第4話 魔法


 「おい、起きろ」


 ふわふわする思考回路で、ゆっくりとその言葉を理解し始める。

 起きろと言われたのだろうが、でもまだ眠いんですよ。

 良いじゃない今日くらいゆっくり眠っても。

 ここしばらく頑張っていたし、今日の売り上げは凄かったんだから。

 だがら……もう少しだけ……。


 「納期」


 「ハイスミマセン! すぐ起きます!」


 ガバッと体を起こしてみれば、ソコは。

 王子様の肩の上だった。

 痛い痛い痛い。

 肩の鎧がお腹に食い込んで地味に痛い。

 それから近い、非常に近い。

 態度は悪いこの王子だが、顔は滅茶苦茶良いのだ。

 ゲームか何かに登場してもおかしくない顔面偏差値をお持ちの上に、ちょっと長めな金髪をサラサラと風に揺らしていらっしゃるのだ。

 止めて、イケメン耐性があまり無いので離れて。

 何かお米の様に肩に担がれているが、出来れば下ろしてから起こしてほしかった。

 というかこの状況は一体何。


 「本当にコレで起きるんだな。 部屋に付いたぞ」


 「はい?」


 視線を周りに向けてみれば、確かに私の借りている狭い部屋。

 そのど真ん中に、私を担いだ王子が突っ立っているという意味の分からない状況だった。

 うん、マジでどういう状況?

 この人私の事嫌ってる感じじゃなかった?

 まぁお国のお金を蝕む極潰しだったので、嫌われるのは分かりますが。

 そんでもって、私さっきまで居酒屋に居なかったっけ?

 なんで王子にお持ち帰りされてるの?

 本当に言葉通りの意味で、文字通り私の部屋にお持ち帰りされてるし。

 アレな意味ではなく、配送的な意味で。


 「ハっ! 居酒屋! 代金払った記憶がない!」


 ヤバイ! 食い逃げしてしまったのか!?

 なんて焦り始めた所で、ペイッとベッドに向けて放り投げられてしまった。

 ココのベッド、スプリングも何も無いので地味に痛い。

 顔面から枕に突っ込んだので多少はマシだが、それでも痛い。


 「酒に薬を混ぜる様な店に金を払ってやる必要は無い。 今は兵を向かわせて、男達との関係を調べさせている」


 「……はい?」


 「まさか、覚えていないのか? それとも、頭が悪いのか?」


 薬? 兵? 男達?

 王子の罵倒をスルーして、頭の中でその言葉を復唱していると。

 思い出して来た。

 少し飲んだだけなのになんだか頭がフワフワしてきて、そんでもって誰かに声を掛けられて、それから……。


 「はっ! 私なんかされた!? それともお財布取られた!?」


 それは色々と不味い上に今日の売り上げが! なんて思って立ち上がってみれば。


 「そうなる前に救い出した。 それから、お前の財布だ」


 そう言って投げ渡される麻袋を慌ててキャッチすれば、結構な重さがズシリと腕に帰ってくる。

 無事だったか、私の銀貨達。


 「では、俺は帰る。 もう今日は外に出るな、鍵を掛けろ。 いいな?」


 それだけ言って出て行こうとする王子。

 えっと、アレ? 結局王子様が助けてくれたって事で良いんだよね?


 「あの! あ、ありがとうございました!」


 慌ててその背中に声を掛けてみれば、彼はその場でピタリと止まり。


 「ゴミ屋敷の守り人……の割には、いくらか片付いているんだな」


 そんな一言だけを残し、さっさと出て行ってしまった。

 あの、なんでそうやって煽ってから去るんですかね。

 クールキャラなのは分かるけどさ、それじゃ嫌味なキャラにしかならないじゃない。

 とかなんとか思えば、わざわざ嫌っている筈の私を助けてくれたりとか。

 何ですか、ツンデレですか貴方は。

 私は乙女ゲーの世界に召喚された記憶は無いんですが。

 むしろそういうゲームやったこと無いし。


 「はぁ……寝よ」


 結局詳しい状況説明してくれる人も居なくなっちゃったし、眠っている間の記憶とか探れる筈もないし。

 なので、寝る。

 今日の売り上げを大事に大事に抱きしめながら、私はベッドの中で丸くなったのであった。


 ――――


 「おはようございます、アオイさん」


 「……あい、おはようございます」


 翌日、目を覚ませば。

 今度は目の前にお姫様が立っていた。

 昨日から良く王族の人達と会うな、なんてのんびりと考えていると。


 「何故私が貴女の部屋に居るか、わかりますか?」


 口元をピクピクさせながら、王女様が可愛らしい顔に似合わない青筋を立てていらっしゃる。

 あぁ、可愛い子って怒った顔も可愛いんだからズルいよねぇ……とか何とか、ぼんやりと考えながら眠い目を擦りながら口を開く。


 「えっと、宿屋の人に頼んで開けてもらったとか?」


 そう答えた瞬間、プチッて音が聞こえた気がした。

 そして、やけに顔に影を落とした姫様がニコォっと微笑みを浮かべ。


 「鍵が開いていたから、ですよ? お兄様から聞いています。 昨日あんな事があったばかりだというのに、なんでそんなに無警戒なんですか? ねぇアオイさん? もうこの際私が毎度鍵を掛けに来ないと駄目ですか?」


 怖い、笑ってるけど滅茶苦茶怖い。

 小さくて可愛らしいお姫様が、今だけは滅茶苦茶怖い。


 「えぇっと、あの。 昨日は何か凄い疲れちゃってて、忘れたと言いますか……というか、昨日の事と言われてもあまり覚えていないというか……」


 「お兄様から状況の説明は?」


 「薬がどうとか言っていましたが、詳しくは……」


 ベッドの端まで寄って、姫様から距離を取っていると。

 彼女はスゥゥゥハァァァァァ……と盛大にため息を吐いておられる。

 その数秒後。


 「お兄様! 近くにいらっしゃいますよね!? 今すぐ! 出て来て下さいませ!」


 「呼んだか?」


 「はいぃ!?」


 姫様が大声を上げた瞬間、今度は王子様が窓からヌッと現れたんだが。

 そして私、窓も閉め忘れていたご様子。

 やっば、これもまた怒られる要因になってしまう。

 あと、王族の人達私の部屋に集まり過ぎじゃありませんかね?

 なんて事を思った瞬間、お姫様は兄上である彼を思いっきり蹴っ飛ばした。

 窓に足を掛けている状態だった彼に対して、見事なまでのライダーキック。

 そんな事をすれば当然王子様は外に向かって吹っ飛んでいく訳で、私の部屋は宿の三階に位置している訳でして。


 「ちょぉぉ!? お姫様何をしてらっしゃる!?」


 「大丈夫です、お兄様はコレくらいで死にませんから」


 「そういう問題!? いや死なないのも凄いけど、怪我くらいするでしょう!?」


 とかなんとか、叫び声を上げている内に。


 「痛いじゃないか」


 「ホラ、この通り」


 ヌッと再び窓から王子様が登場した。

 何この人達、行動力があり過ぎて怖いんですけど。

 あと蹴っ飛ばされて落っこちて、普通に「痛いじゃないか」で帰って来ないで下さい。

 貴方だけギャグマンガの人間か何かに見えてくるので。


 「それで、何の用だ?」


 「お兄様、先日状況の詳しい説明をせずに帰ったそうですね?」


 「必要だったか?」


 「当たり前でしょうが! 本人は眠っていたのですよ!? ちゃんと教えて上げないから、ドアも窓も開けっぱなしで眠っちゃうのですよこの人は! 自衛意識を高める為には、どれだけ危険だったのかを教えて上げないといけないのですよ!」


 「そうか、気を付ける」


 「そうしてください!」


 「では、戻る」


 やけに短い返事だけを残して、王子様は窓の外へと落下していった。

 何処から突っ込め良いのだろうか?

 お兄さんの異常な身体能力? それとも姫様の私に対する評価?

 いや、後半は全面的に私が悪いので何も言えない訳なんだけども。


 「さて、アオイさん」


 「……はい」


 再び、怖い雰囲気のお姫様がこちらに向き直った。


 「御説教です」


 「……あい」


 この世界で初の売り上げを出した次の日の朝。

 私はずっと年下の女の子の前で正座し、ひたすらに怒られるのであった。

 情け無いったらありゃしない。

 こんな異世界主人公いないよ。

 あ、私は脇役というかモブでしたね。

 異世界に来ても、目立たない所で地道に生きていくしかない人種でしたね。

 色々と泣きたくなりながら、私はひたすらに姫様から厳しいお説教を貰うのであった。


 ――――


 「はぁ……本当に大変だったんだねぇ」


 「全く、女性が一人で酒場に入るのは今後控えて下さいね? そうでなくとも、貴女の見た目は目を引くんですから」


 「超絶美少女にそんな事を言われる日が来るとはねぇ」


 「あのですね? 貴女の周りの男性陣……主に王族ですけど。 それらがボンクラなだけで、そこらを一人でフラフラしていれば普通に声を掛けられますからね? 長い黒髪や美しい黒目も珍しいですし、年齢よりずっと若く見られる見た目。 これだけでも、またおかしな事を考える連中は次々出て来るでしょう」


 「そんなに褒められる外見はしてないんだけどねぇ……若く見られるっていうのは、日本人特有のアレだと思うし」


 「何にせよ、もっと警戒してください」


 未だチクチクとお小言を繰り返す姫様が、羊毛フェルトをチクチクしていく。

 なんでも見ていて興味が湧いてしまったらしく、“こちら側”に持って来られた少ない針などを貸してみた訳だが。

 結構器用なのか、今の所危なげなく作業を続けている。

 そんな中昨日の説明を聞いたけども、結構ガチでヤバ目な事案だったらしい。

 王子様が助けてくれなかったら、私は奴隷として売られていたかもしれないとの事。

 怖いねぇ、異世界。

 とはいえ、姫様のお願いで王子が警護してくれていたらしい。

 いいのか、そんな事に王子使って。

 兵士の一人や二人を付けるってのなら、百歩譲って理解出来るとしよう。

 でも、王子が警護って何よ。

 私そこまでされる偉人でも何でも無いんだけど。

 というか、良くそんなお願い聞いてくれたな王子様。

 忙しくないのか? それとも重度のシスコンなのかもしれない。


 「はぁ……今度ちゃんとお礼言っておかないと」


 「え? 昨日伝えたのではないのですか? 本人もウキウキしていましたよ?」


 「はい?」


 あの無表情で逐一ボソッと嫌味を放つ王子がウキウキ……だと?

 それってどんな状況だ? 全く想像出来ないんだが。


 「助けて部屋まで送ったら、ありがとうと言って貰えたって。 随分と機嫌が良さそうな様子でしたけど」


 「え、全くそんな様子見せなかったけど……」


 「お兄様は絶望的なまでに言葉選びが下手くそな上に人見知り、そして表情筋が死んでいるので」


 「あ、そう……」


 あの人、マジで謎だ。

 なんて事を考えながらプスプスと針を動かしてぬいぐるみを製作している姫様の方から「いたっ」という小さな声が聞こえて来た。

 顔を向けてみれば、眉を顰めながら指先を咥えているお姫様。

 どうやら針で指を刺してしまったらしい。

 羊毛フェルトあるある、と言える事例ではある訳だが。


 「あらら、ちょっと待ってくださいね。 絆創膏絆創膏……って、“こっち側”にある訳ないか。 今布か何か――」


 ――コトン。


 机の上から、やけに軽い音が響いた。

 作業中の為確かに机の上には色々と広がっているが、そんな軽い音がする様な物品を置いたつもりは無かったのだが。

 はて? とそちらに視線を向けてみれば。

 そこには。


 「あ、アオイさん? それは……なんですか?」


 「は? え? なんで……」


 机の上には、いつも私が使っていた絆創膏が箱の状態で転がっていた。

 コッチの世界には絶対無いと思われる、“向こう側”の物品。

 しかも、箱にはちゃんと日本語で“バンドエイド”と書かれ、見慣れたイラストも描かれている。

 マジで、私が普段使っていた物と全く同じ。

 え? あれ? コイツもまさか“召喚”されたとか?

 いや、そんな馬鹿な。

 恐る恐る箱を開けてみれば、やはりそこには見なれた絆創膏が。

 とりあえず姫様の指に巻きつけようとした所で。


 「あ、消毒液……」


 ――コトン。


 マジか。

 思わず、目を疑った。

 やはり机の上には、私の見慣れた消毒液のボトルが転がっている。

 コレは、えっと……どう考えれば良いの?


 「もしかして“称号”から獲られる“無属性魔法”? 凄い、凄いです! 貴女はもしかしたら、“異世界”の物品を取り寄せられるのかもしれません!」


 なにやら姫様が興奮した様子で私の手を掴んでくるが、あれ? なんかやけに姫様の体温が高い様な?

 もしかして風邪ですか? なんて、声を掛けようとしたその瞬間。

 視界がブレ、足元が不安定になった。


 「アオイさん!? 大丈夫ですか!? アオイさん!?」


 あぁ、姫様の体温が高かったのではなく私の体温が下がっていたのか。

 そんな事を考えていく内に、どんどんと視界は暗くなっていく。

 頭の中がぐわんぐわんして、気持ち悪くて。

 まるで酷い二日酔いにでもなった様な感覚。

 おかしいな、昨日数杯飲んだくらいでこんなに酔っぱらう事なんて無いはずなのに。

 なんて考えながら、私の意識は闇の中へと堕ちていくのであった。

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