第3話 天職運び屋


 王は兵士にアティーナの啓示、つまり人のステータスを量れる魔法の道具を持ってくることを命令した。見た目はちょっと派手なATM機で中央には水色の大きな宝石がはめ込まれていた。


「これがさっき説明申し上げたアティーナの啓示という魔法のアイテムです。今からお一人ずつこの青い宝石に手を乗せてください。そしたらこの青い宝石の中心に向かって体ごと飛び込む自分をイメージしてください。そうすれば、」


 イリヤ姫がお手本を見せるかのように宝石に手を乗せて目をつぶる。すると宝石がひらめきながらウウーンと何かが作動する音がした。何かを作成するタイピングの音とともにアティーナの下から紙が出てくる。


「こんな風に自分の能力値が書かれた紙が出てきます。」


「うわあすげえぇ…… 俺!俺からしてもいいか?」


 目の前で起こった不思議な出来事に大山が興奮しながら言った。誰も反論しないし、俺も別にかまわなかったので大山をはじめにして一人ずつ自分の能力値が書かれた紙を抜く。


「どうだ?勇者の天職はそれぞれソードマスターと聖騎士、賢者、弓神、聖女の五人である。」


 王の質問に一番速く答えたのも、大山だった。


「はい、私です!ここにはっきりと!聖騎士て書かれてます!」


 さっき以上に興奮した彼は自分の能力値が書かれた紙を見ながら何度も感嘆の声を上げた。

 そんな大山がうるさかったのか星空が腰に手を乗せながら言った。


「ちょっとまさる!うるさい!子供じゃあるまいしはしゃぐな!」


「ひかり!ひかりにもあるんだよね?勇者の天職。」


 小言にも構わずに問う大山に星空はニヒッて笑いながら紙を見せてあげた。


「あるに決まってんじゃん。ソードマスターてここに書いているよ。」


「私たちにもあります。私が賢者ですずちゃんが弓神です。」


 一人一人が自分の天職を明かすたびに周りからは歓呼でざわついた。そして、次は当然かのように期待が込まれた沈黙が俺に集まる。


「おぬしはどうだった?」


「…… 私はそんな天職ではないのですが。」


「そうかおぬしはせい…… え?」


 満足した顔で頷いた王の表情が、固まる。


 それと同時にうるさかった周りが一瞬にして静かになる。王が震える声で確認した。


「な、ないって…… 聖女ではないと申すか……?」


「聖女てことは、女ってことですよね?私は見ての通り紛れもない男なんですが……」


「そんな馬鹿な……」


 王の嘆きとともにさっきまで希望で満ちていた空間にどういうことだと疑問が広がる。

 驚いたのは俺だって同じだった。勇者になるつもりはなかったけど、勇者として召喚されたと思ってたから。深刻になった顔でひげをなでおろしながら何かを考える王に、イリヤが静かに声をかけた。


「その…… お父様…… ひとつだけ申上げてもよろしいのでしょうか。」


「ああ…… なんじゃ、イリヤ。」


「実は…… 勇者様たちにアティーナの使い方をご説明した際に確認されましたが…… わたくしの天職が聖女に変わっております。」


「なんじゃと?!」


王が声を高めると再び周りがざわめく。


「それは本当か?!イリヤ!」


「はい…… アティーナの紙に癒し者だったわたくしの天職が聖女に変わっております。」


 そういいながら見せた紙には間違いなく聖女て書かれていた。


 彼女によると召喚魔法を使った瞬間、美しい天使が表れて自分に小さく笑った後にすぐ消えたらしい。その時は召喚魔法の一部だと思って深く考えなかったけど、まさかこんなことになるとは思わなかったと王に頭を下げた。


 確かピエロは言った。持って生まれる天職じゃなくても人は努力して天職を作り出せるって。後天性の天職も存在するって。

 だがそれと同時に、持って生まれなければ絶対なれない天職もあるって。先天性の天職じゃなきゃなれない天職も存在するって言ってた。


 それがユニーク天職だ。勇者ほどの天職がユニークじゃないはずがない。


 そのユニーク天職がこんな風に変わる場合もあるのか?奴らの反応を見るところ、少なくともありふれた出来事ではない。


 でも今重要なのはそんなことではない。どんな理由であれ、たとえ起こるはずがないことが起きたとしてもー 聖女の天職は今王女が持っているってことだった。


 王がどういうことだと学者?みたいなやつに視線を送った。事態が突然のはずなのに学者はすぐ冷静さを取り戻して王の疑問に答えた。


「召喚書には確かに五人の勇者が現れると書かれていました。ですが陛下、現れるとはいえそれが異世界とは書かれておりません。」


「てことは……」


 王女が勇者の一人としてこの世界から現れたってことか?


 おそらくこの場にいる誰もがそう理解したはずだ。


 しばらく何かを考えていた王は思考回路を変えたのか、俺に視線を向きながら「ならば」とまた学者に言った。


「あのものは何なのだ?」


「………」


「勇者ではないのならどうやってこの世界に召喚されて今この場所にいるのだ。」


 学者の目が初めて俺に向かう。王があれほど頼っている割にはかなり若そうな男だ。

 イリヤ姫の時とは違ってすぐには王の問いにこたえられなかった。まるで物でも鑑定してるかのような不気味な目で俺をじっくりと観察し、冷たい声で聞いてきた。


「兵士たちによるとあなたを導いた精霊はピエロだったと聞きましたが、これは事実ですか?」


 当然なことにもそれくらいの情報はもうこいつらの耳に入った状態だった。あれは全部わかってるから嘘はつくなっていう意味なのだろう。


「……そうですけど。」


 正直に答えると今度は王に話した。


「陛下。この前にご覧になった初代勇者パーティーについて書かれた文献のことを覚えておられますか。」


「無論だ。初代勇者が直接作成した自分たちの冒険を書いておいた一代記ではないか。」


「はい。私が見るところ、彼はその文献に書かれていた運び屋の勇者ではないかと思われます。」


「なんだと!?」


 運び屋…… 勇者にしちゃかなりモブな名前だな。


 一気にそれが俺だと納得した王と学者以外には、その名前が慣れていないみたいだ。その場のみんなを代表するかのようにイリヤが言った。


「お父様その、運び屋の勇者とは……」


「文献に書かれていたもう一人の勇者だ。消耗品や予備装備などを運搬する運び屋を担当していた。」


 それだけではなくモンスターを解体して得た戦利品や貴重な鉱石、植物、材料などを収集して運ぶ多様な役割を遂行したらしい。


 聞く限りなかなか使えそうな勇者だ。戦利品が増えるってことはその分行動に制約を持つってことになり制約はまっすぐ死につながるってことだから。そんな制約から自由にしてくれるのが運び屋の勇者だ。


 なのにそんな有能な勇者だと思われている俺を、王と周りの大臣たちはあまりありがたくない顔で見ていた。


「その当時の劣悪な時代には確かに運び屋は必要不可欠な存在だった。だが、今の王国なら運び屋くらいいくらでも支援できる。」


 なるほど…… そういうことか。


 別に勇者じゃなくてもできる仕事、それが運び屋だ。だからあえて勇者である必要はない。あえてお前である必要はない。奴らはそう思っているのだ。


 学者がまた言った。


「文献によると運び屋の勇者はあるサーカスのピエロだったと書かれていました。彼の精霊がピエロだった理由はおそらくそれなのでしょう。」


「なるほど…… ならあのものは運び屋の勇者で間違いないな。だがどうして初代の勇者様はサーカス出身の運び屋などを勇者召喚に……」


「いくら初代勇者様でも、運び屋がいらない未来を予想することはできなかたのでしょう。」


「うむ。彼もまた一人の人間だったということか。」


 全く予想外のことであっちもかなり驚いたみたいだった。でも、顔に困ったという感じはない。何しろ必要な勇者はみんないるってことだから。


「あの、うちも一つええな?」


 手を挙げたのは鈴蘭だった。王が謹厳な声で言った。


「発言を許可する。」


「何上うちらをここに呼んだのか、うちらが何をしてほしいのかはわかりました。けど、うちらにもうちらの世界に家族とか友とか事情とかがありますが?」


「うむ…… ぬしの言う通りだ…… ぬしは何を求めているのだ?」


「無論。元の世界にもどる方法やねん。」


 当然の質問に王は困ったようにひげをなでおろした。


「送還魔法が知りたいってことだな。すまないが今すぐぬしたちを帰す方法はない。」


「も、戻る方法がないってことですか……?!」


 一番びっくり驚いたのは雪花だった。ほかの三人の勇者たちも顔色が青く染まる。そんな勇者たちを見ながら王は落ち着けというかのように手のひらを見せた。


「案ずるな。今すぐ帰す方法がないだけ。送還魔法はちゃんと存在する。」


「え……?も、戻れるんですか?」


「もちろんだ。送還魔法は、魔王の討伐によって行われる。」


「魔王の討伐で……?」


「送還魔法は次元を超えるほどの召喚魔法であるゆえ、使うためには魔王ほどの魔力と魂が必要なのだ。」


「そ、そうだったんですね。うわぁ…… よかった。一生ここで住まなければならないかと思ったよ。」


「全くだよ……」


 大山を初めにみんな帰れるってことに安堵した。そんな彼らとは違って質問をした鈴蘭は疑問がある顔をする。俺もそうだった。


 まず、奴らにとって都合がよすぎる送還法だった。こうなったら帰りたい勇者たちは魔王を倒すしか選択肢がない。


 二つ目に、確かピエロも召喚そのものがたやすくないと言ってた。ならイリヤっていうあの王女は、一体どうやって俺たちを召喚したんだ?


 王が再び口を開く。


「だから魔王討伐にぬしら勇者の力を貸してほしい。もちろんその間の寝場所と食事は全てこの国から支援する。」


「あの…… 私も一つだけ質問していいでしょうか……?」


 今度は雪花がびくびく手を上げると王が許可を出した。


「私たちが勇者であることは間違いなさそうですけど、実は今の私たちはそう強くありません。」


「うむ…… やはり今は弱いのか…… だが想定内だ。心配することはない。戦闘に関しては、このものたちが指導してくれる。」


 王の言葉にとくとくと足音を鳴らしながら5人のきらきらした服装の人々が表れた。


 五人は同時に顔を下げて一番右の赤い髪と髭を持った男から次々と自分を紹介し始めた。


「ヒストリス国軍1番隊隊長を務めているカミュㆍレグニールだ。炎系とともに各自の武器を操る訓練を指導することになった。スパルタで行くから覚悟しておけよ!」


「国軍3番隊隊長のアイザックㆍキンブリーっす。勇者様たちに氷系の指導とともに実戦戦闘を担当することになりました。できれば仲良く過ごしたいっす!」


「スピカㆍアーニャで~す。魔道研究会の魔道長やってま~す。好きな食べ物は甘いもので~す。風系の指導を担当することになったからみんなよろしくね~」


「デ、デメテル出身!国軍第五番隊隊長を務めているニコㆍバリアと申します!つ、土系の指導をすることになりました!お会いできてほ、ほんとに光栄でございます!」


「城で癒し屋をやっているレニㆍウンヂーネといいます。不束者ですが光魔法を教えることになりました。どうか気楽に接してください。」


 見た目と口ぶりから個性あふれる人たちに見える。


 なるほど。特別な人間のための特別なイベントってわけか。鈴蘭がヒューと気に入ったように感嘆した。

 担当官から再び勇者たちに視線を向けた王は真剣な表情で口を開いた。


「この五人の担当官が魔王にも勝てるようにぬしたちを鍛えてくれるはずだ。だから頼む。このアーデラルの希望よ。どうかわれらの国を、われらヒューマンを、われらの世界を救ってくれ。」


 王が顔を下げることに兵士たちは膝を、担当官や偉そうな奴らは腰を深く下げて頼んだ。


 その壮大な光景に驚く勇者たち。そして大山が小さくこぶしを握りながら言った。


「正直あなた方が私たちを呼んだのは自分勝手な行動だと思っています。でも……」


 大山は俺以外の三人の顔を見つめた後、物語に出てくる勇者のような強い光がこまれた笑顔を浮かべながら王に答えた。


「俺たちはやります!」


「ほ、本当にやってくれるのか!」


 王が興奮して声を上げた。それに勇者たちははっきりと答える。


「はい。助けが必要な人がいて、助ける力があるのなら、助けるのが当然ですから。」


「元の世界に帰ったらちょっと怒られそうだけど…… ここまで頼まれたらできないはできないよ。やってみようじゃないの!」


「私も二人と同じです。私の力で誰かを救えるなら、私は救いたいです。」


「はあ…… ほかに方法もあらへんしな。異世界で俺TUEEEやってみような!」


 どうやら全員やる気のようだ。正義感もかなりのものに見える。もしかすると、あんなところが彼らが勇者として選ばれた理由なのかもしれないと、思っちゃうくらい。


 当然なことにも、勇者として選ばれてない俺にはそんなものはいない。


「話も済んだ見たいだし、私も一ついいですか?」


 静かに手を上げながら言うと、俺がここにいるってことをやっと思いついたようにみんなの視線が動く。


「あ…… おぬしがいたな。」


「私の力は別に必要ないですよね?私もあえて危険な戦場には出たくないですけど。」


 俺の言葉に王は困った顔で俺を観察した。そしてチラッと大山たちの顔を確認した。

 おそらく彼らに悪いイメージを上げたくないのだろう。


 次のセリフが証拠だった。


「うむ。本意ではなかったとはいえ、おぬしを召喚してしまったのは我々に責任がある。心配は無用だ。ぬしの身辺は我々ヒストリスが保証する。」


「いいえ。その必要はありません。」


「……え?い、いらないと?」


 王の驚いた声に肩をそびやかしながら答えた。


「はい。厄介者扱いは嫌だし、あなた方も私みたいな使えない奴はいい迷惑でしょ?」


「べ、別にそんなわけじゃ……」


「ああ、いいです、いいです。」て手を振りながら足を回す。こんな奴らに借りを作りたくない。何よりも、信用できない。

「失礼。」と急いでそこから離れようとするのにー 大山が腕をつかんだ。


「おい!」


「……大騒ぎ、でしたっけ?」


「大山だ!黙って聞いてるとひどいじゃないかあんた!」


「……は?」


「人がここまで頭を下げて助けを求めてるのに、助けたいとは思わないのか?!」


 ……いや、何言ってんだこいつ?


「これっぽちも。」


「なんでだよ!」


「そりゃあー……」


 …………ふむ。


「私とは関係のない話だと思ってるからです。見たこともない奴らがどれほど死んだかどんだけ死のうが知ったことか。」


「なっ……?!人がなんてことを……!!」


「ほっといて、まさるそんなやつ。」


 星空がごみを見る目でにらみながら声に軽蔑を込める。


「人の命をああも軽く思う奴なんて、あっても邪魔なだけよ。」


 その言葉にうなずいた大山は彼女と同じ怒りを込めた目でこっちをにらみながらつかんだ腕を振り投げた。


「そうだ、あんたみたいなごみは世界を救う資格もない。」


 ごみ。それを否定するつもりはない。でも、資格かぁ…… まるで自分が神にでもなったような軽口に彼をあざ笑った。


「じゃあ頑張ってくださいね。勇者様方。」


 嘲笑を最後に今度こそ城をでる。

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