第4話 異世界は意外と現実的だ


 城の外に出たころには世界はもう夕暮れの色に染まっていた。にぎやかだった街には人が減って、電柱と露店に一つ二つ明がつきながら夜を迎える準備をし始めていた。

 入るときには気づかなかったけど、ここで見る町の風景はかなりのものだ。


「さて、これからどうしよっかなぁ……」


 カッコつけて出てきたが、特に何か考えがあって出てきたわけじゃない。

 常識的に考えれば人間が生きるために必要なのは金だ。そしてその金を稼ぐためにはその世界の情報と地位が必要だ。


 当然なことだけど異世界から来た俺には地位や情報どころか常識もない。誰か今の俺に近づいて大人はこの時間に外を歩いちゃダメ!と騙してもそれが本当かどうかですら判断できない。


「一応金はあるんだけど……」


 俺はいつも財布を身に着けて生活していたので財布を持ったまま異世界に召喚された。

 おかげで手元には6千円もうちょいっていうそれなりに大金を持っていたけど、ここが異世界である以上諭吉も一葉もその本領を発揮するのには無理がある。


「俺を召喚した奴らに頼れない以上、マジで詰んでるんだけどどうしよ……」


 現時点でどんだけ頭を回しても、この状況を打開できる方法が見つからない。ならわけある美少女がいきなり表れて俺を助けてくれるか、今まであってきた異世界人たちとの話の中で方法を探すしかない。


 前者はダメそうだからピエロ、姫さん、王…… 異世界人じゃないけど冬月との対話まで想起してみる。


 するとふと、王の話の中に出てきた冒険家協会を思い出した。


「そういえば異世界マニアのくせに冒険家について全然考えてなかったな。馬鹿か俺?」


 世界を旅する冒険家になる。異世界のお約束だ。


 現実的に見れば冒険家なんてモンスターを狩るちょっと変わったフリーターだけど、俺みたいに異世界から来て何も持ってない奴がなりやすいし金と情報まで得られる仕事はない。


 ピエロに言った通り旅なんかしたくないけど、バイトよりは面白そうだからな。生きるためには仕方のないことだ。


「……あ。でも今のままで行っても登録してくれるのか?」


 おそらく登録するときに個人情報が必要なはずだ。だって得体のしれないやつを登録してくれるはずないもんな。

 それにどこかのくそ偉大な方によると、世の中にタダはないとおっしゃった。冒険家協会に登録すること自体が金がかかる可能性がある。


 さっきも言ったとおり今の俺は無一文だ。冒険家協会に加入するための金も、その冒険家協会に加入するために必要な身分証明書を作るための金も、俺にはない。


「……くそ。」


 早くも道がふさがれてしまった。

 ほかに金を稼げる方法や冒険家以外の選択肢を悩むのにー 後ろから聞いたことがある声が聞こえてきた。


「あの!待ってください!」


「ん?」


 振り向くと、そこには俺をこの世界に召喚した姫、イリヤ・バン・ヒストリスがこちらに向かって走ってきていた。

 急いできたのか額は汗だらけだし美しい髪はちょっと乱れていてまた別の美しさを放している。

 一応彼女の後ろを確認してみる。ついてきたものは…… ない。


「よかった。まだ城の前にいらっしゃったんですね……」


「……私にまだ用があるんですか?」


 俺の問いに彼女はちょっと荒い息を整えることもなく答えた。


「その…… すみませんでした!」


「……は?」


 彼女は、いきなりそういいながら顔を下げてきた。全く予想できなかったその姿にいくら俺でも驚くしかなかった。

 ちょっと遠いとはいえ兵士たちが見ている前で一国の姫が勇者でもない存在に顔を下げたのだ。


 何事だ?何かに気づいたゆえの行動、なのか?


 警戒心を顔に出さないようにしながら「何が?」と問い返す。すると彼女は申し訳なさそうな表情で顔を上げた。


「召喚…… わたくしのせいでこんなことになってしまったじゃないですか……」


 ……………ふむ。要するに謝りに来たってことか?わざわざ?姫様が?

 怪しく思いながらもまずは笑いながら答える。


「ああ、そういうことか。それなら気にしないでください。起きてしまったことはしょうがないし、別に姫様のせいとも思ってませんから。」


「そんなわけにはいけません!ヒストリスの王女としてちゃんと責任を取りたいです!」


「責任?」


「はい。今からでもわたくしと城に戻りませんか?」


 責任とか王女としてとか、言ってることだけ見れば優しい姫様だな。

 あくまでも純粋な気持ちで出てきた言葉、ならの話だけど。


「ありがとうございます。言葉だけでもうれしいですね。でも断っておきます。」


「ど、どうしてですか?」


 俺はズボンに入れておいたステータスが書かれた紙を見せてあげた。


「見ての通り私の天職は運び屋です。今は大丈夫でもいつか面倒に思われる時が来ますよ。そしたらお互い大変でしょう?」


「そんな…… わたくしはそんなこと思ったりしません!」


「姫様は、そうでしょうね。」


「え……?」


 俺は紙を再びズボンに入れながら続けていった。


「城には姫様だけあるわけじゃないでしょう?兵士たちもいるし使用人たちもあります。その大勢の人たちがみんな姫様のように私を見てくれるという保証はありません。でしょ?きっと後ろからものをいう人もいるだろうし時間が過ぎたら露骨に喧嘩を振ってくるやつも現れるはずです。」


「そ、それは!そうかもしれませんが……」


「私はそんなものを耐えられるほど強い奴ではありません。何せよ生まれつきが運び屋ですからね。」


 俺だってひきぼっちらしく、いや人間らしく城の中で楽したいという欲はある。

 でも、それでも誘いは断った。理由はただ純粋に、こいつらを信用できないからだ。

 ありえない。自分をさらった人攫いを信じろなんて、相当な馬鹿じゃなきゃできないことだ。


「でもこのまま出てどうするんですか?わたくしがこんなことをいうのはとても図々しいことですけど…… 行く所もないじゃないですか。」


「そうですね。まずは街の中を回りながら仕事でも探してみるつもりです。一応天職も知ってるから飢え死にすることはないと思います。あ、そう考えればむしろ感謝するべきなんでしょうか。アティーナの啓示っていうあの魔法の道具、めっちゃくちゃ貴重だと聞きましたよ?」


 反応を見るためにも嘲りに近い冗談を投げると、彼女はまた申し訳なさそうな顔で眉毛の先を下した。嘘つきなら大したレベルだと思いながら笑う。


「冗談ですよ。あなた方のことは本当になんとも思ってないから。だから姫様も気にせず暮らしてください。」


「………」


「では私はこれで。えんがあればまたごあいしましょう。」


 姫だから仕方なく話を聞いてあげたけど、ここで長引くことはよくない。本当に何かに気が付いたのならつかめようと強行手段を使わない今姿を消さなければならない。最悪の場合、今日中にでもこの町を出なければならないのだ。


 急いでその場から離れようとするのに彼女がもう一度「ちょっと待ってください!」と俺をつかんだ。


 なんかよくない気がして走ろうかと迷った。だが後ろにはさっき見たすごい訓練をしていた兵士たちが何人もある。


 心の中で溜息を吐きながら振り向いた。すると彼女は、自分の首に着けていたペンダントを脱いで俺の手に渡してくれた。


「ヘパイスのダーツ・ヘパイスが直接作ったペンダントです。商店会で売れば5百万以上のルアンをもらえるはずです。」


「ルアン?」


「この世界の貨幣です。庶民の生活にどれぐらいのルアンがかかるのかは知りませんが、少なくとも一か月は問題ないと思います。」


 ………ほぉ


「え?いいんですか?そんな高いものを私なんかにくれても。」


「はい。もう日も沈みましたし今日中に仕事を探すのは難しいですからね。それに運び屋としてできる仕事はみんな大変なことばかりでしょうから。きっとこれが役に立つはずです。」


 正直に言えばこれも怪しいので受けたくない。後で態度を変えて姫様のものを盗んだ!とか言いながら拘束するかもしれないし、何かの魔法が書かれてて後で面倒なことになるかもしれない。安全のためにはこれも遠慮しておいたほうがいい。


 でも………


「そうだな…… 確かにその通りです。じゃあこれだけはありがたく受け取りますね。」


 今の俺にはそのリスクを背負ってでも得なければならないのが金だった。ペンダントをズボンに入れると彼女はやっと安心したように笑った。


「いつか勇者様方が魔王を倒して元の世界に帰せるようになったら必ずお迎えに行きます。その時まで待っててください。」


 そういえば戻る方法があるって言ってたな。信じちゃないけど「信じて待ってますね。」という言葉を最後に今度こそ橋の上から離れる。姫さんは俺が見えなくなるまでその場に立って手を振ってくれた。俺も苦笑いしながらそんな彼女に手を振り、城から遠くなった。


「まぁ、すっきりしないけど、とにかくこれで金の問題は解決だな。次は」


 街の住民に冒険家協会と身分証明書を作れる区役所、そしてペンダントを売れる商店の位置を聞いた。案外に商店は近くにあったので探すのに困難はなかった。


「こ、これはヘパイス製のペンダント!しかも最高ランクの品物?!おぬし平民に見えるんじゃがどこでこれを……」


「わけあって手に入ったんだ。これを売れば5百万以上はもらえるって聞いたんだが。」


 どうやらヘパイスというのはうちの世界からすればアディオスみたいな有名ブランドのようだ。


 店の店長はこれほどの名品を持っている俺を怪しい目で見たけど、幸い姫の言う通り5百万を超えるルアンを渡してくれた。


 緑の偉そうな西洋おじさんが描かれた紙幣にはこの世界の数字で1万と書かれていた。もうちょっと若そうな女が描かれた青い紙幣には1千ルアン、砂時計が描かれた金貨は5百ルアン、船が描かれた銀貨は百ルアンだ。

 金をもらった次には身分証明書を作るために区役所を訪れる。商店とは違ってかなり遠い場所にいたので行く途中にいちいち人に聞かなければならなかった。


 その過程で人々に名前を聞いてみた。どうやらこの世界では貴族以下は名字を持てないようだった。そういえば城の中でも貴族は一つの名字を、王族は二つの名字を持っていた。確認もせず名前を決めたら大変なことになったかもしれないと思いながら名前を設定する。


「はい。身分証明書のことですね。それじゃこちらの用紙を記入していただけますか?」


 区役所の用紙には異世界言語で個人情報を書き入れるための空欄が準備されていた。全く見たことがない言語なのにこの世界に召喚された時のメリットのおかげで内容は自然に理解できて、書きたい文字もなんとなく書くことができた。しかし、戸籍を記入しなければならない空欄を見た時には手が止まってしまった。


「戸籍はありませんか? それならこちらの用紙を先に作成していただけますか?」


 異世界から来た俺に戸籍はもちろん出生届の記録すらなかった。日本だったら身分証明書を作るの事態ができなかったんだろう。だが区役所の職員は変な目で見ることもなく戸籍謄本を作れる用紙を渡してくれた。


 どうやら出生届もなってない私生児が時々俺みたいに身分証明書を作るために来ているようで、戸籍を別途作成できる用紙が用意されているそうだ。

 この方法で戸籍を作る場合証明できるのは[ヒストリスの国民]ってことだけなので普通の人よりもらえる補助が少ないとも言った。


 例えば経歴がないので職場を探すのが困難とか、身元が不明なので法律に係わった場合いろいろと不利だとか。


 もちろん今の俺にはそれだけで十分なので職員に言われた通り空欄を記入し、戸籍謄本を作ることに成功した。


 最後に向かったのがいよいよ冒険家協会だった。


 現代に近かった区役所の内部や町人たちのパッションとは違って冒険家協会はファンタジーOnlyって感じだったので異世界に来たってことを強く実感させてくれた。


 天井は高くて建材の石材と木材が絶妙に混ぜりあいながら空間を飾っている。

 掲示板に見える四つの壁には依頼用紙がいっぱいついていて、その前で悩んだり用紙をとって仲間や受付に持っていく冒険家たちが見えた。


 物語でしか見れなかった冒険家になると思ったらちょっとドキドキする。一番人が少ない受付に向かった。


「こんばんは。登録がしたいんですけど。」


 そういいながら席に座ると受付のお嬢さんが丁寧に微笑みながら頭を下げた。


「いらっしゃいませ未来の英雄様。それでは登録手数料の1万ルアンと身分証明書を提出していただけますか?」


「はい。」


 商店で持ってきた金と区役所で作ってきた身分証明書を渡すと彼女はそれを受けてパソコンに似た機械に何かを入力し始めた。そしてきれいな笑みを浮かべたまま、冒険家協会についての簡単な説明をしてくれた。


 協会にはどぶ掃除のような労働クエストからモンスター討伐という危険なクエストが集まる。クエストにはそれぞれクリア難易度があって低い順にE・D・C・B・A・Sのランクが存在する。これは冒険家も同じでランクによってもらえるクエストに影響を与える。


 例えばEランクの冒険家は一段階上のDランクまでのクエストはもらえるけど、CランクのクエストはDランクの冒険家にならないともらえないってことだ。


 クエストは複数遂行が可能だけど最大五つまで。パーティーを組んでクエストを受けることも可能だけどこの場合にはパーティーメンバー全員が集まってクエストを受けてくれることを頼んだ。


 続けて冒険家になればもらえる特典についても説明してくれた。


 すべての冒険家は町から町へと移動するとき関門での通行料が無料だ。どの町であれ宿泊を借りるときに10%安く借りれるし冒険に必要な道具を販売する道具展でも全ての道具を10%安く購入できる。ただし、これはあくまでもヒューマンの国だけでできることで他種族の国では通じない場合もあるらしい。


「説明は以上になりますが、他に聞きたいことはございますか?」


「冒険家協会はどの町にもあるんですか?」


「 はい。町として国に所属されている地域には例外なく冒険家協会が設備されております。」


 なるほど、どんだけ田舎でも仕事はできるってことか……


「じゃあクエストを失敗した場合にはどうなるんですか?」


「クエストを失敗したり途中であきらめた場合にはランクによって違約金が発生します。Eランクだった場合10万ルアン、Dは 30、Cは 50、Bは100、AとSは依頼主と話し合って払うことになります。」


 俺は今冒険家になったからランクは一番下のEだ。失敗したりあきらめた場合違約金は10万ルアン。

 だとしたら試しに討伐クエストを受けてみても大丈夫そうだ。本物のモンスターがどれほどのものかも気になるし、今なら金が腐るほどあるので途中であきらめても大した無理にはならない。何よりも今日中でモンスターにやってみたいこともあった。


「他に聞きたいことはございますか?」


「いいえ。もういいです。」


 初めての相手はやっぱゴブリンがいいだろ。スライムとともにファンタジーゲームの定番だし最悪の場合でも殺されることはないはずだ。

 そこまで思って席から身を起こすと、受付のお嬢さんがまた丁寧に頭を下げた。


「そうですか。それでは11日後の朝12時まで、一次試験の確認のためにまたこちらにお越しください。ごくろうさまでした。」


「はい。受付さんこそ。」


 すぐクエストを探すためにEランクの掲示板に向かおうとした瞬間ー 行動を止めて席に座る。


 うん?一次…… 試験?


「あの…… 試験て、何のことですか?」


「え?もちろん冒険家になるためのテストのことですが……」


「……え?」


「え?」


 最初はこの言葉の意味が理解できなかった。受付さんも俺が何を理解できてないのかわからなくて困った顔をする。


 しばらくそうやってお互いの顔を見つめながら疑問符の乱打戦を行っていたのに、

ふと、そんな俺の頭に非常に常識的な答えが思い浮かんだ。


 ここは異世界だけど、ファンタジーだけど、常識と手続きというものが存在する。

 うちの世界からすれば冒険家協会は一つの大きな会社である。

 いくら聖人君子が運営しているホワイト企業だとしても、経歴もくそもない人間を働かせてくれる会社が、果たしてあるのだろうか。

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