第10話 冒険家奴隷の実力
「………あのさ、やっぱ買いすぎじゃないのか?」
「全面的にレイナに任すと言ったのはあんたのほうです。」
「それはそうだけどよ……」
金もないのにゴブリン退治のため4万6千ルアンも使ったってことに不満を言ってみると、彼女は簡潔に一喝してしまった。
その中でも2万は彼女の服によって消費された。太ももの半分ぐらいしかかくしてない白いワンピースの上には黒い振袖を着ている。たとえじゃなくてあの服、袖が大きいうえに地が黒のに比べて内側が白になっている間違いない振袖だ。腹には赤い帯までして胸を強調し、スカートの下には白いオーバーニーソックス、革のブーツをはいていた。
どう見ても薄っぺらな服なのにシェルポていう有名ブランドで作った服として鋼以上の防御力を持つという。
もちろんあれ以外にも、私服と下着も六つずつ買った。でもそれを全部合わせてもあの服の価格には及ばない。
「ゴブリンが危ないってことはわかってるけどよ。2万6千も使ったのはいくら何でもだろ。」
服と一緒に購入したかばんにはショットソードを始めていろんな冒険の道具が入っていた。
本のたいまつと油、ライター、弓、30本の矢、ランプ、赤色のポーション、青色のポーション、5本の閃光弾、得体の知れない粉、鉤、ロープ、非常食、水、黒い液体、クナイに似た短剣10本、かなり重い粘土、羅針盤、緑の葉っぱ、酒。
長期冒険にでも出るかのような準備だった。今俺たちが向かってるゴブリンの巣は町から出て1時間でつく距離にある。
個人的にたいまつが3つもいるのにランプを買ったことが一番理解できない。
斜面が生じ始めた森の中を歩きながら、レイナは簡単に認めた。
「そうですね。矢はちょっと買いすぎだったかもしれません。粘土も。」
「まさかとは思うけど、これも俺を後悔させるためか?」
「そんなわけないでしょ?冒険に関してはそんなせこいことしないから。」
「自覚あったのかい?!」
彼女の実力の確認と俺の訓練のためにもう一度ゴブリンを狩ると決定したときに彼女からゴブリンに関する情報を聞いておいた。
知ってる通り数が多いってこと以外に大した特徴はないE級の最弱モンスターだった。
子供ぐらいの身長に10歳の男の子ていどの力と知力。そして夜目が利くってことぐらいが特徴だ。ほかには村や旅人を襲って荷物を奪い人間を食う。凶暴さがほかのモンスターより強いのでそれだけが注意するところだった。
ゴブリンに殺されかけた俺が言うのもなんだが、これはどう見ても無駄遣いにしか見えない。
「時間が惜しいからあえて説明しなかっただけです。全部必要だから買っただけですから。」
「いやおかしいだろ。クエストの報酬が4千もうちょいだったのにそのため2万6千も使わなければならないなんて、どう見てもやる側が損だろ。」
今回も冒険家じゃないのでクエストをもらったわけじゃない。この前の失敗を教訓に冒険家協会の掲示板からゴブリンがいる正確な位置と情報を見てきたのだ。
俺の話を今度もレイナは簡単に認めた。
「そうです。どう見ても損です。だからゴブリンクエストは人気がないんです。」
「まじかよ…… 別にクエストを受けたわけじゃないからいいけどよ、それでいいのか?冒険家協会。」
「でも、人気がないだけでやってる人は普通に多いですよ。」
「それはどういうことだ?人気がないのにやる人は多いって。」
「レイナたちの場合道具の力を借りて退治しようとしてるでしょ?ふつうは仲間の力を借りて退治してるんです。それぞれの魔法アイテムや魔法を使って道具の力を代わればあえて道具を使う必要はないですから。」
「つまり道具よりは人力てことか。でもそうなったら人数が増えた分、クエストの報酬も分けなければならないだろう?」
「だから人気がないんですよ。でも2万6千も使うくらいなら4千以下に落ちたほうがいいですから。みんなそう納得して仕事をやってるんです。」
「大人ってわけか……」
E級の討伐クエストは半分以上ゴブリンしか存在しない。なぜならE級のモンスターから得られる材料は全体的に需要が低く、ゴブリンとは違って先に手出ししなければ人に迷惑をかける奴らも少ないのであえて討伐しようとはしないのだ。
クエストが少ないからE級の冒険家たちは嫌でもゴブリン討伐を受けたり、下水度の掃除みたいな雑務を受けるしかない。
モンスターだから、という理由だけでは討伐を依頼しない実に効率重視の世界。おかげで絶望的な合格率の冒険家試験に合格してもE級冒険家たちはD級になるまで冒険よりは生活を維持するのが大事になるらしい。
いくら何でも異世界なのに生活維持なんて、闇が深すぎて言葉も出ない。
「そんなことより。さっきから服をチラチラ見るのはやめていただけますか?あんたに見せるために着た服じゃないんですよ。」
「見てねえよ!窃視変態を相手してるみたいに言うな!お前こそそんなことより、少し休んでいかないか?肩が痛くて大変なんだよ。」
「情けないですね。最初は案外行けそうだって調子に乗ってたくせに。」
その時はいろんなものが入っている割には軽かったので問題ないと思ってた。30分ほど過ぎた時から肩はちぎれそうに痛いし体力の消費もひどい。このままだと腕が上がらなくなって戦闘自体ができなくなるかもしれない。
「残念ですが休むことはできません。もうすぐ夜だしゴブリンたちが活動を始めますから。」
「無理して進むよりは次の日の朝に行ったほうがいいんじゃないのか?」
「夕方の今が夜行性のゴブリンにとっては早朝なんですよ。何よりも今持っている道具だけでキャンプするのは危険ですから。」
ああそうですか。でもひきぼっちというのはちょっと無理しただけで死んじゃうもんだよ?大事にしなければだめなんだよ?
息まで荒くなるころ何とか目的地である大きな樹木が見え始めた。緑のつるがあちこちに巻かれた木の下には根で作られた入り口があった。呼吸を整えて近づこうとするのに、レイナがそんな俺を止めた。
「あっちを見てください。」
……なに?彼女の視線を追うと、夕方に染まった木の葉に隠れているゴブリンが見えた。
かなり退屈してそうなやつはこっちに全く気付かずのんびりしたあくびをしていた。
「見張り、てやつか。」
「あっちにもあります。そしてあっちにも。」
「それぞれ距離はあるけど三匹か…… どうするんだ?」
「聞くまでもありません。」
俺から弓と矢を受け取ったレイナは弦を引いてこちらから一番近いゴブリンを狙った。
正確に頭を貫かれたゴブリンが地に落ちるとその音を聞いたほかの二匹がそっちに向かって首を回す。でも奴らは頭の上に?を浮かばせるだけですぐには状況を把握できずにいた。そのすきを狙ってレイナがもう一匹の胸に矢を刺す。
「キギギッ?!」
「もう遅い。」
二匹がやられるとやっと正気に戻った最後のゴブリンが木の中に逃げようとした。だがレイナのほうが早い。今度も誤差なく飛んでいった矢が、ぎりぎりゴブリンの背中に突き刺さって地面に落ちる。
おおと口を丸くしながら感心すると、彼女は黙々とカバンからたいまつを取り出した。
「すごいな。剣の達人だと聞いたけど弓の実力もなかなかじゃねえか。」
「セクハラって気持ち悪いですね。レイナが奴隷じゃなかったら打ち首だったのに。」
「ほめた!くうっ……!ほめただけじゃねえか……!俺の舌は痴漢の手で作られてんのかい……?!」
ゴブリンが見えた以上ここはもう敵地だ。声を低めてツッコむ俺を見ながら彼女は虫けらでも見てるような目で軽蔑を込めていった。
「ほめて口説いてみようとか、考えも甘いし童貞ぽくてキモいんですよ。何よりもあなたなんかに褒められてもちっともうれしくないですから。」
「へえ~ くどこうとしてるように見えたのか?嫌がってる割にはちゃんと俺のこと意識してんじゃん?」
ニヤッと笑いながら挑発する。反撃するとは思わなかったのかレイナは羞恥心で顔を染めた。
我慢にも限界ていうものがある。ていうかもともとこんな扱いを我慢する性格でもなかった。これからは反撃してやる。
そう思いながらこっちをにらむ彼女の目を正面から打ち返すのに、
「この中であなたがゴブリンに殺されたらレイナは自由…… そんなこと、考えたことありませんか?」
レイナの瞳孔が不自然に広がる。
「主人を守れ、とはまだかけないですよね?死にたくなければ…… 気を付けたほうがいいですよ。」
いやな口をたたいては入り口の方へ歩いて行っちゃう。そして八つ当たりでもするかのようにゴブリンの首を切り落とし、たいまつに火をつけて下に降りて行った。
「なんだよあいつ……」
顎に流れる冷や汗を拭いて、溜息とともに彼女に続けて洞窟に入る。
湿っぽい湿気が体を貫く。怨霊が泣き叫んでるような風の音と、見た瞬間目がくらんだのではないかと勘違いしちゃいそうな深淵が満ちている。
闇を見るってことは目がくらむということと同じだ。だからきれいな闇の中では涙が出ちゃったりするのだ。
手に持ったたいまつが揺らむたびにオレンジ色の空間も揺れる。光は高い光度を帯びてないのにも目がまぶしい。
「これからどうするんだ?」
「本来は入口に火を起こしてゴブリンが出てきたら倒すのが定石です。ここの洞窟の場合には規模がどれくらいなのかわからないから使えそうにないですけど」
「それで?」
しばらく考えるふりをしていた彼女が作戦を説明する。
「外に見張りを置いたってことはそれだけ規模が大きいってことです。 まだ起きてないとしても見回ってる奴らはいるでしょう。そいつらが騒ぎを起こせないように仕留めながら眠ってる奴らを一網打尽にします。」
つまり現れるゴブリンたちは全部殺して寝室まで進むってことか。
ノープレンってことじゃねえか……
ここまで来て心配になったけど、俺より経験の多い彼女に不満を言うわけにもいかなかった。
まずは俺にできること― 洞窟の内部を把握することと前と後ろを警戒しながら進むことにする。
どう見ても自然的に作られた洞窟ではない。壁や天井から突き出ている根を切り取ったり、動線の邪魔にならないようにしておいたのを見ても人為的であることが分かる。
ゴブリンたちがやったのか?いや、違う。
こういうのは身長が小さいゴブリンよりは人間の邪魔になる。そんなものをわざわざゴブリンが切り取ったとは思えない。
おそらくこれは人間が何らかの理由があって作っておいたのか、俺が知らないモンスターが作っておいたのだろう。
内部は思ったより狭い。壁は成人の男五人くらいが並んでも大丈夫そうなのに天井は俺の身長から頭二つくらいしかならなかった。ジャンプでもしたら届きそうだ。
体が小さいゴブリンにとっては十分な広さなのだろう。棒術を使う俺にとっては窮屈極まりない空間だった。こうなったら棒は使いにくいしこぶしやカバンについた剣を使うしかなさそうだ。
もしかして彼女はこんな状況を予想して自分の刀以外にも剣を買ったのだろうか。
「……分かれ道ですね。」
前を見ると彼女の言う通り前に続く2つの道が見えた。左はここからさらに降りる道、右はそのまま進む道だ。
「風が全く感じられんなぁ。どっちも外とはつながってないのか。」
「………右が寝室、左が子供部屋ですね。」
「なんでわかるんだ?」
「足の下を見て。足跡が残ってるんでしょ?奴らは普段右から出て左や入口に行ってるんですよ。」
いわれてみると足跡みたいなものが残ってるのが見える。
しっかりみないと足跡かですらわかりにくいのによくもこんなもん見たんだな。
彼女は意見も問わず右へと足を運んだ。
「子供部屋ってのは何だ?」
「文字通りゴブリンの子供がいる部屋です。ゴブリンは絶対子育てとかしません。産んだらすぐほかの部屋に入れて適当に肉だけを投げてあげながら自分で育つことを待ちます。そして成体になったら群れへと合流するのです。」
「野性的な育ち方だな。」
「きっと10匹以上はあるはずです。外に3匹も置いたってことは本隊が30匹以上はあるって意味だし、勢力拡張のためには子供をたくさん産まなければならないですからね。」
「要するにあくまでも道具として子供を産む、ってことか。」
ゴブリンには子供に対する愛着はないみたいだ。動物の中でもよくあるケースだから驚きではない。
そもそも人間の中にも自分が産んだ子にすら愛情を持てない場合が多いからな。
いろいろと人間に似たところが多い不愉快なモンスターだ。
それはそうともこの女…… 聞かれたことには全部答えてくれてるけど、聞かないことは何一つ教えてくれなかった。さっきのこともあるし、もともと俺なんかいやがってたから最初から何一つ教えてくれる気がなかったのかもしれない。こいつの性格から絶対そうだ……
だとすればこっちから積極的に聞いたり観察して学ぶしかない。
目を回して彼女を観察する。
レイナは今どう動いているんだ?どうやって体を動かしてるんだ?何を考えているんだ?
またチラチラ見るとか戯言をいうかも知らないけど、こればっかりは教えてくれないあいつが悪いので堂々と観察して自分を成長させる。
そうやって何も起こらないまましばらく歩くと、今度は平らな地面に多少不自然に覆われた土が見えた。
「これってー」
「どう見ても罠ですね。」
「まじかよ…… 確かに暗い洞窟では見分けも難しいし緊張を落とせばすぐかかりそうだけど、雑過ぎだろ。」
「いかにもゴブリンが考えそうな罠です。」
これ以外にも前には土で覆われた罠でいっぱいだ。正確に何を設置しておいたのかは分からない。
規模が大きくないのでジャンプすれば十分よけられそうだ。
着地の際の音と天井に頭がぶつからないように用心しながらまずは俺から飛ぶ。
「本―当、ゴブリンらしい罠です。」
レイナの声が聞こえてきた瞬間、首筋をつかんだ力が俺を後ろへと引っ張った。
抵抗もできなかった俺は「ヌワアアッ!?」という情けない悲鳴を上げながらそのままおしりから転んでしまった。
「いっててて…… おいレイナ!お前何しやがるー え?」
目を開けた時には、状況はもう終わっていた。
レイナは腰につけていた刀を抜いている。正確にはいきなり現れたゴブリンの頭を刀で貫いていた。
左の目ごと貫かれたゴブリンは悲鳴を上げることすらできず、刀にぶら下がることになった。
狭い洞窟に血の匂いがあっという間に広がる。
彼女がそんなゴブリンを払い落とすと地に落ちたゴブリンの傷から血と脳髄が流れ出た。そのまま警戒態勢をとっていた彼女は何も起こらないことにそれを解く。
「な、なんだ。どういうことだ。なんでいきなりゴブリンが……」
「あれです。」
血が付いた刀が指す先には穴が開いていた。さっき樹木を巻きついていたつるが天井の穴からぶら下がっている。かなり小さい穴はちょうどゴブリン一匹や二匹が余裕で出られそうな大きさだ。
「バカな…… さっきまではなかったのに。」
「なかったんじゃありません。逃しただけ。」
「え……?」
「人間は上より下を見る動物です。その過程で地面の罠を見つけちゃったら頭の上なんてまったく気にしなくなるでしょう。この場合土は目くらまし何の仕組みもなってないみたいだけど。」
「………」
「そしてたいまつの位置がある程度近づいたと判断したらあのつるを推進力に奇襲をかける作戦なのでしょう。」
死体の下にはさっきまでゴブリンが握っていたナイフが落ちていた。
もしレイナが引っ張ってくれなかったら、今頭を貫かれて脳髄をまき散らされていたのはー 俺だった。
その事実を認識した瞬間、体から血の気が消える。あまりにも突然だったせいで今になって体が震える。二日しかなってない死の恐怖が、再び体を支配してきた。
でも、今度はそれ以上に、悔しかった。
これは作戦と呼ぶほど大したものではない。悪ガキが大人を困らせるためにやる悪ふざけに過ぎない。そこに殺意が込まれた結果がこれ、まさしく子供の知能しかもってないゴブリンが使いそうな罠だった。
もうちょっと注意を払っていたら、おかしいでとどまらなかったら、レイナがいるってことに気を緩めていなかったら、こんなことにはならなかった。こんな子供だましにだまされたりしなかった。絶対に。
「駆け出しがよくやる失敗です。こんなことで落ち込まないでください。」
「……わかってる。」
彼女の言うとおりだ。落ち込んでる場合でもないし、こんなことを長く引っ張るほど情けなくもない。俺がやるべきことは今回の失敗を忘れずにこれからのことに生かすことだ。
震える体を深呼吸で抑えて立ち上がる。
「おかげで助かった。ありがとう。」
「………は?」
「さっきはいろいろ言われて正直不安だったけど、一応仲間だって思ってくれてるみたいでよかったよ。」
俺の言葉に彼女はボーとした顔で俺を見つめた。まるで目に焼き付けるかのように何も言わないままじっと見つめてる。むやみに避けたり睨んだりしたら変な感じになりそうで淡々と視線を受けていたが、彼女はばかばかしいというかのように「ふん。」と鼻で笑った。
「仲間?助ける?レイナが?あなたを?」
「……違うのか?」
「バカなことはやめて武器でも持ってください。もうすぐ来ますから。」
来るってー 何が?
「どういうことだ?」
「ゴブリンは必ずスリーマンセルで動くんです。」
「………」
「一匹だけ降りてきたってことはほかの二匹は奇襲に失敗して後退したってことになるんですよ。きっと本隊に知らせに行ったのでしょう。そしてそれはつまり」
それ以上聞くまでも、考える必要もなかったので棒を握ったまま前を警戒する。すると侵入者である俺たちを歓迎するかのように前からー そして後ろからゴブリン特有の歯ぎしのような音が聞こえてきた!
「なんで後ろからでも……!」
「子供部屋です。獲物を逃がさないために分かれて休んでいたのでしょう。」
「選ぶ道を間違ったってことか。」
「そっちに行っても同じでしたよ。そんなことより、背中は任しますから突破されたりしないでください。レイナがせっかく、自由になるチャンスまで見捨てて選んだ選択ですから。」
「………そういうことか。」
一瞬でも期待してた気持ちを折って冷静に敵を確認する。
たいまつは届かないし足音では判別がつかないけど、獣特有の黄色い光る目が見えた。
およそ10匹以上。武器は槍とナイフそして弓だ。
懲りずにまた死にかけた俺だけど、少なくても持っている知識と得た経験だけはちゃんと活かせる男だった。
一番注意しなければならないのは後方、そしてここでは棒術が使いにくいってことも確認済みだ。だからー
「死ね!!」
思いっきり棒を投げて弓を持った奴を撃墜させる。頭に直撃した棒はたやすくゴブリンの頭部を砕した。
だが以前同様、その程度では奴らの勢いは衰えない。むしろ弓を持った奴はもう一匹残っていたので状況は以前よりも悪い。
奴らが仲間と自分を鼓舞させるかのように「キギャア!」と叫びながら武器を上げた。
「戦士すぎるだろゴブリン……」
かばんを脱いで姿勢を取り威勢に負けないように頑張る。
剣は使わない。学んだこともないのにあんな重いものを中途半端にふるってたらむしろスキができてあっという間にやられちゃうはずだ。だから棒術の一部でもある足だけで戦ったほうがいい。
大丈夫だ。こいつらなんだかんだ言っても結局、
弱いから!
歯を食いしばり、先鋒の顔を蹴る。
威勢よく槍を持ったままかかってきたゴブリンが、あまりにも簡単に飛ばされて後ろにいたやつとぶつかった。
こんな狭い洞窟では後方がやられた時とは違って前の奴がやられたら進路を邪魔されることになる。
左の足を軸にして回転し、もう一匹の頭を壁に蹴り飛ばす。
注意していた弓を持ったゴブリンが弦をひっばったら近くにいるゴブリンを盾がわりに使ったり奴らが持っていた槍を使って心臓を貫く。
今度こそ勝つために、集中力と思考を最大限まで引き起こした。
「く……っ!?」
プッチ、と冷たいのか熱いのかわからない鋭い感覚が太ももにやり込む。
下を見ると顔面が砕かれて死に損ねたゴブリンが太ももにナイフを刺したままけたけた笑っていた。
力が抜けはじめる足でなんとか奴を踏み潰し息の根を止めると今度は左の肩に矢が刺さった。
「ずに…… ノッテンジャネエエエエ!!!」
握っていた槍を投げて最後の弓ゴブリンを撃墜いさせる。今度当たったところは腹、致命傷だし生きているとしても矢は撃てないはずだ。
続くやつらの攻撃を今度は太ももに刺されたナイフを抜いて立ち向かう。
痛い。痛くてすぐにでも頭が止まりそうだ。意識しないと攻撃されたところから力が抜けそうだった。それを無視するためにも全身に力を入れてさらにあがく。
半分以上やられたのにも狂気を表すゴブリンの首にナイフを突き立てる。あと三つ。
仲間を超えて頭を狙ってくる攻撃を紙一重でかわし、そのまま腰をつかんで地面にたたきつけた。あと二つ。
すきを狙って腹にナイフを刺した奴の腕をつかみ顔面を連打する。あと一つ!
「キギギギギ!!!」
「う…… おおおお……!」
ぶらつく体で何とか攻撃をかわした。そして武器を持った手と首をつかみ思いっきり絞めた。
「キ、ギ、ゲ、ゲ、ギ!キ、ゲ…… げ…… げ……」
最初は暴れたり残った爪で首をつかんだ腕をひっかこうとした。だが爪なんかでは服を破ことはできず、やがて最後のゴブリンは何の音も何の動きもしなくなった。
「チッ…… 無事だったんですね。」
「………!!!!」
振り向くと買ったばかりの服が血だらけになっているのが見えた。ほっぺには小さく切られた傷がいるけど、それ以外にはこれという負傷は見当たらない。こっちは加熱した頭が勝利を受け取れず戦闘態勢をとくことですらできないというのに、彼女は呼吸すら乱れていなかった。
「レイナが戦っている間、時間だけ稼いでくれて死んでくれるのがベストだったのに。」
「それはまた、惜しかったな。はあ…… はあ…… もうちょっとで、死ぬとこだったよ。」
皮肉とともに息が止まったゴブリンを放し、肩と腹に刺された凶器を抜く。
今回の勝利は何といっても着ているコートのおかげだった。太ももは仕方なかったけど矢は肩を貫通できず、腹のナイフも深いところまでは届かなかったおかげで致命傷にはならなかった。
これじゃなかったらここまで派手に動くことはできなかったのだろう。
買うときには正直半信半疑だったけど、今は買ってよかったと心の奥底からそう思った。
腰から赤いポーションを出して飲む。協会からもらったやつとは違って傷はもちろん痛みも完ぺきに直してくれた。足をゆっくり動かしてみると少しの違和感もしない。
「まあいいです。ゴブリンは襲撃の時に余裕を残したりしないから今のが最後のはずです。」
こっちは生き残ったってことに安心する余裕もないのに、彼女は来た道をそのままさかのぼった。
奴にとっては何度も経験したことだろうし俺とは感じてること自体が違うのだ。何よりも俺が死ななかったのが残念極まりないのだろう。
まったく、可愛げがないとしたらありはしない。さっき助けてもらったことで信じてくれたんだ?展開に持っていこうとした自分が恥ずかしくなった。
「クッ、ソ」
無理して体を起こし棒と鞄を取り戻したまま彼女の後を追う。
昨日の訓練のおかげか無我夢中で戦ったおかげか、血の匂いはもちろん内臓を見ても吐き気はしなかった。どっちにしろ冒険家になろうとする俺にとってはいいことだ。
ただこの一戦で体力が尽きてしまった。もしこれ以上ゴブリンが残っていたとしたら、あるいはクエストを受けたとしたら俺は途中であきらめて手数料を出したかもしれない。
メンタルは一日でどうにかなったけど体力は一日ではよくならない。
そんな俺に比べてレイナはぴんぴんしてる。
軽い運動でも終わらせた感じ。冷静な判断もそうだし大した傷もなくあの数のゴブリンを抹殺したのもそうだし、本人が言ったとおり有能なのは間違いなさそうだ。
性格はいろいろと不満だけどやっぱ彼女を選んだこと自体は間違った選択ではなかった。
………でも、
「聞くまでもないと思うが、子供も殺しに行くのか?やっぱり。」
それと同時に、少しだけ、かわいそうに感じられた。
「聞くまでもないなら聞かないでください。親がなくてもゴブリンは兄弟を食って成長します。放置しておけば大きくなってまた人を襲うでしょう。だから人間に被害を加えるモンスターに指定されてる奴らはたとえ子供でも殺すのが冒険家たちの暗黙のルールです。」
彼女を批判するつもりはない。むしろ防止のために行う当然の選択だし、俺も人間にすら発動しないヒューマニズムをゴブリンなんかに発揮するつもりはない。
生まれたての子供でも、覚悟を決めて頭を打ち砕いてやる。
ただ…… 俺よりも幼い少女が、いったいどんな生活をどれだけやったら、こんなことにこうにも慣れることができるのか、想像したくもなかった。
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