第16話 標的はアイドルと観客2000人

 12月22日。

 月曜日。

 午前9時。

 新宿区にある2LDK賃貸マンションの一室。


「おいおい、ニュース見ろ。またひとり逮捕されたみたいだな。これで5人目か。今回も犯人から押収された密造銃には製造番号(シリアルナンバー)が刻印されていて、おそらく大量に出回ってるだろう、だってさ。真に受けやがって」


 満園浩丈(みつぞのひろたけ)はソファに座り、つけっ放しのニュース番組に反応した。右手はスナック菓子の袋に滑り込むが、中身がないと気づき舌打ちをする。


「テロが起きる、だってよ。俺らの狙いはそんなんじゃないのに」


 満園は洟をかみながら言った。


「つーか、北川にカネ渡して、そういう世論を流させたのはお前だろうが」


 益子翼(ますこつばさ)はそう言いながら、飲みかけの缶コーラをテーブルに置くとげっぷをした。


「やつもある意味、共犯者。いくら払ったんだっけ」


 この部屋の家主、日下部中(くさかべあたる)も、パソコンに張り付いたまま、会話に加わってきた。


「株で儲けた分の10パー」


 にべもなく満園が答える。


「俺らがそれぞれ30パーだから、文句いうんじゃね?」


 益子が眉を顰めて言った。


「いわせねーよ。やつも芸能人気取りで満足してんだろ。テレビ出るたびにテロだ、銃社会だって繰り返して。最近は演技じゃなくてマジで言ってるように聞こえるぜ」


「ははは。演技力が培われたか」


 満園の言葉に日下部が子供のように笑った。

 益子は何か言いたそうに溜息をつく。


「youtubeで気分転換の曲でもかけるか」


 中途半端に伸びた髪をかきあげながら、満園はスマホを操作する。


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 La la la...

 銃声 忠誠 愛に狂って

 銃弾 中断 会いにくるって


 REAL GUN BLACK 銃身REALが

 私のこの胸に 着弾Herat


 FAKE GUN RED&WHITE FAKEが

 あなたに届かない 暴発Hate


 REAL GUN BLOOD 傷心REAL GIRL

 私のこの胸に CHECKDOWN Herat


 FAKE GUN 妬んだFATE FAKE GIRL

 あなたに届かない Bomb Heart to Herat


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「またそれか。ダセー曲だな。スーサイドなんとかってアイドルグループだっけ?」


「スーサイド5エンジェルズな。銃が題材の曲だって理由で…俺らのせいで、発売中止になっちまったけど」


 益子の毒舌を意にも介さず、満園は答える。


「お前、ファンなの?」


「ファンつーか、メンバーのMANAMIって女が中学時代の同級生なんだわ」


「マジか。好きだったとか?」


「好きもなにも学校でも1番の問題児と付き合ってたからな」


 4年も前の話だった。満園の初恋の相手。問題児だった冬貝(ふゆかい)という不良の彼女だった。そして今は届かない存在。

 MANAMI…こと、多治比愛実(たじひまなみ)にそこまで執着があるわけではないが、新曲が発表されるたび、ついついチェックしてしまう。


「あ!事件が報道されて、また株価あがってるよ」


 日下部の甲高い声。


「売りだな」


 上機嫌な益子は、再び缶コーラを喉に流し込んだ。


「防弾チョッキブーストだな」


 日下部の目玉は、モニターの反射で輝きを増す。


「防弾ガラスもな」


 満園は言った。特殊ガラスの制作に特化した会社に投資してよかった。


「警備会社もね」


「お前の作文の効果だな」


 言いながら益子は立ち上がり、日下部と一緒にモニターを眺め、株価の変動を見ていた。


「作文じゃねーよ。声明文な。声明文」


 満園は吐き捨てるように言った。


「10人全員のポストに、銃と13発の弾丸と一緒に投函したんだよな」


「おう。この銃でキライな人を殺してください。私たちも数ヶ月以内にこの国を変えるためにヒキガネをひきます、ってな」


 得意げな満園をよそに、益子の目はモニターに釘付けだった。


「それでテロ騒ぎか。隣国との領土問題で荒れてる国会。政治不信の相乗効果ってとこだろうな」


 益子は、形が整えられた顎鬚をさすりながら言う。


「日本が韓国と取り合ってる梅島か。なんで今年になってから、あんな問題にされてるか分かんないな。石油でも出てきたか?」


 満園は間の抜けた声で言った。


「梅島には石油どころか、資源なんてないだろ。…そんなことはどうでもいい。銃に3桁の製造番号(シリアルナンバー)入れるってアイディアは俺だからな。分け前多めにほしいくらいだ。35パーくれよ」


 益子の目がようやくモニターから引き剥がされ、満園に注がれる。


「銃をつくったのも、声明文も俺なんだぞ。それでも平等に30パーっつってんだから、製造番号(シリアルナンバー)のアイディア出したってだけでお前の取り分を35パーにはできねぇよ」


 満園は益子の視線を受け止め、言った。


「ちっ、分かったよ。でも、あれってわざとらしくなかったか?」


「いや。複数の密造銃が…って世論も、テロ騒ぎも、やっぱ製造番号(シリアルナンバー)の効果だろ。そう考えると、素直にお前のアイディアに感謝だわ。つっても、35パーはムリだけどな」


 さきほど食べ尽くしたスナック菓子の袋をゴミ箱に押し込む。満園の手は油で汚れている。


「分かってるよ。でもよ、実際にばら撒いたのは、たった10丁なのにな」


「実際に百丁も作ってたらコストかかりまくっちまうからな。10丁つくって前科持ちとガキに配って、そいつらがバン!株価ブースト!」


「でもよ、発砲したガキとすでに逮捕された5人以外の、4人の前科持ちは何してるんだよ。強姦(レイプ)の脅迫の道具に使ったヤツもいるみたいだけど」


「ああ。ニュースでやってたやつか。山荘に合宿中の女子高生たちを強姦(レイプ)したってヤツは逃亡してて、まだ逮捕されてない。今んとこ、うまく逃げてやりおおせたんだろ」


 満園は答えた。

 益子はその答えに対して、何か言いたそうな顔をする。


「っていうか、路上に落ちてたとかで、警察がすでに他の4丁とも回収してるって可能性ない?」


 日下部が、会話に割って入ってきた。


「回収したら記者クラブに伝わって報道されるだろ。つまり、他の4丁はまだ犯罪者の手元にあるってこと。少なくとも警察の元にはない」


 油で汚れた手をねずみ色のパーカーで拭きながら満園は言った。


「逮捕される前に、そいつらに暴れてもらわないとな」


 益子の本音。


「だな。んで密造銃ブーストよ」


 満園は笑いながら答える。


「また株価アップか」


 日下部の甲高い声。


「でもよ。でもよ、回収されてない4丁が回りまわって、俺らや、家族に向けられたらイヤだな」


「それ言ったら元も子もない。何千万分の1の確率だから安心しろ」


「ゼロと言い切れないとこがリアルだよな」


 そんな言葉で安心などできない、と言いたげに、益子は顎鬚を神経質に撫でた。


「ほぼゼロだろ。俺の予想じゃ、確実にあと1、2件は銃をつかった犯罪が起きる予定なんだがな。例え残り4人のうち他の3人がビビって動かなくなっても、1人だけ絶対に暴れまわる奴がいる」


 満園の言葉に、他の二人が反応する。


「どういう意味だ?ちゃんと日下部のつくったリスト通り投函したんだよな」


「ああ。1件だけちょっと変更したけど」


 口を尖らせ、満園は自慢げな表情になった。


「は?」


「中学時代の同級生に、自分の両親を刺し殺そうとしたやつがいてよ、そいつんとこのポストにも放り込んだ。そいつならぜったい発砲する。保険だよ、保険」


「そういうの保険っていわないんじゃないの」


 日下部のつっこみ。


「おいおい、おいおい。保険どころか地雷だろ。お前に直接つながってるヤツに流すのだけは勘弁しろよ。マジ、ケーサツに特定されんぞ」


 益子の声に、焦りが広がった。


「大丈夫だって」


「いやいや、どうなっても知らねぇぞ。お前に何かあっても俺、他人のふりするからな」


 あっけらかんとした満園。

 顎鬚をボリボリと掻き毟り始めながら、益子は深い溜息をつく。


「お前らケンカやめろよ。仲直りに3人でメシでも行こうよ」


 そう言いながら日下部はデスクチェアから腰を浮かし、空気を変えようと笑った。


「オヤジも定年して家にいるし、家族でメシいくんだわ。俺の就職祝いってことでさ」


 悪いな。そう言いながらショルダーバッグを肩にかけ、満園はソファから立ち上がった。


「ウソはよくないね~。あれ?彼女は?今日、彼女と会うとか言ってなかったっけ」


 日下部が訊ねる。

 益子は腕組みをして黙り込んだままだった。


「彼女も呼んでんだよ。んじゃ、俺もう帰るわ」


 満園を玄関まで見送ったのは、日下部だけだった。


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 同日。

 午後10時前。


 渋谷区の満園の自宅。

 ダイニングには、手足を縛られた、祖父、父母、ふたりの姉、妹、彼女の美和子がいた。


 各々の口にはガムテープ。

 まだ小学生の妹は、涙で茶色のガムテープが変色していた。


「おい、なんだよこれ」


 帰宅するなりの満園の第一声だった。


 押し寄せられたテーブル。椅子。

 皿やグラスの破片。

 飛び散ったオレンジジュースの雫。


 部屋に足を踏み入れる。

 縛られた7人を囲むようにして、5人の男たちが視界に入る。


 うち2人には見覚えがあった。

 中学の同級生、冬貝久臣(ふゆかいひさおみ)と、犬尾勘太(いぬおかんた)だった。


「はぁ~い。満園くん。おかえりなさぁい」


 犬尾が舌を出して嗤う。

 カチャカチャと丸い玉状のピアスが、舌の上で揺れた。


(お前に直接つながってるヤツに流すのだけは勘弁しろよ)

 数時間前の、益子の言葉が蘇る。


(そんな…そんなはず)

 犬尾を見つめながら、満園は戦慄いた。


(あの銃は…)

 犬尾のポストに投函したはずの密造銃は、冬貝が握っていた。

 おそらく、このグループのボスは冬貝だ。

 中学時代からそうだったように、犬尾はボスに気に入られるため何でも渡し、情報を流す。


「お前、帰ってくんのおせぇよ。実家で彼女またせて何やってんの?」


 群れの統率者、冬貝が言う。

 縛られたままの皆が、ガムテープの下で呻き声をあげた。


「え。あ、あれ。冬貝(ふゆかい)くん…な、なんで、ここに?」


 満園は怯えたように答えた。中学時代に戻ったようだった。


「これ犬尾のポストに投函したの、おめぇだろ。チュウボーん時から、根暗なガンマニアだったよな。ピンときたわ。世間騒がせちゃって、お前も悪くなったよな」


 冬貝の邪悪な微笑み。推理は犬尾のものだろう。すべてを見透かしていた。


「え、し、知らないよ」


 満園はしらばっくれてみた。どこからか拳が飛んできた。鼻柱に疼痛。吹き出る鼻血。


「しらばっくれてんじゃねぇぞコラ。てめぇ」


 身長180くらいの長髪で、鼻に大きなイボのある男が恫喝してきた。


「だ、誰か呼びますよ」


 満園の唯一の抵抗の言葉だった。


 その言葉に、イボ男は、糸のように細い目をカっと見開き、床に倒れた満園の胸倉を掴み、何度も何度も殴りつける。

 口の中に広がる血。固いもののカケラ。恐らく歯が何本か折れたのだろう。


「おいおい、やめとけ斎貞(さいてい)。これから、そいつには働いてもらうんだからよ」


 イボ男―「斎貞」と呼ばれた男は、冬貝によって制止された。

 暴力的だった斎貞の目が正気を取り戻す。自分よりも身体の小さな冬貝を恐れているようだった。


「お前、いっぱしのクチ聞くようになったじゃん。あ?」


 斎貞を退けて、冬貝が満園の前に立った。愉快そうに満園の顔を眺めながら肩を叩く。


「つーか、誰か呼ぶって言い方、引っかかるよ。フユちゃん。普通、ケーサツでしょ。ケーサツ呼べない事情があんじゃね」


 犬尾は鋭かった。


 この期に及んで、命の危険があるにも関わらず警察なしで事を収めたいと願う満園の心を見透かしていた。

 犬尾は昔からバカのくせに、へんなところでは鋭かった。


「おい。正直に答えろ。ウソついたら金属バットでお前のオヤジの頭蓋骨かち割るぞ」


 冬貝は銃をジーンズの後ろポケットにしまい、斎貞から金属バットをひったくって言った。


 オヤジ―。満園の父が、縛られたまま怯えたように冬貝の握ったバットを見ている。


「銃を造って…犬尾のポストに投函したのは…お前だな?」


 恫喝の色はなかった。優しい口調だった。

 子供をなだめる様に冬貝は問いただす。


 頷き。

 満園は壊れた人形のようにカクンと首を前に倒した。


「理由は知らんが、お前は犬尾にこいつを使わせたかったんだよな?」


 満園は首を前に倒す。

 強張った首筋。

 頷いた後、震えながら頭を元の位置に戻そうとするたび、自分自身の頭蓋や脳の重さを知った。


「よし。追加でコレ100丁造れ」


 冬貝の口臭。ミントガムの香りがした。

 満園は寒気に震えた。


「な…何に使うの」


「お前ぇはアホか。人を殺すために決まってんだろ。あとはカネかな。つくるのに何時間かかるんだよ」


 しゃがみ込んでた満園は立ち上がり、金属バットを斎貞に返した。


「24時間以上かかるよ。2台ある3Dプリンターを使って、24時間で2丁…しか造れない」


 事実だった。事実をありのまま、満園は告げた。


「使えねぇな。てめぇ」


 さきほどの穏やかな表情からの一転。

 冬貝のつま先が満園の腹部にめりこむ。胃液を吐き出す。


 満園の家族は、長男が暴行される姿を見てガムテープの下で呻っていた。

 泣いていた。


 斎貞がそれを見て嗤う。

 つられて、身長190ほどの筋肉質なスキンヘッドの男、金髪をツンツンに逆立てたエラの張った男も嗤った。


「フユちゃん。造れるだけ造ってもらえばいいよ」


 犬尾の提案。


「あ?」


 冬貝は眉間にシワを寄せ、言った。


「銃を持って入り口を塞げば建物は占領できるし、弾があればそれなりに殺せる。それに殺す方法だって銃以外にも色々あるからさ」


 犬尾は自前の凶器であるゴルフクラブのグリップを握りながら、不機嫌そうな冬貝を諭した。


「んじゃ、何丁こいつに造らせるか」


 冬貝は割れた皿の破片を蹴飛ばし訊ねる。


「フユちゃんはもう持ってるからいいとして、ここにいる他の4人分…。俺と斎貞(さいてい)、八女出(やめで)と矢田(やだ)の分は欲しいな」


 犬尾はそう言うと、ゴルフクラブを逆さにし、グリップ部分を床に立てた状態で、シャフトを左手で掴みながら、右手でクラブヘッドを撫でた。


「グヘヘヘ。銃が手に入ったら、おれをコキ使いやがったキャバクラの店長を撃ち殺してやるぜ」


 金髪のエラ張り男が言う。


「矢田。勝手なマネはすんなよ。お前はいつもそうだからな」


 金髪のエラ男―「矢田」が、冬貝に窘められて、黙り込んだ。


「よっしゃ。んじゃ、あと4丁。48時間以内につくれ。いいな」


 冬貝は割れた皿の破片を握り、満園に向けながら言った。


「何につかうの?まさかテロとか」


「あぁ?」


 満園の余計な質問に、冬貝が眉間にシワを寄せる。


「俺の銃が何に使われるのか興味があったんだよ。非難する気なんてない」


 質問した理由を補足した後(しまった―)と満園は舌打ちを堪えた。余計なことを聞いてしまったら、こいつらに何されるか分からない。そう思ったのだ。


「スーサイド5エンジェルズの大晦日メジャーデビューコンサートでメンバー、観客2000人を皆殺しにすんだよ」


 満園の疑問に答えたのは、犬尾だった。


「しかもそれ全国ネット生中継だからね。俺ら有名人になっちゃうし」


 犬尾は右手で、ニット坊から飛び出した茶色い前髪を直す仕草をした。どんな風に中継で映ろうか―。そう思案するように微笑んでいる。


「ふ、冬貝くん…愛実(まなみ)となにかあったの?」


 しまった。また余計なことを聞いてしまった。質問の言葉を吐いてから、満園は自分自身を呪った。


「あんま聞かない方が良いと思うけどなぁ…まぁ、要はフラれちゃったんだよね。メジャーデビュー決まったからって、電話番号変えて完全無視はひどい」


 犬尾が舌を出す。銀のピアスの玉が揺れる。


「思い出してもイライラすんぜ!舐めやがって、くそアマ!ステージ上で観客の前で犯しまくって殺してやる!」


 冬貝は握った皿の破片を床に叩きつけた。


 縛られたままの7人が、粉砕された破片に慄く。

 小学生の妹は声を押し殺して、泣いていた。

 縛られたままの満園の彼女、美和子はそれを悲しそうに見つめているが、同じように縛られていては慰めることもできなかった。


「10億円と、操縦士つきで逃走用の大型ヘリを用意してもらうから、メンバー皆殺しはダメだよ。せめて残りの4人は一緒に大型ヘリに乗せないとさ」


 犬尾が満園の妹の涙を指で拭う。

 7人の人質たちは、犬尾の行動に凍りついた。


「大型ヘリって海外まで行けんのかな。南アフリカあたりまで飛ばそうぜ」


 頭の悪そうな顔で、矢田が言う。


「南アフリカと言わず、人質とったまま行けるとこまで行こうよ。ケーサツが追ってきたら、人質を一人ずつ大型ヘリから突き落とせばいいし」


「お前、陰険でえげつねぇな」


 犬尾の言葉につっこみを入れたのは長身のスキンヘッドの男。


「八女出。それ、褒め言葉として聞いておくよ」


 犬尾は立ち上がり、人質たちに背を向けて自分より30cmほど背の高いスキンヘッドの男―「八女出」の腹にゴルフクラブのグリップ部分を押し付けながら、嬉しそうに言った。


「お前ら…本気でそんなこと、できると思ってんのか?」


 満園の本音。


「できるかどうかじゃねぇ。男ならやるしかねぇんだよ!んじゃ、大晦日まで9日しかねぇから、さっさと4丁造れ。弾丸はお前の部屋にあんだろ?」


 冬貝の恫喝。


「うん…」


「何発あんだよ」


「130発…」


「どこで買ったんだよ」


「新大久保の…中国人からだよ」


「おい、犬尾。満園が本気で銃を造れるように、何をしたらいい」


 冬貝は犬尾に意見を求めた。


「6時間おきに、そこにいる7人を一人ずつ殺そうよ」


 犬尾は、縛られたままの人質―。

 満園の祖父、父母。姉2人。妹。

 交際中の彼女である美和子。

 計7人を見つめながら、薄笑いを浮かべ言った。


「お、いいね!」


 金髪のエラ男、矢田が言う。

 彼らにとって人殺しは、ただの遊びに過ぎないのだ。


「本気だって言うのを見せるために、この場で1人殺しちゃおうっか」


 犬尾は右手に握ったゴルフクラブを、短く持ち替えながら、言った。


「いつものアレやんのか?お前さ、陰険だよな」


 長身スキンヘッド、八女出が言う。

 満園の目から涙が溢れ出す。やめてくれ…。やめてくれ…。


「いいじゃん、いいじゃん。民主主義だよ」


 犬尾は、ゴルフクラブのシャフトをゆっくり上下に振り、上に向けた左の手の平に、クラブヘッドをペチペチと当てながら、今から殺される7人を愉快そうに眺めながら、言った。


「何だっけ。ゲームの名前」


 矢田が訊ねる。


「殺人総選挙ゲーム」


 犬尾は誇らしげだった。


「や、やめろ!!!!やめてくれ!やめてくれ」


 満園は犬尾に突進した。

 小柄な犬尾は吹っ飛んだ。ニット帽が床に落ちる。


「てめぇ」


 犬尾は立ち上がると、ゴルフクラブを満園の頭上に振り上げた。


「やめろ」


 冬貝の制止。

 犬尾は素直に引き下がった。


 満園は、屈強な八女出と矢田によって両手をロープで縛られ、羽交い絞めにされた。


 人質7人は泣いていた。


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「はい、人質のみなさん注目。満園くんが銃を4丁つくるまで、6時間に1人ずつ殺します。満園くん、もう一度、確認だけどさ。4丁できあがるまでに何時間かかるんだっけ」


 犬尾はニット帽を再び深く被りなおしながら、言った。


「3Dプリンターがぜんぶで2台。2丁つくるのに約24時間…だから早くて48時間だ。なぁ頼むからやめてくれ」


 満園は、泣きながら懇願した。


「計算してみる…。7人だろ?4丁造り終わるのは48時間後だろ?48割る6時間は8…。8人いて初めて1人助かる計算じゃん。誰も生き残らないじゃん」


 簡単な計算もできない矢田は、スマホを操作して言った。


「満園くんが、頑張って早く造れば何人かは助かるかもしれないよ」


 本心ではない犬尾の言葉。


「ムリだ…一番ノリが良かった時でも、数十分の時間短縮ていどしか差がなかった。頼む、頼むからやめてくれ。みんなを殺さないでくれ…できることは何でもするから…」


 満園の顔は涙で濡れている。


「間に睡眠や食事を挟んでるからだろ。寝ずにやれ」


 冬貝は満園の肩に手をかけて言った。

 まるで親友のようだった。

 絶望のミントガムの香りが満園の鼻腔を刺激する。


「とりあえず1人殺して、このバカを分からせてやれ」


 立ち上がるなり、冬貝は指示した。


「ひどいよ。ひどすぎる。お金なら勝手に持ってていいから出てって」


 涙と鼻水でガムテープが外れたのだろう。

 言葉を取り戻した満園の長姉・雅美が言い放った。


「お金じゃ買えない楽しみもあるんだよ。ね?」


 斎貞の、邪悪に満ちた言葉。

 このスキモノ男の鼻のイボは、おそらく性病…梅毒か何かの後遺症だろう。

 糸のように目を細めながら女たちを品定めする。

 斎貞は、内股気味になる。すでに、ひどく勃起していた。


「そうだ!殺す時、フユちゃんの銃貸してよ」


 犬尾が子供のような口調で言った。


「頭は撃つなよ。前、脳みそぶちまけてキモかったからよ」


 冬貝が顔をしかめる。

 銃を使って、すでに何人か殺してるのだ。


「え~、頭撃たせてよ!いいもん。新しい銃を造ってもらったら撃つもん」


「俺が許可するまで撃つなよ」


「大晦日までのお楽しみか。子供じゃないのに」


 茶番だった。

 人殺しの算段を、年末の遊びの約束のように言う。

 冬貝も、犬尾も、斎貞も、矢田も、八女出も異常者だった。


「お前ら、こんなことしてタダで済むと思うな。警察が…」


 ガムテープの剥がれかかった口で、満園の祖父が呪詛を吐き出す。


「うるせぇよ。じいぃ、てめぇからぶっ殺すぞ」


 斎貞は満園の祖父を蹴飛ばした。

 血と、脆くなった歯根が散らばる。


「おじいちゃんに手を上げるのはやめて!」


 満園の一番下の妹が泣き喚く。


「お前あの満園の妹か。小学生か?可愛いな。あとで味見してやっからよ」


 剥がれかかったガムテープを貼りなおし、斎貞が言った。

 小学生の妹は、オバケを見るように斎貞を見た。


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 冬貝は銃を構える。

 他の男たちも、金属バット、ゴルフクラブ、鉄パイプ、ナイフ、と各々の凶器を見せびらかすようにして手に持っていた。


 騒いだら殺す、という条件の下で、人質7人からガムテープが剥がされる。

 満園の祖父と父は、毅然として冬貝たちを睨み据えていたものの、女性陣は皆、泣いていた。


「じゃあ、人質さん7人に紙とペン配って。殺人総選挙ゲームのはじまり、はじまりぃ」


「なにが始まるの。怖いよパパ」


 ゴルフクラブを担いだ犬尾のはしゃぎっぷりに怯えながら満園の次姉が言った。

 長姉に比べ臆病な性格なのだろう。手足を縛られたまま小刻みに震えている。


「今から誰を殺すべきか、その紙に人質のみなさん自身で書いてもらいます。民主主義!多数決です」


 犬尾は、鉄パイプを持ったまま、紙とペンを配りまわる太っちょな矢田を目で追いながら説明を始めた。


「な、な、なに言ってるんだね君は」


「お父さんは黙っててください。紙に誰の名前も書かなかった人は無条件で殺します。誰かの名前を書いてください。もちろん自分の名前かいてもOKです」


「殺すならわしをやれ。このケダモノどもめ」


 満園の祖父が一喝する。唾が飛び散る。


「元気なじいさんだね。まぁ、そんな死に急がなくてもいいよ」


 犬尾のゴルフクラブのグリップを握る手に、力がこもりはじめたのを、満園は見ていた。


(じいちゃん、やめろ…殺されるぞ)満園はそう言おうとした。


 その時。


「やるならわしをやれ!お前たち、こんなことをしてタダで済むと思うな!」


 満園の祖父は怒鳴った。

 齢九十近くにして太平洋戦争を経験した祖父は、勇敢さを失っていなかった。


「てめぇ、さっきからうるせぇんだよ、じじぃ!うるぅあぁ!」


 ゴン!という犬尾のフルスウィング。

 鈍い音と共に、満園の祖父の首が、あらぬ方向へ回転した。


 満園の父は、目を丸くして呆然とそれを見ていた。

 月に何度か行われる日曜の上司とのゴルフコンペですら、こんな顔は見せなかっただろう。


 半開きの口から飛散する泡と血飛沫。

 ヒュウヒュウと虫の息が聞こえてくる。


 満園は祖父の、満園の父は自分の父親の、死にゆく様を見ていた。

 女性陣は目を閉じ、発狂したように泣き叫んでいたが「うるせぇ、殺すぞ」という斎貞の恫喝で声を押し殺し、黙った。


「まぁだ、生きてやがんのか。年金ドロボウめぇ」


 追撃。追撃。追撃。


 通常、ゴルフクラブはゴルフ以外の用途で使われる事を想定して設計されてはいない。

 だが、軟鉄とステンレス鋼によるそれは、持つ者によって人殺しの道具として機能を果たしはじめた。


 犬尾の振り下ろしたゴルフヘッド。

 追撃。

 満園の祖父の頭蓋は、ひしゃげた。

 執拗な、追撃。

 段々と失われていく形。

 追撃。

 頭蓋は完全に破壊され、桃色の脳漿がドロリと露出する。

 数秒後。

 つい数分前まで、満園の祖父を動かしていた血液が溢れ出し、床を紅く染め上げた。


「おじいちゃ…おじいちゃぁぁぁん」


 別れの言葉も告げられぬまま逝ってしまった祖父に、長姉と次姉が耐えかねて泣き叫ぶ。


「うるせぇぞ。女ども。黙らねぇと、てめからやるぞ」


 犬尾の恫喝。

 斎貞や冬貝とは異なる、狂気の宿った恫喝。

 女たちは押し黙るしかなかった。


「うえっ、脳みそ気持ち悪…。お前さ、キレると人が変わるよな。さっさと紙に名前を書かせろ」


 冬貝は吐き気を堪えながら、犬尾を促した。


「もう一度いいますが、紙に誰かの名前を書かなかった人は、即、殺します」


 我に返った犬尾は、笑顔で人質たちに言った。


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「おい、結果はどうなった」


「7人中…いや、爺さん不参加で6人中5票が入った…河原美和子さん。あなたで決まりです!やっぱここの家の息子の彼女とはいえ、血が繋がってないからですかね」


 斎貞に肩を揺すられ、犬尾は開票結果を告げた。


「ごめんなさい…ごめんね、美和子ちゃん」


 満園の母は言い終えると泣いた。


「おばさん…そんな」


 満園の彼女、美和子の顔が絶望で塗り潰される。


「ごめん。美和子ちゃん…え~ん」


 満園の姉たち、妹も泣いていた。


「お前ら、なぜ私に投票しなかった…かわいそうに、こんな若い子を」


 満園の父がはじめて見せた涙。

 父の死に様よりも、別の意味で耐えかねる辛さがあったのだろう。


「お父さんは立派だね。自分の名前を書いてるよ。勇敢な爺さんに立派な父親。バカは息子の満園だけか。密造銃なんかつくってさ」


 犬尾が嗤う。

 人の善意を粉々に破壊する前の楽しみ。

 それは人の善意を褒め称えることだった。


「まぁいいや。とにかく美和子ちゃんを最初に殺しちゃおう。いいね?これお前らが決めた事だからさ、文句いうんじゃねぇぞコラ」


 そう言ったのは斎貞だった。

 股間はありえないほど膨らみ、ジーンズの先端が謎の液体で濡れて変色している。


「は~い。美和子ちゃん!殺す前に俺と別室でいいことしようね」


 斎貞の本音。

 今から殺す女に何をするのか。

 想像をして、満園と満園の父は顔を伏せた。


「ちなみに美和子ちゃんは…この家のお父さん同様に、自分の名前を書いてるね。そっか!皆がみんな、毎回、自分自身の名前を書けば、投票は永遠に終わらないと思ったんだね?賢い。でも残念!他の4人は皆、美和子ちゃんの名前を書いてます」


 犬尾がいう。

 人間が持つ善意と、残酷さ。

 今から死にゆく者に過不足なく、それらを告げた。


「ひどい、ひどいよ…みんな…」


 美和子の顔が歪む。

 涙。絶望。憎しみ。

 犬尾は満足そうに美和子の顔を眺め、舌を出して嗤った。

 ピアスが揺れる。楽しそうに、カチャカチャと揺れる。


「かわいそうだね~。美和子ちゃんって性格いいね~!性格いい子好きだから死ぬ前にいっぱい楽しませてあげるね」


 斎貞がいう。

 糸のように細い目の奥で瞳が禍々しく輝いている。

 斎貞は、右手で美和子の胸を揉みながら、左手をミニのスカートに滑り込ませた。


「いや!やめて!」


 抵抗されながらも、斎貞は手を止めなかった。


「きちんとアソコの毛も処理されてんじゃん。満園をいつも、ココで楽しませてたんか」


 荒い息。

 斎貞の声が、自らの抱える抗いがたい興奮で震えていた。

 美和子が震えながら抵抗する。


「やめて」


 美和子は泣きながら憎悪を斎貞にぶつけたが、変態は意にも介さず、手を動かすのを止めない。


 嬲られながらも美和子は、視線で満園に助けを求めていた。

 満園はどうする事もできず呆然としていた。


「ごめんなさい…ごめんなさい、美和子ちゃん」


 満園の母は泣きながら言う。

 しかし美和子と目を合わせる事はなかった。


「お前らも来いよ。一緒に楽しもうぜ。ズタボロに犯してから殺す。興奮するなぁ」


 斎貞の言葉。

 美和子の絶望。


「おい、俺はその女いらないや。母ちゃんやるとき、俺がやるね。熟してる女の方がいけるからさ」


 矢田は言った。

 その視線に、五十ちかくになるであろう満園の母が怯える。


「満園、じゃあさっそく作業場へ案内しろ」


 成り行きを愉快そうに見守っていた冬貝の言葉。


「おい、この女もうびしょびしょに濡れてやがるぜ」


「違うよ、それ失禁だよ」


 犬尾につっこまれても、荒い息のまま、斎貞は左手を止めない。

 床は美和子の粗相で汚れていた。


「ううっ、うう」


 惨めな姿。

 ダイニングに広がる、祖父の脳漿と血、美和子の失禁のアンモニア臭。


 慟哭する美和子を他所に、他の者は一切、泣くのを止めた。

 尽きようとしている命の残り時間を前に、各々、何かを考えているかのようだった。


「チンタラしてっと、妹も殺すぞ」


 銃を頭に押し付け、冬貝は満園に怒鳴る。


「に、2階だ…2階の俺の部屋に3Dプリンターがある」


 満園は言った。


「いや…助けて…浩丈…」


 美和子に名前を呼ばれて、満園が立ち止まる。

 額に押し付けられた銃口の感覚。


「お願い…助けて…私を…守ってくれるって…約束したじゃない…浩丈…」


 美和子の嗚咽。

 満園は冬貝に促されるまま、階段を昇る。


「嘘つき!浩丈のウソつき!ウソつき!」


 美和子の泣き声が一層、増した。

 男たちは嗤った。


「やだ!やだやだやだ!やだ!」


 男たちは、彼氏に見捨てられた哀れな女に欲情し、あれをしようか、これをしようかと大声で話し合っていた。


-------------------------


「しっかし、汚ねぇ部屋だな。それにナイフやモデルガンばっかじゃねぇか。お前、アタマおかしいんじゃねぇの?」


 冬貝が言う。

 誰もがはじめて訪れた友人の部屋でそうするように、あたりを見渡し、感想を言った。


(くそ…くそ、くそ、くそ…俺のせいだ…みんな…すまない…俺がこんなもの造らなきゃ…くそっ…)


 密造銃なんて、造らなければよかった。

 ばら撒かなければよかった。

 カネなんてあっても意味がない。

 大事なものはすべて奪われるのだ。


 悔恨…。

 満園は声にならない声で嗚咽する。

 冬貝はそれに気づかない。


「少しでも変な動きしたら殺すぞ。さっさと作業に取りかかれ」


 首筋に、銃口の感触。


(みんな…すまない…俺に何ができる…死ぬ前に)


 満園の頬を流れる雫。


「おいおい。喘ぎ声が聞こえるな。いや悲鳴か?あれお前の女だよな。俺もあとで混ぜてもらうか」


 斎貞の怒鳴り声。

 美和子は、何かを強要されているようだった。


 犬尾や八女出、矢田らの笑い声。

 ダイニングで美和子は犯されている。


(俺にできる事…銃を造ることだけじゃないか…ははは…くくく…)


 満園は、彼女である美和子と出会った日の事を思い出した。


 あれは去年の12月。

 ちょうど1年前だった。


 短期のバイト先、百貨店の食品売り場で、美和子と知り合った。

 そこまで美人と言うほどではなかったが、瞳の美しい彼女に満園は一目惚れした。


 連絡先を交換したものの、メールの返信がない時も多かった。

 何ヶ月かかけて、やっと誘い出した初デート。

 乗り気じゃなかった美和子に、あれやこれやと言葉を並べ立てて、口説いた。

 今年の春から付き合いだした。


 お互いがお互いを知るうちに、美和子は満園を心から愛してくれるようになった。

 密造銃で株価をあげて儲けようと思ったのも、美和子との結婚資金のためだった。


「俺は一生、美和子を守るよ」


 満園は言った。


(お願い…助けて…私を…守ってくれるって…約束したじゃない…浩丈…)


 美和子は辱められながら、満園に言った。助けを求めていた。


(守ってやる…なんて言いながら、守ってやれなかったな…美和子…すまない…)


 階下から聞こえてくる美和子の悲鳴。

 満園は悔恨の言葉を心の中で、何度も何度も唱えた。

 溢れ出した涙がとめどなく、満園のねずみ色のパーカーをポツポツと濡らす。


「おいおい。すりこぎ棒を入れるとか言ってやがるぜ。あいつら、お前の女に何するつもりだろうな。え?なぁ?」


 冬貝の言葉。

 斎貞の言葉は満園にも聞こえていた。

 それを、わざわざ実況することで、満園の反応を愉しんでいるのだ。


(俺はそれをやればいい。それしかできない)


「やめて!痛い!痛いよ」と美和子の声が響き渡る。美和子の悲鳴に男たちの怒鳴り声と笑い声が重なる。


(いや…助けて…浩丈…)


 美和子の声と表情が脳裏に焼きついて離れない。


(嘘つき!浩丈のウソつき!ウソつき!)


 満園は泣きながら、笑った。


「おいおい、てめぇ何ヘラヘラしてんだコラ。気でも狂ったか」


 首筋に、銃口の感触。

 ここで満園が反抗すれば、計画性とは無縁の冬貝は、本能に従い躊躇なくヒキガネをひくだろう。


「どうせ俺のことも殺すんだろ?…最後の最後くらい、きっちり仕事をさせてくれ」


 満園は言った。


「あ?やけに素直じゃねぇか」


「どうせ死ぬんなら…最後に残したいんだ。俺の遺志を」


 満園の決意は固まった。


「かっこつけんじゃねぇよ。つーか、具体的にどこをきっちりさせたいんだよ」


 冬貝が吐き捨てるように言う。


「カラーリングまでこだわりたい。プライドにかけても…死ぬ前に最高の作品を仕上げたい」


 満園は言った。


(冬貝…お前は他人の気持ちなんか、ちっとも興味がない異常者だ。愛実に嫌われたのもそういった理由からだろう。ならば、自分で自分の首を絞めて破滅しろ)


 満園の心の声。


「このガンマニアのオタク野郎めが。まぁ、いいだろう。好きにしろ」


 冬貝の口臭。

 ミントガムの香り。

 いつだってそうだった。

 中学時代も、満園からカネを巻き上げるときもこの香りがした。


 いつしか、満園はミントの香りに恐怖を覚えるように刷り込まれた。


「すまないな」


 しかし、それもこれで終わりだ。


「その代わり…きっちり造れよ」


 ミントの香りが遠のく。

 冬貝は1階での美和子の輪姦に加わりたいらしく「おい、見張り変われよ」と階下に向けて怒鳴った。


「ああ…もちろんだ。4丁。最高の銃を造ってやるよ」


 冬貝の返事はなかった。

 矢田という男がやってきて、冬貝と、見張りを入れ替わる。


(俺は女を…家族を守れなかった最低の腰抜けだ…)


 満園は、自分にしか出来ない仕事。

 銃を造ることで最後の遺志を示すことにした。


(俺の造った銃を振り回し、破滅しろ…異常者どもめ)


 満園は嗤った。

 嗤いながら泣いた。

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