妄想蒐集
六宗庵
偶然と運命現状
袖振り合うも多生の縁とはよく言ったものだ。
昨日ぶつかった人が明日の同僚でした、なんてドラマのような展開も実際に結構フィクションではなく存在する。
そう、世間は人が想っているよりも、ずっと、ずっと狭いもの。
だから、今現在進行形で起こっているこの現状も仕方の無いことなのだ。
目の前の彼は、確か昨日近所のスーパーで出遭った人だ。
出遭ったとは言っても出逢った、訳ではない。たまたま俺がいけないと想いつつもスマホに注視しながら歩いていたからぶつかってしまって互いに平謝り。そんな繋がりだ。
しかし現状はどうだろう。
目の前の彼は昨日の自分が悪かったにも拘らず謝り通してくれた大人しそうで蚊も潰せずに寧ろそのまま血を提供してしまいそうな顔を泣きそうに歪ませ、震える両手で頭上に家庭包丁を振りかざしているではないか。
しかも、俺に馬乗りにマウントポジションをとった状態で、だ。
こんな状態なんて、次に考えられる展開なんて普通は一つしかないだろう。
いや、他に考えられる事があるとすれば、下ろした瞬間に左右どっちに避け様かとか、いやそれじゃ確率が微妙だからいっそ手を犠牲にして止めてみようかとか、
ああでもどっちにしろ痛いのは嫌だなぁとか、そんなことを考えてる間もなんで、この人は、そのまま止まってるんだろう、なんて。
あ、
もしかして、そういうこと?
「止めようと、してくれたの?」
急に擡げた考えのまま問い掛ければ、どっちが現状優位なのか解らない位に彼はびくりと怯えた表情で、やや時間をおいてから、小さく頷いた。
聞けば、自分の記憶には無いが暫く前から俺のことは知っていたそうだ。気になっていて、学部は違うが同じ大学で、俺の性癖の噂とか、最近別れた、派手な彼氏のことだとかを聞いていた、と。
そして昨日スーパーで会った時、彼は俺の持ち物に疑問を持ったんだそうだ。
そりゃそうだろうな。あんなに食品売り場や惣菜コーナーが盛況な時間帯に一人暮らしの男が、ペンとコピー用紙しか買わなかったんだから。
初めは自分も、自分一人分のメシ作る気も起きなくて惣菜で済まそうと行ったのはいいけれど、食う気も起きなくてなんとなしに見た文房具コーナーで自棄が悪い芽を出すだなんて、想わなかったし。
それで今日、もしもの為に昨日買った自炊用の包丁なんて持って、廃ビルに入っていく俺の後を尾けてきたなんて、なんとも、
なんとも、健気じゃないか。
「もう、さ。やんないから。一旦起き上がっていい?…ほら」
笑って言えばまだ怖いのか震えたまま躊躇する姿勢を見せたから目の前で意思代わりに書いてきたつまんない未練を破り捨てれば、おそるおそるどいてくれて。
その隙に、どいてくれた彼の一瞬をついて俺がマウントポジション。
「やんない代わりに、ヤッていい?」
そう言えば、
「………下品ですよ」
そうクソ真面目に言う唇にキスをした。
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