第5話 ポンコツとボンクラ


 「結論から申しますと、魔力切れですね」


 「私に魔力があった事自体がビックリですね、いやホントマジで」


 あれから数時間、スッキリした気分で目を覚ましてみれば周りにはやけに人が集まっていた。

 見るからにお医者さんだったり、聖職者のような恰好をしている方々だったりと様々。

 そんな彼等に囲まれながら、涙を目尻に溜めた姫様に抱き着かれたのが数分前の出来事。

 そんでもって、“魔力切れ”という結論に行きついたそうな。


 「でも、前から“コレがあったらなぁ”とか思った事はありましたけど、こんな不思議現象起こりませんでしたよ?」


 「多分、レベルの問題でしょう」


 またレベルかぁ、なんてげんなりしていると。


 「こちらをご覧くださいませ」


 差し出されるのは、私の身分証。

 この場合ステータスプレートと呼んだ方が良いのかもしれないが、私の場合は完全に身分証以外の何物でもないのだ。

 だってレベル上げとかしてないし、称号もゴミ屋敷の守り人だし。

 なんて事を思い、ため息交じりに受け取ってみれば。


 「あれ? レベルが上がってる」


 「はい、その結果“特殊な魔法”が使えるようになったのかと思います」


 いくら見ても、何日経っても変わらなかった文字列が今だけは変化していた。

 レベル4。

 それ以外は、変化なし。

 いや、どういう事?

 私経験値とか稼いで無いんだけど。

 何かした覚えも無いし、思い当たる節と言えば寝ている間に王子様が戦ってくれたくらいなモノなんだが。

 ソレのパーティ経験値として、おこぼれを貰ったとか?

 なんて考え始めた所で、最初に説明された内容を思い出した。

 レベルとは、純粋に戦闘レベルを表記したものではない。

 街中の職人であっても、技術を上げればレベルが上がる。

 それってつまり。


 「はい、多分ご想像の通りかと思います。 貴女はぬいぐるみを作成し、販売した。 そして貴女の生み出した物品は確かに“売れた”。 その成果が、レベルに反映されたのかと。 以前は使えなかったのは単純に魔力が足りなかったのか、それとも魔法そのモノが無かったのか。 しかし、今は違う。 という訳です」


 「……マジですか?」


 「マジです」


 す、すげぇ。

 私ついに、魔法が使えるようになったらしい。

 なんの実感も達成感も無いけど、それでも魔法を行使した様だ。

 という事は何、私の魔法って“創造”とか“異世界からの輸入”とかそういうモノな訳!?

 とか何とか、興奮気味に両手を天井に向け。


 「出でよ! メロンパン! この手に糖分を!」


 叫んだ。

 叫んだのだが……何も起こらなかった。

 何故。

 私の魔法は“向こう側”の物品を呼び寄せるんじゃないのか?

 はて、と首を傾げていると。

 何処か可哀そうなモノを見る瞳を向けた姫様が、ソッと肩に手を置いて来た。


 「“無属性”の魔法は、未だに分からない事が多いですから。 大丈夫です、徐々に徐々に調べていきましょう? それにまだまだレベルが足りず、何かを呼び出す度に倒れてしまっては元も子もないでしょう? ですから、一度落ち着いて。 ゆっくり、今は今出来る事をコツコツとこなしていきましょう?」


 あ、完全に残念な子を見る眼をしてる。

 しかも周りの人たちも、何処かそんな表情を浮かべながら視線を逸らしているし。

 ち、ちくしょう! 何かすっごい悔しいぞ!?

 こうなったら意地でも何か呼び出したい所だが……何か、何かないか!?

 食べたいモノとか飲みたいモノは色々と出てくるが、しっかりとイメージがわかない。

 そりゃそうだ、形も文字列もしっかり覚えているモノなんて本当に身近な所にあった様な物品ばかりだ。

 だったら……。


 「い、出でよ私の部屋にあった資材達! アレがあれば色々と作れるからぁ!」


 涙目で両手を振り上げるが、結局何も現れなかった。

 あぁもう、非常に悲しい。

 魔法が使えるようになったのに、結局どうして良いのか分からない。

 どうすれば使える様になるんだコイツは、もっとレベルを上げれば良いのか?

 はぁ、と溜息を溢しながら再びベッドに横になった。


 「あぁ~あ……せめてレジン液とかあれば、もう少し幅が広がるんだけどなぁ……アレ得意だったし」


 なんて呟いたその瞬間。

 目の前、というか天井から何かが落ちて来た。


 「ふぎゃっ!?」


 ソレは私の顔面に墜落し、そのままベッドの上をコロコロと転がっていく。

 痛ったぁぁ……結構良い速度で突っ込んできやがった。

 思わず額を擦りながら、降って来たソレを手に取ってみると。


 「アオイさん……また魔法を使ったのですか?」


 呆れた表情を向けられてしまった。

 そこには、手に馴染むというかむしろ使い過ぎてしっくりくる黒いボトルが。

 しっかりとラベルも貼ってあり、どう見ても普段私が使用していた代物。


 「あ、やっぱり私が普段使ってた物とか、部屋にあった資材とかを取り寄せ出来る魔法――」


 「アオイさーん!」


 バタッと、再びベットに倒れ伏した。

 いかん、まただ。

 視界が暗転し、頭の中がグラングランと揺れている。

 “魔力切れ”。

 多分、コレがその感覚なのだろう。

 私の魔力と体力を使えば“向こう”の物が手に入る。

 それはすごい事だ。

 しかし。


 「毎回コレは……結構キツイ……」


 「不用意に魔法を使わないで下さい! 分からない事が多い魔法だとさっきから言っているでしょうに! 聞えますか!? アオイさーん!」


 結局、再びベッドの上で意識を手放す結果になってしまったのであった。


 ――――


 そんな訳で、“魔封じの腕輪”なる物を取り付けられてしまった。

 不用意に私が魔法を使用し、その辺で倒れない様にとの事だったが……なんかまた高価そうなモノを頂いてしまった。

 魔法を使う時は必ず室内で、鍵を閉めた状態で信用できる人が傍に居る時に! それ以外の時にその腕輪を外す事は許しませんからね!

 なんて条件を付けられてしまう程、私はお姫様からの信用が薄い御様子。

 まぁ、仕方ないよね。

 目の前で二回も倒れている訳だし。


 「とはいえ、レジン液一本だけ来られてもなぁ。 他にも色々と呼び出したい所ではあるんだけど……」


 「駄目だ」


 「……あい」


 お姫様の居ない時の見張り役として登場したのが、王子。

 おいマジで暇なのかお前。

 なんて事を言えるはずもなく、腕を組んで部屋のど真ん中に仁王立ちしているこの人。

 威圧感が凄い。

 最初は置物か何かと思って放置しようかと思っていたのだが……気配というか圧が凄くて無理だった。


 「はぁ……レベルがもう少し上がれば倒れずに“呼び出せる”のかな?」


 「可能かもしれん、だがレベルとは様々な技術の熟練度だ。 まずは鍛えろ、早く針を進めろ」


 「はーい……」


 言葉がキツイのだ、この人。

 趣味の延長線上でやっていたからこそ楽しめていたハンドメイド。

 要は小物作りだった訳だが。

 ここまで徹底して監視され、早く作れと他者から催促されると。


 「はぁぁ……」


 「明らかに前の時よりペースが遅い。 どうした? まだ何か不調があるのか?」


 「いえ、仕事ではあるんですけど。 私にとって小物作りは仕事と趣味が混じっていたというか……なので同じ物をずっと作っていると、そのぉ」


 「飽きたのか?」


 「スミマセン、正直言うと飽きました」


 「大変だな、製作者というのは」


 「うっす」


 怠け者め! とか怒られるかと思っていたのだが、意外にも王子は私を叱りつける事は無かった。

 ふむ、と顎に手を当てしばらく黙ると。


 「飽きてしまった時、疲れた時には気分転換が必要だと聞いた。 行くか?」


 「行きます! 外に出ます!」


 「分かった、守りは任せろ」


 なんだか半歩程ズレた会話を繰り広げながら、私達は外出する流れとなった。

 作るのが好きだ、周りの人に私の作品を見てもらうのが好きだ。

 そういう気持ちはあっても、やはり“強制される仕事”になってしまっては辛い。

 甘い考えだと言う事は分かっているが、それでも人間息抜きは必要だと思うんだ。

 だからこそ私は作りかけのぬいぐるみを放り出し、ズンズン進む彼の後に続くのであった。

 リフレッシュだ、リフレッシュをしよう。

 気持ちを切り替えれば、また仕事としてではなく“レベルを上げる”為にも、私は創作が出来るだろう。

 一旦気持ちを切り替えよう。

 そんなわけで、私達は平日の昼間っから街中へと繰り出すのであった。


 ――――


 「ここのクレープが旨いと聞いた」


 「クレープなんて“こっち”にもあるんですね……買って来ます! 何が良いですか!?」


 「苺が好きだ」


 「承知しました!」


 二人分のクレープを持ち帰り、片方を彼に渡してみれば。


 「旨い」


 「なら良かった」


 無表情のままモグモグと口元をクリームで汚す王子様。

 なんだろうこの光景は。

 姫様の言う通り、この人言葉選びが絶望的に下手なだけで意外と絡みやすいのかも?

 なんて思い始めた所で、クリームベタベタ王子がスッとどこかへ人差指を向けた。


 「この先に、落ち着ける公園がある。 民が安らぐ、素晴らしい場所だ。 聞いた話では、ベンチに座っているだけで落ち付くらしい。 そこへ行こう。 十分に休まなければ、レベル上げも出来ない」


 「あ、はい。 何か最後の一言で台無しになった感はありますが」


 「ダメなのか?」


 「いえ、行きましょう」


 そんな訳で、私達はクレープを齧りながらその公園へと向かった。

 食い歩きなんてちょっと行儀が悪いかもしれないが、王子は特に気にした様子もなく口元をクリームで汚していく。

 苺ソースも混じり、随分と偉い事になっているが。

 本人は気にした様子もなく、ガツガツとクレープを口に運んでいる。

 なんだろうなぁ、この人。


 「はぁ……王子、口元が凄い事になってますよ? ホラ、ハンカチ」


 「そうか、やはりクレープは食べるのが難しいな」


 そんな事を言いながら、顔を下げてくる王子。

 コレはアレだろうか? 拭けって事で良いのだろうか?

 まぁ良いけどさ。

 迷惑かけまくっている身の上だから、それくらいやるけどさ。


 「ガッ付き過ぎなんですよ、もっとゆっくり食べれば良いのに」


 そう言いながら彼の口元をハンカチで拭えば、無表情のイケメンが再び登場なされる。

 先程のクリームサンタ面とは大違いだ。


 「旨い物は早く食べないと無くなってしまう。 ソレに、戦場へと向かえば不味いモノしか食べられないからな」


 「携帯食料とかないんですか?」


 「ある、だが不味い」


 そんな事を言いながら、珍しく眉を寄せて苦い顔を見せる王子。

 この人がここまで感情を表すのも珍しい。

 よほど不味い携帯食料なのだろう。

 ”こっち側”の料理は普通に美味しいのに、非常食は何故進化していないのだろう?

 外でも美味しいモノが食べたいって発想は出てきそうなモノなのに。

 外で料理したりしていると、周りの獣とかモンスターが集まって来るとか?

 そして、この人の顔を顰めさせる程不味い食料って一体……。


 「付いたぞ、ココだ。 ベンチだ」


 「はぁ」


 ベンチですね、確かに。

 でもソコはココが例の公園だ、とかで良いのでは?

 私達の目的地は公園であって、このベンチではないですよね?

 なんて事を考えながら視線を向けてみれば、彼は無表情のまま。


 「ベンチのそちら側だ。 そこに座れ、心が安らぐらしい」


 「は、はぁ……」


 言われるがまま座ってみれば、普通のベンチ。

 別にこれと言ってリラクゼーション効果は味わえない。

 強いていれば、緑豊かで子供達が遊び回っているから心は安らぐ……くらいだろうか?

 そんな事を考えている内に、王子が隣に腰かけてくる。

 なんか、結構近いんですけど。

 とはいえそんな事を言えるはずもなく、黙って正面を眺めて居ると。


 「大体30分程度、ここに座っていると心が安らぎ、満足するらしい」


 「は、はい?」


 何か、非常に“誰かから聞いた”と言う所を強調するが、誰に聞いたの貴方。

 そんな事を思っていれば。


 「あ、あの……その方は……」


 眼の前には、随分とお綺麗な格好をしたご令嬢が。

 その瞳に涙を、そして口元にはハンカチを当てて立っていた。

 見るからに身分の高そうな貴族のご令嬢。

 そんでもって、ゆるふわと言って良いのか。

 軽くウェーブの掛かった柔らかそうな長髪。

 更にはおっきい瞳を見開いて、ウルウルと今にも泣きそうなご様子。


 「す、すみません! お邪魔でしたよね! 失礼しました!」


 そんな台詞を吐きながら、涙を残して走り出す少女。

 凄く絵になる。

 そりゃもう、映画のワンシーンの様だ。

 とはいえ。


 「誰?」


 それしか、言葉が出てこない。

 だというのに、隣に座った馬鹿王子は。


 「ふむ、私の婚約者だ。 愛らしいだろう?」


 そんな事を真顔で言い放ちやがった。

 アレですか、向こうさんとしては未来の旦那の“遊び”現場を目撃してしまったというか。

 “そういう勘違い”を招いてしまった状況な訳ですか。

 あぁなるほど、ならばあの涙も納得。

 じゃなくてね。


 「追いかけろ馬鹿! 今すぐ捕まえて事情を説明して来い!」


 「事情と言われても……見ての通り、私がお前を守っている以外の理由があるのか?」


 「傍から見たらそうは見えないんだってば! 良いから早くいけボンクラ王子! 私の部屋で集合!」


 「良く分からんが……承知した」


 なんて台詞を残し、ボンクラは風の様に走り出した。

 全身鎧を着ているというのに、よくまぁあんなに走れるものだ。

 なんて事を考えながら大きなため息を一つ。


 「ホント、下手くそな人なんだなぁ……あの人。 悪い人じゃなさそうなのに」


 そんな言葉を吐きながら私は一人、宿屋に向かって歩きはじめるのであった。

 休憩時間は終わり、また小物作りを再開しなければ。

 私のレベルは、作って、それから売れたという功績を残して、初めて上がる代物みたいだから。


 「しばらくはぬいぐるみ作りかぁ……周りの人が飽きる前に、他の物作りたいなぁ……」


 ぼやく私の言葉は、誰の耳にも残ることなく風に溶けていくのであった。

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