第3話 口の悪い王子
「ヘイラッシャイ! 安いよ安いよ!」
お姫様と王妃様の襲来後、私は羊毛を買い漁った。
王族から貰ったお小遣いで。
本当に申し訳ねぇ。
「なんだアレ……ぬいぐるみ?」
「にしてはずいぶんとモコモコしてるっつぅか……」
周りから怪訝な瞳を向けられようとも、知った事か。
私はコレを売らなければ死ぬ、生活費的な意味で。
そんな心境で露店を出してみた訳だが。
今の所、お客さんは0。
ま、ですよね。
異世界、そんなに甘く無いですよね。
ちなみに着色は全く問題なし、普通にお店で着色までしてくれた。
凄いね異世界。
今までに多くの”異世界人”を呼んでいるらしく、結構色々と見知ったモノとかあるし。
という訳で様々な色に染まった羊毛を作り、さらには大量にぬいぐるみを製作する。
そりゃもう大変だったさ、ひたすらチクチクするのだもの。
露店に出す品物を作るだけも、一か月程度かかってしまった。
だがしかし、そのお陰で露店には大漁のぬいぐるみが並んでいる訳だが。
「はぁ……はぁ……お一つずつくださいな」
「毎度あり! って、えぇ……王妃様、なにやってるんですか」
頭から膝くらいまですっぽりと隠すローブを身に纏いながら、やけに息の荒い王妃様が齧りつく様に商品を眺めて居た。
わざわざ店を出す日を狙ってきたのかなこの人……。
そんな事を思いながらも、一種類ずつぬいぐるみを彼女の前に並べる。
ライオン、虎、チーター。
男の子に受けそうなクワガタ、カマキリ、バッタ。
その他諸々。
別に繋がりに意味は無いんだ、本当だよ?
という事で、王妃様の前にぬいぐるみを並べてみれば。
「支払いはこちらで」
「はい、お預り……って白金貨!? 王妃様もう少し細かいの無いんですか!?」
「お釣りは要りませんわ! むしろもっと出しますわ!」
「そういう訳にはいかないでしょうが!」
なんてやり取りをしている内に、視界の端から兵士達が土煙を上げながら走ってくるのが見えた。
「王妃様! いけません! お出かけになる際には我々にお声掛けを……あぁ駄目だ! いつもの病気が発動している! 各員、王妃様を確保して王宮へと戻るぞ!」
隊長さんだろうか? 一人の兵士が大声を上げれば、周りの兵士達が王妃様を取り押さえて連行していく。
それはもう、目の前で盗人が捕まったかのような勢いで。
「は、放しなさい! まだ商品も受け取っていない上に支払いも!」
「我々が払っておきますから! 貴女は城内へと御戻り下さいませ! お願いしますから!」
あぁぁぁ~! とういう悲鳴を残し、王妃様は連行されていった。
なんだろう、この国。
気に入ってもらったのは嬉しいけどさ、王妃様アレで大丈夫?
なんて、呆れた視線を向けていれば。
「すみません、こちらを一種類ずつお願いします。 おいくらほどになりますでしょうか?」
「え、あ、はい」
その場に残った隊長さん? が麻袋を開いて、中から金貨を数枚取り出して来る。
ソレを見て慌ててお財布に戻す様に促すと、隊長さんは不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。
「そんなに高くありませんから……お願いですから、白金貨とか金貨とかチラつかせないで下さい……」
この世界の通貨、意外にも結構覚えやすかった。
白金貨、金貨、銀貨、半銀貨、銅貨、半銅貨、鉄貨、半鉄貨。
それ以上の物も存在するが、普通に生きていく上で眼にするのはコレらが全てだと思って良いそうな。
最初から“日本円”に換算すると百万、十万、一万、五千、千、五百、百、五十。
それ以下は殆ど物々交換になるそうです。
凄いね、旨〇棒買う時には物々交換になってしまうらしい。
そんな訳で、隊長さんが差し出してきたのは10万円。
はい、そんなに高価じゃないです。
ましてや王妃様が出してきたのは100万。
おかしいでしょ、普通ぬいぐるみに100万出さんて。
「一つ2千円……じゃなかった銅貨2枚程度ですから……」
「はい?」
「はい、とは?」
ふるふると震える隊長さんは随分と険しい顔でチョイチョイと手招きし、私の耳元に顔を近づけた。
そして。
「今すぐ値段を変える事をお勧めいたします。 せめて、本当に安くても銀貨一枚程度に……他の店から眼を付けられるならまだしも、目の敵にされたら……それこそ厄介です」
なんか、すんごい事仰っているんですが。
「いや、でもぬいぐるみなんて子供か女性が欲しがるくらいですし。 あんまり高くしても……」
「縫い目も無い、鮮やかな色合いの“ぬいぐるみ”が、そこらの店より安いとなれば問題になります。 私にも娘が居ますが、いつもねだられる品物はコチラの倍以上の値が張りますよ? それに、完成度としては貴女の作った物の方が数段上だ」
「マジですか?」
「えぇ、なので今すぐに変えた方が良いかと。 銀貨一枚程に。 騙されたと思って今日一日その金額で売ってみて下さい。 多分、完売します」
「ういっす」
そんな訳で、値段表を書き換える事になった。
本当にコレで売れるのだろうか? もし売れなかったら隊長さんに買い取ってもらおう。
そんな事を思いながらポップを書き直し、店の目立つところに置いてみれば。
「すみません、その値段でもう1セット。 娘にもお土産を……」
「ま、毎度ありぃ……」
最初のお客さんは、厳つい顔をした兵士の隊長さんでした。
――――
「いやぁ……マジか。 売れるもんだねぇ」
麻袋に詰められた銀貨の数々を見ながら、思わずほくそ笑む。
完売ですよ、マジかよ。
隊長さんが去った後、私の店には結構な人だかりが出来た。
王妃様でも見に来たって影響も有るのだろうが、大繁盛だったと言えるだろう。
“向こう側”だったら、多分売れ残っていただろう品物の数々。
ピンキリで言えば、真ん中くらい……と、思いたい所だが。
どちらかと言えば下の部類に入るだろうクオリティ。
だというのに、珍しいからというだけで皆買ってくれた。
掌サイズのぬいぐるみに、銀貨一枚。
つまり一万円も払ってくれたのだ。
そりゃもう口元が吊り上がって仕方がない。
だってこんなに売れた事ないんだもの。
嬉しくない筈がない。
「お待たせしましたぁ」
「おかわり!」
そう言って運ばれて来たお酒に、すぐさま手を付け一気飲み。
今日の私は、機嫌が良いのだ。
若干店員には変な目で見られたが、それでもだ。
本日の朝にはほぼ空っぽだったお財布に、今ではとんでもないお金が入っている。
これでテンションの上がらない奴が居るんだったら出て来てみろ、私はテンションが上がるぞ。
なんて事を思いながら運ばれて来た料理を眺め、そしておかわりのお酒も一気に飲み干した。
やばい、美味しい。
こんなにも美味しくご飯を頂けたのは、いつぶりだろうか?
やはり自身で稼いだお金で飲むお酒や料理は一味違う。
そんな事を思いながら、一人宴会を繰り広げていると。
「お姉さん、一人なの? 一緒に呑まない?」
「おぉ、珍しい髪色だね? それに眼の色も。 結構若そうだけど、成人してるんでしょ? 一緒に飲もうよ?」
居酒屋に入った私に、そんな声を掛けてくる男性が二人。
正直、こんな経験初めてなのだが。
ナンパ? これってナンパなのだろう?
なんて事を思いながら、ふにゃっと笑みを浮かべておく。
とはいえ、アレ? 私が入った所、個室だったような気がするんだけど。
普通わざわざこんな所にまでナンパしにくる?
とかなんとか思っていると、視界が歪んだ。
「えぇっと、どちら様ですかね?」
もはや自分でも良く分からなくなって来て、取りあえず笑顔で対応してみるも体はフラフラと揺れ動く。
「おい、大丈夫そうだ。 いけるぜ」
「財布だけじゃなくて、本人でも楽しめそうだなオイ」
「……はい?」
はて、と首を傾げる私を二人は急に担いで走り出した。
それこそ、店員さんをなぎ倒す勢いで。
あ、あれ? ちょっと待って、私まだお会計してない……。
なんて思考を最後に、私の意識は夢の中に落ちていった。
あぁ、やば。
嬉しくて変な飲み方しちゃったけど、ここ最近ろくにお酒飲んでなかった。
ソレが不味かったのかな?
とか何とか思っている内に、プツリと記憶が途切れるのであった。
――――
「おい、財布の中にどれくらいあったんだよ?」
「やべぇって、コイツ。 一日でコレだけ稼いだのか? そこらで働くよりずっと入ってやがるぜ」
そう言って財布を振る仲間は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら中に入っている重そうな銀貨達を覗き込んでいる。
今日は本当に“当たり”だ。
普段は見ない、平民ばかりが足を運ぶ露店が立ち並ぶ通りに足を運んだ。
本当に何となく、気の向くままに。
大して期待はしていなかった、だというのに……居るじゃないか。
“大物”が。
見た事もないぬいぐるみを売りさばき、客足は絶えない。
しかも、皆が支払っている硬貨は銀色の光を放っているのだ。
これはもう、後を付けるしかないだろう。
更に運の良い事に、コイツ護衛も何もつけていない。
夜の街をフラフラと一人で歩き回り、酒場に入っていく始末。
警戒心ってもんがないのか? なんて思ってしまう程、“攫ってくれ”と言わんばかりの無警戒。
だったら、手を出さない方が失礼というモノだろう。
「ほんっと、今日は運が良いぜ。 がっぽり稼げる上に、攫って来たのはかなりの上物。 コイツを売り払ったら、一体いくらになるんだろうな?」
「コイツも次目が覚めた時、奴隷商の檻の中とは思わないだろうな」
奴隷。
それはこの世界に溢れている。
借金を返せなくなったもの、犯罪者。
その他“違法奴隷”と呼ばれる、これからのコイツみたいな存在などなど。
この世界では、人はそこら中で売られている。
だからこそ、“売る”人間も後を絶たない訳だが。
そう、俺達みたいに。
「珍しい黒髪黒目、しかも見た目は成人してないんじゃないかって程に幼い。 こりゃ髙く売れるぜ……」
「居酒屋でも気を付けた方が良いぜ嬢ちゃん。 俺らみたいな、悪い奴らが居るかもしれないからな。 もしかしたら酒に何か入っているかもしれねぇしなぁ?」
俺達はそんな事を言いながら、未だ眠りこける整った顔の女に手を伸ばす。
酒を飲んでいたから成人はしている、と思う。
なんて思ってしまうくらいに、幼く見える見た目。
何処の生まれなんだか、そういう種族なんだか。
体つきは結構しっかりしているくせに、顔だけは周りの女と比べれば随分と若い。
黒く真っすぐな髪は、サラサラと風に流れる程軽く。
眠っているその顔はお伽噺に出てくる幼いお姫様の様。
ソレを俺達は、これから好きに出来るのだ。
思わず涎が出そうなその気持ちを抑えながら、彼女の衣服に手を触れたその瞬間。
“手首”が落ちた。
「……は?」
本当に、ポロッと。
机に置いたリンゴが床に落ちるみたいに。
それくらい自然に、俺の右手首が床に落ちたのだ。
ボトッ、と鈍い音を立てて。
「“ソレ”に触るな、妹のお気に入りだ」
そんな声が聞こえて来たかと思えば、手首から先を失った俺の腕は盛大に出血し始めた。
血液は当然目の前の女を汚し、更には耐えがたい苦痛が襲ってくる。
「あぁぁぁぁ!」
「煩い、お前達を拘束する。 法の下で罪を償え」
なんて台詞が聞こえて来たと想えば、今度は相棒の足首が吹っ飛んだ。
やべぇ、これはやべぇ!
相当手練れな魔術師か、魔法剣士だ。
詠唱の一つも聞えず、これほどの魔法を連発している。
間違いなく、勝てる存在ではない。
「た、助け……」
「助けを請うのか? お前達は、その言葉を発する手段すら奪って相手を蹂躙しようとしたのにか? 随分と、身勝手な話だ」
声と共に、光が襲って来た。
何処までも細く、鋭い輝き。
ソレが通り過ぎたかと思えば、俺達の両手首と足首は両断された。
一瞬遅れて来るとさえ思える焼ける様な痛みに、思わず悲鳴を上げてみれば。
「ソレがお前達の罪だ。 残りは牢の中か、働いて返せ」
それだけ言って、彼は俺達の攫って来た女を抱き上げた。
本当に大切な、それこそ宝物に触るかのような慎重さで。
あぁ、なるほど。
俺達は、手を出しちゃいけない相手に手を出したのか。
なんたって、俺の眼の前に居るのは。
「すぐに兵達が来る。 だから、“コレ”は返してもらうぞ」
流れる様な金髪に、目を奪われそうな青い瞳。
そしてこの強さと、“光”の魔法。
間違いなく、この国の王子。
彼の“お気に入り”に、俺たちは運悪く手を出してしまった訳だ。
「は、ははっ! ふざけんなよ! そんな重要人物なら常に周りに兵士でも囲っておけよ! そしたら、俺達だって――」
「何を言っている?」
首を傾げながら、王子がこちらを振り返った。
その背後からは、国の兵と思われる鎧の集団が駆け寄って来る。
随分とまぁ、対処が早い事だ。
そんな事を思っていれば。
「常に周囲に潜んでいたではないか。 アレで気づかなかったのか?」
やけに呆れた表情を浮かべる王子に、思わずポカンと間抜け面を晒してしまった。
あぁ、なるほど。
本当に間抜けでバカだったのは、俺達だったのか。
守護する存在が見守る中、堂々と誘拐なんぞしてしまったのが俺達なのか。
ハハハ……笑える、本気で笑える。
まるでピエロじゃないか。
この茶番に登場する悪役。
たった数秒登場する悪役を演じ、俺たちは一生を掛けて償う様な罰を貰うのか。
ほんと、もう……厄日としか言いようが無い。
「そいつは……一体何なんだ?」
最後に、ポツリと言葉を洩らしてみれば。
「しらん。 妹のお気に入りだ」
俺の望んだ様な恰好の良いセリフや内容は、返って来てくれなかったのであった。
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