第6話 新しい従業員
「いらっしゃいませぇ!」
「い、いらっしゃいませぇ! どうぞ、お手に取ってみて下さいませぇー!」
結果から言おう、ハッピーエンドだ。
王子はおかしな誤解を招く事もなく、私は従業員を手に入れた。
1から10まで説明する間、非常に不思議そうな顔を浮かべておられたが。
そりゃそうだよね、急に異世界がどうとか言われれば混乱もするわ。
ついでに隣で「何故そんな説明を?」とばかりに、不思議そうな顔を浮かべる王子は何度ぶん殴ってやろうかと思った事か。
貴様はもう少し人の心というモノを勉強しろ。
「いらっしゃいませ」
という事で、今日は彼も店先に立たせている。
命令は三つ。
一つ、微笑みを絶やすな。
二つ、決められた台詞以外を喋るな。
三つ、相手の反応をよく見て、良い反応をした時の対応を忘れるな。
そんでもって好印象の様なら店まで連れて来い。
である。
これでは四つになってしまうが、まぁ良い。
正直王子様に何をやらせているのかと言われそうな所だが、特に責めて来る人が居なかったのでやらせてみた。
鎧姿に可愛らしいエプロンである。
しかしゴツイ見た目のその上に乗っかっているのは、絶世のイケメンフェイス。
大丈夫だ、何とかなる。
例え厳つい鎧の上に、フリフリエプロンを着て居ようとも。
何とかなると信じている。
そんな訳で、本日二度目の出店をしてみた訳なのだが。
「えっと! いらっしゃいませ! は、はい! この二つですね! ありがとうございます、ありがとうございます! コレ、私も手伝った物なんです! 本当に、嬉しいです!」
「シリア、落ち着いて。 お客さんが困惑してるって……まぁ、嬉しいのはわかるけども」
「す、すみません! 二つで銀貨二枚になります!」
シリア・ウッド・グェール。
王子様の許嫁? 婚約者の女の子。
最初こそ私によそよそしい態度だったが、話している内に随分と打ち解けてくれた。
何でも夜会の際に、王子様が一目惚れ。
その時に求婚したとかなんとか、随分とぶっ飛んだ恋愛事情の彼女。
とはいえ本人も王子に恋愛感情は向いているらしく、相思相愛の良い関係なんだとか。
しかしながら、周りはそうもいかない。
良くある……と言って良いのか、貴族社会あるあるの嫌がらせ特盛セット。
王子に求婚された、というとんでもない事実により周囲からの嫌がらせが発生し、更には元々姉妹の間でも良くない扱いを受けている末っ子だったらしい。
なんでもお姉ちゃん達は金髪なのに、シリアだけ茶髪だからどうたらこうたら。
バッカ馬鹿しい、貴様らは遺伝子の存在を知らんのか。
なんて言いたくもなるが、ソコは知らんのだろう。
なので、シリアは学園が終わるとすぐにウチに遊びに来るようになった。
そして、お手伝いと言う名のアルバイトをこなした結果。
羊毛のぬいぐるみなら一人でも完成まで持って行ける程の腕前に成長した、という訳である。
そんでもって、今日がその販売初日。
「いらっしゃいませ! はいどうぞ、触ってみて下さい!」
興味を持ったお客に対し、笑顔で商品を勧める彼女。
聞いていた様な、いじめられっ子には到底見えない。
店先に立っている王子も、フッとか微笑みを浮かべているし。
彼女はきっと、人の前に立てる人間だ。
周りからの重圧があったからこそ引っ込んでいただけで、舞台さえ用意してやれば勝手に巣立っていく程に力強い。
それ程に、“強い”人間なのだろう。
初めての仕事、初めての接客。
だというのにグイグイと売り込んでいく彼女を見ていれば、そんな感想しか残らない。
「良い奥さん見つけたじゃん、王子」
「だろ? 自慢の妻だ。 未来の、ではあるがな」
惚気る王子にていっ! と蹴りを入れた。
なんて、下らない事をやっている時。
「なんだこの店は! たかが羊の毛で作ったぬいぐるみをこんな値段で売っているのか!? 詐欺ではないか!」
誰とも分からない男の大声が響き渡ったのであった。
――――
私はシリア。
上級貴族なんて呼ばれる家に生まれながらも、薄い土色の髪の毛のせいでずっと家族からも敬遠されて来た。
そしてソレは、外に出ても同じ。
学校では周りの貴族達に虐められ、何をしても褒められた記憶なんかない。
そんなある日、出たくもない夜会に参加する事になったのだ。
私の役割はいつも通り、お姉さま達の引き立て役。
だからこそ最初だけ決まった台詞を吐き、後は気配を殺して隅に引っ込む。
その後は、ひたすらに夜会が終わるまで待つのみ。
なんて、思っていたのに。
「君は、飾らないんだな」
「え?」
随分と綺麗な顔の男性が、私に声を掛けて来た。
その顔を見た瞬間、思わずその場で頭を垂れた。
私の目の前に立っているのは、間違いなくこの国の王子。
「す、すみません! こんな姿で……みすぼらしいですよね。 すぐに視界から消えますので……」
「いや、そうじゃない。 もっと良く見せてくれ」
「はい?」
思わず顔を上げると、彼はジッとこちらを見つめていた。
まっすぐに、とても綺麗な青い瞳で。
「綺麗だな。 だが、勿体ない」
「えっと」
「俺は女性の着飾り方は知らん、が……妹ならきっと助言してくれる筈だ。 少しだけ時間を貰えるだろうか?」
「はい? え? はい?」
良く分からない返事を返している内に、私はその人に連れられて更衣室に連行された。
そして、彼の妹さん。
つまりお姫様に仕立て直され、再び彼の前に立った時には。
「やはり、美しい。 結婚しよう」
「はいぃ!?」
「ダメか? 私の様な不男では……すまない、調子にのった」
「い、いえ! 全然そんな事は!」
「では、結婚してくれるか?」
「……えと、あの。 はい、私で良ければ」
という訳で、私は“王子”の婚約者となった。
普通ならあり得ないストーリー。
お伽噺の様な、一気逆転の物語。
でも、現実はそう上手く行かなかった。
その日から学園での嫌がらせは多くなり、姉たちからの風当たりは強くなった。
でも“王子の婚約者”という肩書がある以上、必要以上に痛めつけてくる相手が居なくなったのは幸いだったが。
それでも、精神は削れていく。
徐々に徐々に、心が弱っていく。
その支えは、大好きな王子の存在。
だというのに。
「ガッ付き過ぎなんですよ、もっとゆっくり食べれば良いのに」
学園が終わり、彼との思い出の場所を散歩していれば。
そんな声が聞こえて来た。
視線を向ければ、愛しい彼が美しい黒髪の女性に口元をハンカチで拭ってもらっている様子。
あぁ、なるほど。
私は、ここでも“いらない存在”になってしまったのか。
そう考えてからは、もう止まらなかった。
思わず彼等に声を掛け、走り出し。
そして。
「シリア、待て」
王子に手を引かれて止められた。
「放してください! 私はもう、貴女には必要ないのでしょう!」
思わずそう叫んで彼の手を振り解けば。
「待て、待ってくれ。 私の何がいけなかった? 何に対して怒っている? すまない、私は馬鹿だから分からないんだ。 教えてくれシリア、私は君を愛している。 離れたくない、失いたくない。 だから、何を怒っているのか教えてくれ」
「え?」
王子は随分と絶望した顔を浮かべながら、私の前に膝を付いた。
えっと、あれ?
「あのさっきの女の人……随分と仲が良さそうでしたけど」
「あぁ、アオイの事か? 妹に護衛を頼まれてな、最近守っている。 アイツは良いぞ、貴族みたいにネチっこくない。 言いたい事は言ってくる、先ほども私を蹴飛ばした程だ」
「王子を蹴飛ばすって……深い仲なんですか?」
「誘拐されて助け出した事はあったが……深い仲と言えば深い仲かもしれん。 私は王子で、彼女は“異世界人”だからな。 私は彼女を守る義務がある」
キリッとそんな台詞を吐く未来の旦那様に対して、思わず大きなため息を溢した。
あぁもう、本当にこの人は。
何処までも言葉が足りなくて、どこまでも真っすぐなんだから。
なんて事を思いながらニコリと微笑み浮かべてみれば、僅かながら彼の目尻が下がったのが分かった。
本当に、感情表現が苦手な人だ。
「分かりました。 では、私にも紹介してくれますか? 先程の彼女を」
「もちろんだ。 アイツの部屋に集合だと言われているからな、すぐに行こう。 アイツは目を離すとすぐにトラブルに巻き込まれる。 でも良い奴だ。 きっとシリアとも良い友達になれる」
全く、この人は。
そんな台詞一つで、女性が嫉妬するなんて考えても居ないのだろう。
やれやれと首を振りながら、私は彼に付いて行った。
彼が護衛しているという“異世界人”の元へ。
そして、たどり着いた借家に居たのは。
「やぁやぁ随分と可愛らしい茶髪っ子よ、よくいらっしゃった。 私は彩花 碧。 異世界から来た“小物作り”だ。 今後とも――」
「ゴミ屋敷の守り人ではないのか?」
「うっせぇ王子! バーカバーカ! そんなんだから婚約者泣かせるんだよ!」
そこには、随分と美しい黒目黒髪の女性が座っていた。
見た目は幼く、それでも漂わせる雰囲気はどこか私よりもずっと大人びていて。
それでいて、王子に対しても遠慮のない態度。
こんな人、見た事が無い。
「プッ、フフフ」
「あ、やっと笑った」
ニパッと少女みたいな笑みを浮かべて、王子に蹴りを入れていた女性は此方に歩み寄って来た。
そして。
「改めまして、私は彩花 碧。 コイツとはマジで何でも無いから、心配しないで下さいね? むしろ、コレで良いんですか? すんごい綺麗なのに、こんなのが旦那じゃ勿体ないですよ」
そんな遠慮のない言葉を投げかけてくる彼女に、再び笑ってしまった。
王子に対して“コレ”呼ばわりする女性が、他にいるだろうか?
「初めまして、アオイ様……でよろしいんですか? 確か黒目黒髪の“異世界人”は後に付く方がお名前でしたわよね? 私はシリア・ウッド・グェール。 シリアとお呼びくださいな」
「シリアさんね、了解。 今後ともよろしく! それでさ……シリアさん手先とか器用?」
「はい?」
そんな訳で私は、“異世界人”の店……彼女のアトリエで、お手伝いをすることになったのだ。
――――
私が初めて、自身も手を加えた作品を売り出したその日。
早速問題が起きてしまった。
何がいけなかったのだろう、何を怒っているのだろう。
全てが分からないまま、目の前の男性に怒鳴られ続ける。
「この素材は原価が随分と安いですよね? なのにこの値段はなんですか!? あまりにも高すぎる! 商売というモノを舐めているのですか!? こんなぼったくりの露店が出ていると知られれば、他の店だって疑われてしまうんですよ! 分かってるんですか!?」
「あの、えっと……その」
もはや相手の言っている事の半分も頭に入って来なかった。
目の前には激怒した男性、商売云々言われても私には分からない。
店主であるアオイ様に言われた金額で、ぬいぐるみ……もとい“作品”を売っていただけだ。
私達が作ったソレは、商品じゃない。
一つ一つが丹精込めて作られた、“作品”なのだ。
そう、教えられた。
それに私も今までにないくらい集中して、頑張って作った。
だからこそ、銀貨一枚という値段にこれと言って疑問も抱かずに販売していたのだが……おかしかったのだろうか?
でも、相手の怒鳴り声を聞いている内にどんどんと自信が無くなって来る。
私の様な者が素人技術で作ったソレを、この値段で販売して良いのか?
確かに彼の言う通り、原価自体はかなり安い。
だからこそ、もっと安く販売するべきではないのか?
色々な思考が入り混じり、涙を浮かべ始めた頃。
「私もあまり事を大きくしたくは無い。 だからこそ、ココの在庫これくらいの値段で全て譲ってもらえないだろうか? なぁに、損はさせない。 今後とも付き合いを続けてくれれば、今すぐ取って食ったりはしないさ。 どうかね?」
そう言って彼は、右手の指を三本程立てた。
ソレが白金貨三枚なのか、金貨三枚なのか。
それとも破格の銀貨三枚なのか、私には判断出来なかった。
だって、商人ではないもの。
怖くて、判断出来なくて、どうして良いのか分からなくて。
思わずその場に蹲ってしまいそうになったその時。
「居るのよねぇ、アンタみたいな奴。 “向こう側”でも、“こっち側”でもやっぱり変わんないか。 あぁ、見ているだけでも……思い出すだけでもイライラする」
彼の背後に、この店の店主。
美しい黒髪を揺らし、力強い真っ黒な瞳を向ける彼女が立っていた。
「悪いんだけど、ウチが売っているのは“作品”よ。 材料じゃない。 材料費で購入したいなら他を当たりなさい。 ウチは素材屋じゃないの、完成した“作品”を売る“小物屋”なの。 分かったらさっさと何処かへ消えなさいな。 私達が値段を付けるのは材料だけじゃない、時間に技術、作品に対しての“想い”なのよ。 それが分からない様なら、貴方に売る“作品”はないわ。 とっとと失せなさい」
“異世界”からやって来たという黒く美しい彼女は。
何処までも凛々しく、猛々しく、そして勇敢に。
胸を張って言い放った。
自身よりも位が髙そうな相手に対して、臆する事もなく。
“貴様に売る作品はない”と。
私の常識では、女性は男性に従うモノだった。
だというのに彼女はどうだろう。
一歩も引かない、それどころが自ら進んで前に出る。
その一歩は、私達の常識打ち破る程に大きなモノだった。
「き、貴様……自分が何を言っているのか分かっているのか? 私はこの地域の――」
「そちらこそ私の言葉が聞えなかったのかしら? 貴方に販売できる作品はないの、お分かり? グダグダ言う様なら売る場所を変えるだけだし、作品の種類を変えるだけ。 損するのは誰でしょうね? それに……おーい、ダメダメ王子。 こういう時こそ出番でしょ」
「呼んだか?」
フリフリエプロンを身に纏った王子が、険しい顔で彼女の隣に並んだ。
そして。
「おい、貴様。 俺の嫁を泣かせたのか?」
ギリギリ奥歯を鳴らしながら、見る見るうちに殺気立って行く王子。
そして見た事も無い程顔を歪め、青筋を額に幾つも浮かべながら腰の剣に手を掛ける。
「だとしたら……許さん。 俺は彼女を泣かせないと誓った。 その誓いを貴様のせいで破ったとなれば……お前を殺し、俺も死ぬ」
「いやお前は死なんでええやろがい。 こんなおっさんと心中するつもりなの? 馬鹿なの?」
「ではアオイ、どうすれば良い?」
「とりあえず、追っ払って。 邪魔」
「承知した」
そんな会話繰り広げた彼が、とんでもない殺気を放ち始めた。
それはもう、腰が抜けるくらいの。
「ひ、ひぃぃぃ!」
情けない悲鳴を上げて逃げる先程の男性。
更には、周囲で腰を抜かしている住民達。
コレは、あまり良い状況ではない気がする……なんて思った次の瞬間。
「はい皆さまお立合い、超すごい店番が守るぬいぐるみ店! 変な奴に絡まれてぬいぐるみを取られちゃった! なんて時もご安心なされ、このこわ~いお兄さんが、ぬいぐるみを取り戻しに行きますからねぇ! ホラ、ご挨拶」
「いらっしゃいませぇ!」
先程の殺気をまるで感じて居ないのか、店主のアオイさんは周囲にアピールし始めた。
そんでもって、律義に挨拶を交わす私の婚約者。
こんなコミカルな彼、今までに見た事が無かった。
そして彼女は、この状況を活用しようとしている。
これ程までに問題ばかりのこの空気を、活気に変えようとしている。
こんな人、今までに出会ったことがない。
「おいアオイ、変な誤解を招くな。 私は怖く無い」
「あぁはいはいそうですね。 王子様は格好良いだけで怖く無いですよぉ、だからさっさと奥さんの元へ向かへ馬鹿」
「承知した、が。 あまり馬鹿馬鹿言うな」
「了解しましたよ馬鹿王子」
そんな会話を繰り広げ、アオイさんは集まって来たお客さまを相手にし、王子は。
「大丈夫か?」
「……はい」
「膝が震えている」
「ちょっと、怖かったです」
「それは大丈夫とは言わない」
「ですね……大丈夫じゃありません」
未だ膝が震えて立てないでいる私を、彼は無表情のまま抱き上げ椅子に座らせた。
あまりに一瞬の出来事だったのでろくに反応も出来ず、ポカンと見上げてみれば。
「よく頑張ったな、あとは私とアオイで対応する。 回復したら手伝ってくれ、この数は流石に……アオイでも苦戦するかもしれん」
そう言って店先に戻る彼は、どこか困った顔をしていた。
ソレもその筈、先ほどの騒ぎで無駄に人が集まって来てしまったのだから。
そして、先ほどのアオイさんの煽り文句。
王子を見て気づく人なら、それこそ“王族が保証する商品だ”と聞こえた事だろう。
なんともまぁ、恐ろしい事だ。
その一端を、私も担ってしまっているのだから。
「フフッ、本当に。 敵いませんね、アオイさん」
小さなその呟きは、迫り来るお客様とアオイ様の商売文句によって掻き消されたのであった。
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