第9話 奴隷萌え?ハッ!


「本当最悪ですね…… 奴隷を買う人間なんて、たかが知れてるとは思ってたけどまさかこんな妄想変態に売られるとは。」


「だから変態じゃないって言ってんだろ。用があるのはお前の冒険家としての知識と実力だけだ。」


「信用できないとかそっちもわかっていったんじゃなかったんですか?」


「これは変態という偏見について言ってるんだよ。奴隷を買った人だからってみんなそんなことばっかり考えると思うな。」


「偏見?なんでそれをそっちが判断するんですか?奴隷になったことあるんですか?


「ないけど、いくらなんでも初対面の人にそれはないだろ。友達出来ねえぞ?」


「もっとも友達なさそうな人に言われても。」


 一歩も引かないな。それに言葉一つ一つが攻撃的だ。幸い自分の立場を忘れたわけじゃないのか嫌がってる割には二歩離れた距離で宿に向かう俺の後ろをついてくる。


 12時を超えたのにも街は酔っぱらたおじさんたちや夜を楽しむために来た若者たちでいっぱいだ。そんな人たちにぶつかって俺と一定距離以上離れたらあたふたついて来ようとするかわいい姿を見せたりもする。

 でも近づいたらまた何気なく言ってくるのだ。


「まさかレイナのことツンデレとか思ってるわけじゃないですよね?純度 100%ツンだけですからそこらへん勘違いしないでください。」


「…………」


 いわれなくてもそんな勘違いしねえよ。


 本題に戻って。


 ヒストリスは円形の城塞都市として成立している。首都なだけに規模が大きく、王が住んでる城から近いところに位置しているほどお金持ちと大きな商会が存在する仕組みだ。

 奴隷商店と宿は真逆の方向にいたので多少歩かなければならなかったけど、城と遠く離れていた分一晩の料金は最も低かった。

 必要だったとは言え無職のくせに奴隷まで買っちまったからこれからは節約しなければならない。


 昨日は必ず冒険家になるとか誓ったけどバカげた合格率を考えれば現実的に可能性は低い。

 大半は死んじまうらしいし、もし死なずに試験から落ちたり不具になった場合残った金で生活しながら新しい仕事を探さなければならない。身元が不確実な俺では普通の人より仕事を探すことに時間がかかってしまうだろう。だから金はできる限り余裕を残しておかなければならない。


「それにしても人が多すぎなんじゃないですか。商店だったらもう寝てる時間なのに。


「俺のせいじゃない。」


「言い訳まで…… みっともないですね。」


「いやマジで俺のせいじゃねえだろ!?どうしろってんだよ!?」


「冗談ですよ。腹立って喧嘩売ってみただけですから。」


 こいつマジで奴隷か?自分が偉いと言うつもりはないけど、俺じゃなかったら普通に何かされたと思う。


「商店だったらもう寝てたってことは12時が消灯時間てことか?」


「正確に言えば11時が点呼です。30分間人員を把握してそれが終わったら12時まで自由行動をとった後に寝るんです。」


「じゃあいつも12時に寝てたから今めちゃくちゃ眠くなってるってことだな。」


「……だからあんたが嫌なんですよ。寄りにもよって寝る直前に来るなんて。迷惑なことにもほどがあるでしょ。」


どうりでヒステリーが過ぎると思ってた。


 困ったな、あと何時間は寝られないと思うんだけど。


「そんなに怒ってないで街の見物でもしながら気分転換でもしたらどうだ?夜の街を歩くのは久しぶりだろう?」


「相変わらず下品で酒臭いですね。一度絶滅させましょうか。」


「お前神様だったのか?!」


「うるさいな。いちいちレイナの言葉にツッコまないでくれます?さっきから、まったく、慣れ慣れしすぎなんですよ。知らない人が連れだと思ったらどうするんですか。」


「いや連れだろ!そこまで否定してんじゃねえよ!」


 いくらなんでも傷つくんだよ。一緒に帰って友達に噂とかしたら恥ずかしいし、て感じに聞こえて。


「まったく…… どうやらお前と過ごすためには忍耐力というものが必要そうだな……」


「なんですかそれ。それじゃまるでレイナの性格が悪そうじゃないですか。」


 そういってるんだよ。


「ていうかさ。今更だけどそのまま俺についてきてもよかったのか?見た限り誰ともあいさつしてなかったんだけど。」

 

 荷物は奴隷商店の事情だとしても、こいつ、レイナは誰ともあいさつをしなかった。聞くところ5年ほどそこにいたらしいのに彼女は誰一人とも、別れを告げなかったのだ。


「そんなのあいさつしたい人がいないからに決まってるじゃないですか。商店での生活にどんなイメージを持っているのかは知りませんが、情なんてとても生まれない環境ですから。」


「へえ。」


「奴隷同士の殺人を禁ずる、というおきてがなかったら奴隷の大半は死にました。」


「………」


 こいつだけでも奴隷の幻想がぶっ壊されたのに闇まで知りたくはなかった。


「お互いビジネスとしてへらへら笑いながら過ごしたけど、レイナはそんなのちょっと気持ち悪かったんでずっと一人で暮らしました。」


「……マジで友達なかったのかよ。」


「言っておきますけど作れなかったんじゃなく作らなかったんですから。」


 やめろ、俺もそう思いながら生きてきたんだから。


 しかし理由がどうあれ、奴隷としては賢明な選択だ。お互いいつ売られるかもしれないのに余計な情をつけても絶望がまさるだけだ。


 それから二三回ほど彼女と話を混ぜると、宿の妖精の城についた。


 すぐにでも死にそうだったので宿って書かれた建物に入っただけなんだけど、1階の酒場も広いし部屋もきれいだったので結構いい店だった。


 この1階には冒険を終わらせて帰ってきた冒険家たちが仲間とともに酒を飲みながら遊んでいた。


 酒場らしく冒険家たちがうるさい。幸い乱暴な行動をとってる人はいないし、酒や料理のにおいも強くなかったので食事をするには十分だった。

 今日の冒険について話し合う酔っ払いどもを超えて受け付けに近づく。


「部屋の鍵と注文がしたいんですけど。」


「おかえりなさいませ。注文の前に部屋の番号を教えていただけますか?


「14番の一人部屋です。」


「14番の一人部屋ですね…… え?14番……?え?!朝の屍?!っ……!」


 屍か。店の中ではもうそう呼ばれてるみたいだ。まぁ仕方ないか。

 今は体も洗ったし着替えた状態だからな。前髪もオールバックに上げたんだから見違えるのも無理ではない。


 口に出した同時に失言に気づいた彼女は「も、申し訳ございません。」と頭を下げた。そして部屋の鍵とメニューを出してくれる。


 ふむ…… 言語メリットを失った今はメニューを読むことはできない。ていうか今は食欲もあまりない。昨日を含めて何も食べてないから無理してでもなんか食べたほうがいいという正しい価値観を持ってるわけでもない、がいつもこの時間に眠ってた人は違う。


「俺は一番安いものと水で。おーいレイナ。おまえは何食べるんだい?」


 たいていの人は寝る前に食欲が強くなる。6時くらいに晩飯を食べたらしいから酒場の料理を見て食欲ができたかもしれない。

 とあるカップルのテーブルをボーと見ていたレイナがびっくりしながらこっちを振り向く。


「何食べるって…… レイナに選べっていうんですか?」


「俺に読心術はない。おまえが選ばなければ何が食べたいのかわかるわけないでしょ?」


 はじめは変なものを見るような顔だった。でもやがて彼女は馬鹿にするかのように笑った。

 いや、怒っているのかもしれない。


「ふざけてますね本当に。いい人のふりを続けるってことですか?そしたらレイナがこの人は違うんじゃないかと思うとでも?」


「………」


「あんたみたいなやつは断るのもいいけど、後悔させたほうがよさそうですね。」


 言って、彼女は受け付けのところに近づいてきた。

 本気でそう思ってるのだろう。

 最初に交わした話のおかげでそれはようく分かってる。

 でも別にわかってくれなくても構わない。今はただ食事でもしながら話がしたいだけだから。


 受け付けから一番党く離れた、壁に背を向けられる席に座る。


 さっきまで酒に酔っぱらってたおじさんたちが座ってたせいで周りに人が少ない席だった。


「じゃあ、食事の前に言っておくよ。俺は10日後の冒険家試験に参加することになってる。」


「………は?」


 それを聞いて、レイナは瞳孔を拡張させながら俺をを見つめた。深い赤色の瞳は目の前の俺を含んだまま揺れて、小さく広げた口からは白い歯が見えてちょっとかわいい。

 思ったより大きく反応した彼女は、少し待ってあげると自ら心を落ち着かせて席に座る。


「もう一度紹介しよう。俺はリアス。17歳で冒険家を目指してる。」


「……なるほど。だから冒険の知識を持ってるレイナを買った、ってことですか。」


 自己紹介は無視か。ま、文字通りもう一度やるだけだから必ず答える必要はないからな。


「最初からそう言ったでしょ?俺がお前に望むのは知識と実力だけだって。実は俺、冒険に出るどころか、常識もない。」


「……一度も?ないんですか?」


「ゴブリンの群れと戦ったことが一度あったけど、それ以外には全然。」


「そのくせによくも冒険家目指す気になったんですね。まぁ、夢ばっか見ながら冒険家になろうとするバカなんてよくある話だけど。」


 心の奥底からあきれたように眉をひそめながらそう言った。これは何とも言えないので苦笑いする。


「ジスが紹介してくれた奴らの中でお前が一番冒険に特化されていると判断したんだけど、実際はどうなんだ?」


「誰を紹介されたのかは知らないけど、残念なことにそれは正しいです。レイナは冒険家奴隷の中でも上位10位内に入る優秀な子ですから。」


「ほお、具体的にどんなところが?」


「はい?」


「優秀ってことだよ。何を根拠に10位内に入ったんだ?」


 面接でも見ているような口方に、レイナは少し不愉快そうに見えた。

 見たこともない他人に評価されることほど腹立たしいことはないだろ。けれどこれからのために彼女の能力値だけは確実に把握しておく必要があった。


「……奴隷は出品される日が早かれ遅かれ、必ず授業を受けることになってます。」


 幸いそんな俺の気持ちに気づいたのか、今度は無視したりせず長い息を吐くかのように言った。


「何かを守る警備奴隷から家事を責任する家政婦奴隷、主人にご奉仕する性奴隷 、何かを作る細工奴隷などなど。その中でどんな奴隷になるか奴隷商人が決めてそれを学べるように分けられます。」


「商人に分けられる?」


「今話した奴隷以外にもいろんな種類があるんですよ。その中で比較的に簡単な仕事をする奴隷もあります。好きに選べたら人が混んじゃってしまうから奴隷商人がどんな奴隷にするか分けるんですよ。」


 自分のなにも選べることができないなんて、まさしく奴隷だな。でも彼女はその中でも都合が良かったのかもしれない。


 ジスはレイナが子供のころから冒険家にあこがれてたって言ってた。おそらく彼女が冒険家に分けられたのはその影響もあったと思う。


「レイナが分けられたとこはもちろん冒険家奴隷です。そこで武器の訓練、冒険の知識、魔法の学び、車の運転、戦利品の習得、実戦での生存を学ぶことになってるんです。レイナは 全体順位5位で全ての科目からA以上の点数を出しました。武器訓練では1位の子にも負けなかったんですから。」


「へぇ、それはすごいな。ちなみに一番点数が低かった科目は?」


「冒険の知識。覚えることが一番多かった分、一番難しい科目だったんです。でもE級からD級までのモンスターなら全部覚えているし原生生物についても詳しいから、期待以下みたいな生意気な考えはしないでほしいですね。」


 ふむ…… ジスからたいていの説明は聞いたけど、他人の口から聞くのと自分の口で言うのはまた違う。いくつか印象は変わったけどやっぱり口だけでは正確にどれほどの能力なのか把握しにくい。


「……よし。お互い自己紹介も終わったし、単刀直入で話すね。俺はお前の力を借りて冒険家試験に合格したい。だから手伝ってくれ。」


「手伝ってくれ、ですか…… まるでお願いでもしてるような口ぶりですね。どうせ断れないくせに。」


「そうだ。俺はお前にお願いしてるんだ。いやだったら、断っても構わない。」


「……はあ?」


「正確に言えば取引をしようとしてるんだ。もし俺が冒険家になったらお前に百万の補償金を上げるよ。」


 レイナは今度とても驚いた顔をした。そして当然信じない表情で俺を見つめる。

 しばらくこちらの意図を把握するためににらんだが、すぐにあきらめて聞く。


「どういう意味ですか?」


「言ったとおりだよ。俺を手伝って俺を冒険家にしてくれたらお前に百万ルアンを上げる。もちろんもらった金はお前のすきにすればいい。どんなことがあっても口出ししないって誓ってあげるよ。」


「……何でですか?命令すればいいじゃないですか。手伝え、と。なんでそんなややこしいことするんですか?」


「俺はお前を人間として対したいんだ。」


「………はああ?」


 眉間にしわを描いた彼女は今度は純粋に疑問が込まれた目で俺を見つめた。


「いったい何のつもりですか。」


「そんなもんはいねえよ。全部本気だ。そうじゃなかったらあえてこんな話する必要ないってことぐらい、分かってるんだろ?」


「……もし断ったら?」


「試験の間お前はここで待機だ。もちろん補償金もない。ただし、試験の間俺が死んだらお前の所有権をほかの人に譲渡できるようにしておくつもりだ。」


「………!!」


 こればかりは嘘だ。知り合いもいない俺にはこいつを譲渡できる人なんていない。

 これぐらいの嘘でもしておかなきゃこいつは絶対断るはずだ。俺を殺せない以上見殺しにしておくのがこいつにとって都合がいいからな。

 腕を少し広げたままレイナに言った。


「そういうことだ。さあ、選んでくれレイナ。待つのは嫌だから今ここで答えてくれ。」


 レイナは指を唇に当てて悩んだ。人生でこんなに悩んでみたことがないという顔で深く悩む。彼女の沈黙と俺の沈黙が混ぜあって周りの音が聞こえてきた。

 妻がどうしたとか明日のクエストは何にしようかとか、楽しい話よりは愚痴の声が多い。

 そして注文しておいた料理が出るころ、レイナが溜息を吐いた。


「わかりました。あなたに協力します、が…… あくまでもビジネスですから勘違いしないでください。あなたのことなんて毛ほども信じてませんから。」


「心配するな。わかってるから。」


「あなたを信じるぐらいなら床のシミを信じますから。」


「全然うまくねんだよ!いくらなんでも信じなさすぎだろ!実戦では背中任さなければならないんだぞ?!」


 俺のツッコミを無視したままレイナは食事を始めた。サラダの中にコメが入った貧相な俺の食卓とは違ってレイナの食卓はとても豪華だった。ミディアムで焼けたステーキは油が溢れてるし海産物が入ったチャーハンは光を跳ね返していた。野菜と肉が交わったスープでは食欲を刺激する匂いがして大きなエビと肉、野菜が刺されたバーベキューは5つも存在している。飲み物は漫画で見た木のコップに青色のジュースがコップいっぱいに満たされていた。


 その豪華さに比例して俺の食事は420ルアン、彼女の食事は一つ一つが800ルアンを超えている。

 後悔させるってことはこういう意味だった。おかげで一気に4千ルアンも蒸発してしまった。

 彼女が不愉快そうに言った。


「変なこと考えないでくれますか?今食べ物でレイナを汚す想像をしましたよね?」


「してねえよ!なんで食事中にそんなこと考えなければならないんだ!?」


「ふん!今更後悔しても遅いですよ。もちろん分けてあげるつもりはないですから変な期待もしないでください。」


 いまだに食欲はないので欲張るつもりはない。買ってあげた立場としても食べるならいっぱい食べてくれたほうがいいので後悔もしていない。ただ、全部食えるかどうかが心配だった。

 どう見ても料理一つ一つが一人分だ。そんなものを一人で食べきれるとはとても思えない。常識的に見れば、無理だ。


 収入がない俺としては八百ルアンを超える料理を残すということはいくらなんでももったいないと思ってしまう。

 ―だがそんな俺の心配を全面的に否定するかのように、彼女は注文したすべての料理を食い尽くした。


「フグ…… さ、さすがに、食べ過ぎたかも…… しれませんね…… ウブ…… ウウゥ……ッ」


「……死ぬんじゃないかと思ったよ。」


 いくらなんでも余裕はなかったみたいだ。半分くらい食べた時には明らかに後悔してたからな。


 一応残してもいいって言ってたけど、彼女はさらに自棄になっちゃって最後まで食べつくした。

 おそらく俺の言うことなんて聞きたくないというアピールなのだろう。


 それにしてもすごいとしかいうようがない。男の俺ですらあの量を一人で食べるのは無理だ。

 どうやったらあの小さな体に全部入るんだ?と思った瞬間、視線がもうちょい下に落ちる。

 まさか……


「何考えてるのか見え見えです。」


「………」


「胸ばっか見て、サイテイ」


「ミ、ミテネエシ!!」


 クソ!今度は鋭かったじゃねえか!おかげで声が揺れてしまった!

 だって仕方ないだろ?テーブルに乗せられるとか人生で初めて見たんだし。一応余裕かぶってるけど中身は普通の男の子なんだもん!


 軽蔑の目から逃げるために席から起きる。


 宿には普通にエレベータが用意されていた。2階以上は歩いて上らないという信条を持ってる俺だけど、部屋はちょうど2階にいたのでここは階段を利用することにした。

 そう長くない廊下を過ぎて俺の部屋に向かう。


 俺が住んでた1Kよりもずっと小さな部屋に入って電気とは違う何かで動くランプに光を入れる。レイナは部屋に入らず立ち止まったままだった。


「最後に言っておきたいことがあります。」


「今度は何だ。」


「服の上からはそう見えないかもしれないけど、レイナの裸体は、その、そこまで大したものはありません。」


「………はい?」


「お、男はおっぱいが大好きらしですけど、こんなのただの脂肪の塊だし、今だにおっぱい離れできてないなんて、大人としておかしいですから。」


 全世界の男に謝れこのやろ。


 はっきり言ってレイナは美人だ。俺が今まであってきた女性の中では2番目にきれいだ。しかも巨乳だし、奴隷だからそんなことを想像してしまっても仕方ないって思う。

 でもあれはいくらなんでも警戒が過ぎる。


「こればかりはわからないわけでもないけどよ。でもお前、被害妄想が過ぎるんじゃないのか?お前がそんなこと言うたびに俺はちゃんと全部否定したし、取引という紛らわしいことまでしたじゃねえか。おまえを奴隷としか思ってないなら絶対しないことだ。」


「………全部口だけ、だったんですけどね。」


「はあ…… よし分かった。後で奴隷契約書に俺がお前を強姦しようとするときだけ、反撃を許容すると修正しておくから。」


「なんで今すぐはダメなんですか?」


しつこいと少しはうっとうしくなる。

これからの生活のためにここでは多少強く出る必要がありそうだ。


「理由があるんだよ。説明するから中に入れ。」


「………」


「こればっかりは拒否したら力を使うしかないぞ。」


 ビクンと眉毛の先が反応したレイナはおとなしく部屋に入って門を閉じた。だが目の中の警戒心は今まで以上に膨らんでいる。殺気、というのがそのまま込まれていたので苦笑いしながらペットの上に座った。


「実は俺。しゃべることはできても読み書きができないんだ。」


「……なんですて?」


「さっきも言っただろ?冒険に出るどころか常識もないって。だから今はお前の契約書を修正することもできないんだ。」


「バカにしてるんですか?言葉遣いから外国人でもなさそうだし、読み書きなんて路地裏で育った子供たちにもできることじゃないですか。」


「残念なことにも今の俺はその路地裏で育った子供たちよりも常識が欠けてる。事情があってさ。」


「事情?」


「今は話したくない。何しろお前が俺を信じてないからな。」


「………」


 否定しないことに苦笑いしながらもう一度取引をする口ぶりで言う。


「それでだ。もし契約書を修正してほしければ今から俺に言語を教えてくれ。」


「……これは断ったらどうなるんですか?」


「もちろん修正はない。よってお前の心配通り、俺がお前を襲うかもしれないというちっぽけな可能性が健在になるんだ。」


  客観的に怪しいと感じるしかない俺を見ながらレイナは眉をひそめた。ていうか今日中いつもあの顔だ。きれいな眉間にしわでもできるんじゃないかと心配になってしまう。


 しばらく何も言わずに俺をにらんだり足元を見つめながら悩む彼女。

 そして結局― 何が自分の利益になるのかに気づき、溜息を吐くかのように言った。


「紙とペン、ありますか?」

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