英雄のスペクトル【毎週 月水金 21時更新】

古海亜忍

第1話 カラフル


 緑が生い茂る森から1羽の青い鳥が飛び立った。辺りを赤く染める夕焼けを背に、鳥は悠々と空を駆けていく。


 やがて日は落ち、鳥は黒一色の闇から逃れるようにして、白い光が漏れる酒場の屋根に腰を下ろすと一息つくようにさえずった。




「アオライ!注文だ!」


 酒場のカウンターに立つ少し日焼けした顔の少年、ムラサキはまだ幼さが残る声を張り上げた。


「なんだよ、今忙しいっての!」

 奥の小さなベットスペースで老人にマッサージをしている彼、アオライはそう叫ぶとついその手に力が入ってしまった。


「あいたたた!!」


「あ!ごめんごめん!」


 アオライは老人の体からパッと手を離した。


「かまわんよアオライ。それより最後に"アレ"をやってくれんか?」

 老人は振り向くとニヤリと笑った。



「ったく……しょうがねぇなあ」


 アオライが老人の腰に両手を当てるとその瞬間、微弱な電気が老人の身体へと流れ込んだ。

 周りにそういった機械の類は無い、その電気は完全にアオライ自身から生み出されているものだ。


「やっぱりこれが一番効くの〜」

 老人は恍惚こうこつとした表情を浮かべて言った。



「はい終わり!はよ帰って寝ろ!」

 アオライはそう言うと疲れた様子で椅子に座った。


「アオライ注文溜まってるぞー!ビール7杯だ!!」

 ムラサキが間髪かんぱつ入れずに呼びかける。



「ちくしょう、こんなの体が2つ無いとやってらんねえよ〜!」


 アオライは慌ててカウンターへ走って行った。


 テーブルを囲む中年の男衆おとこしゅうはそんなアオライを見ながら

「まるで王様と家来だな!!」

 と酒を酌み交わしながらバカ笑いしている。




 山々に囲まれた自然豊かな場所に位置する

ここ、ラカロイ村は村民が100人にも満たない程の小さな集落。


 この酒場も表向きでは村に訪れた旅人を歓迎するためのオアシスとして運営される予定だったのだが、予想に反して人が全く立ち寄らないので昼は村の老人たちの憩いの場、夜は仕事を終えた人々の宴会場となっている。



「全く……いつからここはオッサン共の溜まり場になったんだよ」

 アオライはビールがなみなみ注がれたジョッキをトレーへ載せながら、ため息をついた。


「そう言うなよ、みんな良い人達だ」

 ムラサキは活気付く酒場を眺め笑っている。


「まあな」

 アオライはトレーを手に持つとカウンターから歩き出した。



 その時、突然酒場の扉が勢い良く蹴り破られ、そこからスキンヘッドの男が大きな体躯たいくを現した。

 さっきまで馬鹿騒ぎをしていた村民たちは水を打ったように静かになり男の方を見やる。



「やっと辿り着いたぞ!ここがラカロイ村か!!」


 男はそう叫び、酒場を右から左へ舐めるように眺めると、正面奥のカウンターに立つムラサキを見た。


 続けて扉から黒い衣服を身にまとった男たちが店内の客を威圧しながら中に入り、彼の後ろに並ぶ。


「グリド様、本当にこんな所に宝が……?」

 その内の1人がスキンヘッドの男、グリドに耳打ちした。


「フン……」


 グリドは奥の方へとズカズカ歩くと、カウンター越しにムラサキの襟首を掴み、

「おい、クソガキ。この村にある宝とやらを持ってこい」

 と睨みながら言った。


 その強面の顔の右半分には大きなタトゥーが刻まれており、男の威圧感を更に助長している。



「こんばんは」

 ムラサキはモグモグと口内の食べ物を咀嚼そしゃくしながら挨拶をした。


「……!」

 グリドは苛立ち頭の上に太い血管を浮き上がらせると、そのままムラサキの首を掴む手の力を強めた。



 その時

「うわ!なんだてめえは!!」


 背後からの部下たちの声にグリドはハッとし、後ろを振り向いた。

 見ると10人いる部下全員が、まるで土砂降りの雨にでも打たれたようにずぶ濡れになっている。


「この銀髪野郎がいきなり俺たちに酒をかけてきやがったんだ!」

 その10人の中でも特に若い男がアオライを指差して叫んだ。


「やだなぁ、つい手がツルッと滑っちゃっただけだよ。ゴメンね」


 アオライは口では謝っているものの、顔には全く反省の色が見えない。


 そしてまだ首を掴まれているムラサキは

「アオライ、ジョッキは大丈夫?」

 と平然とした表情で言った。


「心配ご無用」


 アオライがふざけたポーズを決めながら持つトレーには空のジョッキが7杯、しっかりと載っている。


「……俺見たんだけど」

 グリドの部下の1人、小太りな男がつぶやいた。


「こいつ、俺たちに酒をかけたときに宙に浮いた大量のジョッキをすげえ速さでキャッチしていたんだよ……」


 ずぶ濡れの男たちは信じられないと言うような表情を浮かべて互いに顔を見合わせた。



 するとその中の背の高い男が

「大したことねえ、ただの器用なガキだろ」

 とアオライの前へと詰め寄った。


 180cmあるアオライよりも少し高く、逆立てた髪の毛のせいでその差はさらに大きく見える。


「やめといたほうがいいよ」

 アオライは笑っている。


「そうだやめろ!酒場が滅茶苦茶になったらどうすんだ!」

 ムラサキは手足をジタバタさせながら叫んだ。


「そっちかよ……」

 アオライがそう言うと同時に、


「よそ見してんじゃねえ!!」

 逆立った髪の男がアオライに向かって殴りかかる。


「はぁ……」

 アオライは目の前に迫る拳を眺めながらため息を吐いた。



「ハエが止まるぜ」



 アオライは頭を右に少し傾け、すんでの所で攻撃をかわすと、男に向かって嘲笑あざわらうかのような笑みを浮かべた。

 そしてそのままフォロースルーを終えた男の腕、がら空きの胸と腹をトントントンとリズム良く指で突く。



「……!?」

 男は信じられないと言う表情を浮かべる。

 それも当然。彼の体はもう思うように動かせなくなっているのだ。


「毎日人をマッサージしてるとね、不思議と神経のツボが分かるようになるんだ」


 アオライはジョッキの載ったトレーを近くのテーブルに置くと、おもむろにシャツの袖をまくった。


「こいつみたいになりたかったら、来いよ」


 連中は出来の悪いマネキンのようになった男を見やると、たじろぎながら後ずさった。



「何をうだうだやってんだてめぇら」


 グリドはそう威圧するように吐き捨て、アオライらの方へと歩き出した。


 一方、ムラサキはというと首締めからようやく解放され、くたびれた様子でカウンターへと前のめりに体を預けている。



「あんたらさ、どこの回しもん?」

 アオライは目の前に迫るグリドに対して質問した。


「あぁ?」


「最近多いんだよ、この村に変な考えを持ってやって来る奴が」


 アオライは続けて

「やれ資源がどうとか宝があるとか訳の分かんねえこと言ってくるんだけど、どれも共通するのはただのチンピラじゃないってこと」



「妙に組織立ってるんだよ、あんたらもね」



 グリドは顔をしかめた。


「あんたがボス?それとももっと上がいるの?」

 アオライが鋭い視線を向ける。


「お前ら……」

 グリドはアオライの質問を無視して部下を睨んだ。



「このガキ殺して酒場も村も全部ぶっ壊せ!!!」



 グリドがそう叫ぶと部下は各々武器を取り出し、アオライを取り囲んだ。


「……」

 アオライは何も言わず、バチバチと右手に電気を走らせ始める。




「おい」



 カウンターからの声に一同が振り返る。



を殺して、を壊すって?」


 ムラサキが怒りの表情を浮かべながらゆっくりとグリドの方へ歩き出した。



「なんだチビ、お前も殺されたいのか?」


 グリドは両手の指の骨を鳴らしながら、ムラサキを見下ろした。

 一方のムラサキは毅然きぜんとした表情でグリドを見上げている。



 両者が睨み合う数秒の沈黙ちんもくの後


「潰してやるぞこの虫ケラぁぁ!!!!!」


 とグリドがその巨大な拳を勢い良く振り下ろし、ムラサキの顔へとぶつけた。



「……ッ!ぐわああああぁぁッッ!!!」


 痛々しい叫び声が酒場に響く。



 だが、その声の主は攻撃を受けたムラサキでは無く、殴りかかったグリドの方だった。



「てめぇ……一体何を」

 グリドの右手は一目で分かるほど変色し腫れ上がっている。



「硬てぇだろ、おれ」

 ムラサキは不敵に笑った。


 グリドの拳を受けたであろう額の部分は、紫色に輝く宝石のような物体に変化している。



 グリドは変化したムラサキを見ると驚いた表情を浮かべ、

「ハァハァ……お前みたいなガキが特色スペクトルを持ってんのか……」

 と言った。


 右手の変色は進み、奇しくもムラサキの額の宝石と同じ紫色になっている。



「なんだそれ?」

 ムラサキは額の宝石化を解き、首をかしげた。


「俺も……」

 グリドはおもむろに腰に携えていた銃を手に取る。



「俺もその力があれば!!!!」


 グリドはそう叫ぶと撃鉄を引き、銃口をムラサキへと向けた。



「そんなもん怖くねえ!」

 ムラサキは右手を宝石化させながら、素早く上体を下げ、そのままグリドのふところへと移動する。


「なっ……!」



「おれのは痛えぞ??」

 ムラサキは笑いながら、硬く拳を握り締めた。



紫の弾丸アメジストパンチ!!!!」



 ムラサキが放った突き上げるような拳はグリドの顎を砕き、その巨体を数秒宙へと浮かび上がらせた。



「ここにいる皆も、この村も」


「おれが守る!!!」



 グリドの体が床へ落ちると同時に、

 店内からは歓声が沸き起こった。



「やるじゃん」


 笑いながら拍手を送るアオライの周りには、グリドの部下が1人残らず倒れており、各々苦しそうにうめき声を上げている。



「う……くそがぁ……」


 ムラサキは床につっ付したまま動けずにいるグリドに詰め寄り、襟首を掴むと

「扉の修理代、ビール7杯分の料金、その他迷惑料……」


「金、払ってけ」

 と至近距離で凄んだ。



「アオライ!そこに倒れてる連中の荷物も全部漁って、金をかき集めてくれ!遠慮はいらん!」


「はいはい」


 アオライは倒れている男たちの荷物をまさぐりながら、あいつ、金のことになると目の色変わるなぁ。と半ば引き気味に思った。




 すると

「やれやれ、やっと終わったか」


 と角の席に座っていた老人が酒瓶を口に含みながら立ち上がった。


 その白い髪や伸びた髭からかなりの歳であることがうかがえるが、顔つきのたくましさと服の上からでも分かるほどの強靭な肉体が彼の凄みを体現している。



「何だよ、村の一大事に村長はただ傍観ぼうかんってか?」

 アオライが皮肉を交えて言った。



 ラカロイ村の村長である彼、ジョーグンはニヤリと笑いながら、床に倒れているグリドの一団に近づくと


「邪魔じゃ貴様らーー!!!!」


 と男たちをお手玉のように軽々と酒場の外へ放り投げていった。


「こりゃ相当酔ってんな……」

 とアオライは頭を抱える。



 さらにジョーグンは続けて、

「いきなりだが今日は閉店だ!!!

 お前らも、さあ!帰った帰ったぁ!!」

 と手を叩いた。


 先ほどまで盛り上がっていた村人たちは、水を差されたような面持ちで各々文句を垂れながら店から出て行った。




「何だよジョーグン、いきなり皆を追い出したりして」

 ムラサキはがらんとした店内を眺めながら不満げな表情を浮かべている。


「フッ……」

 ジョーグンは顎髭を触りながら小さく笑った。


「ムラサキ、アオライ、そこに座れ」


 ジョーグンは近くのテーブル席を指差した。


「なんなんだよ……」

 アオライとムラサキは渋々ながら言いつけに従い、椅子に座る。


 続けて、ジョーグンも2人の正面にゆっくりと腰を下ろすと、手に持った酒瓶の中身を飲み干し、机に勢いよく置いた。



「お前たち、明日から旅に出ろ」



 ジョーグンが放った思いもよらぬ一言に、

 ムラサキとアオライは呆気あっけに取られたような表情を浮かべた。



「ちょ、ちょっと待ってくれよ、いきなりすぎるだろ!」

 アオライが勢いよく立ち上がる。


「ムラサキ、昨日はお前の誕生日だったな」


 ジョーグンの問いにムラサキは大きな目をまん丸にしながらただ頷いた。


「二人とももう16だ、ここらで一つ村を出て、世界を見て回ってこい」



 酒場の窓には水滴が1つ、また1つと落ちていく、どうやら雨が降り出したようだ。



「でも……俺、守らなきゃ」

 ムラサキは神妙な面持ちでうつむいている。



「心配するな、村の事はワシに任せろ」


「酔っ払いに任せられるか」

 アオライが即座に突っ込む。


「それにな」

 ジョーグンは言葉を続けた。


「連中にアオライが言っていた通り、最近この村に来るゴロツキ共は皆、1つの組織を母体として活動していると思われる」


「……」

 アオライは席に座り直すと腕を組み、

 静かにジョーグンの言葉へ耳を傾けた。


「そういえば、あいつが言ってた"宝"って何のこと?」

 ムラサキは身を乗り出してジョーグンに尋ねる。


「この村に宝なんかあるわけないじゃろ。

誰かが連中に嘘を吹き込んで意図的にここを狙わせたんじゃ」


 ジョーグンがそう言うと、ムラサキとアオライの表情は険しいものに変わった。



「……とはいえ、ここに来る奴らをいちいち倒しててもキリがない。だから旅の中でついでにその大元の組織のことを調べて、それからまた帰ってこい」


「それがこの村を守る最善の手段じゃないのか?」

 ジョーグンの問いかけにムラサキはハッとした表情を浮かべた。



「お前達の力があれば出来るはずだ。なにせこのワシが育てたからな」

 ジョーグンは小さく笑った。



「分かった!!!」

 ムラサキは意を決した表情で立ち上がった。


 ジョーグンはその反応を受け微笑むと、

 次にアオライへ視線を送った。


「……分かったよ、そもそもこいつは俺がいなきゃ何しでかすか分かんねえからな」


 アオライは頭の後ろで手を組み、仕方なさげに言った。



「よし、それじゃもう明日に備えて寝ろ

ワシはここでもう1杯飲んでいく」


 ジョーグンは鼻歌を歌いながら棚の酒瓶を取り出し酒盛りを始めた。



「ったく、このジジイは……」

 アオライは呆れた様子で酒場の2階へと上がっていった。


「ジョーグン、体には気をつけなよ」


 ムラサキの言葉にジョーグンは目を細めると、その頭をくしゃっと撫でた。




 そして夜が更けた頃、ジョーグンは独り窓の側に立ち、雨を眺めていた。


「あの時も雨だったか……」


 ジョーグンの記憶は過去へさかのぼった。



 ◆◇◆◇



 雨が降りしきる森の中。

 ジョーグンは息が絶え絶えになった若い女の肩を抱いていた。側には2人の赤子が布に包まれ、雨の当たらない場所でスヤスヤと眠っている。


「しっかりしろ!!」


 女はジョーグンの呼びかけに対して、閉じかけていた眼を開けるとぎこちなく笑った。

 彼女の命はもはや風前ふうぜんともしびになりつつあるようだ。


「ジョーグンさん……この子たちを……頼みます」


 女は優しい瞳で赤子たちを見つめた。

 だが次の瞬間口から血を流し、苦しそうに顔をゆがめる。


「……ダメだ!子供たちにはあなたが、母親がいなければ!」



 ジョーグンは必死に呼びかけるが、彼女はもう息をしていなかった。



「…………」


 ジョーグンは眠る2人の赤子をそっと抱いた。

 そしてその顔を見つめ涙を流した。

 彼らを起こさないように、声を押し殺して。



 ◇◆◇◆



 雨の勢いは増し、ムラサキとアオライの寝室に激しい音を立て降り注いでいる。



「なあ、ムラサキ」


 電気の消えた真っ暗な部屋にアオライの声が響いた。


「なんだよ、アオライも眠れないのか?」


「……ああ、なんかいきなりで頭ん中がこんがらがってるっていうか」



 2人は天窓に落ちる雨粒を眺めながら、心臓の鼓動が高まるのを感じていた。


「おれさ、実は」

「ちょっと待て、多分俺も同じだ」

 ムラサキとアオライは顔を見合わせる。



「すっげぇ楽しみになってきた!!!!」


 2人が勢い良く起き上がると同時に、

 部屋をまばゆい光が満たした。

 どうやらどこかに雷が落ちたようだ。



 ◇◆◇◆



 そして翌朝、顔に当たる日光で目を覚ましたアオライは下の酒場がやけに騒がしいことに気が付いた。


「なんだよこんな朝っぱらから……って、えぇ!?」


 階段を降りると、そこには酒場を埋め尽くすほどの村人が宴を開いていた。



「起きたかアオライ!!」


 男衆がアオライに向かって手を上げた、そのテーブルには当然のように空のジョッキがいくつも置かれている。



「は……?」

 アオライはまだ夢を見ているのかと思い頬をつねったが、目の前の光景は紛れもない現実だった。



「今日はお前らの記念すべき日だろ!

 これを祝わねえでどうすんだってんだ!!」

 恰幅かっぷくのいい体格に髭面の男、ヴィンスがアオライの肩を抱いた。


「酒くさ!……って、なんでもう旅のこと知ってるんだよ?」


「ずっと前から知っていたさ、俺たちもな」

 テーブルに静かに座る長髪の男、ワイアッドは酒を飲みながらしんみりとした表情を浮かべている。


「知ってたって……?」


「ジョーグンさんがな。もうあいつらは一人前だから大丈夫だろう。って嬉しそうに話してたよ」



「……」

 アオライは胸に込み上げるものを感じながら、小さく微笑んだ。



「アオライー!飯食べようぜ!!」


 奥から声が響く、

 見るとテーブルいっぱいに並んだ料理を恐ろしい速さで食うムラサキの姿があった。


 アオライはやれやれというように笑うと、


「俺も食うぞー!!残しておけよ!!」

 とテーブル目がけ走り出した。




 昨夜の雷雨がまるで嘘のようにラカロイ村には太陽の光が降り注ぎ、今からまさに旅に立たんとする2人と、その見送りに立つ村人達を照らしていた。



「これが旅の荷物だ」

 ジョーグンはバックパックを2つ、

 ムラサキとアオライに放り投げた。


「ありがと!!」

 ムラサキは無邪気な笑顔でそれを受け取った。


 ジョーグンは続けて

「ここからすぐの親不知おやしらずの森を越えて南に行くと海に出るだろう。そこから何とかして向こう岸の大陸にたどり着けば、陸続きで色々な国が立ち並んでいる」


「頼んだぞ、2人とも」



「……オッケー、ほんじゃあ行ってくるわ」


 アオライは即座に返事すると見送りに立つジョーグンと村人達に、早々と背を向け歩き出した。


「おい、待てよアオライ〜〜!」

 ムラサキもアオライの後を追い、時々村の方に笑顔で振り返って手を振りながら走っていった。



「……」

 ジョーグンは少しずつ遠ざかって行く2人の姿をじっと眺めている。


「行っちゃいましたね、ジョーグンさん」

 ヴィンスがジョーグンの隣に立ち笑った。



「……ジョーグンさん?」


 ジョーグンの目には一瞬きらりと光るものが見えた。



「……アンタも人の親だな」

 ヴィンスはジョーグンの肩に手を置き頷いた。



「……お前たち」


 ジョーグンが低く鋭い声を発した。


「……」

 村人達はその風格ある後ろ姿を眺めながら

 その後に続く言葉を待っている。



「今日は年に一度の大宴だ!!!

 朝から晩まで飲みまくるぞ!!!!」


 そう言い振り返ったジョーグンの顔はかつてない程の満面の笑みだった。



「何だそりゃあ!!!」


 村人達からの総ツッコミにジョーグンはただ

 ガッハッハと笑い、酒場の前へと立った。


「もち、ワシの奢りでな」



「……!!!!」


 その言葉を聞いた村民達は大盛り上がりで

 ジョーグンの後に続き、酒場へと入って行った。




「やっと追いついたぞ!」

 ムラサキは額に汗をかきながら、アオライの肩を掴んだ。


「……あら?」


 見るとアオライは目を手で覆いながら、鼻をすすっている。


「アオライくーん?どうしたんだい??」

 ムラサキはニヤニヤしながらアオライの肩を何回も叩いた。


「やめろよ……!」

 アオライは力無く呟いた。


「……アオライ」

 ムラサキはアオライの肩を抱くと、

 目の前に見える太陽に力強い目線を送った。



「悪の組織だかなんだか知らねえけどよ、

 そんなもんおれ達がぶっ飛ばしてやろうぜ」


「そんでさっさと帰ってくるぞ」

 ムラサキはそう言うと拳をアオライの前に突き出した。


 アオライはムラサキの言葉を受けると、

 目を覆っていた手を外し、ムラサキの拳に拳を突き合わせた。


「……当たり前だろ!」




 そびえ立つ灰色の山の頂には、銀色の雪が冠のようにして積もっている。

 その真上に在る金色の太陽は地上を照らし、世界の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせた。


 ほどなくすると、空には虹が現れ、遥か遠くに見える大陸に向かって大きな橋を架けている。


 二人の少年は肩を組みながら、その虹を見上げていた。


「カラフルだ」


 ムラサキはそう言い大きく笑った。



続く

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