第25話 ゲルニカ
5月になった。
日本では朝っぱらから、韓国関連のニュースが報道されていた。
内容としては、両国の関係悪化に伴い日本企業のいくつかが韓国から撤退し、円安も伴い東南アジアへと移行し始めたというものや、ここ数ヶ月様子を見ても改善されるどころか、ますます広がり続ける不穏な空気に怯えた外資系金融機関、外国人投資家たちが一斉に韓国から引き上げる、いわゆるキャピタルフライトと呼ばれる現象についてだった。
これまでどんな不況にあっても、韓国政府は自国民よりも海外投資家に色目を使ってきた。例え韓国民が職を失い路頭を迷う事があっても、政府が自国の金融緩和を行わなかったのは、韓国内の巨大企業の過半数は、海外からの投資で成り立っているという根本があり、彼らにそっぽを向かれれば大幅な通貨暴落が起きてしまうからだった。
「俺らがどんな働いてもカネは海外に流れていっちまう」
「外人どもが一斉にいなくなったら、俺らどうすんだろうな」
そんな韓国民たちの恐怖は現実のものとなった。韓国民による日本国総理暗殺に始まる両国間の不穏な国交情勢が、外国人投資家の不安を煽り経済に大打撃を与えてしまったのだ。
もともと右肩上がりだった失業者数はさらに増加し、犯罪件数も飛躍的に伸びた。数年前の韓国大統領による梅島上陸に伴う両国関係悪化に端を発する日本との通貨スワップ協定の打ち切りを「いま思えば政府の愚策だった」と誰もが叫ぶ中、韓国の経済状況はどん詰まりを迎えつつあった。
「日本国総理を暗殺した英雄に感謝!百六年前、第十代日本国総理・伊藤博文を暗殺した安重根の再来だ!彼は我が国の英雄だ!」とネットで騒いでいた連中は手の平を返すようにして、自爆テロで桐柿総理を暗殺した犯人に対し「彼は我が国を破滅させた疫病神だ」などと批判を始めた。
未だ韓国が二者間通貨スワップ協定を結んでいる国のひとつに中国がある。中国の財界の大物の一人が暴落した韓国株を回収しているという噂が流れていた。なにかのきっかけで、奇跡でも起きて韓国が再浮上すれば、その中国人は事実上、韓国の支配者になるだろうと囁かれた。
「俺らはいつもどこかの属国でしかないのか」と誰かが叫ぶ。
やがて、その中国人の名は中国共産党上海閥に大きな影響力を持つ人物で、左端の口に大きな傷を持つ強面名実業家、劉水(りゅう すい)ではないかと一部韓国メディアで報道された。彼が裏社会でチェルシースマイルと呼ばれるなどとは、ごく一部の人間を他において誰もいなかった。また、彼が巨大石油商にして世界皇帝の異名を持つダニエル・ゴッドスピードの威光を借りてあらゆる妨害を押さえ込み、水面下で恐ろしい研究を行っているとは想像もつかなかっただろう。
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永田町の国会議事堂では、自衛隊の行動範囲を広げるべく「安全保障法制の整備」について答弁が行われていた。この新しい法整備には、武力の行使の「新三要件」が基軸としてあった。以下がそれである。
「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」
「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」
「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」
それら「新三要件」を満たす場合、他国の領土、領海、領空でも法理上は交戦が認めるということか、違憲行為ではないか、と野党は糾弾した。
それに対し与党党首たる内閣総理大臣―、琴啼至道はこう答えた。
「武器の使用については、任務遂行ではなく、自己保存型であり、正当防衛か緊急避難に限られる範囲で行います。応戦でなく回避です」
詭弁だった。応援先で弾丸の雨が降り注ぐ中、遮蔽物のない地域や状況下で正当防衛や緊急避難を行使する為には、回避―、逃走ではなく、応戦―、敵兵を射殺するしか術はない。飢えたライオンがひしめく狭い檻の中、ナイフを持たされた我々が生き残るには方法が一つしかないのと同じである。
(回避のためであれば、米軍と共闘して他国軍の兵士を射殺するのは止むを得ません。なぜならそれは正当防衛であり緊急避難であるからです)
琴啼総理の狙いは、国会答弁という名の言質取りゲームの中で何げない発言にそっと本質を忍ばせ、八月上旬の法案成立後に「梅島領土問題」に端を発する数年後の国家間の武力闘争に備え、すぐ改正できるはずのない憲法九条を飛び越え米軍援護を可能とする「新日本帝国軍」を設立するところにあった。
「日本が主権国家であるためには、武力と交戦権の回復が必要だ!アメリカだって賛成している!」とある過激な評論家は言った。「いかなる場合においても日本が戦争に参加するのははよくないですよ」穏健派たちはそう言いながらも、近年、苛烈を極め始めた「近隣諸国による日本国への一方的な脅威、主権侵害」こそが、日本を再び軍事国家へと逆戻りさせる原因となりえるという認識だけは一致した。
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5月1日(金)
8時00分―。
人生はいつも「ひき逃げ救急車」
悲しい過去は「やり逃げ高級車」
あなたと未来は「勝ち逃げ霊柩車」
Yeah...Yeah...Right now.
参考書を読みつつイヤホンから流れるいつもの曲。「横嶋団地前」でバスが停車し、有働は右最前列の座席を立つ。
「おはよう、おばあちゃん。どうぞ座って」
藤色の風呂敷包みを背負った老婆がそこに座る 。
左最前列付近では、吉岡莉那が有働に背を向けた状態で立っていた。だが、わざわざ肩を叩いて挨拶するようなこともなく、有働もまた莉那に背を向け、老婆に向かい合うような形で立った。
「おはよう。あら、あんたいつも参考書を読んでるね。偉いわ」
老婆は目を細めて言う。
「いいえ。勉強するのは学生の本分ですからね。タダメシ食って、遊び呆けてちゃ両親に悪いんで」
有働は笑顔で答えた。
「ますます感心だね。私の兄を思い出すよ」
老婆は懐かしむように言った。
「お兄さんですか」
老婆の独り言に対してつっこむべきか迷ったが、有働はとりあえず訊いた。
「かなり前の話だよ」
そりゃ、そうでしょうよ、お婆さんと思いつつも、バスは殷画高校前で停車し、有働は老婆に軽く頭を下げるだけにとどめた。
「そうでしたか。では僕はこれで」
「あんたこれあげるよ。食べなさい」
にこやかな有働に老婆が差し出したのは小さな紙袋いっぱいに入ったオレンジだった。
「こんなに沢山?」
「息子夫婦は都内に新居ができて出ていったからね。年寄りひとりじゃこんな食べられないよ」
「ありがとうございます」
有働は紙袋を受け取り、笑顔で答えた。
「そっちにいる、お友達にもあげなさい」
老婆が指差したのは、バスを降りようとしていた吉岡莉那だった。
いつぞやの「どちらが老婆に席を譲るか」という二人のやり取りを覚えていたのだろう。あのとき老婆は「いつもはお兄ちゃんにばかり迷惑かけてるからねぇ。今日はこっちで甘えてさせてもらうね」といって莉那の方に座ったのを有働も覚えていた。
有働は「分かりました」と言ってバスを降りた。莉那はすでに数メートル先を校門に向かって歩いている。有働は溜息をつき、歩みを早めた。
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「はい。おばあちゃんから」
紙袋の中のオレンジはおそらく十個ほどか、そのうち二つを莉那に手渡す。残りは内木や戸倉、春日や久住にくれてやろうと思った。
「ありがとう」
バス内での老婆の言葉が耳に入っていたに違いない。莉那は何かの義務のように、抑揚のない声で答えオレンジを受け取ると、再び歩みを早めた。
「マジかよ」
有働の言葉に、莉那は振り返った。
「スカーフが一緒に入ってた」
紙袋にオレンジと一緒に入っていたエメラルド色にペイズリー柄のスカーフを有働はひらひらさせる。
「それ、いつもあのお婆ちゃんが巻いてたやつね。孫娘にもらったって言ってたわ」
帰りのバスで、老婆とよく一緒になるのだろうか、莉那は有働の知らない情報を知っていた。
「明日からゴールデンウィークだし、まいったな」
「私、知ってるけど」
莉那は緊張したような声色で言った。
「なにを?」
「あのお婆ちゃんの家」
莉那はそう言うと、先に校舎に入っていった。
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同日
15時過ぎ―。
「有働、悪い。今日は補習はできないんだ。親戚に不幸があってね」
新渡戸教諭はにべもなく言った。これから新幹線で関西に向かうらしい。有働はそうですか、と言い辞去した。
「たまには早い帰りもいいだろう」
新渡戸の声が追いかけてきたが、有働は軽くお辞儀をするだけだった。
校門へ向かう途中、莉那の小柄な背中を見つけた。有働の鞄には老婆のスカーフが入っている。
「今日のことは、今日のうちに済ませるか」
多少、気が重かったが、莉那に追いつこうと有働は歩みを早めた。
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「ここよ」
横嶋団地前で二人で下車し、莉那に案内されるがまま、老婆の家に着いた。昔ながらの平屋で表札には「大槻」と書かれていた。
「ありがとうな」
「じゃあ私帰るね」
莉那は無表情のまま踵を顔したが、そこに鉢合わせるように買い物帰りの老婆が現れ、二人はお辞儀した。
「あら、あんたたち。いらっしゃい」
数分後、有働と莉那は、大槻家の客間に通されていた。
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「このスカーフは孫娘からもらった大切なものでねぇ。ありがとうね」
老婆は目を細めてお茶と、茶菓子を持ってきてくれた。
有働と莉那は「おかまいなく」と声を揃えて言った。老婆は「あら。仲がいいわね」と笑い、莉那は意味もなく両手で口を押さえた。有働は頭を掻くだけだった。
大槻家の客間は畳六畳ほどで、襖の向こうは寝室兼仏間となっていた。先祖代々の遺影が飾られていて、つけられたばかりの線香が漂っていた。
「これからはずっと、お一人で暮らすんですか?」
有働の言葉に、老婆は頷く。
「息子夫婦はね、一緒に暮らさないかって言ってくれてるんだけどねぇ、ここはお爺さんとの思い出も沢山あるから」
「仲が良かったそうですね。うちの母がよく言ってましたよ」
莉那の言葉にも、老婆は頷いた。
「お爺さんとは、奇妙な縁でね…出会いは戦後だったんだけど、当時二十三歳で徴兵されていたお爺さんと、学徒出陣した私の兄は、所属は違えど同じ知覧特攻隊にいたことが分かってね」
老婆は立ち上がり仏間へ向かい、遺影の一つを見つめながら言った。
「兄との別れ…あれは忘れもしない、敗戦濃厚だった昭和十八年の十月二十一日…。代々木の国立競技場で行われた学徒出陣壮行会に、母と二人で、出撃する兄を見送りに行ったの。将来ある若者たちが、悲壮な顔一つせず旅立つその姿は、凛々しくもあり哀しくもある光景だったわ」
有働は老婆の話の腰を折らぬよう、茶菓子の煎餅に齧りつくタイミングを見計らっていた。
「兄は帰らぬ人になったけど、現地で身体を壊してしまったお爺さんは、運よく出撃を免れて帰国したの。兄のいないこの家で、家督を継ぐため、お爺さんには婿養子に来てもらって…運命とは皮肉なものね」
遺影は全部で六つあった。
左から右にかけて亡くなった順番なのだろう。六つのうち中央にある青年こそが老婆の兄で、その右隣は彼の両親にあたる老夫妻のカラー写真、そしてそのさらに右が、婿養子にきたお爺さんの写真という具合だった。
老婆は遠い空に話しかけるように、言葉を続けた。
「長生きするっていうのはね、たくさんの棺を涙で見送るってことなんだ」
思い空気に耐えかねた有働はお茶を啜り、莉那の顔を見た。一瞬、目が合うが莉那は視線を逸らした。
「やはり戦争は大変でしたか」
間が持たなくなった有働の言葉。
老婆は仏間に背を向けてこちらへ戻りながら皺だらけの顔に埋もれた目に涙を浮かべていた。
「大変なんてものじゃないよ。私は戦争を国家の犯罪だと思っている。こんな事、当時は言えるはずもなかったけど…疑問を感じていた国民は大勢いたはずさ」
有働が煎餅に齧りつく音が、場違いなものに思えた。老婆は椅子に座ると「これもお食べなさい」と饅頭を有働に差し出してくれた。
「何やら政治家たちはこの国にまた戦争をさせようとしてるみたいで怖いけどね。いくら自衛のためとは言え、銃を放てば人が死ぬ。人が死ねば遺恨が残る。国や人種が違えばなおさらだよ」
「安全保障法制の整備は、違憲だと…私の父も言っていました」
莉那の言葉に老婆は頷いた。
話についていけない有働は、空腹に耐えかねて饅頭に意地汚く食らいつくだけだった。
「人間は臆病なんだ。臆病さが疑いを呼び、武器を持たせる。鬼や悪魔なんてこの世にはいないのに」
老婆の言葉。
有働のスマホに振動あり。「つとむ~まだ帰らないの?つとむママとご飯つくって待ってるよう」というエミからのメッセージが液晶に表示されていた。
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18時過ぎ―。
帰り際に老婆からもらった、刈間市にある大手モール内の映画館無料チケット二枚が、有働の手の平でひらひらと踊っていた。
「彼女さんと行ってきなよ」
「吉岡の方こそ、友達と行ってくればいいじゃん」
莉那はそれを受け取らなかった。
「あのさ…」
「なに?」
「吉岡さ…俺のことを避けてないか?」
有働の言葉に莉那は一瞬、動揺を浮かべ押し黙った。
「俺たち…一応、中学からの付き合いだし、もう少し普通に話せないかなって思う」
本音だった。
有働は照れもなく本音を告げた。これまでの出来事を「気まずい過去」として、気まずいまま放置させておくのは、あまり良くないと思った。
「あんまり、友達が多い方じゃないから、俺」
有働の紛れもない本音。
心の距離はエミに及ばず、過ごした時間は内木や権堂たちほどまでなくとも、莉那とは心通わせられる友人になれるような気がしていた。
「友達…ね」
莉那は呟く。
「そうね、友達にするような態度じゃなかったかもね」
莉那は頷いていた。
「私が子供だったのかも」
莉那はこの日、はじめて有働の目をまっすぐ見て、言った。
「もう暗いし、吉岡の家の近くまで送っていくよ」
「ありがとう」
二人は、西日に照らされた鱗雲の下でどちらからともなく、握手を交わした。
その時だった。
有働は背後に「気配」を感じ振り返ったが、そこには誰もいなかった。
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20時過ぎ―。
晩飯を食い終えた有働はエミの身体を貪った。階下の両親に聞こえぬようエミはタオルを噛みしめ有働を受け入れた。
「つとむは、消した方がいいと思う?」
お互いの汗と栗の花の香りが充満する部屋で、半裸のエミが言った。
「何を?」
「この体の傷」
エミは長い睫毛を上下させながら大きな瞳で有働を見つめ、無数の傷のうち―、女性器の記号が刻まれた箇所を指差した。
「急にどうした」
「つとむのお母さんに今度、女二人で温泉に行こうって言われたの。指の件は事故って言ってあるけど…身体の傷は…お母さんが見たら、ショック受けちゃうよね」
「そうだよな」
「普通の女の子に戻りたい」
ぽってりとした唇が放つその言葉に、悲壮感はなかった。事務的に何かの取り決めを相談してるような口調だった。
「気になるなら消せばいいさ」
有働はエミ自身のため、後押しをするような口調で言った。
「十年もすれば犯人が出所してくるけど、もう恨む気持ちなんてないよ。つとむのおかげだよ」
エミはそう言ったあと毛布に潜り込んで「もう一回戦しようね」と笑いながら有働の股間に顔を埋めた。有働はすぐに回復し、エミはタオルを噛みながら跨った。
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22時00分―。
エミは帰宅し、有働は自室でチャットメンバーと会話をしていた。
「スーサイド5エンジェルズ、ついに今夏、全米デビューか。規模は小さいながらもアメリカでコンサートやるみたいだしね」
午前肥満児が、発言した。
「あの事件の効果だって世間では言われてるけどさ、アメリカでも人気のアニメ、マジック★えみりん最新作のオープニングに起用されたってこともやっぱあるんじゃないかな。社長の遠柴さんが有働くん経由で、たまたまスーサイド5エンジェルズを知ったってのも、また運命的というか」
男の娘―、栞が言った。
「そういえばエミちゃんとは最近どうなの?付き合ってからパンツに変化とかある?」
盗撮ルパンの問いかけ。
「うまくやってますよ。卒業したら結婚します」
有働は答えた。
「若いねぇ。若さって怖いねぇ」
嫉妬に塗れた中年女―、完熟りん子の言葉。
「まぁ、お似合いだと思うよ。避妊だけはしようね」
午前肥満児の、この言葉でチャットはお開きとなった。
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5月2日(土)
11時00分―。
この日の有働は、春日や久住たちと一緒に、焼き肉の「辰前」に昼飯を食べに行こうかという話になり、六道坂を三人で歩いていた。
「おい、あれ内木じゃねぇのか」
春日が、坂の下にある駐車場の方を指差して言った。
雑木林を切り開いてつくられたこじんまりとした駐車場の周囲には、民家も店もない。時折、車は通るが内木は誰にも助けられることなく、数人の若者たちに囲まれていた。
「絡まれてるぜ。メシに誘おうとしたのに、電話に出れなかったのもそのせいか」
「あいつらめ」
久住が歯を剥く。春日は腕まくりをしていた。
「潰してきますか」
「まて有働、俺らがとめてくる」
春日は有働を制して、久住と頷き合った。
相手は五人だった。
「こっちは五人だぞコラ」
大柄で強面の少年が吼えた。
食い意地が張ってるのか、右手には食いかけの板チョコが握られている。
「関係ねぇ、まとめてかかってこいや、コラ」
春日の怒号。
しばらく罵声を浴びせ合っていたものの、大柄な春日と久住を前にして、五人の威勢は次第に弱まり、「クソが」と捨てゼリフを吐きながらも、ひとり、またひとりと近くに停めてあったバイクに跨り散っていった。
「二度と内木に絡むんじゃねぇぞ!」
春日の怒号が雑木林と照りつけるアスファルトに響き渡る。せっかちな蝉が鳴いていた。汗だくになった内木の肩を叩き、春日が「大丈夫か」と声をかけた。
「なぁ、あいつらどこかで見たことがあると思ったら…。椋井(むくい)の連中だぞ」
久住の言葉。
有働は、いつぞやの権堂の母を襲撃したグループや、手荒な真似で聞き込みをした連中の顔を思い出した。先ほど内木に絡んでいた五人は、初見だったが「まだまだやっかいな連中が、椋井(あそこ)にはいるのか」と溜息が出た。
「権堂さんがいないのをいい事に、こっちまで足を伸ばしてやがる」
春日が呻るように言った。
「そういや権堂さん、今ごろ何してんのかな」
久住が問いただす。
「ニューヨークで地下ファイトして稼ぎまくってるらしいぜ」
春日は、権堂とマメに連絡を取っているようで、すぐに答えた。有働は「そうなのか、権堂さんらしいな」とだけ思った。
「マジかよ。かっこいいな」
久住の言葉。
二人は唸っていた。俺らも卒業したら海外いくべ、なんて話し合いながら、内木のことや、椋井の連中の件はどっかにいってしまったようだった。
有働は、あえて二人の会話には混ざらず、内木の肩を叩き「皆でメシにいくか」と声をかけた。
「あの、こ、これから、僕の部屋に来ませんか?お、お、お、、お母さんから松坂牛の焼き肉セットが届いてて、そ、そ、そ、その…一人で食べるのは寂しいし」
内木の提案。「辰前には先週も行ったし、内木の部屋に久しぶりにいくか」という流れになった。
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12時過ぎ―。
「うんまそうだな!」
プレートの上に乗せられた高級和牛の肉が音を立てて焼ける。
春日は無遠慮に二枚ほど箸で取るとタレをつけて口に放り投げた。「少しは遠慮気味に食えよ」という久住は、もったいなさそうにチビチビと肉に齧りつく。
「ど、ど、ど、どうぞ。お替りもあります」
内木は黄色のエプロンをつけたままウェイターに徹し、飲み物や野菜を運んできた。
「そういえばよ、内木。淫行の証拠、石黒のUSB…まだお前に預けたままだったな。あれ、ぶっ壊していいか」
春日が肉を咀嚼しながら言う。久住はその隙を見て、いい具合に焼けた肉をかっさらう。
「そういえば、結局あれ以上は追い詰めなかったんですか?教員を辞職させることだって、できたはずですよね」
マイペースに肉を啄ばんでいた有働が、春日に訊いた。
「いや、そうじゃなくてよ」
「なんですか」
「もう、その必要がなくなったんだ。お前には言ってなかったが…、あの後も定期的に男になぶりものにされて精神を病んだ石黒は、離婚して教師を辞めたらしい。実家の田舎で大人しくしてるみたいだ」
春日は言いながら生焼けの肉を箸でつかんだ。食べごろでないと分かると再びプレートに肉を戻し、ウーロン茶を飲む。
「そうですか」
「あいつはクズだった。あいつのせいで臼井が自殺したのはまぎれもない事実だ。すべてを失うのは当然の報いだ」
久住がようやく口を開いた。石黒に玩ばれ自殺した、サッカー部マネージャーの臼井祥子への思いがまだ胸に残っているのだろう。うっすら涙を浮かべていた。
「でもよぉ」
春日は、久住の言葉に横槍を入れる。
「復讐なんて…結局は虚しいだけだな。気が晴れるのは一瞬だけっていうかさ」
春日の言葉に、久住は反論しなかった。「当然の報いだ」といいながらも、虚しさを感じていたのは久住とて同じなのだ。
「暗いな~、春日。だからお前はいまだ童貞なんだよ。肉がまずくなるだろ」
ようやく紡いだ久住の一言。
「お前だって童貞だろ。童貞じゃないのは有働と…あと内木、お前もか」
春日は焦げ始めた肉をつかみ、内木を茶化す。
「え、え、え…えっとぉ。えっと」
「どうなんだ?言えよ。リカちゃんとヤってんだろ?あの子、可愛いよなぁ」
エミが有働を通して内木に紹介した女子―、香坂リカは、たしかに美少女だった。
内木のような「クマさんのような丸い体型の男子」が好きということでカップル成立してから半年。親のいないこの部屋で二人が何をしているかは誰にでも想像がつく。内木はおそらく、もう童貞ではないだろう。
「お!内木、お前、マンガ描いてんのか」
久住が内木の机の引き出しを勝手に開けて、話題のタネをみつけた。
「う、う、うん。よよよ、よかったら感想聞かせて」
「おい!話そらすんじゃねぇよ」
春日の怒号。松坂牛だけじゃ彼を満足させるのは難しいらしい。
「春日は黙ってろ。これ、なかなか面白いと思うぞ。有働、お前も読んでみろよ」
有働は久住から原稿を受け取り、めくってみた。内容は概ね、いじめられっこが金属製のパワードスーツを着用し、悪を倒すという内容の王道ヒーロー漫画だった。
「ヒーローの名前はウチキングか。お前、ぜったいこれ自己投影だろ」
「ぼ、僕が小学生のときから考えたヒーローで、いじめっこや人を傷つけるものすべてを倒す、せ、正義のヒーローだよ」
久住の問いに頭を掻き毟りながらの内木の答え。
「これは?」
「それは、ラスボスの、ウ、ウチキラーっていって、ウチキングの双子の弟なんだけど、世界を恐怖で支配する悪の組織のリーダーな、なんだ」
有働の問いかけに内木は即答した。なるほど双子という設定も頷ける。たしかに悪役―、ウチキラーは、正義の味方―、ウチキングと表裏一体のデザインだった。
パワードスーツの色はウチキングはシルバーで、ウチキラーはブラックであるものの、共通して金属製のヘルメットに「U(ユー)」というアイシールドがついていて、その奥にウチキングはゴールドの、ウチキラーはレッドの目が光っていた。
「正義と悪が双子の兄弟、表裏一体か。ありがちだけど、いいんじゃね?お前これ、どっかに応募しないの?」
有働から原稿をとりあげ、読みふけっていた春日がようやく会話に入り込む。内木は頭を掻き毟るだけだった。
「しょ、しょ、少年誌の編集部に持っていったけど…そ、その…」
「ダメだったんか。見る目がなかったんだろ」
春日は言った。久住も頷いた。二人は誰より内木の才能を認めているのだ。
「しょ、しょ、しょ、しょうがないよ。でもね、ゆ、ゆ、夢はきっと叶う。ぼ、ぼ、僕は諦めたくないんだ」
内木はまっすぐに春日たちの目を見て言った。
「遠柴さんに、これ見てもらおうか」
有働の言葉。エミの父―、遠柴にこれを見せれば、的確なアドバイスをもらえるだろうと思ったのだ。
「そ、そ、それはどうかな…で、でも遠柴社長は憧れの、ひ、人だし…元有名プロデューサーだし…みみ、見てもらえたら、う、嬉しいかも」
有働が頷く。
内木がここまで自分の意思を示したことはあまりなかった。小さなきっかけでもいい。自分に出来る範囲で、内木の夢の手助けになれたら、そう思ったのだ。
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16時過ぎ―。
有働は自室にいた。
読みかけの参考書をパタパタさせながら通話を続ける。
「そうか、ぜひとも内木くんの描いたものを見てみたいね」
有働からの申し出に、通話口で遠柴は快活に答える。
「あと一ヶ月かけて練り直すみたいです。来月の中旬あたりに完成させると意気込んでますんで、そのときに見てあげてください」
「いいだろう。楽しみにしてるよ」
「あんな嬉しそうな内木は久しぶりに見ましたよ」
内木の意思を伝え終え、有働が電話を切ろうとしたその時だった。
「ちょっと待ってくれ…」
遠柴が口ごもる。
「権堂くんのお母さん…景子さんの件で、私も相談があるんだが」
「何ですか?」
「景子さんは…その、好きな男性とか、いるのだろうか」
遠柴は小声になった。
「分かりました。明日それとなしに、聞いてみます」
有働はそう言って電話を切った。
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5月3日(日)
12時過ぎ―。
焼き肉屋「辰前」に入る。
客足は悪くないようで店内はそれなりに混雑を見せていた。
「あら、有働くん、いらっしゃい」
「どうも」
景子は笑顔を絶やさず接客していた。遠柴の部下にしてボディガード役の間壁も、汗だくになりながら景子を手伝っていた。
(どうせならば、間壁さんに聞いてもらえばよかったんじゃないか?)
有働はそう思ったが、乗りかかった船だった。
注文を取りにきた景子に、某巨大テーマパークのチケットを差し出し、こう言った。
「これ良かったらどうぞ」
「え?なにこれ」
景子はお冷(ひや)をテーブルに置くと、有働の渡した封筒を受け取る。
「いつもお世話になってるので、景子さんにプレゼントです。よかったら彼氏さんとでもご一緒に…」
(景子さんは何と答えるだろうか)
なぜか汗が吹き出した。他人の恋路ではあるが有働は緊張しながら景子の反応を待つ。
沈黙。
反応を待つこと五秒ほど。
「あら、ありがとう。間壁さん、良かったら一緒に行かない?」
そこには笑顔の景子と、照れ笑いを浮かべる間壁がいた。
(おいおい…)
「うっす」
間壁の返事。
「変な意味じゃないわよ。いつも一緒に頑張ってくれてるから」
景子の声からは照れのようなものが感じられた。
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18時過ぎ―。
「それは本当か、有働くん」
遠柴の声が遠のく。
重く、低く、地を這うような低音だった。
失恋の絶望か、間壁への怒りか―。そこからは推察できない。
「間壁さんは、上司である遠柴さんが、景子さんを好きだと気づいてないんでしょう。無理もありません」
「そうだな」
「今ならまだ間に合います。高校生にスパイなどさせずに、ご自分で動くべきだと思いますよ」
「どうすればいいものか。エミにでも相談しよう」という声と共に電話は切れた。
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5月18日(月)
10時40分―。
授業の枠を丸々一時間つぶしての、特別ホームルーム。
「はい~、お前ら静かにしろぉ。今年の臨海学校の説明をはじめるぞぉ」
担任の尾中の号令。
殷賀高校の二年生は、七月上旬の三日間、臨海学校へ行くのが恒例である。
今年は、沖縄県ということだった。
「男女六人でグループをつくれ~」
担任の尾中が唾を飛ばす。
有働は内木、戸倉らと固まり、吉岡莉那、犬養真知子、白橋美紀ら女子グループと合流し一つのグループになった。
「沖縄なんて生まれて初めてだぜ~」
戸倉が騒ぐ。犬養真知子、白橋美紀らもはしゃいでいた。
「よろしくな」
「楽しみだね、有働くん」
莉那は笑っていた。
老婆の家での一件のお陰で、以前のようなぎくしゃくした感じは、二人の中で消えていた。
「いい思い出になればいいね」
莉那の言葉に、有働は頷く。
(吉岡との距離…一年前の自分なら、この状況をどれほど喜んだだろうか)
有働は他人事のように考えた。
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19時過ぎ―。
有働の部屋。
「え~!つとむ…莉那ちゃんと同じグループなの…なんかイヤだよう」
エミがダダをこねた。
有働の部屋でジタバタ暴れながら「エミも臨海学校に行く」「今から殷賀高校へ転入する」などと喚き散らしたが、有働は何とかなだめすかし、エミに求められるまま愛の言葉を吐く事で、一件落着となった。
だがこの有働、エミを本気で愛しているためか「女はチョロイものだ」などと一寸たりとも思わぬ男だった。
「そういや、遠柴さん…景子さんとはどうなの?」
有働が訊ねる。
決して話題を変えようという空気は出さないよう、遠柴を気遣うような口調で言った。
「そうそうそう!パパは頑張ってるよう!五十歳の春だよう」
どうやらエミの話によると、遠柴は毎週、焼き肉屋「辰前」に顔を出し、景子との関係を「知人」から「友人」にすべく奮闘しているという。
「あの強面の親父さんがなぁ」
有働は笑った。
「辰っちゃんが、私たちのお義兄(にい)さんになるのかなぁ」
エミはすっとぼけたように言う。辰っちゃんとは、辰哉。権堂の下の名前だった。
(そういや権堂さん…馴れ馴れしいエミを苦手がってたなぁ)
有働はニューヨークで地下ファイトをしているという権堂を思った。
「つとむ~、エミちゃん、ご飯よ」
母の声に「はぁ~い」とエミが愛想よく答える。エミの身体中の傷を消す手術は夏休みに行われるという。「秋にはつとむママと一緒に日帰り温泉行けるよう」とエミは喜んでいた。
「今日はカレーだな」
平和な日々がただ、ただ過ぎていくように思えた。
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しかし、5月の31日。
事件は起きた―。
以前、有働が懲らしめた「韓国人襲撃事件」の主犯であるカマキリ男の兄、長峰直人が、傷害事件による三年の服役を終え、出所し、椋井の町に戻ってきたのだ。
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5月31日(日)
13時00分―。
椋井にある古ぼけたラブホテルの一室―。
ベッドの上には、両手、両足を縛られた吉岡莉那がいた。
ピンクのブラウスはボタンが千切れ、赤のタイトスカートからは形のいい脚が伸びていた。口を塞がれたガムテープが、涙で濡れている。
「長峰さん、出所おめでとうございます」
莉那に睨まれながら、モヒカンに顔中ピアスだらけの中田一雄が直立の姿勢で言った。
隣にはまったく同じ顔をした、双子の弟―、ボブカットの中田雄二が、ソファに座りながら、とりあげた莉那のスマホをいじくっている。やがて「これが有働ってやつの連絡先か」と呟いた。
今年の二月に高校を中退したばかりの双子に対し「うんうん」と頷きながら腕組みをしながらテレビ台の上に腰掛ける男がいた。
「おうよ」
その大柄な男の名は―、長峰直人といった。実刑三年の服役を終え、昨日は風俗をハシゴした長峰は、披露のためか目にクマができていた。
汗の悪臭が染み付いたグリーンの薄手のパーカーを椅子にひっかけ、冷房の利いた室内で上半身はタンクトップ一枚の姿となっている。筋肉は隆々だった。
「しかし、意外とチョロかったっすねぇ。道を聞くふりして、バンで拉致って」
一雄は、ナイフの切っ先を莉那の胸の膨らみに押し付けながら言った。
「親切が仇になるなんてねぇ」
雄二が莉那のスマホをソファに放り投げ笑った。
「んん~ん…ん!ん!」
ガムテープの下で、莉那が身を捩る。
「この女が、有働とやらの彼女か」
長峰はにやけた。
「この女自身は否定してますが、間違いないっすよ。前、二人で歩いてるところを見たんで」
雄二は長峰に媚を売るようにして言った。
「なかなか可愛いじゃないか、なぁ?刑務所(ムショ)では女日照りだからよぉ、興奮しちまうなぁ、おい」
長峰は、莉那のスカートの裾をめくるふりをしながら鼻を鳴らす。
「あのう、長峰さん」
「なんだ、一雄」
「ガマンできないんで、ヤっちゃっていいっすか?この女、めっちゃタイプなんすよ」
一雄の股間は毒々しく盛り上がり、先端がジーンズ越しに濡れていた。
「まだだ。ガマンしろ」
長峰は一雄の肩を叩く。
口をガムテープで塞がれたままの莉那は、涙を流し始めた。
「あの、じゃあ、下着脱がせてアソコを舐めていいっすか?」
今度は弟の雄二が、ベッドに転がされた莉那のスカートの中を奇妙な姿勢で覗きながら言った。
「んんん!んんん!」
莉那が縛られたまま暴れ出す。長峰はそれを見て、よしよしと髪を撫でた。
「お前ら兄弟ときたら…、まだするな。いいな?今夜、有働とやらを呼び出し、有働の前でその女をヤれ」
「はぁ」
「そいつは弟の仇だ。有働のせいで弟はパクられちまった」
長峰は歯を食いしばり、言葉を続ける。
「弁護士によると、主犯だからどう頑張っても、実刑がつきそうだとよ。あいつには2才になるガキもいたのに、今回の件が原因で嫁さんに離婚されちまった。家族みんなで俺の出所祝いをしてくれるって言ったのによぉ…」
長峰は震えていた。
双子はどう声をかけていいかわからず、黙っているだけだった。
「シンくんの件はマジ、残念です。焼き肉屋、辰前の…権堂でしたっけ?俺らは韓国人(ゴミども)に正義の裁きを下しただけだっていうのに。しかも、あいつ…、自首させるだけでなく、俺らの免許まで写真とっていったし」
駐車場で有働の襲撃を受け、自首させられたものの、未成年者のため書類送検だけで済んだ一雄が言った。その場にいなかった弟の雄二は「ふざけてやがるな」と唸り声をあげている。
「住所を知られたからって心配するな。あいつは明日以降、俺らに逆らえなくなる」
「さすが、長峰さん」
一雄は目を輝かせる。長嶺は得意げに鼻を鳴らした。
「有働の目の前で、この女を犯してるところを撮影するんだ。俺だってもう実刑は食らいたくないからな、保険のためにもいろいろとしなければならない」
長峰はそう言いながら、長い舌を莉那の頬に押し当て、落涙のあとを舐めた。
「手足を縛られた有働の前で、この女の、上の穴と―」
荒い息を吹きかけながら、長峰は莉那の尻を無遠慮に揉みしだく。
莉那はとうとうガムテープの下で声を出して泣き始めた。
「下の穴を、同時に犯してやれ。挿入部分を、きっちりドアップで撮影してな。男優兼、撮影係はお前ら双子の役割だ。いいな」
長峰は莉那の尻を触り終えると、テントを張った股間を後輩に見られまいと、多少前屈みになりながらベッドを降りた。
「へっへっへ、了解でぇす」
双子は声を揃えて恭順の意を示した。
「だから有働を呼び出すまで、絶対に手出しするな」
「了解っす。あと…長峰さん」
「何だ」
「有働ってやつ、相当強かったすよ」
「関係ねぇ。ホテル玄関でスタンガンを押し付け気絶させ、手足を縛って、女を盾に取られりゃ反撃もできねぇさ」
一雄の言葉など意に介さない長峰は、ふんと笑った。そしてドアの方へ歩いていった。
「長峰さん、どこいくんすか」
「コンビニだ、コンビニ。メシ買ってくる。お前らの分も適当に買ってきてやるよ」
長峰はホテルのドアの前で靴を履きながら、双子に笑いかける。
「あざっす」
「いいか、俺がいない間も絶対に手出しすんなよ。分かったな?」
「うっす」
「このパーカーは、いらないんすか?」
「真夜中ならともかく、まだ暑いからいらないだろ」
パーカーを渡そうとした雄二を御して、長峰は部屋を出て行った。
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「なぁ一雄、長峰さんさ、さっき穴はまだやらないとしても…、しゃぶらせるのはダメって言ってないよな?口ん中にアレを出すのは、手を出したことにはならねぇよな」
「雄二…お前さ…。いいとこ気がつくよな。マジ自慢の弟だぜ。前世は、一休さんじゃねぇのか?」
邪悪な双子の視線を感じ、莉那はベッドの上で身を捩る。
「長峰さんがコンビニから帰ってくるまで、時間もたっぷりあるしよぉ、この女にいろんなモノを飲ませてやらないか?このままじゃ、大事な人質が脱水症状になっちまうだろ。水分補給は大事だからな」
一雄は、チャックから怒張したキノコをひっぱり出す。
「グッドアイデアじゃん。やばい勃ってきちゃったよ。ションベンしたいし」
雄二も、キノコを引っ張り出す。
顔はそっくりな双子なのに、それぞれ左曲がりと、右曲がりの個性があった。
「おら、肉便器、クチを開け」
莉那は、口からガムテープを剥がされた。
シンメトリーな二本のキノコが莉那の前に迫る。先端の切れ込みからは透明な粘液が涎(よだれ)を垂らし、上下に動くたび糸を引いて、飛び散った。
「やめて!お願い…!やめて…お願いだから!」
「オレンジジュースとヨーグルト、どっちが飲みたいか言え」
一雄は、泣き叫ぶ莉那の髪を鷲掴みにした。
「ムービー撮ってやる」
雄二はスマホの赤いボタンを押しながら、オレンジジュースの準備を始めた。
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