第14話 ラブホヘ行こう
12月17日。
水曜日―。
21時57分―。
K県刈間(かるま)市鈴音(りんね)にある、がらんどうな倉庫内―。
鈴音(りんね)高校1年生の遠柴 永眠(おんさい えみ)の目の前には血だるまの男―、川本潤二(かわしまじゅんじ)が転がっていた。
川本は手足を縛られ、口にガムテープを貼られた状態で、永眠(えみ)―エミに命乞いをするかのように涙を流している。
「もうすぐ22時…。殴ったり、蹴るだけじゃクチを割らないみたいだし…そろそろエミ、本気モードの拷問しちゃっていい?」
エミはそう言うと、黒と白を基調としたロリータ調のメイド服をヒラヒラさせ、踊るようにしてくるりと回転した後、尻を突き出し、栗色のロングヘアを人差し指で巻きながら、考え込むようなポーズをとり愉快そうに川本を見下ろした。
「んん!んっんんっ!」
川本はガムテープで塞がれたまま、口をモゴモゴさせ何かを伝えようとしている。カーキ色のパーカーは汗と地面の埃で汚れ、ジーンズは失禁で濡れていた。
「川本さんさ、今ここで質問に答えてくれないと…ホント一生後悔することになっちゃうよ?…もう1回聞くね」
しゃがみ込むエミ。黒のニーハイのゴム部分から肉感的な太ももがはみ出る。川本の視線が一瞬そちらへ泳いだ。
「数日前、密造銃を持って山荘に合宿中だった女子高生たちを脅して、強姦(レイプ)したグループの主犯って、川本さんだよね?」
川本が頷く。そして、気まずそうにエミの太ももから視線を引きがはした。
「じゃあさ。その密造銃はどこで手に入れたのかな?」
川本が首を横に振る。何度も何度も、横に振った。
「まさか、ポストに入ってたとか言わないよね?そんな答え、エミは求めてないよぉ?」
首を縦に振る川本に向かって、まるでキスする恋人同士のような距離まで顔を近づけながら、エミは問いただした。大きなアーモンド型の大きな瞳が、川本の糸のように細い目を見つめる。
「さぁ、どこで手に入れたのか話して?ね?」
その距離で初めて、エミの左目の下に泣きボクロがある事に気づいたのだろう、反射的に川本はそれをチラと見た。
「んんっ、んんんっ!!!」
川本はガムテープの下で、何かを必死になって伝えようとしていた。しかし言葉にはならない。
「強情だねぇ…。要するに…何も喋る気はない…そういう事かな?」
エミは川本の額を、細い人差し指でツンと押して笑った。
「んん!んん!ん!ん!ん!」
川本が首を振る。ガムテープが涙と唾液で剥がれかかっている。エミは無表情のまま、その剥がれかかったガムテープの上に、新しくガムテープを貼りながら微笑んだ。
川本の絶望の呻き声が響く。
「仕方ないなぁ…喋ってくれないなら…エミお手製の、残虐ルーレット、久々に使っちゃおうかな?」
「んんーん!んんーん!ん!ん!ん!」
エミはそう言うと、首を横に振る川本を無視して、マスコットキャラのキーホルダーが沢山ぶら下がった(そしてなぜかゴルフクラブが飛び出してる)重たそうな学生鞄のチャックを開けて「残虐ルーレット」を取り出した。
川本の眼前でヒラヒラと揺れる「残虐ルーレット」
それはルーレットとは名ばかりの、小学生の工作レベルの稚拙なもので、直径20cm程度の円形の厚紙の中心に、ビスで留められた赤いプラスチック製の矢印があり、それを弾くと8等分割されたマスのいずれかに止まる仕組みになっているものだった。
8等分割されたマス―それぞれのマスには、エミがマジックペンで書いたであろう汚い字で「メニュー」が書かれている。
メニュー内容。
1「ナイフで頭皮を剥いてカツラをつくろう」―備考欄には「サバイバルナイフで手際よく剥ぎ、できたカツラは近所のおじいちゃんにあげるよ!」と書かれてた。
2「熱湯目薬」―備考欄には「持参のポータブル給湯セットを使い、眼球が白く濁って失明するまで注ぐよ!」と書かれていた。
3「鼻砕きハンマー」―備考欄には「1回じゃ終わらせないよ!ゲーセンのピコピコ感覚で楽しんじゃうよ」と書かれていた。
4「鼓膜に連続エアガン」―備考欄には「死ぬかもね!BB弾200発全部、耳の穴に発射するよ!」と書かれていた。
5「がぶ飲み次亜塩素酸ナトリウム」―備考欄には「ザーメンの臭いがするし味はイマイチ。除菌された後、死ぬかもね!」と書かれていた。
6「睾丸ゴルフスウィング」―備考欄には「死ねよバカ!」と書かれていた。
7「裸で全身掲示板meets画鋲(性器や眼球含む)」―備考欄には「画鋲は1000個あるよ!全部刺してあげるから安心してね!」と書かれてた。
8「リアルジャンケン」―備考欄には「道具を使ってジャンケン!マジ、リアルすぎ!」と書かれていた。
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「ん~!!んっ、ん、ん…」
川本はジタバタしながら、エミに何かを伝えようとしている。しかしエミは微笑みながら「残虐ルーレット」を指で弄ぶ。
「まぁ、そうやって川本さんが意地を張ってくれれば張ってくれるだけ、エミは楽しい事いっぱいできちゃうから嬉しいんだけどね」
「ん!ん!!んんんっ!ん!んん!」
川本が首を振る。
「喋ってくれる気になった?」
エミの言葉に、川本が激しく頷く。何度も何度も首を縦に振る。
「もう遅いよ。エミはすでにやる気まんまんだもん。とりあえずさ、1回だけ…1回だけやらせて?もうルーレット回しちゃうね?」
川本の絶望の呻き声が聞こえてきた。
「ぜぇつぼぉ~ルルル~♪ぜぇつぼぉ~ルルル~♪」
エミの歌声は気持ちがいいほど音程にブレがない。川本がそれを聴かされながら子供のように泣き始める。
人差し指に弾かれ、赤いプラスチック製の矢印は、1回転、2回転、3回転…都合、11回転した。
矢印が止まった場所―「リアルジャンケン」だった。
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「はぁい、出ましたぁ~リアルジャンケ~ン♪これはね、実際に道具をつかったジャンケンなの。エミこれ嫌いじゃないよ!」
芋虫のようにのたうち回り、泣きじゃくっていた川本の声が弱まる。他の7つに比べネーミングの響きだけで言えば「リアルジャンケン」にはまだ生存の可能性が残っていると思えたのかもしれない。川本はエミの一挙一動を凝視しようと視線を上に向けた。
そんな川本の変わりようを見て、エミは再びしゃがみ込み説明をはじめる。
「ねぇねぇ!川本さん、何で道具を使ってジャンケンするんだよ!って思ったでしょ?実は、エミ、ジャンケンできない理由があるの」
川本の位置からすればメイド服のミニスカートからエミの下着が見えたかもしれない。だが今の川本に、そんな幸運を喜ぶ余裕はなかった。漏れる呻き声。
「んぐっ?んぐぐっ??」
川本が身を捩(よじ)る。
「これエミの両手ね」
言いながらエミは小さな手のひらを見せた後、それを裏返しにして甲を見せた。そして左右それぞれの親指、人先指、中指を折り曲げた。
しかし、他の指同様に折れ曲がらず、伸びたままの計4本の指―。リングの嵌められた左右それぞれの小指と薬指だけは、微動だにしなかった。
「ねね、これ見て。エミはグーにしてるつもりだけど、左右両方の手、それぞれ小指と薬指が曲がらないの。なぜだか分かる?」
「んふっ、んふっ、んふんふっ」
「指輪でつなぎ目を隠してるから分からないと思うけど、この曲がらない指は、4本とも義指、作り物の指なんだよね。リアルだから本物の指だと思ったでしょ~?ふふふ」
「んんんん~!んんんんんっ~、ん~」
「エミが中学2年生だったときにね。川本さんみたいな悪い男の人に拉致されて、2週間くらい乱暴された事があったの。その時に、この4本の指や、色々なものを失ったの…ぜんぶ話、聞きたい?」
「んん!んん!」
川本は首を横に振った。何度も何度も横に振った。狂ったように振っていた。
「優しいね。川本さん。こういう出会い方じゃなかったら…川本さんが女子高生を強姦するような悪い人じゃなかったら好きになってたのにな…」
エミは自らの右手人差し指を、ぽってりとした唇でしゃぶりながら、慈しむかのように川本のカーキ色のパーカーについた砂埃をはたいた。
「んんんん!んんんん!」
川本は呻る。首を振り回す。身を捩る。
それしかできなかった。
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「これ…と、これと、う~ん…これ」
エミはいそいそと学生鞄からまさぐり始める。
まずはB5サイズのコピー用紙。リアルジャンケンの「パー」の束が、乱暴に地面に置かれる。舞い上がる埃が目に染みるのか川本は顔をしかめた。
「ちゃんと川本さんは自分の手でジャンケンするんだよ?100回勝負だから頑張ろうね」
目をキラキラ輝かせたエミが華奢な手で、直径20cmほどの傷だらけで塗装の剥げたエメラルドグリーンのボウリング玉を持ち上げ、地面に落下させると、ゴンと鈍い音が倉庫内に響き渡った。これが「グー」だった。
「でも、もし川本さんが抵抗したら、もう1回残虐ルーレット回しちゃうからね~んふふ」
そう言いながらエミは、血のような茶色いカタマリが、あちらこちらに付着し錆び付いた刃長6cmほどの枝切りバサミを親指、人差し指、中指に嵌め、チョキチョキと鳴らし始めた。錆が酷すぎて滑りが悪そうな金属音がする。これが「チョキ」なのだろう。
「う~ん。B5用紙以外は何度も使ってるからあちこち傷だらけだなぁ。買い換えないとね」
エミの言葉に、川本が呻り始めた。狂ったように身を捩る。涙と鼻水が再び顔を濡らす。エミはにこにこしながら川本の様子を見つめる。
その時だった。
川本のスマホが着信音を立てた。
「せっかくお楽しみ中なのに~誰よう。もう!」
エミが形のいい眉を八の字に寄せ、ぷくっと頬を膨らませながら、川本のジーンズのポケットからスマホを抜き取る。
そこには"リョーイチ"と表示されていた。
「リョーイチくんだってさ。この人も悪い人なの?」
川本が頷く。ぶんぶんと頭を縦に振った。
「じゃあ、出ていいよぉ?余計な事喋ったら、鼓膜にBB弾打ち込むからね」
川本のガムテープを剥がしながらエミは言った。
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「あ、ああ、俺だけど。どうした?」
手足を縛られたまま、エミによって、右耳にスマホを、左耳の穴に、エアガンの銃口を突きつけられた状態で、川本は平静を装い会話を始めた。
「ん?銃を…貸して欲しいって?」
エミの表情が変わる。エミは川本の左耳にエアガンの銃口をどけてから「何か」を耳打ちした。
「すまねぇ、リョーイチ。俺さ、今週末まで女と旅行なんだわ…すまん…」
川本はリョーイチにそう答えた。エミが目を細めつつ、うんうんと静かに頷く。
「週明けに貸してやるからよ…うん。すまん…リョーイチ…本当に、すまん…」
泣き出しそうな声の川本からスマホを奪い取り、エミは通話終了のボタンを押した。
「ねぇねぇ。その人たちさ、川本さんから銃を借りて何するつもりだったのかなぁ…?エミにリョーイチくんの住所おしえてよ」
エミの瞳は大きく潤んでいた。川本は「分かった」と小さく呟いた。
「それよりよ、な、なぁ!信じてくれ、本当に密造銃の出所なんて知らないんだよ!本当にポストに入ってて」
そう言った川本の口内に、無表情のエミがつま先で思い切り蹴りを入れた。ぐしゃという音と共に血まみれの歯がいくつか散らばった。
「んごっ、んごっく、んごんごっ」
地面に跳ね返る川本の血液。
エミは靴を川本の口内から、グポっと右足を引っこ抜くと学生鞄からティッシュを取り出し、赤黒い汚れを拭った。装飾リボンの部分に着いた汚れを神経質に何度か拭いたが、落ちないと分かると諦めて、川本のほうに向き直った。
「いいから、いいから」
笑顔を取り戻したエミは、再び川本の口にガムテープを貼り付けながら言った。
「ありゃりゃ~、ベタベタだぁ」
エミは川本が泣きじゃくり汗をかくせいで、顔の脂で粘着部分が滑ることに気づき、ガムテープが取れないように髪を巻き込む形で何周もグルグル巻きにした。
「いい?じゃあ、さっきの続きね。手は縛られてるけどジャンケンできるよね」
そう言いながら、エミは芋虫のようにうつ伏せた状態から、川本の縛り上げた両手を強引に前に出させた。かくして「リアルジャンケン」の準備は整った。
「グーなのかパーなのかチョキなのか分からない手の形だったとしても、エミはやっちゃうからね」
川本は無言のまま泣いていた。
「最初はグ~って言いたいけどいきなりは可哀想だから、最初はパーね?」
エミは長い睫毛を揺らしながら微笑み、鼻歌を歌う。川本はさらに嗚咽する。
「じゃあ、いくよ~最初はパーで~…」
エミはしゃがみ込んだまま「パー」つまりB5用紙を1枚広げ、川本の震える握りこぶしを包むようにして、クシャっと丸めた。これは川本の「グー」をエミの「パー」が包み込んだという事らしい。
「…じゃ~ん、け~ん…」
「んん~ん、んん~ん、んっ、んっ、んんん!!!!」
ボウリング玉を、高く、高く持ち上げたエミの掛け声。
想像を絶する恐怖に歪められた、川本の呻り声。
「まずは、グー!!!」
エミが無邪気に笑いながらボウリング玉を振り下ろす。
加速される落下速度。
勢いよく、落下する鉄球。
コンクリート地面の狭間。
「んーーーーーー!んんん!!!んん!!!!」
グシャ!という骨と肉が砕ける鈍い音と共に、川本の絶叫が倉庫内に響いた。
「んー!!!!!!!!んーーーーーーーー!!!!!んんんーーーーーーー!」
「あと99回だよう」
呻きながら狂ったようにのた打ち回る川本をよそに、陶鈴を鳴らすような声でエミは歌った。
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翌日、12月18日。
木曜日―。
20時34分―。
倉庫の中には、川島のほかに、牧田稜一(まきたりょういち)、沖島勝弥(おきしまかつや)、砂川武彦(すなかわたけひこ)が、ボロボロの状態で転がっていた。
「エミ!今夜も追加で3人の相手をしたのかぁ。強くなったな!パパは嬉しいぞ」
遠柴 博識(おんさい ひろのり)は、倉庫にやってくるなり電気をつけると、血まみれになり俯いたままの娘―エミの頭を撫でた。
「うん…丸二日も学校休んでず~っと残虐ルーレットしてたから疲れちゃった」
「よく頑張ったぞ、エミ。社会のゴミどもをよくぞここまで痛めつけた。こいつなんか、全身画鋲だらけになって死んでるじゃないか!あ、こいつだけはまだ生きてるぞ。しぶといやつめぇ!えい!えい!」
短く刈り込まれた髪に、日焼けした肌。肩幅の広い巨躯を、高級スーツで包んだ遠柴は笑いながら、まだピクピクと動いている一人を蹴り飛ばし言った。
「股間が血まみれ…睾丸ゴルフかぁ。ふぅむ。幸か不幸か、これ当たったやつは、睾丸は潰れるだけで、なかなか死なないんだよなぁ」
遠柴は考え込むような仕草をしたあと、すでに息絶えた3人の遺体を一瞥した。
「彼ら4人の関係は友人同士だったよな。いつも通りパパが何とかするからエミはもう帰って寝なさい。エンジンをかけたまま水島を待たせてある」
水島とは30年間、遠柴家に仕える初老の運転手の名だった。スマホを操作しはじめた父親に、エミが眠たそうな目を向ける。
「パパは?」
エミは、疲れたような目で言った。
「パパは、ここで掃除屋さんが来るまで待ってるよ」
遠柴はエミの背中に手を置き、スマホのを通話ボタンを押す。
およそ数コールのちに繋がり、先方と交わされた数十秒の会話は「じゃあ、いつもの倉庫で待ってるんで」という言葉で終了した。
「今から30分で来るそうだ。…ふぅむ、しかし、4人中3人は外傷が酷いな。警察関係者を抱きこんでるから問題がないとはいえ、彼らにこのままの状態で遺体を引き渡すわけにはいかん」
「ごめんなさい…」
「いいんだよ、エミ。こればかりはしょうがない。パパの可愛いエミには楽しんで悪人を殺してほしいからな。よし!今回は彼ら自身の車を使って、ドライブ中に崖から転落。これでいこう!漏れたガソリンから引火してバーベキュー作戦だ。ぐちゃぐちゃの遺体は真っ黒焦げに燃やせばいい」
「ありがとう、パパ!やっぱパパはめちゃ天才だよう」
エミは涙目で遠柴の右手を握り言った。
「いいんだよ。そういや、パパからエミにプレゼントがあるんだった」
「プレゼント?」
エミの顔に笑顔がひろがる。
「これこれ。魔法ガールステッキだ。まだ試作品だから甘い部分もあるかもしれない。でもエミにはいち早く、喜んでほしくてな。パパ、勝手に持ってきちゃったよ。社長失格だな。ははは」
遠柴は紙袋から60cmほどのオモチャ「魔法ガールステッキ」を取り出し、誇らしげにエミに渡した。
「やったぁ!嬉しい。パパ大好き」
エミはステッキを振り回しながら、死後硬直した悪人たちの遺体に向けて、魔法が宿るとされるハート型の先端を構えるポーズをした。
「エミ。他になにかパパに報告することあるか?」
遠柴は喜ぶエミに目を細めながら言った。
「ちょっと気になる男の子がいるの。気になるっていっても、まだ会ったことないんだけど」
「驚いた!2ヶ月と18日ぶりだな」
エミの言葉に遠柴は両手を大きく広げ、アメリカ人のようなリアクションをした。
「そこにいる3人が密造銃で殺そうとしてた標的がいてね…その標的の名前を聞いてびっくりしちゃった。ネット上での有名人だよ、有名人!パパは知らないと思うけど、有働努くんて言うの!この前の殷画高校毒殺事件を未然に防いだヒーローだよ。きっと有働くんは、こいつらがクズだからボコボコにしたんだろうね。そいつらの前歯がないのはエミがやったんじゃないよ」
それを聞いた遠柴は、顔をほころばせて笑った。
「こら~エミ、パパを情弱(じょうじゃく)扱いするな~!その事件なら知ってるぞ!パパも実は、今時の若者にしては骨のあるやつだと秘かに感心してたんだ。しかも隣の小喜田内市だったよな…。うん、会ってきなさい!パパ、そういう男の子は嫌いじゃないぞう」
「うん。来週の月曜日くらいに会いにいこうかなって思ってる」
「でもな、エミ。男は狼…!どんな男でも、油断は禁物だ!よし!ボディガードを4人用意するから連れていきなさい」
エミが抱きつく。遠柴はウンウンと目を細めて頷いた。
-------------------------
12月22日。
月曜日―。
16時過ぎ―。
(有働くん、ごめんね!エミ、ちょっと試したいことがあるの)
そう思いながらエミは、ねずみ色のパーカーを深く被り、スウェットのズボンという出で立ちで、有働を尾行した。
追い詰めたというより、おびき寄せられたというべきか。そこは行き止まり。袋小路だった。
「ねぇ。この距離から撃たれたら、どうする?…バァン…って、この距離で撃たれたら死ぬよね」
エミは有働に銃口を向けて言う。
「やってみろよ」
有働努は冷静に言う。
エミは鼻を鳴らして限られた情報―ブレザーに包まれた筋肉量と、反射神経の予想を立てた。
(これくらいの距離じゃエミがやられちゃうかも。よし、揺さぶりをかけてみよう)
「有働くんのお家にはもう行ってきたよ」
エミは事実を告げた。
「なんだと」
有働の右肩がピクリと動く。
「ふふふ。いろいろ聞きたいでしょ?銃を前に抵抗できるかな?」
有働の右肩が下がった。
「いい事を教えてやろうか?近頃やけに物騒だから、制服の下に防弾チョッキを着ている。撃つなら足か腕、または頭を狙え。いいな?」
有働の声に冷静さが戻る。
「うん。じゃあ死んじゃえ」
(ホントは有働くんには死んでほしくないけど、もし殺すならこうするかも)
本音を呑み込んだエミは、銃口を有働の頭に向けた。
瞬間、有働が消えた。
足元。
体勢を低くした有働の回し蹴りが、エミの右手にあたる。
ヒキガネを引く前に、銃はカランカランと飛ばされた。
「殺意のあるヤツは1発で仕留めるため頭を狙う。防弾チョッキなんか着ちゃいねぇよ」
有働は吐き捨てるように言った。
-------------------------
(エミの手を蹴った!女の子の手を蹴った!正当防衛とはいえ、スマートに取り押さえてほしかった!エミの手を蹴った!ひどいよ!悲しいよ!有働くん!有働!許さない!)
「痛いよ!まだ彼氏でもないのに!許さない!」
涙ぐんだエミはそう叫び、左手で渾身の掌底打ちを、有働の左頬に叩きつけた。
有働がエミの予想外の反撃によろめく。
鼻血を噴いている。
「エミに謝って!」
そう叫びながら間髪いれず、エミの膝蹴り。
有働の鼻柱をへし折る―。
つもりが、紙一重で避けられた。
無言の、有働の反撃。
アッパーカット。
エミは、かわした。
(当たったら、危ないじゃん!エミ、女の子なのに!)
空を切る有働の右腕。
殺意―。
有働はエミを、女とは思っていない。
(ぶっ飛ばす!)
エミは顔を歪め、有働の額に膝蹴りを叩き込む。
有働がよろめいた。
有働が尻餅をついた。
(ぶっ飛ばす!ぶっ飛ばす!ぶっ飛ばす!ぶっ飛ばす!)
エミは右手にメリケンサックをはめ込む。
義指はプラプラしたままの状態だが仕方がなかった。
(メリケンパンチくらえ!)
向き合った左側―。有働の右即頭部に、渾身の横蹴り。
よろめく有働。
向き合った右側―。有働の右頬に、メリケンサックのナックルアローを叩き込む。
(どうだ!)
左右に揺れる有働の脳。
意識が飛んでるはずだ。
前屈みになった有働の背中に、ハンマー・ブローを振り下ろす。
有働が地面に倒れた。
(チャンス!)
倒れた有働の後頭部に、スニーカーを穿いた右足で踵落とし。
(はっ、まずい!死んじゃう!)
エミが思うと同時に、加速する落下スピード。
有働の頭が地面から消える。
エミの踵は地面に落下していた。
(どこ?)
有働―。エミの頭上にいた。
上からの鉄槌打ち。
エミに避ける時間はなかった。
喰らった。
脳が揺れる。
しかし、エミは何とか踏みとどまった。
(許さない!)
よろけて右手を地面に着いた体勢を利用し、エミは左足を蹴り上げた。
僥倖―。有働の顎に当たった。
しかし、踏み込みが甘い。
有働はエミの左足を思い切りつかんだ。
体重47kg―。
(ダイエットなんてしなければよかった)
有働はエミの両足をつかみ、ジャイアントスイングをする。
2周、3周、4周。
遠心力が暴力に変わる瞬間。
エミの脳は揺さぶられる。
5周目、半―。
エミが放り投げられる、ブロック塀。
背中を強打し、エミは呼吸困難に陥った。
有働が突進してくる。
エミはよろめきながら、スウェットのズボンから催涙スプレーを出す。
噴射。
有働の姿がない。
(どこ?なんですぐいなくなるの)
視力を奪われた有働が、ベルトを外している。
(そこか!)
もう一度催涙スプレー。
有働は一時的に、盲人になった。
(くらえ!)
エミは有働の顎に飛び膝蹴りを喰らわせる。
血飛沫。
有働が倒れる。
エミも平衡感覚を失っていた。
しかし、ここで終われない。
勝敗をつけねばならない。
エミの体力にも限界がある。
(もう、いっちょ!)
エミは立ち上がろうとする有働の顔面に蹴りを入れた。
有働が、後ろへ倒れこむ。
しかし、踏みとどまった。
(さっさと倒れろ!)
もう一度、蹴り。
全体重を乗せた一撃。
有働が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
(倒れろ!)
サッカーボールキック。
有働の頭を蹴り飛ばす!
もう一度、サッカーボールキック。
有働の頭を蹴り飛ばす!!
催涙スプレーで視力を奪われた有働はボールになっていた。
ディフェンスなき単独プレイ。
エミの眼前に、幻のゴールが見えた。
(あと、もういっちょ!)
シュートを決めようと3度目のサッカーボールキックを繰り出した瞬間。
有働が消えていた。
平衡感覚を失ったエミはよろけながら、ボール―有働の行方を追う。
背後。
首に何かが巻きつけられた。
(苦しい…!)
首輪―。
エミは、2年前、自分を拉致監禁した変態を思い出した。
(エミ…首輪はキライなの!)
首輪の正体―。有働のベルトだった。
重力―。おそらく有働の全体重。
エミは首にベルトを巻きつけられたまま、有働の上に背後から倒れこんだ。
(首輪はキライなの!首輪はキライなの!)
自分を陵辱した変態へのトラウマと共に、憎悪が膨れ上がる。
(有働くんをキライになりたくない!有働くんを殺したくない!)
「う、ぐぐっ、ぐっ」
このままでは、絞め殺される。
だからと言って、えげつない反撃をして有働を殺したくない。
エミは膨れ上がる憎悪と殺意を押さえ込んだ。
(このままガマンして、エミが死ねばいいんだ。でも…)
死ぬのはいいが、有働の前で、醜い格好で死にたくはなかった。
失禁してしまう。
白目を剥いて死んでしまう。
こんな服装で死にたくはなかった。
「やめっ…や、め」
命乞いをしてみた。
有働の力が弱まる。
「妙なマネしたら、首の骨をへし折るぞ、クソアマ」
エミは小刻みに頷いた。
-------------------------
「お前、あの3人の仲間か?」
有働が低い声で問いただす。
「待って、もうエミ、降参だよ!あの3人の仲間じゃないよ」
エミは甘い声で言った。
「ウソつけ。こんな状況(ピンチ)になったから、シラを切ってるんだろ」
有働の声に憎悪が滲み出ている。
言葉を間違えれば、殺される。エミは確信した。
「ホントだって。エミのズボンの左ポケットの中身、見てごらん」
エミは兼ねてから準備して入れておいた「メモ用紙」を有働に見せる事にした。
(ちゃんと読めるだろうか?催涙スプレーなんて使わなきゃ良かった)
エミは後悔していた。
メモに書かれた汚い字。
そこに書かれた内容―。
≪保険のため、前もってこれを書いています。エミは、マジで有働くんに危害を加えるつもりないよ!ちょっと、どれだけ強いか試してみたかっただけなの。その証拠に、本来ついてくるはずだったエミのボディガード4人には来ないように言ってあるの!今、そこにエミしかいないでしょ?≫
「なんだ、こりゃ」
何とかメモの内容は読めたのだろう。有働がすっとんきょうな声でエミに訊ねた。
「銃だってオモチャだし。あの3人から財布だって奪い返してあげたんだよ?中身はいろいろ調べちゃったけど」
エミは子供のように笑いながら言った。
「家族写真も見たのか?」
「もちろん!ちなみに、4人のボディガードは有働くんの自宅の前にいるよん。エミがピンチになったら、いつでも有働くんのお母さんとお話できるようにねっ!ふふふ」
エミは子供のように手足をジタバタさせ、笑いながら言った。
「母親を人質にとったつもりか?」
有働の声に、再び憎悪が滲み出る。
「そうしないとエミの言うこと聞いてくれないでしょ?二人きりで裸になれる場所で、お話したいな。タクシー乗ってラブホいこ!拒否ったら、永遠にお母さんに会えなくなっちゃうかもよ」
エミは言った。
「ラブホ?」
有働の声が裏返った。
「17時までにエミが電話しないと、お母さん、さらわれちゃうよ~?」
「てめぇ」
「17時までに往訪あたりのラブホにチェックインしよう。エミが電話するのは部屋に入ってからだよ。殺すと脅されたとしてもラブホ入るまで、ぜったいに、死んでも電話しないからね」
有働は情けない溜息をついた。
「エミがリードするから安心して」
エミは鼻を鳴らして言った。
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