第7話 このふざけた世界に呪いを
「ううむ……」
樹木の間から漏れ出る太陽の光と小鳥のさえずり、そして肉がこけてしまった不気味なにおいに目を開ける。タイミングよく降ってきた春の風がその不気味なにおいを追い出し、俺が外にいるってことを自然に思い出させてくれた。
「ここは…… ウウ……ッ?!」
目が覚めてないこととは違う、ボーとした世界で初めて感じたのは燃えるような痛みと自分の体とは思えないぐらいの重さだった。
痛みの原因は昨日ゴブリンにやられた肩と足。血は何とか止まったけど傷と痛みは治ってなかった。起きた瞬間眠気がぶっ飛んでしまった俺は、昨日冒険家協会でもらったポーションを飲んだ。
冒険家協会に志願すればだれでももらえる安い品のポーションだ。
中身はスズメの涙ほどだったけど意外に効果はばっちりだ。いつまでも続きそうだった痛みが直され傷口がふさがれる。
「はあ…… はあ…… これでいい…… のか……?」
ゆっくりと傷を負ったところを動かしてみる。完治されたわけじゃないのか傷がチクチクするけど、幸い動けないほどではない。
すげえな…… 飲んだだけで傷が治るなんて。文字通りファンタジーだからこそ存在できる魔法のアイテムだった。小説では地球の知識や物を持ってきて俺SUGEEE展開になるのが王道だというのに、この世界だと逆になりそうだ。
まずは体を起こす。
「これもまたすげえな…… 全部俺がやったのか。」
何とか体が安定を取り戻すと周りが見えてきた。
緑と茶色が混ざった地面には10個を軽く超えるゴブリンの屍が転がっていた。黒くこけた肉のにおいがまだそこら辺を回っている。
反吐が出て鼻と口をふさぎ顔をそらすと、昨日の光景を思い出した。
歯ぎしりのようなゴブリンの声、狂気に染まった黄色い目、激痛と自分の血の匂い…… すべてが初めて感じる恐怖だった。
その中でも最も気持ち悪いのは、黒くこけて形しか残ってないやつらの屍が、まるで子供の屍のように見えるってことだった。
最初は急いでその場から離れようとした。そうじゃないと頭がおかしくなっちゃいそうだったから。でも俺は鼻と口から手を放して一気にその場の空気を吸い込んだ。
昨日のことでここがどんな世界なのかよーく分かった。ここは異世界だけど、俺が知ってる単純な世界ではない。すべての生物が生きるためにあがく残酷な世界なのだ。
そして俺は、そんな世界の冒険家を目指している。内臓どころか血すら出てない死体に慣れなければやっていけない。
その事実を頭に入れて覚悟を決めたまま目の前の惨状を脳の中に刻み込む。
死体を毀損して黒くこけた内臓を確認してみたり、手で内臓を引き出して握ってみたり、鼻を近づかせてにおいを嗅いてみたり、殺しきれず殺された姿を想像してみたりする。
吐くのはもちろんあきらめを頭に描いたけど、どこからでも見ることになる光景だと自分を洗脳する。しばらくしたら体の震えは徐々に止まって、結局次のゴブリンの死体を毀損しても迷わなくようになった。
もちろんこの一回で完璧になれたとは思わない。でも少なくとも相手を殺した時に動きが止まったりすることはないという自信ができていた。
「クソ…… なんで俺がこんな目に……」
そうつぶやくしかなかった。寝床が悪かったせいか、それとも昨日と今日のことがショックすぎたせいか、それともどっちもか。起きてから何時間しかたってないのに体と精神はもう限界を迎えていた。
こうも不愉快で死にそうな疲労は4年前の不眠症以来初めてだった。その時が精神的に追い込まれていて苦しかったとすれば、今は休みたいのに休めないって状況が苦しかった。
それに戻る途中にもスライムを警戒しなければならなかったので気を抜いて歩くことさえ許されなかった。
「はあ……」
気持ちとしては不満でもぶつぶつ言いながら行きたい。だが余計に体力を使うだけだし、万が一でもこの時間に活動をしているゴブリンやほかのモンスターがいたらシャレにならないので溜息でそれを代わるしかなかった。
何時間をそうしたのだろう。何とか無事にモンスターと遭遇することなく昨日通った関門の前につくことができた。
「お、お疲れ様です。私たちはヒストリス西関門の門番なんですが、身分証明書と5千ルアンの提出、そしてここに来た目的を話していただけますか?」
「昨日の夜、ゴブリン退治のためライベス森に入って今戻ってきました。」
「なるほど、だから服が血だらけに…… 大変だったんですね。」
漫画みたいにポーションは体は直しても服は直せなかった。おかげで服は矢が当たった穴を中心に血だらけになっていた。昨日より警戒するのはきっとこれのせいなのだろ。
問題はそれからだった。疲れで死にそうなのに身分証明書を照会した兵士たちは驚きながら昨日と同じに俺の体を調べてヒストリスを出た後からのことをしつこく質問してくる。
当然だがすべてを正直に話すわけにはいかなかったのでゴブリンと戦って殺されかけたことや冒険家協会でもらったポーションで体を直し逃げたと適当に話を作った。
兵士たちは実力もないのに一人でゴブリンを狩りに行ったのかと疑った。そんな常識すら得られない田舎から来たとごまかすと、怪しく思われながらでも何とか納得はしてくれた。一応身分証明書を作る前までの履歴がないからな。
話す途中で何度も気絶しそうだったけど何とか持ちこたえた。
「審問はこれで終わりですよね?ご苦労様でした。」
「ちょっと待て。」
「あ?」
「最後に一つ。左手の宝石が込まれた指輪、それは何だ?」
……あ、そういえば目を開けた時の光景が圧倒的過ぎて忘れてた。
これは創造の魔法で作り出した俺の力、カゲツチの指輪だった。昨日の夜雷でゴブリンを抹殺したのも、髪と目の色が変わったのもすべてこの指輪の力だ。
名付けて神電。その姿になったらあらゆるダメージを受けても体が雷となることで自動回避できるし、最大100億ボルトを撃ったり放出することが可能となる。
まさしく、雷雲の神が顕現したような姿。だけどそれを維持できるのは30分だけで再び使うためには12時間のローディングが必要だった。タイムリミットって奴だ。
こんなタイムリミットを決めたのはあいにくなことにも俺だ。自分でもどういうことかわからないけど、カゲツチを作るときにこれが限界!だと頭の中に浮かんだのでそう作るしかなかったのだ。おかげで今の俺は雷を撃つこともできないし髪と目も元に戻った状態だった。
「こいつは親父からもらった指輪です。家を出るときに金が必要になったらこれでも売れって言ってました。」
「あんた確かゴブリンと交戦したって言ったよな?こちらから一度その指輪を調べてみたい。」
「……は?」
「ゴブリンは人間からものを略奪するモンスターだ。略奪したものの中には貴族のものがある場合があってゴブリンからえたものはすべて国に返品することになってる。」
要するに俺が信用できないから指輪を調べるってことか?確かに身元もはっきりしないやつが高そうな宝石を持っていたら疑うのも無理ではない。ただ俺としては話が不愉快に感じられるしかなかった。
一応反抗してみる。
「これは間違いなく私のものです。それに交戦はしたけど逃げたって言いましたが?」
「それを証明できる方法はあるか?」
「自分のものを自分のものだと証明白だと?どれほど無礼なことを言ってるのかはあなた方も知ってるはずです。」
「あんたの感情問題を聞いてるわけじゃないんだ。もし拒否するなら武力で確報するしかないぞ。」
俺にこの世界の常識はもちろん法律に関する情報はない。そんな法律がほんとにあるかどうかもわからない。でも嘘はついていないと思う。だってそれほどの根拠がないならあれほど強圧的な態度をとったりはしないだろうから。
だが、問題は身分証明書を確認した瞬間、突然変わったこいつらの態度だった。
「…… はあ…… 仕方ありませんね。わかりました。」
奴らに見えないよう背中を向けて指輪をはずすふりをする。そして最初に倒したスライムの核と財布に入っていた五百円を使ってそっくりの指輪を創造し奴らに投げてあげた。
「これでいいですか?」
「ふん、ゴブリンの危険性も知らない田舎者でも法律の怖さは知ってるってことか?これでいいぞ。」
「もし…… それが私のものだと証明されたらどこに行けばいいんですか?」
「あ?ああ、そうだな。一週間後に西にある落とし物センターにでも行ってみろ。主人が表れなければあんたのものだと証明されるから。」
「……わかりました。」
今度こそ喚問を通過して町の中に入る。
態度から見たところ指輪を渡したら横取りする可能性があった。あっちは最初からそんなもの受けてないって言えばいいし、証拠どころか身元も不明な法律的弱者だから通報されても勝つ自信があるのだ。
もちろん断言はできない。身分証明書を見る前との態度があまりにも違ったから敏感に反応してしまったのかもしれない。だがそんな可能性があるということ事態が怖いのだ。
まさか戸籍を作った時のデメリットがこんなにも早く出るとは……
こうなったらどうしても10日後の冒険家試験に合格しなければならない。
俺がこんな扱いをされる理由は俺自身が身元不明のあやしい奴だからだ。冒険家という確実な実績ができれば少なくともそのようなデメリットは消えるだろう。
「そのためにはまず寝ないと……」
そろそろマジでやばい。やっと落ち着いたと思ったのにまた吐き気がするし頭もくらくらして視野が異質的に見えた。まるで夢の中を無理やり歩いてる気分だ。
どこがいい店なのかなんて知らないので一番先に目に入った旅館に入る。
旅館の1階にはまさしくファンタジ的な居酒屋があった。
朝だから人は少ない。大半の人は冒険家らしい服装をしている。俺に気が付いた人々は血だらけの服を見て驚いたけど、気にする暇がなくて受付のところに向かった。
「一人部屋…… 借りたいんだけど……」
「あ…… あ……!い、いらっしゃいませ。冒険家の休み場、妖精の城に。一人部屋は一日千ルアンになります。」
「四日でお願いします。」
「はい、ありがとうございます。本店のチェックアウトの時間は、12時になっております。また部屋の鍵を持ったまま外出することはできないので外出するときには受け付けに返品してください。」
正直もう耳には入らない。誰かが指で軽く押しても倒れちゃいそうだ。常識的に考えれば病院に行くべきだけど、今の俺はそんな常識的な思考が不可能だったので8時に起こしてくださいという言葉だけを伝えて2階の寝室に向かった。
そして部屋に入った瞬間―
昨日と同じで、
意識が消える。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うう…… まだ頭が回らない……」
気絶がそうめったに起こることじゃないけど、二日も連続で気絶したのは本当に初めてだった。それに後ろへと倒れて樹木に支えられた昨日とは違って今日は前へと倒れたのでほっぺが痛い。
部屋に入ったことで安心して倒れるなんて…… 冷静に考えてもそんな状態で旅館まで行ったのは奇跡だと思う。そしてくるっていたと思う。いくらショックを受けて本能のまま動いていたとしても病院じゃなくてベットに向かって歩くとは。そのまま床で死んでもおかしくなかった。
「でもまあ、意外に寝て起きたら平気なもんだな。」
自分でもありえないと思うけど体は正常に活動していた。まだ頭がまともに回らないってこととご飯が食べられないってことを除けば腹の中も大丈夫だし腕と足もポーションで完璧に完治した。
最初は体の状態を確認するのも兼ねて病院に行ったほうがいいんじゃないかと悩んでたけど、即座に体を直したかったのでポーションを選んだ。
「ふああ~ そういえば銭湯とかいつ振りだっけ……」
現在俺はウェストトリスという市民用の銭湯に来ていた。ファンタジーの風呂だからって大したことはないだろうと思ってたけど、案外不思議な風呂が多かった。
例えば俺が入っているノーカリメアの風呂は肌を溶かす風呂だった。正確に言えば肌の表面の角質や老廃物を溶かす風呂なので入るだけでも肌をきれいにしてくれる効果があった。溶かす力がそう強くはないから危なくはないけど肌を描くような痛みがあって肌が弱い人や根気のない子供たちには入りにくい風呂だ。
逆に須吾横には子供たちのためのルーブルという風呂がいた。温度が中途半端なのは当然で人がシャボン玉をかぶれるようにしてくれるバブルというアイテムが用意されていた。これを使って子どもが潜水して遊べるようにしてくれるプールのような風呂だ。
そのほかにも少量の疲れを吸収してくれるソッレプスエ風呂とか水そのものが流動的に動きながら水圧で全身をマッサージしてくれるノーチプカ風呂など、うちの世界より風呂の文化が高かった。
「気持ちとしては風呂を一つ一つ満喫しながらのんびり送りたいけど、もう夜だし忙しいからな。」
わざわざ受付さんに起こしてくれることを頼んだのは今日中に終わらせたいことがあるからだった。
まずは銀行によって金を取り戻さなければならない。それほどの大金を持って動くわけにはいかなかったので昨日町を出る前に通帳を作っておいたのだ。
あったまった体を引っ張り、冬のかけらが残った春の街を超えて銀行へと向かった。
銀行の中には遅い時間にもかかわらず、かなり人が多くて待つことになった。
ボーと順番を待っていると今いる場所が本当に異世界なのか疑ってしまう。
ビジネススーツを着用した職員たちがデスクに座って現代に近いパッションの人々を相手している。大半は10分で用事を終わらせたけど、5分もかからない人がいれば20分かかっても終わらせない老人たちもいた。そしてその老人の用事が終わるのと同時に俺の順番がやってきたので銀行に任せておいた5百万のうちに3百万ルアンを取り戻した。
次は服を買うため銀行で一番近い防具店に向かった。
いくらパッションが自由な世界だとしても血が付いた服は目立ちすぎる。どこに行っても人が俺のほうを振り向く。
血だから怖くて俺を避ける人はまだましだが、不思議そうにこっちを見て指さしたり心配そうに声をかけてくる人々が問題だ。
そうやってついた防具店で私服に使う服5つと下着、そして冒険家用の服を2つ購入した。
まだどんなブランドの服がいいのかもわからないので動きやすくて防御力が高い服を中心に購入した。特にボールドバシリスクというモンスターの皮で作ったこのコートは寒さはもちろん、熱気にも強くて火や氷系の攻撃も防げるという。
「あと一つだな。」
そうつぶやいて一番高そうな服に着替えたまま最後の店を探すために東へと向かった。
気絶から起きた時俺から言語理解魔法は消えていた。聞こえてくるのは相変わらず日本語だけど昨日までは読むことも、書くこともできた異世界の言語が全く理解できなかった。
もしコミュニケーションまで取れなくなってたら最悪の場合、金を取り戻すこともできなくなったはずだ。
読み書きができなければすぐ明日にでも困ったことが起こるかもしれない。だからできる限り早く、遅くても冒険家試験が始まる前まではこの世界の言語をマスタしなければならない。
しかし言語というものはそう簡単にマスタできることではない。
いくら音声言語が一致してもリンゴという単語を読んだときそれが正解かないかを教えてくれる人がいなきゃ意味がない。
それにこの世界の常識を教えてくれる人も必要だ。今みたいな時代に無知なことほど重い罪はない。法律までは知らなくてもゴブリンが危険だという常識くらいは教えてくれる異世界人が必要なのだ。そうじゃないと次こそ死んだり、大きくだまされるかもしれない。
つまり整理すれば俺にはこの世界の協力者が必要だということだ。学ぶことも多いし、長い時間を付き合ってくれる人が必要だ。カゲツチはいつでも使える力じゃないから冒険にもいっしょに行ける人がいい。試験まで時間もあんまないので短時間で激戦の中でも背中を任せる人でなければならない。
常識的に考えれば、短時間でそんな人と出会うことはいくらコミュ力が高い人であっても不可能だ。人を信用することほど難しいことはないからな。
だがあいにくなことに、ここが異世界だったおかげで信用がなくてもそのすべての条件を満たす人が存在した。
「見つけた。白くて二重に造られた建物。」
店には看板が付いていたけど読むことはできなかったので人々から店の特徴を聞いて探すしかなかった。西洋のドーム状の建物、そしてその後ろには商品が生活していると思われる大きな建物が建てられていた。窓はあるけどこの位置だと内部は見えない。
正直地球からやってきた俺としてはできる限り選びたくない選択地だ。俺は最低で下品な奴だけどこんな制度には目をしかめることができる人間だった。
……だがこの世界が俺が知っていた素晴らしい世界ではないことを知った以上、甘いことを吐くわけにもいかない。
「まず一番に考えるべきなのは俺の状況だからな。」
消して俺を裏切らない存在、いつまでも俺の隣にいてくれる都合のいい道具であって人間以下の人間を売る店。
俺は奴隷商店に足を運んだ。
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