石は付けているだけで見栄を張れるわ! 今すぐコレを買って!」
宝石鑑定士が“宝石ではない”と宣言したソレらを、奥様方は血眼になって買い漁った。
でも、見た目はそれっぽいのだ。
夜会やら何やらに持って行けば、随分と見た目は良い事だろう。
皆に確認を取った結果、言い方は悪いが宝石に近いモノって“魔石”と呼ばれる魔獣から取れる石くらいなモノらしいし。
そんでもって、魔石をそういう席に持って行く馬鹿は居ないらしい。
だからこそ、飾りたいなら“宝石”を買うしかない。
しかし、お値段が高い。
そこに、コイツだ。
という事で、レプリカでも大人気。
値段の事も有って。
「はいはーい! まだありますからねぇ! 押さない詰めない引っ掻かない! やけに豪華な爪で他のお客様を傷付ける様な方は出禁にしますよぉ!」
そんな声を上げながら、今日も順調にハンドメイド作品は売れていくのであった。
――――
「「「かんぱーい!」」」
本日の作品も見事完売。
凄いよ、凄いよ異世界。
“向こう側”だったら絶対どこのイベントに出てもこんな事なかったよ。
というか、それくらいにクリエイターが多かったという事で。
これからも私の作品が売れ続ける保証なんてどこにもないのだ。
だからこそ、気を引き締めなければ。
この先も目新しいモノを作り続け、このペースを保たなければならない。
なんて思ったりもする訳だが、今日くらいは良いよね。
「私の作ったネックレス、ラメが多すぎかと思ったのですが凄く喜んでくれました!」
「うんうん、良かったね。 でも今度からラメ袋ひっくり返さない様にね?」
「凄いモノですね……気泡が入ってしまったから、失敗かと思ったのですが。 水の中の様だと褒めて下さいましたわ……」
「たまにあるんだよね、失敗が凄く良い方向で映える事。 今回のはまさにそれだったね」
手伝ってくれたシリアと王女は、二人してぽや~っとした顔で今日のお客さんの様子を思い浮かべている様だった。
やっぱりうれしいよね、自分が作った作品を喜んでもらえるのは。
わかるわかる、なんて口元を緩ませながらお酒を傾けていれば。
仏頂面の王子が、不機嫌そうにビール髭を作っておられる。
「今回は、問題が起きなかった……俺は役に立てなかった」
こちらはこちらで繊細なご様子。
全く、お前は本当に面倒くさいな。
「私達が作業してた間色々と気を回してくれてたでしょ? それにずっと私を守ってくれてた訳だし、ありがとね」
今日の私は機嫌が良い。
という事で、拗ねている王子を慰めるくらいはするのだ。
ソレが、良くなかったのかもしれない。
「本当か? 俺は役に立っているか?」
「うんうん、十分に役に立ってる上に頼ってるよぉ。 これからもよろしくねぇ」
「承知した!」
今日一番の気迫を発揮し、周囲に鋭い視線を向ける王子。
注文したおつまみを持ってきた店員さんがビクッ! とするくらいに、ピリピリした空気が放たれていた。
「おい、止めろ」
「しかし、不届き者かもしれん」
「居るかもしれないけど今のは店員さんだから。 ほら、ゴメンナサイして」
「すまない、悪かった」
良く分からないテンションのまま飲み会は進み、私達は兎に角盛り上がった。
今後は姫様も小物作りを手伝いに来ると言い出し、シリアも最初は気負っていたい様子だったが、随分とお姫様と仲良くなった様だ。
やっぱり一緒に作業するのは良いね。
一気に距離が縮まる気がする。
なんて事を考えながら、私は今日もお酒を傾けるのであった。
――――
「おい、倒れるなよ?」
「今は別に欲しい物思い浮かばないからヘーキヘーキ」
「そうじゃない、酒だ。 担ぐのは面倒だぞ」
「だからヘーキだって。 私こう見えても結構お酒強いんだよ?」
飲み会を終えた後、王子による送迎が行われた。
まずは当然姫様、そんでもって次にシリア。
婚約者なのだもの、当然だよね。
そんでもって、最後に私だ。
別に重要人物では無いし、王子にとっても思う所のない存在。
あ、異世界人って所で一応思う所はあるのか。
なんて事を思いながら、軽い足取りで夜の街を歩いて行く。
それなりに遅い時間だというのに、そこら中で賑わっている。
居酒屋、食事処、そんでもってちょっとエッチなお店。
この世界は、いつだって活気がある。
“向こう側”でも、眠らない街なんて呼ばれる所はあったが。
それでも、“こっち側”は皆生き生きしている様に見える。
だからこそ、街は色んな顔を見せる。
誰しも生きる為に、楽しむ為に感情を表に曝け出す。
ソレが、なんだか凄く楽しいのだ。
「ンフフ~。 やっぱり良いね、“こっち側”は。 随分経ったけど、見ていて飽きないよ」
「酔っているのか?」
「酔ってませーん」
実際の所、ちょっと酔っているのだろう。
気持ちがポワポワする。
もっと遊びたいというか、他に何か楽しい事を探したい様な気分になっている。
実際には命の危険がすぐ隣に転がっている様な世界なのだ。
あまり気を抜いてばかりは居られないのだろうが……隣には超強い王子様が守ってくれている。
こんな状況、“向こう側”だったら絶対あり得なかった。
だからこそ、今の状況すら楽しい。
「まさか本物の王子様と出会うなんてねぇ」
「嫌だったか?」
「うんにゃ、全然。 むしろ面白い」
“こっち側”に来てから、波乱万丈も良い所だ。
無一文で召喚されて、全く知らない地で一人暮らしを初めて。
そんでもって、私の趣味でちゃんとお金を稼げる環境が整った。
凄い事だ、凄い事の連発だ。
こんなの、守ってくれる人達が居るからこそ浮かべられる感情ではあるのだが。
それでも、楽しいのだ。
夢にまで見た魔法だってあるし、私が作った物を皆喜んでくれる。
コレだっていつかは“日常”に変わるんだろう、私の作品だっていつかは飽きられてしまうのだろう。
私は物語の主人公の様に大きな事は出来ない。
物珍しい物を、その辺の露店で売るくらいの事しか出来ない。
だからこそ、わたしは主人公にはなれない。
それでも、だ。
「私は“こっち側”に来れて良かったよ」
「そうか」
「うん、楽しい。 守られている身の上で何をって思うかもしれないけど、それでも楽しい。 ありがとね、“ゴミ屋敷の守り人”なんて訳のわからない“異世界人”を守ってくれて」
「ソレが俺の仕事……いや、違うな。 気にするな、俺が好きでやっている事だ」
ニシシッなんて笑ってみれば、珍しく彼もフッと口元を吊り上げた。
最初は不愛想で、嫌味ばかりいう王子だと思っていた。
だというのに、今では隣で歩いていてくれるからこその安心感がある。
変われば、随分と変わるものだ。
そんな事を思いながら帰り道を歩いていると。
「お?」
「どうした?」
私の隣、暗い脇道から小さな声が聞こえて来た気がする。
そりゃもうか細く、弱々しい声だったが。
間違いなく、「ニャー」と鳴いた気がした。
「こっちに猫が居る気がする! ちょっと見てくる!」
「馬鹿者! 夜におかしな脇道に入るな! って、おい! おいソコの酔っ払い! 止まれ!」
私は一目散に走り出した。
この世界にも“猫”が居る事に興奮して。
どうでも良い情報かも知れないが……私は無類の猫好きなのであった。
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