【prologue】episode 6

 部屋に戻りエミリーと訓練風景(男子の汗光る仲睦まじい光景)の話で盛り上がり、盛り上がりついでに夕食を済ますと、エミリーも部屋からいなくなり、結歌はベッドに寝転がり腕を組んで考えに更ける。


 とにかく攻略対象と会い、なんとか好感度を上げるしかないわね。


 1、グランツ。2、カイン。3、アシェル。4、レイシャルト。

 攻略キャラ5は、確か夜の街に居るイメージがある。ちょっと大人の恋。

 その人と会うには街中に行かなきゃならないわね。たいがい城下町に居たような。


 うーん、城から勝手に出て良いのかな……。


 本当にゲームは便利。ゲームの中ではそういった不都合な設定は飛ばされて、ボタンひとつで移動できちゃう。

 でも現実は、断りもなく城から出ることは出来ない気がする。

 こそっと出たとして、帰るのも大変そうだし、城から出たいと言ったら、きっと昼間に馬車とかで連れていかれそう。

 なんたって聖なる乙女様なんだもんな、自覚は無いけど。


「考え事してたらなんだか喉が乾いたわ」


 エミリーにジュースか何か頼んでおけば良かった。

 結歌はそろっと廊下に出て誰かいないかと見回した。


「……っち……」


 廊下の角に人影が動いて、結歌はびくっと身じろいだ。


「だ……!」


 誰!と、思わず叫びそうになる所を、口を塞がれて、元居た部屋に引きずり込まれる。


「何するの!!」

「はいはい、しぃー」


 口許に人差し指を当てて、その人物は片目を閉じて結歌の後頭部を見下ろした。


「え……」


 結歌からは見えないが、簡素な服装を身に纏い、いつもは緩く束ねている美しい銀の髪は、動きやすいように後ろにきっちりと括って、不機嫌そうにレイシャルトがそこにいた。


「レイシャルト王子!」


 結歌が振り返ると、さっと柔和な笑顔を作ってレイシャルトは、

「お静かに、すぐに出ていきますので」

と言った。


 ああ、そうか。

 この隠れ不良王子は、今から夜遊びに出掛けるのか。


「夜遊びはほどほどにして早めに帰らないと、そのうち仮病がバレますよ」

「はぁっ?」


 思わずレイシャルトは取り繕えずに言葉を発して、しまったと口元を右手で覆った。


 まったく面倒なところを見つかったものだ。


 片眉を跳ね上げて、レイシャルトは結歌を見下ろす。

 その様子に、あ、しまった。病弱を装ってるって、まだ知らないはずなんだった。と結歌は冷や汗を掻く。

 レイシャルトは一旦目を閉じて、次ににっこりと微笑むと、


「……何のことでしょうか。私は少し眠れなかったので散歩をしていただけですよ」


 それでは…と、部屋から出ていこうとした。

 尻尾のような一つ括りの銀髪をむんずと掴んで結歌はそれを止める。


「って!何すん…………するんですか?」


 ひくひくと笑顔をひきつらせてレイシャルトは振り返った。


「もう取り繕わなくて良いですよ、レイシャルト王子」


 レイシャルトは数秒、結歌を見下ろして、額に手のひらを当て、


「はーぁぁぁぁ…………」


 床にめり込みそうなくらい深いため息をついた。 それから、昨日の食事中とは別人のような剣呑な目つきで、結歌を見やり、


 くっそ。

「なんなんだよお前は」


 すっかり地の性格で結歌にそう言った。

 あ、そうか。なんで病弱が仮病って知ってるか説明しとかないとダメか。

 よし。

 結歌は両手を胸の前で組んで目を閉じた。


「私はなんとなく、その人の健康状態のオーラを感じられるのです」


 嘘だ。


 それから目を開き、じっとレイシャルトを見つめた。


「だから最初に会ったときから、レイシャルト王子が健康だと分かりましたよ」

「……聖なる乙女ってーのはそんなことも分かるのか」

「なんとなく、程度ですが」


 大嘘ですが。


「っち、シラケた。今夜は大人しく部屋に戻る」

「あ、安心してください。誰にも言いませんから出掛けてください」

「そんなこと信用できるかよ」


 レイシャルトは少し屈んで結歌を覗きこみ、ドアに片手をトンと置いた。


「人間ってのは、利害がないところでは動かない生き物だ。黙ってることに利がなけりゃお前が黙ってる必要なんかないだろうが。無償でお前が口が軽くないと信用ができるほど、オレはお前を知らない訳だしな」


 あ、これが壁ドン?

 そんなに激しくないから、ドアトン?

 とか思いながらうーん、と結歌は顎に人差し指を当てて唸ると、そうだ、ピコーンと思い付く。


「ではこうしましょ。私と秘密を共有しましょう」

「はぁ?」

「私を一緒に街へ連れていってください」

「なんでだよ」


 なんでと言われたら攻略キャラ5は夜の街に出没するからなんだけど。

 ついでに言うとあなたの遊び相手だからですけど。


「6属性の精霊に祝福された守護者と出会う機会を増やすためです」

「だめだ」


 えーっと抗議の声を上げると、


「面倒くさい。昼間にグランツかカイン辺りに付き合ってもらえ」

「夜の街に対象者がいるかもしれないじゃないですか」

「だからってなんでオレが一緒に行かなきゃならねぇんだよ」

「こう考えましょう。交換条件です」

「……交換条件?」

「私が一緒に夜、城から抜け出すことで共犯になるから、私は王子の秘密を漏らさない。替わりに王子も私が夜出掛けたことを漏らさない」


 いかがですか?


「詭弁だな」


 ダメか。


「……まあ良いだろう」


 あれ、通った。


 レイシャルトはふんっと笑って結歌を見下ろす。


「別にお前の提案が良いと思った訳じゃねえよ。いつもと違うってのも面白いかもしれない、と思っただけだ」


 自分が羽織っていた外套を、結歌の肩に掛けるとよいしょと腰を抱く。


「ちょっ…!!!」

「大人しくしろよ、飛ぶから」


 飛ぶ?


 痩身に見えるレイシャルトが意外に逞しくて、鼓動が大きく跳ね上がる。

 この年になって22才の若者にときめくとか、どこかの美魔女か!私ってば私ってば!

 レイシャルトはそのままベランダに出ると、片手をまっすぐ前に翳した。

 風が舞い上がりふわりと二人の体は風に乗って、文字通り宙を飛んだ。

 王族は特に世界樹の加護が厚い。

 レイシャルトの魔力は相当強いものだ。


「ひゃっ!!!」

「黙ってないと舌を噛むぜ」


 自由に風に乗り、城壁を越える。

 夜風が額に気持ちが良い。城壁を越えて少しするとすぐに街が見えた。

 灯りが灯って、眼下に街がキラキラと輝いて見えた。


「宝石が光ってるみたい」

「あぁ!?何だって!?」

「綺麗だなって!!!」


 抱えてくれているレイシャルトを見上げると、エメラルドの瞳に街の灯がキラキラと映って輝いていた。

 なんて、


「綺麗……」


 街外れに降り立って解放されると、結歌はしばらくは生まれたての小鹿のように足ががくがくと震えて立てなかった。

 それが収まるまでレイシャルトは何も言わずに待ってくれていた。



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