【prologue】episode 5
中庭の奥には訓練用の広場がある。
訓練場の一角では、第一騎士団の訓練が行われていた。
逞しい騎士達の剣の修練を結歌は少しだけ足を止めて見た。
太陽に輝く汗が眩しい。
この汗臭さの中に、時折肩を叩きあったり、笑顔をお互いに向けたりと言うやり取りが良いんだよね。
――――尊い……。
エミリーも一緒に来れたら良かったのに。
それはそうと、えーっと、グランツは……。
第一騎士団と言えばグランツだが、肝心のグランツの姿が見えなかった。
あれ、居ない。
グランツってゲームでは大体どこに居たっけなあ。
んー……。
あ、そうだ。
中庭の東屋でヒロインとお茶してたんだっけ。
ゲームの中なら行き先の選択肢ですぐに移動できるけれど、現実はそうはいかず、中庭をうろうろと歩くと、訓練をしている所から少し離れた所に東屋があり、様々な花や木々が植えられた庭園があった。
手入れされた植木たちは花が見ごろで美しい。
グランツ居ないな。居ないなら仕方ないか。
せっかくだから少しだけでも好感度を上げたいところだったんだけど。
うーんなんだか少しだけゲームと展開が違いそうだわ。
考え事をしながら周りを見渡すと美しい花が目に入る。
そう言えば忙しくてこんなにゆっくりと花を見ることもなかったなあ。
社内合唱も行けてなかったし。
そう思ったらつい口ずさんで歌がこぼれた。
親友と中学高校と合唱部だった。ずいぶん色々な歌を歌ったものだ。
「歌が好きなの?」
……え!?
周りに人が居ないのに声がしてぎょっとした。
見回しても誰も居ない。
「ここだよ」
東屋の裏からヒラヒラと手のひらが見える。
結歌は手のひらの方へ行ってみた。
東屋の影の芝生にグランツが寝転んでいた。
「グランツ……さん」
「グランツで良い」
「何してるんですか?」
「訓練」
「してます?」
「を、見てた」
グランツの指差す方に確かに第一騎士団の訓練が見えた。木陰から。ちらっと。
なるほど、この位置から訓練場が見えるのか。
「参加しないんですか?」
「上官は居ない方がのびのびと訓練できるもんなんだよ」
そしてグランツは自分の横の空いているスペースをポンポンと叩く。
こちらにおいでと言うことだろう。
ふむ。
結歌はすとんと芝生に座ると、えいっと寝転んだ。
その様子に少しグランツは驚いたように目を見開いて、そして細めた。
「キミ変わってるね」
「そう、ですか?」
「年頃の女の子が無防備に男の横に寝転がるもんじゃないだろ?普通は警戒する」
「んー……。こんな白昼堂々と第一騎士団長が小娘を襲えるんですか?」
「まあ、それはしないが」
「ほら、安全でしょ」
それに、
「グランツには私みたいな普通の女子より、もっとこう大人な感じの人が似合いそうですし」
カインとか(ハート)
あー、グランツ×レイシャルトってのもあったな。今一つ少数派だったけど。
攻略キャラ5とレイシャルトが絡むと、グランツが攻略キャラ5にあまり良い顔をしないからそういうジャンルができたけど、インパクト弱かったもんね。
やっぱりグラカイが推しよね!
「油断してると危ないかもだぞ?」
グランツが片肘を地面に付けて寝転んだまま結歌の方を向いた。
これではまるで添い寝だ。
ゲームのヒロインなら頬をピンク色に染める所だろうが、結歌は気にすることなく、第一騎士団を指差した。
「グランツこそ油断してると見つかるよ」
あ、つい精神的に年下だと思うと敬語忘れてしまった。
しまったという結歌の顔色に、グランツは気にする様子はない。
だったらまあ良いかと、
「んー!!それにしても気持ちいい!グランツがここでサボってるのも分かる気がする」
んーっと伸びをして寝転んだまま結歌は青空を見上げた。
きっと連休とかで温泉旅館とか行ったら畳みの上でこんな感じでのんびりするんだろうな。
うん、悪くない。
せっかくだからのんびりもしちゃおう。
そんなことを思ってたら睡魔が。
やっぱり慣れない異世界で疲れてたのだろう、うっかり昼寝を決め込んでしまった結歌であった。
「……」
そんな様子をグランツは唖然と見下ろした。
「俺の隣でぐっすり眠る女の子は初めてだ」
グランツはモテる。外見も外面も良いから割りと女性は寄ってくるのだが、皆、自分を良く見せようと取り繕っているのが伝わってくるから辟易していた。
こんなに自然に、大きな口を開けて堂々と大の字で眠りこける女の子は希少だ。
ひとえに中身がアラサーな結歌が年下のグランツに対して異性を感じられていない事が原因なのだが、グランツにはそれがとても新鮮だった。
「面白い子だな」
しばらく寝顔を眺めていると、
「団長!訓練終わりました」
騎士団員が遠くから声を掛けてくる。
グランツは口許に人差し指を立てて当て、解散を静かに命じた。
「やれやれ。まあ、乙女の護衛は騎士の仕事とも言えなくないか」
ふにゃっと寝言まで言う結歌に、ぷっと吹き出して、グランツは腹と口を押さえて声無く肩を震わせた。
◇ ◇ ◇ ◇
しまった、寝てしまった!
ガバッと起き上がると、すぐ横にグランツが座っていた。
「キミは俺の前ではよく眠る」
「えーと……すみません……」
「俺の腕枕は気持ち良かっただろ?」
う、腕枕、だと……!?
腕組も恋人繋ぎも未経験な私が、腕枕、だと!?
「そ、それは……」
いや、私はアラサーの大人女子。腕枕くらい、腕枕くらい、
平気じゃないし!!!経験もないし!!!
目を白黒させていると、グランツは盛大に吹き出す。
「ごめんごめん、嘘をついた。キミがあんまり無防備に眠るもんだから、つい、からかいたくなってしまったよ。俺がいるのにまったく平気だから悔しくてね」
「別に悔しがる要素ないじゃないですか」
「そうだな。俺をまったく男として意識してない、ってことだと思ったら、男としては悔しいだろう?」
あ、それはすみません。
あなたの隣にカインでも寝転んでいたら、じっくり観察しますけどね。
そりゃもう食い入るように見つめちゃいます。
「あれ、訓練終わった?」
「そうだね一時間くらい前に」
え。
「一時間も寝てたの?」
わー!!
「ごめんなさい!」
「構わないさ」
ふとグランツの右手が結歌に延びて、指先がそっと髪に触れる。
「けど男の前でこんな無防備に眠ったらだめだぞ」
そのまま頬に触れられそうな気がして結歌は訳もなく身構えた。
それを見てグランツは苦笑すると、よいしょと立ち上がり、手を差し出す。
「そろそろ部屋に戻られては?聖なる乙女様」
その手を取って結歌は立ち上がる。
それにしても格好良いなあ。
ゲームでは画面の中の二次元でしかなかったけど、リアルになったら余計に格好良さが増している。
じっとグランツを見ているとグランツは微笑んだ。
「俺に見惚れた?」
「ええ、まあ」
結歌の答えに少し面食らってグランツは宙を見上げ、ポリポリと頭を掻いた。
「さらっと肯定されると、こっちの方が照れるもんだな」
「?」
グランツの呟きは届かず、結歌は別のことを思っていた。
リアルに格好良いグランツとカインのツーショット、早くリアルに見たいなあ。あぁ、楽しみ!
興奮して変な声とかあげないようにしないと!
グランツの好感度が少し上がったことを、そんなことを考えている結歌が知るはずもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます