第8話 レジン
「良い天気だねぇ」
「ですねぇ」
前回呼び出したモールド(型)を試す為に、早速レジン液を使ってみた。
成分がどうとかどんな薬品かってのが説明できない浅知恵の私には、型に流し込んで日に当ててれば固まるよ! くらいにしか説明ができない。
そんな訳で、お試しで作っている代物を日光浴させている間、私とシリアも光合成。
あぁ、口から酸素とか出ちゃいそう……。
なんて、のんびりしていると。
「おい、日に焼ける。 女はそういうのを嫌うのではないのか? 黒くなる、程々にしろ」
色々と言葉が足りない王子が、パラソルの様な巨大な傘を地面に突き立てた。
もうパラソルで良いか。
どうでも良い事を考えながら、その場に横になる。
あぁ、芝生が気持ちい。
現在私たちは宿の中庭で日光浴中、ではなくレジン液を固めている最中。
とはいえ時間が掛かる代物なので、その間にゆっくり……。
「この間にぬいぐるみを作れば良いのではないか?」
「そこの鎧煩いぞ。 まったりゆったりする時間も必要なんですよ。 あと兜脱ぎなさいよ、暑苦しい」
「承知した」
そんなこんなで、新しい小物作りが続いていた。
今回の作品はレジン。
上手く行けば、宝石細工の様に綺麗な見た目になる筈なのだが……そこは固まってからのお楽しみ。
“向こう側”でいえば、専用の機械なんかを使ってもっと早く簡単に作れる作品ではあるが。
流石にそんなモノを召喚すれば、私が何日二日酔いに苦しめられるか分かったもんじゃない。
あぁいう難しそうな物は、もっとレベルが上がってからだ。
型を大量に呼び出しただけでも数日苦しめられたのだ、あんなのもう嫌だ。
電子機器など持ってきたら、年単位で二日酔いに苦しめられそうだ。
というか、電源がねぇ。
「おい、日陰とは言えいつまでもソコに居たら暑いだろう。 コレを食え」
そう言って差し出されるのは、簡易皿に乗ったアイスクリーム。
わぁぉ、随分気が利く様になったじゃないかこの王子。
視線を流せば、道端に止まっているアイスクリームの移動屋台。
実に売れそうだね、活気があって何よりだよ。
「特にアオイ、お前は放っておくとすぐにおかしな物を呼び出して倒れる。 ココで倒れても面倒な上に数日お前の唸り声を聞くのは御免だ。 早く身体を冷ませ、ゴミ屋敷の守り人」
「言葉選びをもう少し勉強しましょうか王子様? 折角感心したのに、今ではグーパンしたくなりましたわよ?」
ギチギチギチっと拳に握りしめてみれば、特に気にした様子もなくスンッと視線を逸らすイケメンフェイス。
チッ、この野郎。
随分と馴染みやすくはなったが、相変わらずゴミ屋敷ゴミ屋敷言って来よる。
あとアイスありがとうございます本当に美味しいです。
「しっかし、こうも暑いと扇風機とか欲しくなりますね。 あとは西瓜」
「スイカはこの辺りではあまり取れませんからねぇ、どうしても高価になってしまいます。 あとセンプウキってなんですか?」
そんな会話をしながらのんびりしていると、視界の端に日傘をさしたお姫様が現れた。
「皆さま御揃いで……本日は……」
「姫様? 暑さにやられてる? 普段はしないようなご丁寧な挨拶になってますよ?」
ふにゃふにゃしているお姫様は、すぐさま駆け寄った王子に支えられながらもどうにか立っている状態。
あぁ~これは、いかん。
熱中症一歩手前?
なんて事を思っていれば。
「アオイ様、1時間経過しました」
「あいっさ、部屋に戻ろっか」
試作品をその手に、私達は自室へと戻っていくのであった。
王女様の為に、スポーツドリンクとか作った方が良いのかとか考えながら。
――――
「こ、これは……」
「……宝石を作ったのですか?」
「美しいな」
三者三様の御言葉を頂いている訳だが。
う~む。
「30点」
「コレでですか!?」
なんてツッコミを頂く訳だが、正直酷い。
目の前に転がる宝石モドキは、気泡も入っているし埃というか……土埃?
まぁ早い話ゴミが混じっている。
これはもうまごうこと無き失敗作だろう。
とはいえ、私の呼び出したレジンが“向こう側”と変わりないモノだと実験で来ただけでも良しとしよう。
中庭に置いて硬化させたのだ、これくらい想定範囲内。
最初から上手く行くとは思ってないし。
「でも……こんなに綺麗なのに、勿体ないです」
シュンッとしているシリアと、ウズウズしながら失敗作と私を見比べるお姫様。
そこら辺はやはり女の子。
キラキラした物が好きなのか、それとも物珍しいモノだから気になるのか。
どちらかは分からないが、二人共このままポイッと捨てたら酷く落胆しそうな様子だ。
失敗作というか、試作品だし。
別にあげちゃっても良いのだが……どちらにあげよう?
なんて、首を傾げていれば。
「では、俺が貰おう。 もう一度確認するが宝石ではないのだな? 高価ではないのだろう? ならば、穴を空けても問題ないか?」
「へ? あぁ、はい。 全然OKですけども」
予想外な事に、一番にソレを手にしたのは王子。
失敗作であるソレを日の光に掲げ、うむと一つ頷いておられる。
「剣か鞘に付けようかと思う。 コレは、装飾品なのだろう?」
「えぇまぁそうですね。 でも良いんですか? 一国の王子が、そんな安っぽい物付けたりして」
「問題ない。 コレは、美しい」
「さようで。 ではどうぞ、穴を開けるなり削るなり好きにして下さいな」
とかなんとか言ってみるものの、結構嬉しかったりする。
自身では失敗作だと決めつけたソレが、他者から喜ばれる物品に変わる。
“向こう側”で言えば、ちょっと失敗したからと言ってSNSで誰かにプレゼントしてみたり、身近な誰かにあげてたりもした訳だが。
それでも、だ。
こうして目の前でやけに嬉しそうな反応を見てしまえば、思わず頬が緩むというモノだ。
「お兄様は、本当に! 空気が読めませんわね!」
「違います! 王子! 絶対違います! 今はそういう流れではありませんでしたわ!」
二人から蹴りを貰いながらも、王子はただただ嬉しそうに私の作品を日の光に当てて微笑んでいた。
うん、なんだろう。
非常に間抜けな光景ではあるのだが……その、なんだ。
今度はもう少しまともな物を作ってプレゼントしてあげよう。
――――
そんな訳で、私が数日二日酔いに苦しめられた型を幾つも使い小物作りを再開した。
宝石みたいな形、動物の形。
それこそマジで“向こう側”の我が家にあった物ばかりなのは気になるが、今は良い。
兎に角新しい作品の製作じゃい! と、意気込んだまでは良かったのだが。
「た、単色……分かってたけどさ」
完成した小物たちは、どれも同じ色。
そして随分と濃い青色をしていた。
当たり前だけどさ、うん。
水を混ぜて色を薄める訳にもいかないし、着色料を混ぜようにも今持っている液体が随分濃い色をしているから、何か混ぜたら黒くなりそうだし。
なので、み~んな濃い青。
色んな形をしていても、コレを並べたら随分と重々しい空気を曝け出しそうだ。
「なにか、危ない魔道具を作っている気分です」
「私はちょっと面白いというか、ワクワクしますけど。 お城には余り黒っぽいモノってないので」
「見た目が重いな、こうも数が並ぶと」
三者三様の意見を頂きながら、目の前に並ぶ作品を睨む。
う~む。
形は良いし、不純物も混じらなかった。
でも、色が重いのだ。
やっぱり欲しいなぁ……他の色。
ベース色を変えたり、色をやわらげたり。
あぁもう、部屋にあったレジン液が全部揃っていれば色々と作れるのに。
なんて事を考えていると。
「おい、変な事を考えるな。 絶対に言葉にするな」
「わーってますよ」
考えている事が顔に出たのか、王子に予め釘を刺されてしまった。
とは言え、このままではなぁ……。
「あの、アオイ様? 無理にいっぺんに召喚せずとも、一個ずつなら魔力消費を抑えられるのではないですか?」
どうですか? とばかりに声を上げるシリア。
あぁなるほど、確かにその通りだ。
今みたいな欲望マックスの状態で「この手に資材を!」なんて叫べば、またボトボトと落ちてくるだろう。
そんでもって、待ち受けるのは長い長い二日酔いだ。
ならば、一個ずつ明確にイメージして呼び出せば良い。
そうすれば、私も魔力切れにはならないかもしれない。
なるほど、コレで行こう。
「ア、アオイさん? 大丈夫ですか? 本当に大丈夫ですか? アレコレ欲しがってはいけませんよ? 一つです、一つだけですからね?」
何だかお菓子を強請る子供をあやすような表情を浮かべている姫様は、今どんな気持ちなんだろう。
ごめんね、色々心配掛けて。
でもさ、私も大人だから。
ちゃんと自分の限界を見極めて、しっかりとライン引きできる程度には成長しているからさ。
グッと親指を立てて、上空に手を掲げた。
「出でよレジン液! 透明なヤツ! あ、でもラメとか入ってた方が綺麗かな? そうなってくると……」
「アオイさん!」
「あ」
今の青色を薄めたらまずは~なんて考え始めたのが運の尽き。
次々と作りたい物が頭に浮かび、それら全てを思い浮かべてしまった。
その結果、頭上からは前回と同様程度の様々の資材が。
そして、最後に。
「いてっ」
ゴツンッと音を立てて落ちてくる透明なレジン液。
そうそう、コイツを待っていたのだよ。
コレを混ぜれば、先ほどの濃い色も調整できるし――。
「アオイ様!?」
「アオイさん!」
「お前は……毎度毎度」
クラッとしたかと思えば、私は今しがた降って来た資材の中に倒れ込んだ。
あぁ、駄目だ。
コレは、寝る。
新しい資材が手に入った所で結局いつも通りに、私は意識を手放すのであった。
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