【prologue】episode 4

 翌朝、起きて顔を洗い、身支度を整えようとクローゼットを開いた。

 昨日の晩餐の時には侍女さん達がドレスを用意してくれたし、部屋に戻るとベッドにちゃんと寝巻きが用意されていた。

 着ていたドレスは寝巻きと一緒に用意されていた籠にたたんで入れてある。

 広い部屋には洗面もバスルームあって、なんだかマンション…しかも高級マンションくらいの広さで、なんだか申し訳ない気分に襲われた。


「こういうところが庶民よね、私って……」


 呟きながら開いたクローゼットは、


「…………」


 居間ほどに広かった。


 何着たら良いんだろう。なんか動きやすい感じの……。


「………………」


 服がありすぎてよく分からないし……。


 広いクローゼットの中を埋めている衣類と小物たちを物色していると、扉をノックする乾いた音がした。


「はーい、どーぞー」

「失礼致します」


 一人の少女が扉を開けて入ってきた。

 高校生の結歌と同じくらいの歳だろうか。

 少女はキョロキョロと部屋を見回し、クローゼットに結歌を見つけると、とことこと戸口まで歩いて、メイド服のスカートの裾を両手で摘まんで広げ、頭を下げる。


「はじめまして、今日から聖なる乙女様のお世話をさせていただきますエミリーです。精一杯お世話をさせて頂きます!」


 ピンクのふわふわのツインテールがチャーミングなお人形さんみたいなメイドさん、エミリー。

 ヒロインの良き話し相手だ。


「よろしくお願いね!」

「はいっ」

「早速なんだけど少し動きやすいお洋服に着替えたいの」

「でしたら……」


 エミリーはクローゼットの中からてきぱきとワンピースとそれに合う小物を選んで、


「こちらの足元が見えるタイプのドレスに致しましょう」


 と、結歌に見せた。

 うんうん、これがだいたいヒロインが着てた外出用の動きやすいワンピースだわ。


「では、お手伝い致します」

「じ、自分で着替えるよ」

「そうですか?」

「うん」


 ワンピースに着替えて、髪を整えようとしたら、さすがにエミリーがブラシを掴んで、


「私にさせてください!」


 と、鏡の前に座らされた。

 丁寧に髪をとかしてくれているのを鏡越しに見ながら結歌は考えた。

 さてどうしようかな。

 ゲームだったら選択肢が、画面の下の方とか上の方とか横っちょとかに出てくるけど、リアルだとボタンもコントローラーもない。

 VR的な感じだと、人差し指で空中をちょんとつつくとステータス画面とか出てきちゃうんだけど、つついても弾いてもなぞっても、何も出てこない。

 不便だな。

 ゲームだったら好感度とかステータスの確認が出来るのに、リアルだとそういうのが分からない。

 確認できたら好感度の低いところにわざと行ってみるし、無駄に好感度が上がってたら放置できるのになあ。

 好感度が上がりすぎてラブラブイベントが勝手に起こっても帰れないじゃない。

 エミリーが今日のお洋服とおリボンについて色々説明してくれているが、上の空にそんなことを考えていると、ふと思い出す。

 そう言えば、エミリーってなんか基本設定あったような気がするんだけど、なんだっけ。

 鏡越しにエミリーを見ると、つい目が合ってしまった。


「いかがなさいました?」

「なんでもない」


 ………………なんだっけ。

 なんかゲームの中で一緒にお菓子作りをしたような。

 大体なんでお菓子作りなんかしたんだろう。

 そりゃ攻略対象者にプレゼントするつもりだったんだろうけど。

 あれ、でもなんか編み物をした記憶も……ん?


「そう言えば、ユイカ様のご趣味は何ですか?」


 趣味?

 急になんだろう。


「趣味はそりゃあれだよ、BL本を読み漁ることだけど、ここではそういうことじゃないよね。私は読むの専門なんだけどこの世界じゃ書いてくれる人もいないだろうし、うーん」

「ビー……エル?ですか?」

「あ、いや……そ、そうね。えーっと、……あ!歌、歌を歌ったりすることかな」

「お歌ですか。素敵なご趣味ですね」


 あ、思い出した。

 エミリーはヒロインの趣味に合わせて同じ趣味を持つ設定になるんだった。

 エミリーのご趣味は何ですかって質問に、選択肢で料理を選んだら、エミリーも料理好きで一緒にお菓子作りを、編み物を選んだら一緒に夜なべして編み物をするんだったわ。

 あれ、でも歌なんて選択肢はなかったんだけど、イレギュラーで選んだら内容変わっちゃうのかな。

 まあ、歌なら一緒に歌えば良いし良いか。


「はい、出来ました」

「わあ、かわいい」

「ユイカ様が可愛いからですわ」

「いえいえ、平均的な顔です」


 編み込みをアクセントに綺麗に結ばれた髪。

 高校生の時にこういうスキルがあったらちょっとは恋愛的な事もあったかしらね。


「それでは今から朝食をお持ちしますね」

「ありがと」




  ◇   ◇   ◇ 




 何をしたら良いんだろうとか、考えているうちに、朝食を頂き、お茶のお時間を過ごし、昼食を頂いてしまった。

 このままの生活だと太る…………。

 これではいけない。

 ダメだわ。

 ガクー……とテーブルに額をつけて項垂れているとエミリーが心配そうに声をかけてきた。


「ユイカ様、どうかなさいました?」

「いや、なんだか無駄に半日過ぎてしまったと思って」


 30才を迎える頃から、時間と言うものを無駄にすることが勿体ないと思うようになった。

 何て言うか、焦り?

 そうね、焦りだわ。

 結婚する友達、出産する友達、出世する友達、それに比べて変わらない生活が続く自分。

 焦ってたのね。

 そんなことを思いながら窓の外を見ると、中庭の奥から何やら声が聞こえた。

 ん?あれは?


「あれは第一騎士団の訓練ですね」


 中庭の向こうに訓練場があるらしい。


「騎士様達が、その、汗を流して頑張っていらっしゃるのですね」

「そうよねー」


 って、ん?

 何で、そこでうっとりするのよエミリー。


「エミリーは訓練が好きなの?」

「訓練?いえ、運動はあまり好きではありません。どちらかと言うとお休みの日もお部屋で過ごします」

「そうなの?なんだか訓練に目を輝かせてた気がしたから」

「え!!いえ!!そういう訳じゃ!」


 何故に動揺するんだ、エミリーよ。


「嫌だわ、顔に出てたのかしら……」

「エ、エミリー?」

「いえ、わ、私はあの、その、年頃の男性の方々が、一生懸命お互いの情熱をぶつけ合って訓練している様が、美しいなと、その、思いまして」


 は……?

 …………。

 ……。

 ま、まさか!




――――そう言えば、ユイカ様のご趣味は何ですか?

――――趣味はそりゃあれだよ、BL本を読み漁ることだけど。




 何気なく呟いた本音。


「エ、エミリーは年頃の男性が、その…………絡んでるのが、美しい……と?」

「え、ええっと」

「誰にも言わないわ、だから正直に話して」


 エミリーの両手を包むように掴んで結歌は真摯な眼差しを向けた。


「ユイカ様……私……」


 恥ずかしそうにエミリーは結歌から視線を逸らして顔を背ける。

 その頬が薔薇色に染まった様がなんとも可愛らしい。

 っは、いけない。百合っぽくなるところだった。


「うん」

「私、騎士様達のような美しくも逞しい男性が二人で居るところなんかを見掛けると、あらぬ妄想を掻き立てられてしまうのです!」


 ああ、恥ずかしい、とばかりにエミリーは結歌の手を振りほどいて、両手に顔を埋めた。


 やっぱりー!!!


 エミリーに変な趣味設定を付けてしまった!


「そして、妄想の果てについ文章をしたためてしまうのです!罪深い文章をつい!」

「文章を!?是非見せてちょうだい!」

「いけませんわ!全て私の頭の中の夢物語なんです」


 書き手と言うものは、そうは言いながらも誰かに読んでもらいたくて仕方のないものである。


「良いから!私は全てを黙っているから!」

「絶対でございますよ」


 ほらやっぱり。


「もちろんよ!」

「私こんないけない妄想を!」


 エミリーが差し出した手帳にはびっしりと、妄想小説が書き綴られていた。

 ああ~ん、ここに来てまさかBL小説が読めるなんて!

 グッジョブ、エミリー趣味設定!


「いいえ、すごく興味深く素敵な文章だわ!」


 結歌はエミリーの両手を包み込むように両手で取って、エミリーに慈愛の微笑みを向けた。


「私がエミリーの読者になるわ!これからも色々と読ませてちょうだいね」

「ユイカ様!」

「ええ、もっと激しめのでも大丈夫だから!」

「それは他にも書いてますので」

「それも読むわ。せっかくだから製本しましょう」

「ユイカ様ったら」


 わーい、楽しくなってきたわ!

 なんならエミリーにみんなの様子を話して、何か書いてもらいましょ。

 そうだわ!


「私、今から第一騎士団の訓練を見学してくるわ!」

「まあ!私はお仕事がありますのでご一緒できませんけど……」

「ちゃんと報告するわね!」

「ユイカ様絶対でございますよ」

「もちろんよ!」

「ご武運を!」


 にこにこ笑顔のエミリーに見送られて結歌は中庭に向かったのだった。

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