「作品」
僕の世界にはずっと同じ景色ばかりが映っている。
日々、寝て起きては切り出した木材に手を入れ、削り、彫り、削り、整えて、一つの家具と呼ばれる作品を作り上げていく。
作品という概念は、自分の師匠からのものだ。
決して僕自身の作り上げるものがそこまでの域に達していないことは理解っている。
けれど職人である一見堅気そうな師匠は職人である前に、一人の表現する者だという考えの持ち主だったから僕はすんなりそれを受け入れて使っていた。
自分の作品は、素朴さがウリの木製だ。
木製があるが故の出来得る丸みと暖かさ。しかしそれば良く言えば無難。悪く言えば没個性だと最近は多少思い悩むようになってきている。
自分の作り出した物でも「作品」となりえるのなら、本当の意味での「作品」を作り上げたい。
自分の色を。自分の個性を。
自分の、生きた証となる様な作品を。
思い立てば、のめり込むのは早かった。
朝起きて、掴むのは木材ではなく鉄材。
単純だけれど実の所木材の暖かさなんてものには飽き飽きしていたから今までの自分をクリアにするのにはそれは非常に短絡だが最適だった。
木材とは違う、異質な感覚に自分の意匠を彫り上げていく快楽。木材ではとても柔らか過ぎていつしか諦めていた意匠を彫り込める愉悦。
しかしそれは、とても、自分でも恐るべき早さで飽きてきて。
もっと。
もっと自分の個性を。
もっと、
もっと異質な素材を。
柔らかすぎず、硬すぎず。
求める最高の逸材に、自分の証を彫り込みたい。
そんな日々鬱屈していく欲望は、ある時気晴らしにと歩いた慣れない街並みにストンと解決された。
嗚呼、嗚呼、なんてことだ。
あるじゃないか。外にはこんな素晴らしい逸材が。
こんなに異質で、柔らか過ぎず、硬すぎず。
最高の素材となるものが溢れているじゃないか!
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「御久し振りです、師匠」
しばらく修行のためにもらっていた暇を解いて、今日は自ら師匠を自宅へ呼び寄せた。
だって今日は記念すべき、納得の行く作品第一号が完成したから。
弟子の成長が見られるとあってかいつもの無表情ながら柔和な師匠の顔は少しこわばっていた気がしたけれど、すぐにアレを見ればほころんでくれることだろう。
だってあれは本当に異質で素晴らしくて、それが故に苦労したのだ。
手に入れるのにも寒い中を深夜待ち伏せて捕獲しなければならなかったし、切り出すのにも彫り込むにも音がうるさくて適わないから、原因を切り落とさねばとても作業ができなかった。
まぁでもあれは逆に完成度をぐっとあげてくれたから必要な作業だったとは思う。
樹液のような性質を持っていたから抜き出す行程にこんなに時間は掛かってしまったけれど、それもこれで報われるのだ。
「さぁ、師匠。これが僕の最高傑作ですよ」
布を取り去ったその時の師匠の顔は、逆光であまり覚えていません。
覚えていたら、もっとモチベーションはあがったんですかね?
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