【prologue】episode 3

 些細な視線一つで妄想を膨らませる結歌の心の萌えを皆が知るはずもなく食堂に着いた。

 大きな扉の先には、結歌の見たことのない広い部屋に、これぞ貴族のテーブルと言わんばかりの長いテーブルに椅子が三脚用意されていた。

 テーブルセットも三つ。


「さすがに王族と一緒に我々は食事は取ることはできないからね」


 グランツがそう言って、真ん中の椅子を引いて、結歌を座らせてくれた。


「我々はここで失礼する」


 カインはアシェルの椅子を引いて、アシェルはそれに腰かけた。

 グランツとカインが退出して間もなく、もうひとつの椅子に座るべき人物が現れる。

 現れた瞬間、空気がキラキラと華やいだように錯覚を覚えるほど、その人物は美しかった。


「やあアシェル。彼女が聖なる乙女かい?」


 形の美しい口許が微笑み、切れ長のアーモンドの目元が細められ、少し首を傾けてアシェルに問いかけた。


「兄上、ご機嫌麗しく」

「堅苦しいのは無しだよ。ずいぶん体調も良いんだ、夕食に誘ってくれてありがとう」


 緩く束ねた腰までの長い銀の髪がさらりと揺れる。侍女が引く椅子に腰掛け、それからゆったりと結歌の方を向いた。


「彼女はユイカ。予言の日時に、予言通り森に現れた異世界の少女です」


 そうか、と、あまりにも美しい顔に微笑みを湛えて、彼は結歌を見つめた。


「私はレイシャルト。アシェルの兄です」

「初めまして結歌です」


 レイシャルト、攻略キャラ4。

 風属性の魔力を持つ病弱な第一王子、22才。

 王子自体はアシェルの良き兄で、野心もない。第一王子である自分が病弱な故に家臣の間では次期王位争いに発展し、第一王子派、第二王子派に別れていることを憂いている。

 身長175センチ、銀髪長髪、アシェルと同じエメラルドの双眸は涼やかで、線が細くユニセックスな美しい容姿は貴族の子女の憧れの的。

 そしてその美貌は女性を魅了するだけには留まらず、王子を守る騎士団の中などでは男性騎士をも虜にする儚げ美人。

 …とは仮の姿。真実は、病弱を装って部屋に引き込もるフリをして、変装しては街に繰り出して遊び回っている、実は俺様プレイボーイの自由人。

 ちなみに野心がないのは本当で、面倒な王位など弟が継いで、自分は自由に暮らしたいと思っているので、その為なら多少の阿呆のフリも平気な腹黒王子だ。


「あの……でも私は普通の人間で、魔力とかそういうのないと思うんですが、聖なる乙女と人違いと言うことはないですか?」


 レイシャルトは食前酒を優雅に口に運んでにっこりと笑った。


「でもあの森には貴女の他には誰もいなかったのだろう?」

「はあ……」

「あの森は普通の人間は足を踏み入れることのできない、王家に伝わる聖なる世界樹の森。貴女を迎えに行った騎士団は、王家の祝福をアシェルと神官から受け、一定時間だけ立ち入れるようにして貴女を探しに行ったのだよ」


 そうでした。

 王家が王家であり続けていられるのは、世界樹の管理者であることが一番の理由だ。

 王宮の奥にある樹海の奥に世界樹は立っている。

 樹海は王家の血族以外の人間が立ち入ると、森の中を迷わせ、幾度入ってもすぐに入り口へ追い出されてしまう神秘の森だ。

 あまりに深く立ち入れば、幻覚を見たり、惑わされ、心が壊れるとも言われている。


「その森に何事もなく普通に居たことこそが、聖なる乙女の証拠なんだよ」


 前菜を優雅に口に運びながらレイシャルトはそう言った。


「数日後には父上…国王陛下との謁見があるのだろう?」

「あ、はい」

「兄上も父上との謁見に立ち会っていただけますか?」


 アシェルの質問に少し考える素振りをして、


「可愛いアシェルのお願いなら同席するとしよう」


レイシャルトはにっこりと返答をした。





 可愛いアシェル……ずきゅーん。





『可愛いアシェル。私のアシェル』

『兄上…』

 




 いかんよ、私の胸に今ときめきの矢が刺さったわよ。幻聴も聞こえるし。

 そうなのだ、レイシャルトはアシェルには超甘い。少し年の離れた弟はかわいくて仕方がないのだ。

 そんなわけで、レイシャルト×アシェルというジャンルも当然存在する!!!

 私は兄弟ものはあまり興味なかったけど、美しい兄弟の禁断の愛は、それを手掛ける描き手さんも美しい絵づらの方々が多く、美しいスマートな本が多かった。

 興味はなくとも表紙の美しさでつい購入なんてこともしばしば。


「しかもレイアシェは割りとエロかったのよね~(ハート)」






『アシェルは私の言うことは何でも聞いてくれるね』

『はい、兄上』

 アシェルはレイシャルトの睫毛の影に隠れた暗い微笑に気付くことなく瞳を閉じた。

 閉じた瞼の向こうで、レイシャルトは酷薄でしかし熱を帯びた視線でアシェルを見つめ、その肩をぐっと、今しがたまで自分の休んでいたシーツの上へと押して、倒すのであった。

『あ……兄……うえ……』

 以下、R18指定シーン。






「……?」


 レイシャルトの不思議そうにこちらを伺う視線に慌てて結歌は顔を料理に向ける。


「あ、いえ、何でもないです」


 と言うか、レイシャルトが関わるカップリングはどれもエロかった。

 つまりレシャルトがエロいということだ。うん。

 しかもレイシャルトは、そりゃもう、素敵にリバ!!

 攻め受けどっちに転んでもエロい。

 まだ会ってないけど、攻略対象5のキャラと絡んだら、もはやエロ本しかなかったわよね。

 あのカップリング、好きだったわ~♪

 余すことなく愛欲を、私たちの腐った欲望で表現って感じよね!


 なんて、妄想の世界に飛んでいたら、急にレイシャルトの顔が間近にあった。


 そっとレイシャルトの手のひらが結歌の額に触れる。


「熱はないようだね」

「!!!」

「なんだかぼうっとしていたようだから、先程目が覚めた所だと聞いたし、心配になったよ」


 近っ、近い!

 美しい顔が近すぎて、なんか恥ずかしい!顔が熱い!

 レイシャルトは結歌に顔を近づけ目を細め、耳元で言った。


「疲れたのなら私が部屋まで送っていこう」


 や、吐息がくすぐったいですから!

 そんでもってなんかエロいから!!

 結歌がパッと離れると、面白そうに笑ってレイシャルトは自分の席に戻った。

 お、おばさんをからかわないで頂戴!!

 そんな結歌には構わず、


「兄上、メインは肉と魚どちらになさいますか?」


 純真無垢なアシェルは、猫を何重にも被った兄に聞いたのだった。





 食事が終わって、あてがわれた部屋に結歌は戻って、思わずベッドにダイブする。

 疲れた。

 疲れたけど、身体は推定18才の頃の私なせいか、思ったより軽い。

 ゲームがたぶん12年前だとすると推定18歳。大学受験前だと言うのにゲームに明け暮れていた高校三年生。


「若さって凄い」


 ゲームの中のヒロインの部屋と同じ内装の部屋を見回して、結歌は大きなため息をついた。


「夢って言うにはリアル過ぎるわよね」


 あれかな、今流行りの、

「異世界転生」


 だとしたら私、

「死んでる??」


 がばっとベッドから飛び起きて考えを巡らす。

 どうなんだろう。

 ああいう転生ものって転生だけに現世で死んじゃってから物語が始まるよね。

 でも死んだ記憶はない。そもそもゲームを始めたときの記憶自体、ない。

 もしそうではなくて、この世界に入り込んでしまっているのなら、


「世界樹問題を解決してエンディングを迎えたら戻れるのかな」


 ゲームのノーマルエンディングでは、世界を救ってヒロインは元の世界に戻るのだ。


「それしかない」


 頑張って世界樹助けるしかない!

 それで帰れるかどうかも分からないが、根拠なく帰れそうな気がする、と結歌は自分を納得させた。

 グッと拳を握りしめて気合いを入れてベッドに寝転がったら、あっさりと夢の世界に落ちていったのだった。

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