第8話 異世界は奴隷とともに


「いらっしゃいませ。私は奴隷商人のジス•パーバルと申します。」


 灰色の髪を持った奴隷商人はキツネに似た印象だけどかなり若いうえとても丁寧に笑える青年だった。

 物語に出てくる奴隷商人たちはいつも太くて下品な印象に描かれたから俺もそんな奴が出てくると偏見を持っていた。


 常識的に考えれば奴隷を買う奴らは大半がお金持ちの貴族だ。そんなえらい人たちの相手をする人ほどさっぱりして礼儀正しい印象を維持しなければならない。


 彼の誘いを受けてソファーに座ると、メイド格好の女性が部屋に入りお菓子とお茶を出してくれた。表情はないけど金髪とそばかすが似合うきれいな人だ。この人も奴隷なんだろうか。

 単純に考えれば給料を必要としない奴隷を職員に使ったほうがいい。さぼることもないし万が一でも商品の奴隷に余計な感情を持って事故を起こすこともないからな。


 でも人間一人にかかる金は思ったより大きい。食費、服、生活用品、そのほかもろもろ。給料なんてかわいく思われるほどだろうから俺だったら職員を雇うはずだ。


 まあ、あくまでも奴隷を人間だと思ってくれてるときの、話だけど……


 メイドは部屋から出ることなく門の前に立っていた。ジスはメイドが用意してくれた紅茶を一口飲んで、落ち着いた声で話した。


「それではお客様。どのような商品をご望みでしょうか?」


 この世界で生まれたのならたとえ奴隷でも常識は誰もが持ってるはずだ。その中でも俺が欲しいのは冒険の経験や知識を持ってる奴だった。危険な仕事ほど強い人よりは経験が多い人が役に立つ。


 性別は女のほうがいい。だって臭い男同士で旅をするのは気持ち悪いから。


  異世界なだけ他種族が出る可能性だってある。が、今はそんなものにこだわるつもりはいない。


 後はジスに以上の条件を伝えて直接商品を選べばいいだけだ。


 でも


「女性の奴隷が見たい。」


 それだけを彼に伝える。

 こう見えても取引には経験がある。商品に値段がついてない以上、その商品の価格は商人によって千差万別に変わる危険性があるのだ。


 値段を自ら調整し相手の審理を操りながら駆け引きするのが取引の基本だ。


 例えばこうだ。


 お客さんがあるものを気に入ってもらえたら、商人のほうから先手絵を打つのだ。

 これは1000円です、と。

 そして理由をつける。お客さんは印象がいいから、もしくは運がいいから特別に750円で売ると。

 買う人の立場としては原価より安く買ったと思って喜ぶかもしれない。

 だが買う人としてはそれが1000円なのか750円なのか知る方法がない。

 価値を判断し価格をつけるのは結局商人だからだ。

 だからこっちが欲しがるものや持ってる予算を悟らせない必要がある。


「女性の奴隷ですね。ではお望みの年と性格、種族、外見、特異事項などを教えていただけますか?」


「うむ…… そうだね。じゃあまずは俺と同い年の奴らで全部見せてくれる?」


「え?全部ですか?」


「実は俺、奴隷を買うのはこれが初めてなんだ。どんな奴隷がいるのかできる限り全部見て慎重に選びたいんだよ。」


「そうですか。ですがお客様くらいの年を持った女性奴隷はここに数えきれないほどありますので、全部見せるには時間がかかってしまいます。」


「俺なら大丈夫だ。時間もあるしそれぐらい覚悟したからな。そもそもそのための入場料だったんでしょ?」


 奴隷商店は普通の店とは違って入場料だけで1万ルアンをもらう。そうでもしないと町のチンピラやエロおじさんなんかが買う金もないくせにむやみに見に来るだろうからな。

 だが理由はそれだけではないはずだ。


 まだこの世界の相場を正確に知ってるわけじゃないけど、1万ルアンならそこまで高い金額ではない。つまり、庶民でも払える金額ってことだ。


 誰に聞いても奴隷は最低80万から始まるといった。この世界で80万だと中古車1台を買える金だ。まともな頭を持った人間なら奴隷を購入するよりは車を買うはずだし、車があれば貯金をしたりほかのところに使おうとするはずだ。お金持ちでもないのに車を二台も買う人は珍しいから。


 ……-そんな人の中に、いるのだろう。車の代わりに奴隷を買う奴らや、全財産を使っても奴隷を購入しようとするカモどもが。こいつらはそのカモどもを全部つかみたいから入場料を1万と決めたんだ。そもそもただ奴隷を見物するために1万も払う奴らはいないだろうから最上品でも見せてあげればよくを刺激できるはずだ。


「それはそうですが…… 申し訳ございません。夜が遅くなってそろそろ店を閉める時間なんですので。」


 話がずれてしまったけど、要するにこいつらは俺が望むのならここにいるすべての奴隷を見せてくれる義務があるのだ。だが彼もなかなかあきらめず困った笑みを浮かべながらそう言った。


「おいおいまじかよ。じゃあ俺の1万はどうなるんだよ……」


「せめてどこに使う奴隷か教えていただけませんか?私が最大限に選り分けて満足いただける商品をご紹介しますので。」


「満足、か…… よし。じゃあ警護を頼みたいから力が使える奴で。種族は構わないけど騎士や冒険みたいな経験があるやつがいい。モンスターと戦えるくらいの奴なら安心だからな。」


「力、ですね。わかりました。カルラ。」


「はい。」


 思ったより細い声を持ったメイドー カルラはジスに近づいた。そんな彼女にこそこそと何かを伝えると、彼女は部屋を出て7人の女性を連れ戻った。

 これが奴隷か…… 商品だから着ている服は清潔だけどみんな多少やせたって印象だ。


「見た目はみんなかわいい少女ですが、一人一人が成人男性の相手ができるほど力がいい子たちです。それでは左の商品からご紹介します。」


 ジスが初めて紹介した子の名前はキャロルだった。17歳の彼女はヒストリス北のワーカーという地益の出身で楽器の扱いが得意らしくて夜眠らないときにはフルートでも握らせてあげれば気持ちいい夢を見せてくれるらしい。


 次の子はドミノ。19歳で家事はもちろんトランプからチェスまで、様々な遊びに最適な余興用奴隷だ。特技同様家庭的な性格であってこの中で一番年上なのにも処女ということを強調した。


 それからサディはエルフ語が、カルテは炎の魔法が、シノンは武器が、バニラは夜のお勤めが、ヘラーは壊れたものを直すことが特技だとそれぞれの長所を紹介した。


 さて…… ここからが本番だ。


 目立つところもないし全員基本の80万である子たちを最初に見せたのは、俺の反応を見るためのはずだ。

 どんな取り柄に反応するかこっちが望むことを見ようとして、どんな子に目を上げるのか好みを見ようとして、どれぐらいの価格にうなずくのか予算を見ようとするのだ。


 調べるだけ調べて確信ができた時、俺にとって最適の商品を奴らにとって最高の価格で売ろうとしてるのだろう。


 基本に充実した方法だけど、少し露骨だな。


 イメージというものは取引の時に結構重要なのでわざわざ一番高そうな服を着てきた。多分舐められたわけじゃないはずだ。


 まだ若いし、そこまで経験のあるやつじゃないのだろう。だったらここでは軽くアピールする必要がある。


「武器が扱えるシノンはほかの子たちより筋肉もついてるし、炎の魔法を使えるカルテがちょっと魅力的だけど、どっちもまだまだって感じだな。」


「この子たちは本店で一番安いということが長所ですからね。しっかりとみているんですね。」


「まあね。聞く限りここがヒストリスの中で一番大きな奴隷商店らしいし、人数が多い分しっかりとみて選ばないと。これからいっぱい利用したいし。」


「おや、左様でしたか?なら安物を見せる必要はなさそうですね。」


 そういったジスはもう一度こっちには聞こえないよう、カルラに指示を出して外に出した。


 当然だけど俺が言った言葉は全部嘘だ。筋肉の量とか魔法の実力とか全然知らないし、今日を最後に奴隷商店に来る気もない。

 ならどうしてわざわざそんなウソを?単純だ。これではっきりと変わるものがあるからだ。


「今回紹介する子たちの名前はアリサ、ナナ、フォージャー、ケティ、ルネス、レピアでございます。みんなモンスターと戦った経験のある強い子たちです。」


 商品の質がぐっと上がった。

 基本に充実しているほど入り込むのは難しくなる。こっちがすきを作ってあげなければこいつは適当に質を上げたあげくに能力ではなく、見た目で勝負しようとしたはずだ。たとえこちらが購入しなくてもあちらには入場料という利益が残るからな。


 これでこいつはいろんな商品を見せながらこちらの予算を確認しようとするはずだ。

 俺が何を欲しがってるのかだいたい分かったと思ってるはずだから次は自分たちにとって最高の価格で売ろうとするはずだから。そして俺がやるべきことはそのすべてを錯覚させることだった。難しいことではない。難しいことではない、けど……


「今回も左のアリサからご紹介しますね。」


「ちょっと待って。」


「うん?どうかしましたか?」


「……子供も、奴隷として売るのか?」


 一番右にある子供。今まで出てきた子の中で一番幼かった。どう見ても10歳から11歳…… 小学校も卒業してない子供だ。

俺の問いにジスが答えた。


「え?いえいえ。本店では法律で決められたとおり12歳以下の奴隷は販売されておりません。もしかしてあの子、レピアのことでしょうか?」


「……」


「はは。ご心配しなくても大丈夫です。あの子は13歳の成人、まぎれもなく合法的に販売されていますから。」


  奴隷の販売の基準は13歳からのようだ。中学校に入るころ。少なくとも2次性徴が始まるころだから子供とだけ呼べる年ではないのは確かだ。元の世界でも15歳を成人として扱う国もあったし、文化の差ってものだ。


 ……でも日本で生きてきた俺としては、不快感が生じるしかなかった。


 今あの子の目にはどう映っているのだろう。こんな店に来る俺をどう思っているのだろう。

 こんな俺に自分を売ろうとするジスがどう見えているのだろう。

 自分と同じに商品として並んでいるお姉ちゃんたちをどう思っているのだろう。

 鏡に映った自分が…… どう見えているのだろう。


「お客様?お客様、大丈夫ですか?」


「え……?あ!うん、すまん。続けてくれ。」


「はい。」


 ジスはさっきと同様立っている順番に紹介を続けた。俺も気を取り直して予算をばれないように慎重に考えながら答えを算出する。そして次から入ってくる奴隷は、みんな15歳以上の少女たち。見た目も子供には全く見えないやつらばかりだった。


 やっぱ俺の反応をキャッチしていたのか。これは別にばれても構わないけど、注意しなければならない。

 取引とは些細なことでもどれだけ隙を見せるかによってその結果が変わるものだから。


 いや…… 俺が気付けないだけでもう結果が少し変わってしまったのかもしれない。


 そうやって2時間の間その過程を3回くらい繰り返すと、ジスはそろそろ閉店の時間だからこれ以上の紹介は難しいと謝ってきた。


「別にかまわないよ。俺も誰にするか決めたから。」


「本当ですか?でしたら誰がご希望でしょうか。」


「レイナて子を呼んでくれ。」


「…………え?!レ、レイナですか?」


 そりゃあ驚くだろ。ずっと商人としてものを守る番人を欲しがるふりをしていたから。きっと奴としては元騎士だったサラダや氷の範囲魔法を使えるキュルケを選ぶと確信したはずだからな。まさか予算を調べるために出したレイナを選ぶとは思わなかったはずだ。


 表情を隠すこともできず俺の意図を把握しようとする。でもすぐに、今自分の顔に気づいて商人としての笑みを取り戻した。


「わかりました。カルラ、レイナを。」


「はい。」


 四回目の時この部屋に入ってきた15歳の少女、レイナが再び部屋に戻った。


 とても淡く、か弱い顔だちの少女だ。かわいい顔に、額と耳を完全に覆った豊かな黒髪を腰まで長く垂らし、白い肌と対照されてさらに美しい感じがした。


 だがその表情から、荒れて鋭くつり上げた赤い目から彼女の攻撃的な性格を読むことができた。

 おそらく俺が自分を買おうとしていることを知っているのだろう。


 特徴がない白いシャツ。半袖だから固く筋肉が付いた下腕が表れる。

 細い腰の下には黒いスカートが着せられていて 太ももからふくらはぎまでの脚のラインが見えた。


 およそ160cmほどの身長に胸がかなり大きい。15歳であの大きさとはよほど発育がいいのだろう。


 俺が彼女を選んだ理由は3つだ。


 一つ目は一番重要な冒険の知識を持っているからだ。奴隷になる前から冒険家にあこがれを持っていたという彼女はこの奴隷商店で徹底的に冒険の知識と経験を積み上げ成長し、3日前に販売が決まった。


 2つ目は実力。245万もする彼女は決して安いとは言えないけど、冒険家の訓練をもらった奴隷の中でトップ10に入る成績を持っていたので実力を考えれば高いとも言えない。


 最後は外見だ。

 まだこの世界に慣れてないだけ、西洋人の顔だちに近い異世界人たちの顔には距離感を感じている。

 それは奴隷だって同じだ。その中でこいつはほぼ唯一東洋人に近い顔を持っていたので気が楽だった。


「彼女についてもう一度説明が必要ですか?」


「いや大丈夫だ。全部覚えているから。こいつにする。」


「そうですか…… それでは前金の245万ルアンをお願いします。」


 現金が入った袋を支払うとカルラがそれを受け取る。彼女が何かを確認するかのように袋を撫でてうなずくと、ジスが金の確認が終わったって言いながら突然現れた羊皮紙を握った。その羊皮紙に書かれた何かを消して再び何かを書き入れる。


「お客様は奴隷を買うのが初めてだとおっしゃいましたよね?」


「ああ。」


「それでは基本的に記載されている契約の内容について説明いたします。ルールその一、主人の命令には絶対服従。ルールその二、主人を攻撃しない。ルールその三、自害を禁ずる。以上の内容を破った場合腹の刻印が奴隷に巨大な痛みを与えます。」


「へえ。」


「これ以外に加える内容があれば、もしくはほかの方とトレイ度する場合心の中で奴隷の契約書と奴隷の名前を呼んでください。そうすれば今みたいに奴隷の契約書が表れます。」


 署名欄には幸い名前を書くのではなく、自分の血でサインだけすればいいのでカルラが持ってきてくれた針を持って拇印を押した。すると契約書が消えた。契約完了ってことか。


「いい取引ありがとうございます。今日はもう閉店になりますが、次またお立ちしてくれる時をお待ちしております。」


「ああ、こちらこそ。」


 握手を最後に店を出た。

 レイナは荷物もないのかそのまま俺についてきた。

 個人用品は期待もしてないけど下着すらないのか…… 想像したくないけど下着も共用で使っているのかもしれない。


「この時間でも明るいのは異世界でも同じか。」


 確認してみると一日の時間は地球と同じ24時間だった。

 夜12時を超えたのにも街の光は消えない。大半が酒場やキャバレー、賭博場みたいな風俗店てことも地球と同じだった。奴隷もいる世界に風俗がないってことがよりおかしいけどな。


 昨日見れなかった夜の風景を軽く鑑賞しているのに、後ろでレイナがそんな俺を見つめていることに気づく。目には警戒心でいっぱいだ。そりゃあそうだろ。いきなり見たこともない男に売れたから警戒はもちろんとても不安に思ってるはずだ。


「まぁ、そんなに警戒すんなよ。」


「………!」


 不安に震えてる女の子を安心させるとか、そんなのモテ男専用コマンドなので俺にはできないことだ。

 でも支配権をこっちが握っている以上いくら俺みたいなやつの言葉でも言葉には力が宿るはずだ。


 もちろん、馬鹿じゃあるまいしそれで信用してくれるとは思っちゃいない。今はただ悪い人じゃないのか……?という印象だけ与えられればそれでいい。


 これからの冒険家としての生活を考えればぎこちないよりは適当に緩んでるほうが実力を発揮しやすいはずだ。そもそもできれば選びたくない選択地だったんだからな、奴隷なんて。


 考えを整理して久しぶりにお人よしスマイルを装着する。そしてさっぱりした態度で手を差し出した。


「俺の名前はリアス。17歳だ。」


「………」


「レイナ今のお前は俺が信用できないはずだ。でしょ?当然だよ。自分のすべてを握っている男だからな。むしろ信用できた奴のほうがどうかしてる。でも、俺はお前を人間として対したいってことを分かってほしい。俺がお前に望むのは俺の仲間になって俺と一緒に戦ってくれることだけだ。」


 自分から見ても警戒を解くしかない言葉だった。

 そういえば優しいご主人様に恋をしてしまう奴隷とかよくあるクリシェだけど、異世界なら俺もいけるんじゃないのか?やれやれ困ったぜ。


「……サイッテイィ。そんなお人よしみたいに言えばレイナが惚れるとでも思ってるんですか?何が人間として対したい、だ。女の子に会える勇気もなくて奴隷なんか買っちゃう変態のくせに。」


 俺の想像とは真逆に敵意を丸出したレイナはそういった。


「え……?あ、ごめん、俺今聞き間違ったんだけど……」


 絶対聞き間違いだ。まさか異世界の美少女奴隷がご主人様にそんなえげつないことをいうはずがない。


「あんたみたいな奴にご主人様呼ばわりしながら気持ち悪いプレーする気ないって言ってるんですよ。このキモ男!」


 二度も言われた以上聞き間違ったはずはない。そしてそれを認識した瞬間、また頭の中に常識的な答えが浮かんだ。


 いくら優しくしてくれても相手はご主人様だ。永遠に自分の自由を奪う存在であり、気分によっては自分を殺せる存在なのだ。


 そんな相手を、好きになるのはおろか、時間がたったところで信用することができるのだろうか。


 断言できる。


 ーない。

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