第7話 ”人”である為に


 「完売しましたぁぁぁ!」


 「もう何回も聞いたぞ」


 「おめでとうございます!」


 何度目になるか分からない台詞を叫びながら、私達は今居酒屋でテーブルを囲んでいた。

 鎧姿の王子が些か周囲の注目を集めてしまうので、「鎧脱いだら?」と声を掛けてみれば。

 とんでもなく険しい顔で「次の瞬間には敵に囲まれるかもしれん」と返されてしまった。

 なるほど、そう言う事もあるのか。

 私の常識では「無いやろ」と返してしまいそうな所だが、この前攫われたばかりの身としては何も言えない。

 そんな訳で対面席には兜だけ装備していない王子と、その隣には婚約者のシリアが座っている。

 シリアはずっと機嫌が良さそうにニコニコしているし、王子もなんだか今までよりもスッキリした顔をしているご様子。

 まぁ、無表情ではあるのだけれども。


 「と言う訳で乾杯! 我らの頑張りに!」


 「乾杯、です! 色々大変でしたけど、凄く楽しかったです!」


 「乾杯」


 そんな訳でグイッとビールを呷ろうとした瞬間、ふと思い当たりシリアのジョッキをつかみ取った。


 「シリア、今何歳?」


 「えっと、19になりました」


 「駄目ぇぇ! お酒は大人になってから!」


 「なっ!? 酷いですアオイ様! 私だって成人している身、お酒くらい窘めますわ!」


 あれ? なんか理解が食い違っている気がする。

 おい説明しろとばかりにビール髭を作っている王子に視線を向けてみれば。


 「“こちら側”では15で成人だ。 だから、酒を飲む事も問題ない」


 「そうなの?」


 「あぁ、とはいえ若い頃に飲み過ぎると馬鹿になると言われているからな。 シリアは控えた方が良いかもしれん。 俺の様になるな」


 「二人して酷いです! 私だって飲めます! 確かにビールは苦くてちょっと苦手だけど……でも平気です!」


 プリプリと怒るシリアをどうにか宥めながら、アルコール度数がとんでもなく低いお酒を店員さんにお願いし、最初のビールは王子にスルーパス。

 何も言わずに再びビール髭を製作する王子、今だけは格好良く見えるぜ。

 なんて事をやりながら、おつまみをつまんでいく私達。

 唐揚げ、白身魚の塩焼き、枝豆、サラダなどなど。

 これは王族とか貴族に出して良かったのだろうか? なんて今更過ぎる疑問もあるが、二人共パクパク食べているし気にしない事にした。

 そんでもって。


 「あぁ……旨ぁ。 “こっち側”に来て一番助かったのは食事関係かもしれない、“向こう側”と変わらないくらい美味しい」


 唐揚げを齧れば調味料と肉の旨味が口に広がり、野菜は新鮮そのもの。

 ドレッシングだって普通に掛かっているし、枝豆にもしっかりと塩がきいている。

 そして魚の塩焼きには……普通に醤油だのなんだの付いてくるのだ。

 凄い、最近の異世界。

 全然生きていける。


 「こういった調味料や調理法は、過去に呼ばれた“異世界人”の知恵だと言われていますね。 昔から頂いていますけど、製造法を聞いた時はビックリしたモノです。 特に“納豆”とか」


 「そうだな。 “異世界”から伝わった料理は独特な製造法が多いイメージはある。 しかし、旨い」


 補足説明をどうも、とか返したくなるがやはりそうなのか。

 私以外にも過去何人もの“異世界人”がこの地を訪れ、技術を発展させていった。

 だからこそ料理は美味しいし、食事の席だから言葉にはしないがトイレだって水洗なのだ。

 凄い、凄いよ過去の異世界人。

 私なんか技術革命みたいな事出来る気がしないよ。

 というか、本当に専門職の人を呼ばない限り中々出来る芸当ではない気がするのだが……それは流石に歴史か。

 もしくは、私の様な魔法が使える人間が居たのかどっちかだろう。

 なんたって現代日本……海外でもそうだろうが、一人が担える技術や知識というのはそこまで大きくない。

 何か一つを作り上げるにしても、様々な工程や人の手が必要な訳で。

 個人で0から完成させられる物なんてたかが知れているだろう。

 それの積み重ねがあり、更には長い歴史がある。

 いやぁ、凄い人たちも居たもんだぁ。

 なんてしみじみ思いながらもグラスを傾けていれば、シリアが少しだけ不安そうな眼差しをこちらに向けて来た。


 「帰りたいと、そう思っておりますか?」


 「はい?」


 急に投げかけられた言葉に、思わず変な声が出てしまった。


 「“向こう側”に比べれば、“こちら側”が随分と技術力が低い。 それどころか、すぐ隣に命の危険が転がっている様な世界。 “向こう側”とは、随分と安全な世界だったのでしょう?」


 確かに技術力としては、この世界よりも“向こう”の方が数段上だろう。

 そんでもって、安全だったのは確かだ。

 少なくとも“日本”では、人が死んだり殺されたりするのは“特別”な事例だったのかもしれない。

 でも、私からすれば。


 「籠の中の鳥と、羽ばたいている鳥。 どっちが幸せかなぁって思う感じに似てるかも」


 「と、言いますと?」


 なんと言葉にしたモノか。

 確かに“向こう側”で輝いている人達も、満足していた人達も大勢いた事だろう。

 なりたい自分になれた、夢が叶った。

 はたまた、大金を手に入れた等など。

 それは一握りの人間。

 当たり前だ、全ての人間が平等に幸せになる訳じゃない。

 私みたいな庶民は小さな幸せを噛みしめたり、それこそ日々の疲れを趣味に費やして“どうにか”毎日を食いつないでいるのだ。

 これは私個人の感想でしかないが、そう言った行為は“自分を見失わない”為の、幸せに縋りつく行為だったんだと思える。

 だからこそ辛くても、苦しくても私は“小物作り”を続けた。

 その分、楽しい事もあったから。

 もしも、もしもだ。

 私に特に趣味がなく、毎日を仕事の為に生きていたとしよう。

 正直、ゾッとする。

 日々を生きる為のお金を稼ぐ、その為に働く。

 寝て、起きて。

 そして適当にコンビニで買ったご飯を胃袋に押し込んで、また働く。

 それも普通だ、社会人なのだから。

 でも、それが“普通”になってしまっている現代が。

 “こちら側”に来てからは、とても怖いモノに思えて仕方がない。


 「それは、何故ですか? 働く事自体は“こちら”でも変わりませんし。 身の危険も無ければ、全体の流れでお金が手に入る社会。 それはとても素晴らしいモノの様に思えますが……」


 「確かに、素晴らしいね」


 乾いた笑いを浮かべながら、シリアと向きあった。

 そして。


 「でもね、皆目が死んでるんだよ。 何の喜びも無い、楽しみも無い。 あるのは毎日のルーティンと、過酷な労働。 眠る暇もないような仕事量に、無理難題な命令。 どうにかその合間を見つけて、趣味を作る。 とんでもなく疲れても、体が壊れそうになっても働いて、やっと出来た時間に眠るか好きな事をするかが選べる。 その代わり、身の安全は保障される。 少なくとも私が見てきた世界は、そんな感じだったかなぁ」


 多分、会社によっては違ったのだろう。

 もっと生き生きと生活出来る環境を整えてくれる、“良心的”な会社も世の中にはあったのだろう。

 でも、私は出会わなかったのだ。

 人が人として笑顔で生きられる生活を送らせてくれる会社は、どうしても見つからなかったのだ。

 びっくりするくらい求人が転がっているのに、条件が良さそうな所を選べば選ぶ程ドブラックだったり。

 もはや、“普通”の人間には“普通”の人間として生き残る術が無かったように思える。

 私が下手くそだっただけ、技術が足りなかっただけ。

 色々と言われそうなモノだが。

 それでも。

 人が生き物として扱われる社会は、多分無かったのだろう。

 人は道具として誰かに使われ、消耗する。

 一部の人間だけが~なんて言葉をよく聞いたが、多分その一部だって相当な努力の末、その地位を手に入れたのだろう。

 だとしたら、上から下まで働き詰めだ。

 それが当たり前、当然の社会。

 正直に言えば、つまらなかったのだ。


 「ふむ……わからんな。 俺達は民の安全を守る為に戦う、利益を上げる為に商人は物を売る。 それら全ては国を豊かにする為だ。 それは、いけない事なのか? 今の話だと、平和になると民が腐る様に聞こえる」


 ビール髭の王子は、不思議そうな顔をしながらご自慢のビール髭をやっと拭った。


 「ダメじゃないよ、凄く正しい行為だと思う。 でもね、平和ボケって言葉がある程には、私の見る世界は平和だった。 そこまで来ると、人は”娯楽の為”、頑張っている人を貶す事があるんだよ。 身近な人を、いざという時に頑張る人を。 心無い言葉で攻撃し始める。 それが、平和の延長線上。 もちろんこの世界がそうなるとは言わないけどね?」


 なははっと軽い笑いを浮かべながら、グラスを傾ける。

 あぁもう、つまらない話をしてしまった。

 私はもう“向こう側”には居ないのだ。

 だからこそ今を楽しめば良いというのに。

 “こっち側”はすごい。

 誰しも生き生きしている。

 それこそスラム街というか貧民街はあるらしいので、そう言う所に行けば意見はガラリと変わるのかもしれない。

 更に言えば、王族からの支援が有るからこそ、私はこんなにもまったり生活していられるのかもしれないが。

 だとしても、だ。

 みんなちゃんと“生きて”いるのだ。

 挨拶を交わそうとも、声を掛けようとも。

 機械の様に返事を返して来る相手は見受けられない。

 まだほんの少ししか携わっていないこの世界だが、そんな些細な違いが私は好きなのだ。


 「ちなみに……ご家族などは? “異世界”から来た方は、ご家族がいらっしゃる場合戻る方法を探される方が多いと聞きます。 アオイ様の場合は……」


 「あぁ、居ないから平気平気。 両親は死んじゃったし、学生時代お世話になってたお婆ちゃんも去年亡くなっちゃったから。 それこそ婚約者も子供も居ない、ガチフリーな26歳ですので」


 「26には見えんな……俺よりも年上だったのか」


 「おい、そこの馬鹿王子。 今すぐ嘘だと言え」


 「俺は25だ」


 「てめぇ! 25で19歳の女の子嫁にしてんのか! ふざけんなコノヤロウ! 全世界の独身男性に謝れ!」


 「全世界の独り身の男性よ……すまない……君たちの輝かしい未来を願う」


 何処か明後日の方角へ頭を下げ始める王子にケラケラと笑いながら、酒盛りは進んでいく。

 若干シリアが悲しそうな顔を浮かべているが、こんな話題では仕方のない事だろう。

 だったら、もっと楽しい話題にしてあげれば良いのだ。

 何たって、祝勝会なのだから。

 今日は飲んで騒いで楽しんで、そんでもって明日からまた小物作りを始めよう。

 そろそろ新しいネタも欲しい所だが、はてさてどうしたもんかと相談してみれば。


 「他にはどんなモノを作っていらっしゃったのですか?」


 「武器は作れないのか?」


 などなど、様々なお声を頂いた。

 うん、資材さえあれば色々作ってみたいね。

 そんでもって、反応が見てみたいのは山々なのだが。


 「レジン液ももっと欲しいし、とは言え型が無いことにはなぁ……」


 なんて、呟いたソノ瞬間。


 「おいアオイ、フラフラしているぞ」


 「アオイ様? 大丈夫ですか? 飲み過ぎましたか?」


 二人からそんな声を頂く中、フラフラする思考回路のまま真上を見上げてみれば。


 「なんでいつもこう……上から来るの!?」


 私の頭上から、大量のモールドが降って来たのであった。

 そりゃもう、ドササッ! ってな勢いで。

 更にはそんなモノを“召喚”すれば、当然。


 「ご、ごめん王子……またやっちゃったみたい。 帰り、頼んだ」


 「承知した。 しかし、“魔封じの腕輪”でも駄目か……厄介だな」


 グワングワンする意識の中、彼の言葉を最後に私の記憶はブツリとその場で途切れたのであった。

 うぇぇぇ、マジで二日酔いみたいで気持ち悪い。

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